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鈍感系主人公を演じていたら、幼馴染の好きアピールがエスカレートしていった

作者: 墨江夢

「あのさ、今日テスト前だから、部活ないんだよね。どうせ帰る方向も同じなんだし、一緒に帰らない?」


 期末テスト3日前の放課後、俺・大森凪(おおもりなぎ)は幼馴染の白崎夕子(しろさきゆうこ)にそんな提案をされた。


 少しでも多くの勉強時間を確保するべく一刻も早く帰宅したい俺は、最速で下駄箱まで来たつもりだった。

 現に帰りのホームルームが終わってから、まだ1分と経過していない。

 そんな俺に追いついてくるなんて……夕子のやつ、どんだけ俺と帰りたいんだよ。


 教室から全力疾走してきたのだろう。ハァハァと、息が荒立っている。

 顔も赤くなっているが、それはきっと猛ダッシュしたことだけが原因じゃないだろう。


「ねぇ……ダメ?」


 断られるんじゃないかという不安を瞳に宿しながら、上目遣いで俺に聞いてくる夕子。なんというか、扇状的だ。


 夕子と一緒にいるのは、素直に楽しい。だから高校生になった今でも、幼馴染をやっているわけで。

 だけど電車の中でも、テスト勉強をしたいしなぁ。


 俺は夕子の顔と英単語帳を交互に見る。えーと、何々……『improve』? 『欲情させる』って意味だっけ?


