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柳は緑 花は紅

作者: 小沢翔太


漫画BLEACH20巻170話藍染惣右介より。



「憧れは理解から最も遠い感情だよ。」



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



私はできた人間じゃない。


あの人のように賢いわけでもない。


あの娘みたいに美人じゃない。


アイツみたいに突っ走ってはいられない。


あの人のようにリーダーって柄でもない。


彼らのようにクラスの中心に私の居場所はない。


私は何でもない、ただの女の子。


そう思って生きてきた。


そんな私の偏屈なお話。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 「灯里は陽キャだからいいよねー。私陰キャだから超怖い。」

ある冬の日の教室、由香の一言。本来なら何気なく受け流すところだが

どことなく心の縁に引っかかり空返事を返す。

その言葉はまるで存在しない四ノ森灯里()へ向けられたもののように感じてしまったからだ。


「そうだね、、、うん。」


「ん?どうしたの?体調でも悪いの?」

由香はさっと懐に入り込み私のおでこと自分のおでこをくっつけて熱を測る。

「わ。」

「う-ん?熱はないかな。」

「ちょっと何すんの!由香がそんなあざとい事したら私、惚れちゃうじゃん!」

「ふっふふ。私も大好きだから両思いだよ?どんどん惚れちゃって!」

「もー!由香!」

私達はその後もイチャコラし続けたが

私の心の縁に引っかかった一言はその後も取れて落ちることはなかった。




 その日の夜、私はベッドの上で由香の言葉を反芻していた。

《灯里は陽キャだからいいよねー。》

「陽キャ、、、いや、いや、いやいや。」

無いな。絶対ない。


じゃなきゃベッドの上で涙を流すわけがない。

誰かに縋らなきゃ生きていけなくなるわけがない。

「うん。ない。」


自分に言い聞かせるように言い続ける。

「というか、皆うちに陽キャっていう想像を抱きすぎなんだよなー。」

前に付き合っていた彼氏とデートに行ったときもそうだった。


 うちが床に落ちたお菓子(フィルム付き)を拾おうとしたら

「あ、灯里まだあるからこっち食べなー。」

そういわれ、ポケットから出した新しいお菓子を手渡される。(いや、これは私も悪いけれど。)

「ん?大丈夫大丈夫!フィルムはがせば全然食べれるよ。」

「いやいやいや、灯里様にそんな失礼な事させませんよ!!こっち食べな!」

「別に私そんなの気にしないよ?」

「いいからいいから、灯里みたいにクラスのトップに君臨する人に落ちたモノ食べさせたなんて

周りのやつらに殺されちゃうよ。」

みたいな感じで無理くり押し切られた。


まぁこれでも彼氏だったからね、優しさなのかもしんないけどさ。

最後の「周りの奴らに殺されちゃう」って何なんだよー!

うちのお腹が下るとかいろいろあるでしょぉ!彼氏のくせになんだお前は!


