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いかさま師

 あるところに、一人のいかさま師がいた。

 その男は指先がとても器用で、賭博場ではいかさまを駆使しては相手から金を巻き上げて、その日その日の糧を得ていた。だが、その生活はどこか空虚だった。


 ある日、いつものように賭場を渡り歩いていると、鋭い気配を纏った男が、いかさま師に勝負を挑んできた。

 相手の目には自信がみなぎり、いかさま師はいささか気圧されながらも、いつもの手口を使えば何とかなるだろうと高をくくって勝負に挑んだ。

 だが、それは甘かった。

 いかさまを仕掛けたその瞬間、男が鋭い声で叫ぶ。


「賭博師のこの俺にいかさまが通じると思うか!」


 同時に、いかさま師は突き飛ばされ、体勢を崩した。賭場は一瞬静まり返り、男の鋭い眼差しがいかさま師を射抜いた。


「恥を知れ。姑息な手段で金を稼ぐとは!」


 今まで誰にも見破られることのなかった彼の技術が、一瞬で見破られた。初めて自分の弱さと向き合わされた彼は、羞恥心と悔しさで体が震えた。


「自分は……未熟者です。どうか、あなた様の弟子にしてください!」


 咄嗟の申し出に、その賭博師は一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに大きく笑い出した。


「弟子だと? 確かに俺は博打に関しては少しばかり強い。だが、姑息ないかさまなど、長く勝負を続けていれば自然と見抜けるようになるものだ。もし本当に強くなりたいのなら、俺よりも遥かに強い男のもとに行くべきだ」


「あなた様よりも強い方がいらっしゃるのですか?」


 いかさま師は目を輝かせ、真剣に問い返した。その純粋な姿に賭博師は一瞬たじろいだが、彼を突き放すこともできず、ため息をついて答えた。


「ああ、『勝負師』という男だ。奴は運気の流れを読む力がおり、勝ち負けに関する全てを知り尽くしている。仕方ない、俺が紹介してやる」


 それを聞いたいかさま師は、まるで子どものように喜び、目を輝かせた。


   ◇ ◇ ◇


 勝負師の住まいは、町外れの静かな一角にひっそりと佇んでいた。若い頃、彼はその卓越した胆力と運気を読む力で、賭博場を席巻していたという。しかし、今では引退し、かつての栄光を凌ぐこともなく、質素な生活を送っているようだった。

 いかさま師は勝負師の姿を見るなり、一礼し、勢いよく口を開いた。


「自分は強くなりたいのです! どうか、あなた様の弟子にしてください!」


 勝負師はいかさま師をじっと見つめた。その視線は厳しくも優しく、心の奥底を見透かすようだった。やがて彼の瞳に宿る真剣な志を見抜くと、深く頷き、低く重い声で口を開いた。


「お前に一つ教えておこう。勝負とは、技術や知識だけで成り立つものではない。大事なのは、運気の流れだ。運は生き物のようなものだ。己に味方している時は決して離さず、流れが逆転すれば耐え抜く。そして、相手が隙を見せた瞬間に、その運を強引にでも掴み取る。それが勝負の本質だ」


 勝負師の声には重みがあり、いかさま師の心に深く響いた。彼はさらに続ける。


「わしがしているのはそれだけのことだ。だから、勝てる可能性のある勝負には必ず勝つが、全く勝てる可能性のない勝負には勝つことができない。だが、世の中にはどんな勝負にも勝つ者がいる。そいつのもとで学んだ方が、お前はより強くなれるかもしれん」


「どんな勝負にも勝つ……そんな方がいるのですか?」


 いかさま師は驚きと興奮を隠せず、勝負師の言葉に聞き入った。


「ああ、いる。そいつは『天才』だ。天才というのは、あらゆる知識を備え、すべての状況を把握し、どんな困難な場面でも至上の策を編み出す。わしごときでは到底及ばん」


 勝負師は静かに語り終えたが、その言葉には揺るぎない確信と、自身の謙遜が含まれていた。賭博師は深々と頭を下げ、こう懇願した。


「どうか、その天才がおられる場所を教えてください。私はどこへでも参ります!」


 勝負師は一瞬考え込んだが、最後には小さく頷き、天才の居場所を教えた。


   ◇ ◇ ◇


 天才と呼ばれるその男は、いかさま師の予想とはまるで違う人物だった。若々しく、どこかのんびりとした雰囲気を纏い、圧倒的な威圧感など微塵も感じさせない。その姿は、これまで出会った強者たちの印象を大きく覆した。

