第18話 騎士団長トゥムクス=ルムダ②
孤児院の庭は子供達が運動をする為に十分なスペースが設けられている。普段は午後過ぎには彼らの微笑ましい騒ぎ声が聞こえてくるのだが、今そこに立つのは二人だけ。
トゥムクスと、相対するのは一人の少女。
黒い髪を左右で結び、髪留めには羽のようなアクセサリーを付けている。筋骨隆々、というわけではないようだった。身長も比較的普通で、背の高いトゥムクスの肩辺りまでしかない。
至って普通。そこら辺りにいる町娘と同じだ。恰好はこの世界では見ない、胸に携えたリボンが特徴的な紺の衣装。下半身はスカートの出で立ち。靴は紐の無い革靴のようだった。
圓富 櫛奈と、彼女はそう名乗った。
およそこの世界では聞き慣れない名を持つ彼女は、自信満々にこちらを見据えている。
何故、そこまで。
トゥムクスは彼女の素性を知らない。事情も経緯も分からない。話し合えばきっと分かることもあるのだろう。同じ人間同士、言葉を交わせば理解できるはずだ。
少しの言葉でも分かることはある。単にお金だけが目的、というわけではないのだろう。だが、彼女に譲れないものがあるように彼にも譲れないものはある。
力づく、というのはやや気が引けたが彼女に納得してもらう為には仕方のないことだった。
「で、どうやったら認めてくれるん?」
「そうですね。私に一撃でも浴びせたら認めます」
「え? そんなんでいいん?」
「構いませんよ。私に一撃与えることが団での昇格条件ですから」
そう言ってトゥムクスは持っていた二本の剣の内一本を彼女に投げる。悠々とそれを受け取って見せた彼女はその剣を見つめる。
「それは練習用の剣です。それで斬ることはできませんし、殴打しても打ち身で済みます」
「痛いことは痛いんか……」
「当然です。痛みのない訓練など何の意味もありませんから」
「古い考え方やな~。ウチは好きじゃないで」
「貴女に好かれなくても結構です。――勝利条件は私に一撃を与えること。どんなに弱い攻撃でも構いません。私の身にその剣を当てれば認めます」
「ふーん。ウチの敗北条件は? ウチも当てられたら負け?」
「いえ、こちらから攻撃行動は行いません。受け流し、避けることだけをします」
「え?」
彼女は驚いた様子で彼を見る。いつも騎士団での昇格試験はこうなのだ。
相手が自分に向かって剣を振るう。もちろん闇雲に振っても当たらないように防ぐし躱す。適切なタイミングで適切な行動を起こすことができるかどうかを見抜く為の試験だからだ。
「強いて言うのなら諦めることですかね。後は私がダメだと判断したら、この試合自体を終わらせます」
「……分かったわ。精々後悔せえへんことやな。ウチ、諦め悪いから」
トントン、と。準備運動だろうか。軽くジャンプをして改めてこちらを見てくる。
良い目だ。挑戦者の顔つき。自信に満ち溢れた表情。
昇格試験に挑む団員達も、同様の目をしていたな、と。ふと思い出す。
トゥムクスは毎回、そういった顔をしている団員達を絶望の表情に塗り替えさせる。それが心苦しく、申し訳なく思う。
「それじゃ、二人とも位置について」
審判役に頼んだのはアーラという少女。彼女も彼女で、櫛奈と同じ雰囲気を纏っている。一見ただの少女のようなのだが、本能がそうではないと拒んでいる。
「ホントに危ない時は止めるからね」
心配そうに呟く彼女に、櫛奈は笑って大丈夫と返す。
風が木の葉を揺らす。空は突き抜ける程の晴天。身体を動かすには申し分ない天気だ。
トゥムクスも気合を入れる。幾ら少女相手とは言えど、気は抜けない。
腰を落とし、剣を構える。眼前に見据えるは一人の剣士。
「――試合始め!」
通る声で試合開始の合図が放たれるものの、誰も動かない。
アーラや周囲で見守るレィタムや子供達も固唾を飲んでいる。
「……無暗に攻めてこないその姿勢は評価します。しかし、いつまでもこうしているつもりですか?」
「まあそう焦らんと。試合始まったばっかりなんやから。……でも、まあのんびりするんも性に合わんしな」
「ではどうしますか?」
「ん~、まあボチボチやろかなって」
肘を曲げたり膝を曲げ伸ばししたり、準備運動を始める櫛奈。それをただ黙って眺めるトゥムクスだったが、やがて腰を落とし剣を構えた。
「行くで――」
彼女のその言葉がすぐ隣で聞こえた、気がした。
瞬間、彼女の姿は消えていた。視界の端になびく黒髪が映る。
「――っ!?」
咄嗟に体が動いた。左に感じた彼女の気配に対して、およそ振られるだろうと思われた横薙ぎの剣撃を予測し防ぐ。
ほとんど反射に近い行動。無理な体勢で攻撃を防いだ結果、バランスを崩しそうになったところを、彼女の勢いも利用して距離を取る。
再び、彼女の姿をその目で捉える。
――なんですか、今のは。
これまで何千という戦闘経験があるトゥムクスだったが、敵を目で追えなかったことはなかった。
おまけに膂力が桁違いだ。自分が気を抜いていたこともあるのだが、それを差し引いても一撃が重い。
そんな攻撃をいとも軽々しくやってみせた彼女に、トゥムクスは改めて姿勢を構えなおす。
「……すみませんでした。少々侮っていました」
「侮んな! そんなんやったらすぐ足元掬われるで」
「いえ。もう気は抜きません」
自分もまだまだ鍛錬不足だと痛感する。
見た目で相手を判断し、人の忠告を聞かない。技を鍛え、力を蓄えたところで心が未熟では今みたいに隙を突かれる。
いや、隙があったなどという言い訳はしない。
弱い自分を認めよう。
「本気でいきます」
「そうこなな」
彼女は笑い、再び剣を振るう。