 「あー!なんかむしゃくしゃしてきた!こういう時はー。」

ベッドから思いっきり飛び出てスマホを手に取りもう一度ベッドに潜り込む。

「伊賀に愚痴聞いてもらお。」

Lineを開いて伊賀とのトークを開く。

そしてフリック操作でサクサクと入力していく。


『伊賀ー聞いてよー。』

送信して数秒後、割とすぐに既読がついた。

 『なんじゃい』

気だるそうな返事だ。まぁ今は午後11時超えてるし仕方ないとは思うけどさ。


『いやさー、今日由香に(事情説明)。』

 『いや実際陽キャだろ由香おかしい事言ってる?』

『うち陽キャじゃないけど!?』

 『クラスの中心でバリバリ活躍してる人のことを世間一般的には陽キャとしか言わないが。』

『いやいや、うち陰キャだよ?』

 『大ウソつくな。学級委員。』

 『四ノ森灯里は学年三大陽キャの紅一点ていうのがもっぱらだが?』

『いやーその偏見辞めて欲しんだけど。』

 『偏見と言うか第三者の視点と言う感じだな。』


『というより理想像じゃね?。』

『皆うちへの理想高杉。』

 『誤字酷。』

うるさい男。そんなんだから彼女出来ないんだよ。

『理想像あるから私こんなあれのかな。』

 『まぁ間違っちゃいねぇよなー。』

『理想像ってどうすりゃいいのかなー。』

 『その理想像の内容によるだろ。』

 『どんなんよ理想像。』

『陽キャとかギャルとかさ。』

『うち陽キャじゃないから!』

『もうなんかすっごいネガティブになる。』

 『その言い分はまぁ分かるけどさ。』

『うち彼氏にちょっとネガティブな状態見せたら』

『「いつもの灯里じゃない」「心療内科行く?」とか言われたからね!?』

 『俺としては元カレ野郎の言ってることには完全同意する。』

 『お前さんカウンセラーのとこ行けよー学校にいるじゃん。』

『いや、カウンセラーは嫌なんだよなー。』

 『何故?』

『あって数分の人に相談するのなんかなぁって。』

 『多分学校の中で一番心理学に長けた人よ?』

 『俺とかじゃ分からないことも言えるだろ。』

『でも、羽菜とか伊賀で充分足りてるんだよなー。』

 『じゃあ先生行こうぜ。』

『いや、先生の中にも普通に理想像があるんだよね。』

 『八方ふさがり雁字搦めの人生。』


『でも私理想像があるの嫌じゃないの。』

 『あ、そうなん?』

『なんていうかな、嫌いな人の理想像って出来ないじゃん?』

『だから憧れを受けるのは嬉しいんだけど。』

『最近はただの偏見あるし?』

『最近は妬みとか陰口とかも普通に聞くからさ。』

『メンタルに来るね。』

『部活もまじめにやってるうちより1年間サボってる奴の方が強いしさ。』

 『努力は結果だけに意味があるもんじゃないよ?』

 『努力はすること自体に価値があるからな。』

『それでも結果があるに越したことはないじゃん?』

 『まぁな?』


『実際うちは人気でもないしクラスの中心でも何でもない。』

『しんど。』

『口に出して言い聞かせてる。』

『なんか変に自分の中で勘違いしそうだから。』

 『そんな嫌な言い聞かせ方すんなよネガティブ過ぎるわ。』

 『なんつーかなベクトル違うけど。』

 『「私はいじめられてない。いじめられてない。大丈夫。しっかり学校行かないと」。』

 『みたいなことしてんだぞ大丈夫じゃねぇよ。正気じゃねぇよ。』

『いい聞かせてる内容がリアルすぎる。』

 『言い聞かせるなら、私は最強♪ぐらいにしてくれ。』

 『言い聞かせられるならいい方向に言い聞かそうぜ。』

『思考が暗いからできないかな。』

 『無限ループかよ。』


『いや、結局なんだけどさ。伊賀はどうした方がいいと思う?』

 『理想像に苦しむくらいなら理想像になっちまえばいいと思う。』

『出来ない。』

 『なら、まずはそのネガティブをさらけ出せるようにならんとな。』

『今だしてるよ?』

 『俺とか羽菜以外にもだよ。』

 『理想を否定したいなら、素を出せる人を多くしないとさ。』

『うーん。そっか、ありがとう。』

 『おう。』

『なんか起きてるとネガティブになりそうだから寝るわ。』

 『はい、おやすみー。』

『おやすみー。』


その言葉を最後に私はスマホを閉じる。

伊賀は少し変な人だけど、話を聞いてくれるからなー。

でも、愚痴を吐いたハズなのに気分は晴れなかった。

自分は他人の理想の中で生きているんだと思うと吐き気すらした。

でも、起きてる気にもなれず、そのままベッドの中で毛布にくるまって眠りに入った




 翌日、私は部活の朝練があったので7時ごろには学校に向かった。

私は女子テニス部の副部長をしており、幾度か県の大会での優勝経験もある。

部としては関東大会への出場回数13回の県大会常勝校。

県内では向かうところ敵なしなので最近は県外遠征もよくやっている。