「……」


 勉強に集中出来ていないと判断した俺は、英単語帳を閉じた。


「……帰る方向が同じなら、しょうがないな」


 夕子の表情がパァーッと明るくなったのは、言うまでもない。


 下校中、終始笑顔で俺の隣を歩く夕子を見ながら、ふと思う。


 白崎夕子という女の子は、客観的に見ても良い女だ。

 可愛いし、コミュ力高いし、家事スキルも高いし。ちょっとわがままなところもあるけれど、そこもまた愛嬌という長所として捉えられている。


 実際夕子のやつ、高校に入ってから何度も告白されているんだよな。彼女が魅力的な女性である何よりの証拠である。


 だけど俺には夕子に対して、大きな不満がある。

 この女、誰がどう見ても俺のこと大好きなくせに、一度もそれを口にしようとしないのだ。


 今だって、チラチラと俺の右手に視線をやっては、手を繋ぐタイミングを見計ってるし。気付かれてないと思っているのかよ。


 あまりに好意がダダ漏れである為、前に試しに、「俺のこと好きなのか?」と尋ねてみたことがある。結果は、


「はっ、はぁ!? そっ、そんなわけないでしょっ! バッカじゃないのっ!!」


 耳まで真っ赤にしながら、めっちゃ早口で、全力で否定された。


 無論それが嘘だとわかっている。わかっているけど……面と向かって吐き捨てられると、こちらも傷ついてしまうもので。


 だから俺は、決めたんだ。

 夕子が「好き」と口にするまで、彼女の好意に気付いていない鈍感系主人公を演じ続けてやる。





 テストも無事終わった日の夜。

 リビングのソファーに寝そべり、スマホで映画を観ていると、夕子から電話がかかってきた。


『やっほー! 今、大丈夫?』

「大丈夫じゃない。電話のせいで、絶賛映画が中断されている」

『……映画と私、どっちが大事なの?』


 夕子が何やら面倒くさい彼女みたいなことを言い始めたので、


「現在進行形では、映画の方が大事だ」

『……』


 自分より映画の方が大切だと言われて拗ねたのか、夕子は通話を切った。

 普通の女友達ならこんなこと言わないけど、相手は夕子だ。この程度で壊れる関係性なら、とっくに幼馴染やめてるっての。


 一応明日の朝にでも謝るけれど、今は映画が優先だ。なぜならめっちゃ良いところだし。

 俺は映画の視聴を再開させる。のだが……


 ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン………………


 夕子から送られてくる、スタンプの連打。秒刻みで、映画の視聴が妨害される。

 ……あっ、これブチギレているやつですね。


 経験則から、こうなった時の夕子を放置しておくのはマズい。怖いというより、ただただ面倒くさいのだ。

 口を聞かなくなるのではなく、寧ろかまってくれるまで接触し続けるんだもんなぁ。


 俺は映画を一旦中断させて、「ごめん」のスタンプを夕子に送る。それから彼女に、電話をかけた。


『……何?』

「お前より映画が優先なんて言って、悪かったよ。反省してます、ごめんなさい」

『誠意が感じられない。言葉だけじゃなくて、行動でも見せて』

「……お前が飽きるまで、今夜は電話に付き合うよ」

『なら、許す!』


 さよなら、俺の自由時間。今夜はきっと、日付が変わるまで寝られないことだろう。


「それで、用事は何だ?」

『用事?』

「何か用があったから、電話かけてきたんだろ?」

『ううん。凪の声が聞きたかっただけ』


 こいつ、俺のこと好きすぎるだろ。

 ……なんて言っても、多分はぐらかされて終わるだけだろうな。


 用事がないというのは、どうやら本当だったようで。夕子が振ってくる話題は、ぶっちゃけどうでも良いというか、「明日でも良くない?」というものばかりだった。

 まぁ、本人が心底楽しそうにしているから、全く無意味というわけでもないようだけど。


『そういえば、凪は今何の映画を観ていたの? えっちなやつ?』

「んなわけあるか。去年公開されたホラー映画だよ。ほら、あのゾンビがいっぱい出てくるやつ」

『えっ!? それって、「10年ぶりの続編!」ってやつだよね!? 私も観たかったのに!』

「……お前、ホラー苦手じゃなかったっけ?」


 10年前に前作を観た時は、夕子があまりに怖がった為その後一緒にお風呂に入ったんだっけ。

 17にもなって二人で入浴するわけにもいかないから、今回は一人で観ようとしたんだけどな。


「ホラー映画、克服出来たのか?」

『無理! ホラーとピーマンは、一生かけても好きになれない!』


 子供かよ。可愛いな、おい。


『でも観たい気持ちはあるからさ……お願い。一緒に観てくれない?』


 一緒って言っても、俺もう途中まで観ちゃったんだよなぁ。


 まぁでも、素直に「一緒に観て欲しい」と言ったわけだし、今回は我が儘を聞いてやるとするか。


「怖いからお風呂も一緒に入ってとか、そういうのは無しだぞ」

『そんなことしないし! ……それじゃあ週末、凪の家行くね! きちんとパジャマ持ってくから!』


 ……って、おい。泊まる気満々じゃねーか。確信犯だな、こいつ。





 人生は何が起こるかわからないというけれど、全くその通りである。

 可愛い幼馴染と毎日一緒にいる俺がラブレターを受け取るなんて、一体誰が思うだろうか?


 下駄箱の中に入っていたピンク色の便箋を見ながら、俺はそう思った。


「SNS主流のこの時代にラブレターなんて、最早絶滅危惧種だろ。レッドリストに登録した方が良いんじゃないか?」


 絶滅危惧種の数が減っている要因の一つは、天敵の存在だ。だから天敵が現れないうちに、このラブレターは隠すとしよう。


「夕子にバレたら、何言われるかわかったもんじゃないからな」

「私に何をバレたらいけないの?」


 音もなく、俺の背後に夕子が姿を現す。……ラブレター、見られてないよな?


「なっ、何でもないぞ」

「そう? でも幼馴染に隠し事するのは、感心しないな。例えば……ラブレター貰ったとか」


 夕子の目が据わっている。……これ、ラブレター見られてるな。

 俺は観念して、夕子にラブレターを見せた。


「ふーん。本当にラブレター貰ったんだー。へー」

「……お前、なんか拗ねてる?」

「べっつにー」


 リスのように頬を膨らませる夕子。幼馴染じゃなくたって、それが嘘だって見抜けるぞ。


「で、どうするの? そのラブレター、無視するの?」

「無視する前提かよ……。取り敢えず、呼び出しには応じようと思う。彼女の勇気には、きちんと応えたい」

「……「彼女」じゃないかもよ? めっちゃムキムキの男子が来るかもよ?」

「恐ろしいこと言うなよ……」


 真っ先にボディービルディング部の友人が頭を過ったが……彼とはただの友達だよね? 向こうも友愛しかないよね?


「で、どうするの?」

「だから、呼び出しには応じるって答えただろ」

「そうじゃなくて」


 そうじゃない? ……あぁ。夕子は呼び出しに応じた後の話を聞きたいんだな。

 俺がその子の気持ちに応えるつもりがあるのか、それが知りたいんだな。


 結論を言うと、俺はラブレターの差出人と付き合うつもりはない。だって、俺は小さい時からーー。


 でも、それを今ここで言葉にするつもりはなかった。だって俺は、鈍感系主人公なんだもの。


「……この子が本気で俺を好きでいてくれるのなら、考えなくもないかな。やっぱり好意を伝えてくれるのは、素直に嬉しいし」

「……っ! …………本当に付き合うの?」

「付き合うとは言ってない。そうなる可能性もあるってだけだ」

「……もしかしたら他にも凪のことを好きな子がいるかもしれないのに? その子よりも昔から、凪のことが大好きなのかもしれないのに?」

「……誰のこと言ってんだよ?」

「べっ、別に、誰でもないよ。そういう子がいるかもしれないってだけ」


 いやいや。そんなのほとんど、告白じゃねーか。


 俺は一度大きな溜め息を吐く。

 

 この幼馴染は、本当に素直じゃない。

 俺のことが大好きなくせにそれを言葉に出来ず、中途半端な告白ばかりしている。それで俺がラブレター貰ったら大慌てするとか……可愛いかよ。


 でも、素直じゃないのは俺も同じかもしれない。

 夕子の好意に気付いていながら、「好き」と言われないのを理由に目を背け続けている。


 同じくらい意地っ張りで、同じくらい素直じゃなくて、そして……同じくらい互いのことを大好きでいる。それが俺たち幼馴染だ。


 鈍感系主人公も、もう疲れた。そろそろハッピーエンドを迎えるとしよう。


「……まぁでも、99パーセントの確率で断ることになるかもな。……「幼馴染を彼女にしたいから、あなたとは付き合えません」って」

「…………え?」


 夕子が心底驚いたように、目を見開く。

 素直になって告白したんだから、ちゃんと反応しろっての。


「えーと……それって、どういう意味?」

「言葉通りの意味だよ。俺はお前と付き合いたい」


 夕子は何も言わずに、頷いた。

 これはOKってことで、良いんだよな?


「……そういや、まだ夕子の気持ちを聞いてなかったな。お前は俺のこと、どう思っているんだ?」

「そんなの、決まってるじゃん」


 答えると同時に、夕子は俺の腕にしがみついてくるのだった。


「大好きっ!!」

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