頂点への助走
照り付ける太陽の中、大きなロードバイクの集団がアスファルトの上を転がるタイヤの音と、チェーンが動く甲高い音を響かせながら田舎の街道を走行する。
全国トッププロのレーサーたちが集まりしのぎを削るこのロードレースの大会にブルースピリッツ所属柳本翔太は参加していた。
無線 監督 【こちら監督車!久保が落車!】
片耳につけたイヤホンから悲報が飛び込んできた。
「!?」
60人程の集団の中、青と白の基調のジャージを着たチームメンバー(ブルースピリッツ)に戦慄が走る。
無線 翔太 【ケガの様子は!?】
無線 監督 【わからん、中継の映像を見る限りリタイアは確実な様子だ。】
落車した久保は、ブルー・スピリッツのキャプテンであり、今年39歳でこのレースを最後に引退が決まっていた選手だ。
無線 翔太 【........了解.......しました、】
なんで久保さんが、もうこのレースで引退だっていうのに、、、
翔太は悔しさで顔をゆがませる。
「っくそ!」
一緒に走っていた慶も悔しさをにじませていた。
逃げている先頭集団は6名、タイム差は3分、残り距離30km弱、先頭集団には今年ヨーロッパから来日したマルコ選手、U23全日本TT優勝者の金子選手、そのほか各チームを代表する選手がいる集団で今この時も全力でメイン集団との差を広げようと必死に逃げている。
このタイム差でこの距離、、、、、かなり厳しい展開だ。 翔太は心の中でそう思った。
【監督!俺と翔太さん二人で先頭を追いかけます!俺一人じゃ無理でも翔太さんと一緒ならまだ間に合うはずですよ!こんな終わり方は絶対に嫌だ!!】
このレースは久保選手の引退のほかにチームの総合優勝をかけたレースでもあった。
<ツールド・関東>1週間毎日ポイントをかけたレースを関東各地で行い、最後にその総合ポイントで順位を決める。翔太たちのチームは現在2位で1位との差は19ポイント、<ツールド・関東>最終日の今日レースで優勝をすれば30ポイントが入る、準優勝は10ポイントで優勝すればほぼ間違いなく総合優勝を勝ち取ることができるが、逆に2位以下だと優勝はできない。
無線 監督【ちょっとまて、、】
慶が言っていることは現実的ではない、現在逃げている選手は全員がこれまでにいくつもの修羅場を潜り抜けてきた猛者たちだ、そこら辺のアマチュアが逃げているわけではないし、ロードレースは空気抵抗のスポーツだ、2人で走るのと6人で走るのでは空気抵抗の差は段違いで普通なら追いつかない。それなら今いる集団の先頭でペースを上げ、逃げている先頭集団に選手を送り込めていない他のチームと一緒に追いかけたほうが勝てる確率は高いはずだ。
数十秒後
無線 監督【わかった、翔太と慶には集団から飛び出して逃げている集団に追いついてもらう。この先に短いが急な山岳区間がある、そこで仕掛けろ。】
勝率が低い、いやそれどころの話ではない、どう考えても無理がある作戦に翔太は驚いた。
無線 翔太【ちょっとまってください!今から二人で逃げるって正気ですか?タイム差もあって残りの距離も少ない、どう考えたって先頭でまたトラブルか何かが無い限り追いつきませんよ!それならこのまま集団で逃げを追いかけて、スプリント(ゴール前の全力走のこと)勝負にかけたほうが絶対に勝率は高いはずです!】
翔太は興奮して言った。
無線 監督【いいや、お前ら二人だけで追いかけるんじゃない、ヴィクトリア・サイクリングチームの選手達と一緒に追いかけてもらう。】
その言葉に翔太は納得した、ヴィクトリア・サイクリングチームは現在3位で1位との差は22ポイント、今回優勝すれば総合優勝の可能性が出てくるチームだ。彼らも先頭集団にチームメイトがいないことに危機感を感じていたようだ。
無線 翔太【そういうことならわかりました、なんとしても追いついて見せます!久保さんの引退試合、このまま終わらせませんから!】
無線 慶【僕もです!今までお世話になってきた分、結果で返します‼】
勝利の道筋が見えたブルースピリッツの士気が一気に上がる。