荷物を置くために部室に入ると私より早く来ていた後輩や部長の持山が出てきてすれ違いになった。

「四ノ森先輩!おはようございます。」

「あれ?四ノ森先輩元気ない?」

「ていうか先輩手袋とかどうしたんですか?!寒すぎません?!」

後輩達は相変わらず元気だし優しい良い子達だ。

「ああ、うん大丈夫!心配しないで!私は四ノ森灯里だよ?」

目元にピースサインを作って虚勢を張る。

出来る限りこの娘たちの中の《いつもの四ノ森先輩》に近くする。

三人は一瞬顔を見合わせたが

『はい!四ノ森先輩!』と満面の笑みで先に部室から出た。


 その三人を見送っていると後ろから持山が抱きつきながら男前にこう言う。

「灯里。あの子達の前くらい素直になってもいんじゃない?」

相変わらずの超イケボ。惚れちゃう。

「いや、もっちー。男どもにそのイケボしちゃだめだよ惚れ落としちゃうからね。」

「はーいはい副部長さん、でも隠してんのは辞めたほうがいいよー?」

「私別に隠してるわけじゃないよ?」

「そう?、、、、(なら無意識なのかな)別にあの子達は貴女の素顔見ても

驚くことはあるかもしれないけど別に嫌いになったりとかしないと思うよ?」

「、、、かもね。分かった考えてみる。」

「うん!じゃ先行ってるよ?」

「はーい。すぐ行くよ。」

持山は私の体から手を放し部室から消えていった。


 隠してる。か、別に隠してるわけでもないけどなー。

とりあえず荷物を置いて部のユニフォームに着替える。

冬とは言え先生の用意した電気ヒーターがあるからそんなに寒くはない。

けど、心なしかいつもよりは寒く感じる。

何でだろうな、そう言えば元カレが「人間は温度感覚がーー」とか言ってたけど思い出せないや。


ガチャ。


再び部室の扉が開き今度は羽菜が入ってくる。

羽菜はうちの部のエースでクラスメイトに推しがいる面白くて優しい子だ。

「あ、おはよう四ノ森。」

「おっはよー羽菜!今日ゆっくりめだね!」

「ちょっと寝坊しちゃってここに置いてかれちゃった。」

「え?!珍し!羽菜も寝坊するんだね?。」

「私も初めてかもしれない。先生にバレなくてよかった。」

「そうだねー。なんか翔亮とかほどじゃないけど長々といじられそう。」

「ホントギリギリ。危ない危ない。」

美しい笑みでこちらを見てくる羽菜。あー可愛い。


 「ん?あれ、四ノ森今日元気ない?。」

「え?全然全然超元「四ノ森。それで騙されるほど短い付き合いじゃないでしょ」、、それもそっか。」

相変わらず聡い子だなぁ。

「何があったの?告白に保留でも掛けられてるの?」

「羽菜、恋愛能が過ぎるよ。私元カレにフラれて3か月たってないからね?」

「え?経ってないっけ?ていうか経ってなくても好きな人はできるでしょ!」

「羽菜の方こそ進展あったの?あの男とは。」

「まっっっったくない。会話すらしてない。」

「ハハハ、そっかー。」

男の方も焚きつけてるらしいけど、今は効果薄いみたいだね。


「そうなんだよ、っじゃなくて!何があったの!」


「くっ!」

このまま話ずらせると思ったのに。

「言わないならテニス部で囲んで尋問するからね。」

「こっわ。分かった言うよ。」

「よろしい。」

「、、、何て言うかな。私陽キャじゃないのに陽キャって誤解されてるっていうかな。」

「四ノ森は陽キャだよ?」


「いや、そうじゃなくて、何て言うかな。

陽キャとかいろいろ言われても自分で信じられないっていうか。

一旦振り返るために立ち止まったら、もう前には進めなくなるっていうか。

その時は気にならなかった一言が、気になりだしたらもう一生の負の遺産かってぐらい

重くのしかかったりする感じっていうか。」

「・・・・」

「私が授業でした何の悪気もない発言が誰かの反感を買ってるかもって思ったらもう全クラスメイトの目が怖いっていうか。」

「、、、うーん。四ノ森は、自分が信じられない?それとも周りが信じられない?」

羽菜にしては珍しい切り返し方だなぁ、まぁいっか。

「周りのことは信じてるよ。でも、自分の言動がなんでか信じられないんだ、後々の周りが怖くてさ。」

「そっか、でも周りが怖いっていうのは、周りに危害を加えられるかもしれないっていう不安でしょう?周りに何かされるかもって思ってます、でも信用してますって何かおかしな話じゃない?」

「、、、うん。確かに。」

「それにね、言ったらあれだけど陽キャな四ノ森が。

『私実は陰キャなんです!ネガティブな事しか考えられないです!』って言ってもね

私達は別に対応変わんないよ?」


「え?」


羽菜の言葉に何故か虚を突かれる。

羽菜は私の顔をみて不思議そうな顔をしているが笑顔は取れることはないみたい。

「羽菜、今のってどう言う、、」

「あー、何て言うかな。」

羽菜は身振り手振りで説明を始めようとしたが、


バン!