 いかさま師は戸惑いながらも一礼し、精一杯の誠意を込めて頼み込んだ。


「自分は強くなりたいのです! どうか、この世の全てを知り尽くしているあなた様の弟子にしてください!」


 天才は困ったように眉を寄せると、肩をすくめて答えた。


「確かに、僕のことを天才と呼ぶ人たちもいるし、どんな状況でも活路を見つけることは得意だけれど、それはこの世のすべてを知り尽くしているからじゃない。ただ、頭の使い方を少し知っているだけなんだ」


 彼の語り口は柔らかかったが、その言葉には深い洞察があった。


「頭の使い方を知っていれば、それを知らない人には負けない。それは確かだ。でもね、一つだけ例外がある。僕にも絶対に勝てない相手がいるんだよ」


「天才のあなたでも勝てない相手がいるのですか?」


 いかさま師は驚きに目を見開いて聞き返した。天才のさらに上をいく絶対的な存在がいるとは。

 天才は微笑を浮かべながら答えた。


「それは、『預言者』だ。彼は未来に起こるすべてを見通す力を持っている。どれほど僕が頭を働かせ、可能性を計算し、完璧な策を練ったとしても、未来を知っている相手には勝てない。僕の知識や思考は、確実な予知能力の前では無力なんだ」


 いかさま師はその事実に圧倒されながらも、次第に新たな希望が湧き上がるのを感じた。


「預言者の居場所を教えていただけませんか? 自分は、どうしても強くなりたいのです!」


 天才から預言者の居場所を教えられたいかさま師は、深々と頭を下げ、真っ直ぐその地へと向かった。


   ◇ ◇ ◇


 預言者の住まいは、険しい山々を越えた先の高山の頂にあり、その場所は俗世から完全に隔絶されていた。ようやくたどり着いた賭博師の目の前には、簡素な小屋と、仙人のような風貌の老人が立っていた。

 息を整え、賭博師は深々と一礼した。


「自分は強くなりたいのです! どうか、未来を知るというあなた様の弟子にしてください!」


 彼の期待に満ちた声が静寂の中に響いた。しかし、預言者は穏やかながらも厳かな声で答えた。


「私は確かに未来を知る者だ。勝負の結果も、運命の流れも、この世のあらゆる事象が私には見えている。だが、私にも決して勝てない相手がいる」


 その言葉に賭博師は驚き、思わず問い返した。


「未来を知るあなた様でも、勝てない相手がいるのですか? その方は一体……?」


 預言者は静かに頷き、目を閉じて遠くを見つめるように言葉を紡いだ。


「その者は、私が預言を口にした瞬間、恐るべき力で未来を塗り替えてしまう。私がいかに正確に未来を見通そうとも、その者の力の前では無力だ。師匠を求めるなら、私ではなくその者を探しなさい」


「未来を変えるほどの力を持つ者……そんな方がいるのですか? 一体誰なのですか?」


 賭博師は息を飲んだ。預言者ですら敵わない存在、それこそが最強の人物に違いない。胸の高鳴りを抑えながら、預言者の答えを待った。

 預言者はゆっくりと目を開き、重みのある声で告げた。


「それは、『いかさま師』だ」

連載している作品もあります。よろしければそちらも読んでみてください。

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― 新着の感想 ―
誰もが誰かにとって超えられない存在で、誰もが誰にも負けない何かを持っているのかな……と考えさせられました。 素敵な作品をありがとうございました。
こんばんは! 他人が羨ましかったり、他人の方がすごいなって思ったり、そんなことの積み重ねで生きていますが、自分がまだまだだと打ちのめされた時にもどこかではそんな自分を羨ましく思ってる人がいるんだなっ…
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