2-2 八百万のプロフィール帳神話 ~後編~
――あれから、あたしは帰宅してダルオモちゃんとメールし合った。
〔へー、紙材をほとんど実家に?〕
〔そう、それでアマノコヤネに未来を占ってもらったんだけど、かなりやばたんだった〕
〔どうなるの〕
〔65日後、実家に大量に残ってた紙材は、突然湧いてきた害虫のせいで穴だらけ。最終的になんもかんも失うらしい〕
〔65日後? だとしたら時間がないね! 本来だったら大胆なことはご法度だけど、今回は特別だわ〕
〔何する気?〕
〔直接こっち側でありったけの手帳を注文するしかないってこと〕
手帳を注文……ハッ! これもしや、プロフィール帳を作って欲しいって頼めばあたしの願いも叶ってウィンウィンじゃね? そう思ったあたしは突然やる気に満ちた。
さっそく未来日記工房に問い合わせることに。とは言っても、天界と人間界の電話回線は繋がってないから、一度降臨することにした。
あと、境内で電話するのもアレだから、テキトーに渋谷の街を歩きながら話した。
「お電話ありがとうございます。未来日記工房のシイナ・ナツミが承ります」
「おおーっ、久しぶりに人間と話したわ」
「……ん?」
「ああ、いや、つい心の声が……」
「どのようなご用件でしょうか」
「あのー、プロフィール帳って作れるかなーって思って」
「と言いますと、オーダーメイド手帳のご注文でしょうか」
「そ、そう。オーダーメイドで」
「お客様は法人や団体ですか。それとも個人の方でしょうか」
「う~~~ん……(言葉の意味を分かってない)」
しばらくして……。
「次に、部数は何部程度でお考えでしょうか」
「何冊作るかってことよね? ま、そうだねえ、せっかくなら全員分欲しいなー。800万で」
「いや800万は……」
「じゃあ、シイナ・ナツミちゃんだから、41万7723で」
「……随分適当ですね。えーっと、では、だいたいのご予算をお知らせください」
まあ紆余曲折あって、イメージしてたより100倍は大変だったけど、最終的になんとか注文できた。ケータイの電池切れなくて良かったー。さて、天界に戻ろうか。
◇◇◇◇◇
4日後。あたしはしばらく天神館の廊下で寝ながら宿泊していたのだが、この日の朝、ついにプロフィール帳が入荷してきた。まあ、入荷って言うより召喚って言う方がたぶん正しいけど。このときを待ってました!
天神館の入門室(召喚部屋)はすでにプロフィール帳で一杯! そこへちょうど姉貴がやってきて、状況を察したようで。
「結局直接注文したんか……荒業だな。ん? これまだ全部じゃないのか、まだ召喚され続けてる。もうすぐ部屋から溢れるぞ?」
「だよねー、やばい! どうしよう!」
「とりあえず、図書館に置くしかない。一時的にだが」
ついに入門室がプロフィール帳で溢れかえり、図書館に無理を言って空いている本棚に置かせてもらうことになった。
次の日も、また次の日も、プロフィール帳は休みなく入荷してくる。確かに物凄い数を注文したわけだが。いつまで続くんだこれ。
30日目には図書館のキャパが限界になり、チョトパン=超図書館パンパンっていう謎のギャル語が生まれた。なお、流行らせたのはあたしだ。
チョトパン以降は、通路くらいしか置き場が無かった。廊下や階段にまでプロフィール帳が山積みである。
「おいおいおい、こんなに注文しなくてもよかったんじゃないか? 足の踏み場もないじゃん」
と、姉貴激おこ。
「ご、ごめーん、こうでもしないと65日で過剰在庫は消せなかったんだよね」
「こんな物凄い量、どうするんだ」
「それは、まぁ……天神館に来た神々に? プロフィール帳を配って? そのー、思い思いに自分のプロフィールを書き合って、かつての人間界みたいにプロフィール帳の文化を流行らせよっかなー、なんて」
「ほう……八百万のプロフィール帳ってことか、名案だな」
「ほらこれ見てオーダーメイドなんだよ? 人間用のプロフィール帳と違って、生年月日欄で紀元前が選べるようになってるんだよ。しかも、鎮座地とか担当利益とかの欄もあるし……」
「そういうデザインで注文したのか。あまり調子乗ると向こうにバレるんじゃないのか、私らが神なのが。気を付けないと」
「す……すんません」
とまあ、この一件がきっかけで天界ではプロフィールを交換するのがすっかり日常に溶け込むことになった。
あたしも、いろんな子からプロフ書いてーって頼まれるようになって、大忙し。人助けして書くプロフィール帳はうまいね。
さあこれで、めでたしめでたし。と言いたいんだけど――、この話には続きがあった。
◇◇◇◇◇
――3か月くらい経ったある日の朝、あたしはインターホンの音に起こされた。
「郵便でーす!」
あたしは玄関を開ける。
「手紙ならポストに入れてもらっていいよ」
「あー、この手紙はねえ、今どき流行ってるプロフィール帳じゃないんですよ。祈願書の写しです」
祈願書!? 祈願書なんて珍しい。正直今年もいつものように一通も届かないと思ってた。封筒には「椎名 夏海 より」と書かれてある。一瞬、誰? って思ったけど、すぐにあの3万円のお賽銭の人だ! と気づいた。
あたしは慎重に開封してみた。中には綺麗に折りたたまれた一枚の便箋があって、文章は縦書きで書かれてあった。
〔祈願書 静野神社の神様
私が今年の春にお願いした経営状況の回復について、発注ミスで通常の千倍の量の紙材を抱えておりましたが、祈願の翌日に超大口の注文があり、見事に成就したのでここに感謝を表します。
ありがとうございました〕
やばい! 感謝された! こんなこと初めてなんですけど! あと、どうでもいいけどそういうのは祈願書じゃなくて願ほどき書っていうんだよ。てか、原因は発注ミスだったんだ、こわ!
〔私はあれから二か月ほどかけて商品を生産し続けました。
ちょうど実家に保管していた紙材が無くなったころ、天気予報に反して台風の進路が急変し、東京は災害級の大雨となりました。
そして、雨の影響で住処を追われた「ルリアリ」という害虫が人の家に入り、被害が続出しているというニュースを見聞きしました。
実家でもルリアリが大量発生し、ティッシュやトイレットペーパーなど紙製のものは全てそのアリにかじられて穴だらけになってしまいました。
もしあの時、大口のお客様が注文しなかったらと思うと、恐ろしいです。会社を護ってくださり本当にありがとうございました〕
な、なるほど……そーゆーことだったのか。あたしとしても、夏海ちゃんが助かってマジ嬉しいと思う。まさか、その客と神が同一だとは想像もしてないだろうけどね。
〔さて、来年は新規事業の立ち上げに挑戦していくつもりですので、引き続きご加護のほど、よろしくお願いいたします。
二千二十四年 十月 一日 椎名 夏海〕
神ってのは、信仰されなければ存在できない。
あたしらが今もこうして生きてられるのは、こういう人間のおかげである。今日改めて神と人は支えあってるんだなーと感じた。
ではさっそく、この祈願書? のことをダルオモちゃんにもメールしておこーっと!