 すっごく気持ちのいい音がしてぶっちぎられた。見れば部室の扉が蹴破られている。

「おい!四ノ森!羽菜!早くしろ!お前ら以外全員そろってるんだぞ!」

顧問の平井先生が竹刀片手に部室の扉の所に立っている。

(色んな意味でアウトだよな、ノックてないし着替え途中だったらどうするんだか。)

(それな。根はいい人なんだけどいろいろ危ういからねぇ。)

私の心の中の伊賀と元カレよ。今は突っ込むんじゃない言いたくなっちゃうでしょ。

あ、羽菜の心の中でも誰かが平井先生に突っ込みいれてる。

多分優ちゃんか誰かかな。

そして、私と羽菜は刹那にも満たない時間でアイコンタクトを取りあう。

ま、ここは安パイだよね。うん。


「「はーい」」


自己韜晦(とうかい)が如く絶対に心の内を見せないようにする。

ここで妙な正義感を出すのはアホらしいし節操がない。

同調圧力に従うのも時には重要だと思った。


その後私たちは朝練を終え、各々自分たちの教室へと向かった。

その間私は羽菜に先ほどの続きを聞こうとしたがたまたまタイミングが被らず聞くことができなかった。

またまた気分が晴れなかったし、今回は疑問まで残してしまった。


 何でだろう。それなのにどこか心の内で幸せを感じている。

ホントになんでだろうな。自分のことのはずなのに分かんないことだらけだ。




 教室で朝学活を終えた後1時間目は理科だったので理科室に移動となった

理科は私のクラスの担任坂田先生が担当の教科だ。

それ故割と実験の準備に学級委員だった私と市村が良く駆り出される。

(私たちが任期の間は後期の桃ちゃんと健太が駆り出されてた。)

いわく、「大人数じゃないけど人手が欲しい時に便利」らしい。

市村はよく「こーれ、もーーパワハラだよねー」と言っている。

今回もその例に漏れず新しく買った実験器具を4階の理科室まで運んでほしいと頼まれ

三人仲良く4階から階段を下っていた。

「先生、今日は何買ったんですか?またイカですか?」

市村がDC相応に目を輝かせながら先生に聞く。

「いやいや、もう解剖の授業はないよ、今回は皆がぶっ壊した豆電球の補充だよ。」

「あー、電圧かけすぎて焼ききらせたヤツですか?」

坂田先生は時折満面の笑みで。

「説明書とかにやるな!って書いてあるとやりたくなりますよね。今日はそれやりましょう!」

とか、面白い事を言うので結構な数の電球がぶっ飛ぶ。

私の認識が正しければ今月だけで20近く壊れている。

予算が馬鹿にならなそうだけど消耗品だから仕方ないらしい。

「そうそう。言っても俺が壊させたんだけどね。」

カカカ!と高笑いしながらゆったり階段を下りる坂田先生。


 「時間余ったらもう一回解剖やりません?この前はイカ食えなかったんでタコ辺りで!」

目を輝かせながら腹の音をぐぅ~と鳴らす市村。

天才君ただの面白キャラになってるよ。

「市村今日腹減ってんのか?カカカ!いつぞやの誰かさんになってるよ。ん?四ノ森体調でも悪いの?」

私が割と話無視して俯いていると坂田先生が何故か心配してくれる。


「え、あ、ちょっと考え事してて。」

「考え事?何々?恋のお悩みかな?この32歳独身婚活サイトやらない系の俺が相談に乗ろうか?」

グッ!と親指で自分を指す典型的なカッコつけポーズをとる坂田先生。

「恋バナするとしても絶対32歳独身の先生とはしないです。」

「こーれもーセクハラだよねー。」

ちょっとだけカッコいい背中を見せた先生を私達は全く遠慮も迷いもなくぶった切った。

「君ら酷くない?」

「「先生が悪いと思います。」」

こういう時は気が合うんだよな。


「はー、で?四ノ森なに考えてたの?」

「あ、俺も気になるな、灯里何考えてたの?」

何故か市村も乗り気になっている。普通にかったるい。

どうしよう、言おうかな。けど原因となった人の前で言うのちょっとなー。

《じゃあ先生行こう!》

「・・・」

言っても何かあるわけじゃないし、言っとこうかな。


「、、、私、陽キャじゃないのに陽キャって思われることが多くて、なんかヤダなって。

ある種みんなの中に理想の四ノ森灯里がいる感じがして、

嫌だけど、皆に憧れを持たれるのはちょっと嬉しくて、なんだか訳分かんなくなっちゃってるんです。」


そして包み隠さず最後まで続ける。

それを二人は珍しく真顔になりながら、トウトウと聞いている。


「それで羽菜とかに相談してみても何か消化不良みたいに不完全燃焼感だけ残っちゃって、

それでずっと考えこんでました。」


坂田先生は立ち止まり顎に手を当てて天を仰ぎ、

市村は私の顔をまじまじと見つめた。今まで私を素直に見つめることすらしたことないくせに。


 そしてゆっくり口を開く。

「灯里、多分だけどその理想?っていうのはさ第三者から見た灯里だからそれもまた君じゃないか?」

「いや、でも、第三者から見た私は陽キャとかいろいろ思われてるけど、実際はそうじゃないから。」

「おー、そうだね」



 「そっか、あーー。四ノ森。君はBLEACHっていう漫画読んだことあるか?」

今度は坂田先生が顎に手を当てながら壁に寄りかかりこちらに質問してくる。

「ブリーチ?ごめんなさいH×H(ハンターハンター)なら分かるんですけど。」

「逆にH×H(ハンターハンター)分かるんだ。凄いね。」

「俺はタイトルだけ知ってます。ジャンプの人気作の一つでしたっけ。単行本の巻頭詩が有名な。」

市村も手すりに腰掛け、完全に三人の歩みは止まってしまった。


「そうそう、BLEACHの中でね藍染惣右介(あいぜん そうすけ)っていうキャラがこんな台詞言うんだよ。

『憧れは、理解から最も遠い感情だよ。』ってね。

俺はその台詞初めて聞いたの大人になってからだったんだけどさ、物凄く納得しちゃってそれ以降俺も言うようにしててね。」

坂田先生はキラキラとはきはきとした声でそう語った。

「このセリフの中の憧れっていうのは一人の人物の中でこの人はこんな人なんだ!っていうこじつけを作る事を指して、理解っていうのはありのままのその人を受け入れること指しているから対比の様に映っている、ここまではいい?」

私の目を見てそう聞いてくるので、小さくだがはっきりと頷く。

「オーケー。この話を全肯定するわけじゃないし別に理解と憧れの共存が不可能とは思わないけど、

どっちかを極端にやっちゃうと両立は難しくなるんだ。

例えばAという人物がいてAは育ちがいい人だという事にしよう。

そしてBという人物はAの育ちの良さにあこがれを持っているものとするだろ。」


坂田先生は身振り手振りを交えて真っ当な教師らしい説明を始める。


「この状況下でAがカッコつけたつもりで「自然に呼ばれたので行ってくるわ」とか言うとさ。

Aにとっては只の「カッコつけ」なのに、

Bから見たら「Aは育ちがいいからああいうんだ」って思う状況になるわけ。伝わる?」


うん?あー、あーーあ、あ、なるほど。

憧れがあるとどうしても自分の中の憧れ(自分にとっての理想像)が邪魔をしてその人の真意を読み取れなくなるのか。


 「恋は盲目。とかも言うけど、恋焦がれる事だって誰かに憧れを見ることに他ならないからね、だから自分の中の憧れと合致しない事実を受け入れられなくなるんだよ。」

坂田先生は本当に饒舌だった。なんなら授業の時より活き活きとしていた。

「あとはアイドルとか俳優(推し)がウンコしないとか言ってる奴らも憧れだよ。

一ミリも一ナノも汚れた部分があっちゃいけないとかいう勝手なこじつけ。

歴史上でもよくあったことだ、天草島原の乱の天草四郎なんかもいい例だね。

何かしらの象徴は純真無垢の綺麗でいなくちゃならないんだよ、

少しでも疑われたり怪しまれたり信じる心が欠けたら

それを信じさせてる人と信じてる人の都合が悪くなるからね。ほんとバカみたいな集団心理だよ。

それにね、これは偏見も同じことが言えるんだ。

よく知りもしない癖にこの人はこう言う人だっていう先入観にとらわれてる。」


カカカ。高笑いにも近い声で坂田先生は笑いながら続ける。


「馬鹿らしいよねぇ。汚れのない人間なんているわけないだろ。

憧れを被害妄想の理由にしちゃいけねぇだろ!

誹謗中傷とか誰かの思想たっぷり悪意マシマシの一言聞いただけでそいつのこと理解した気になってる大馬鹿どものやる事だろ!カカカ!

憧れは悪い事でも何でもない!

だが憧れをその人に押し付けようとするのはただの傲慢だ!

そんな傲慢な大馬鹿どもがはびこる社会に未来と可能性のある子供たちを放り込むのに、傲慢な野郎どもの対応の仕方も教えることも出来ないなんて本当に日本教育はバカバカしい!」


左手でバァン!!と壁を叩きつける坂田先生。

そこでやっと先生だけが一人急激にヒートアップしすぎていることを自覚したようで

わざとらしく咳払いをして言葉を濁した。


「あー、、コホン、それでね。四ノ森は理想像を他人に持たれるのは嫌だけど憧れては欲しい訳じゃん?

それならね、先ずはしっかり素をさらけ出して理解してもらわないと両立は無理なんだよ。

なんでかっつーと。」

坂田が先生はそこで言葉に詰まり視線を右上にずらした。


そしてそれを市村が引き継ぐ。

「、、理解されたうえでの憧れは成り立つけど、憧れが先にある状況での理解は憧れの喪失に等しいからまずは理解してもらわないといけない。ですかね?」

市村は頭をポリポリ掻きながら気だるそうに言い放った。

「流石市村。大正解!」

ゲッツのポーズで市村を指さす先生。

「あれ、でも別に憧れが喪失したならもう一回取り戻せばいんじゃないの?」

私がそう聞くと坂田先生が今度は私を指さしてこう言う。


「良い質問だが、例えるなら一度壊したガラス細工を精巧に寸分変わりなく元通りにするようなもんだできるわけがない。出来たとしても不細工なガラス細工にそれまで見えなかった美しさを見出すほかなくなる。基本無理だ。」

「その点理解からの発進なら最終的に出来上がった像の美しさに気づくわけだから比較対象がないし気づきやすいでしょうね。」

もういっちーも説明側に回ってんじゃん。

「あとは理解されることを放棄して理想像に近くなるのも手ではあるけどこれは無理ですね。」

訝しむような顔をしながら市村は坂田先生に舌を巻く。

「そうだねー、四ノ森嫌でしょ流石に。」

「え、はい。嫌です。理解はしてほしいです。」

急な質問に驚いてすこし声がうわずりながら答える。

坂田先生は首を傾げながら私を見つめていた。

なぜだか怒られているような気がして私は右上の方に視線をずらした。


 「まぁ、別に理想像があっても無くても崩れてようが作り途中だろうが、

何か対応が変わるわけじゃないと思うけどね。」

坂田先生は遠い目をしながらそうつぶやく。

その姿に何故か羽菜の面影が見えた。


「え?」


市村を見れば、うんうんと頷いている。

私だけわかってないのかなこれ。どうしても人間なんだから多少の変化はあると思うんだけど。

だって、陽キャと陰キャへの対応が同じなはずないし。


「あ?分かってなさそうな顔してんな四ノ森。」

「全く灯里は変なとこ鈍感だね。」

2人して肩を震わせて笑いだすもんだから私は苛立ちを乗せて抗議する。

「ちょっと!何ですか!最後まで言ってください!なんかうち怖くなってくるんだけど!」


その間もカカカと笑い続ける二人。流石に腹が立ってきた。

先輩直伝のテニス部流ビンタで紅葉咲かせてやろうかな。


「いや、あのね`陽キャの四ノ森灯里`と`陰キャの四ノ森灯里`どっちでもまごう事無く四ノ森灯里なわけじゃん?なら別に俺等は何も変わらないよっていうことだよ?灯里。」

市村が本当に今までで見たことがない程の慈愛に満ちた目で私を見ている。

はっきり言うと気持ち悪い。それに、

「いや、陰キャと陽キャが同じ対応なわけないでしょ!」


「四ノ森、それも偏見だよ。」


「え?」

先生は私を冷ややかに見つめながらそう指摘した。


「四ノ森はさ、陽キャと陰キャに明確な対応の違いがあると思ってるんじゃないか?」

「え?違うんですか。」


いや、違うわけないでしょ分かってるよね。私

希望を持つな、可能性を考えるな、夢を見るな

そのせいでいくつ失ってきた。

違いがあるから、あの時のカーストが

あの時の暴言が。

あの時の暴虐が。

今までの全てがそのせいなんだ。

そう言われてきた。

そう思って生きてきた。

そうだよね、うん。当たり前だ。

そして私は小さな声でつぶやく。


「違うわけな「勿論違うけど?」


坂田先生は私のつぶやきを遠慮なくぶった切る。

今日は多いなこういう事。

でも、今回は嘘をついてる珍しいな。


「いや違うわけ「違うよ四ノ森。」


まだ押しとおるつもりなんだ。


「そんなわけ「先生の言うとおりだよ違うよ灯里。」


市村も先生側(そっち)に行くんだね、

非道い()


「!嘘つかな「嘘じゃない。」


「絶対に違「違わない。」


「っ!違いはあるに決まっ「無いんだよ。四ノ森いい加減認めろ!」


先生は声に抑揚と威厳を乗せて私を小さな声で叱りつける。

その声は叱りつけるための声のはずなのに変に優しくて慈愛の籠った声だった。


「四ノ森。」


「はい。」


「大事なのは、その人が、どういう分類かじゃないんだよ。

まずまず分類何て言う分かりやすい観点で人を見れると思うなよ烏滸がましいからな。」


先生は真っすぐに私を見据え一直線に話し続ける。


「人間は陽キャとか陰キャとか、そんな大雑把なくくりで括れるほど単純じゃない、優しい人だと思ったら裏では罵詈雑言を息するみたいに言いまくる人もいれば、優しさが伝わらなくて怖がられてる人もいる

人間の性格は二面性、三面性あってなんぼなんだよ。

それを下手に妙な尺度で測るから変に苦しむんじゃないか?

大事なのは四ノ森灯里が陽キャか陰キャかどうかじゃない。

陽キャと陰キャが四ノ森灯里かどうかだよ。

つっても、JCにはちょっとわかりづらいかな?」

坂田先生の目にはギラリと覚悟と熱情が宿っている。


「灯里。」

市村も()()は私のはずなのに()()をともすような目をしてこちらを見ている。その目の中にいるのは目に涙をめいっぱい溜めた今にも泣きだしそうな四ノ森灯里()。今の私が映っている。何故だがその事実に嫌なほど心を動かされる。


「なに?いっちー」


 市村は私と目線を合わせるために片膝立ちになり。

中世の騎士よろしく私の手を取り下から私の顔を覗き込む。


「先生の補足だけど、俺たちは陽キャだから四ノ森灯里の隣にいるわけじゃない。

逆に君がネガティブになったからって俺たちは君の隣から離れるつもりはない。

大事なのは君が四ノ森灯里()である事なんだよ。

俺たちは四ノ森灯里()のことが好きだから。

四ノ森灯里()と一緒に居たいから、君と笑っていたいから。

君の隣にいることを選んだんだ。

四ノ森灯里の魅力なめんなよ?」


彼は自信と慈愛に満ちた笑顔をこちらに覗かせた。

離れていったくせに、逃げたくせに、私から遠ざかっていくことを選んだくせに

それなのにこんなにも甘ったるいことを言う。

その様が可笑しなぐらい優しくてうれしくて温かくて心地よくて愛おしくて不意に涙が零れた。


 「四ノ森、過信しないっていうのは良いことだよ、でも自分をイジメるのは感心しないな。」

カカカ再び笑って私を見つめる先生。

「あと、クラスの中心って言うのは他の誰でもないクラスメイトが決めることだから、そのクラスメイトに中心って思われてるんだから自信もっていいよ。実際四ノ森は市村よりも仕事してるからね、カカカ!」

「あははは、返す言葉もないっすね。」

市村はまた頬をポリポリと掻いている。

何気ないいつもの二人だった。すっごく安心した。

流れた涙よりも多くのものが心の中から溶け出していった


「フフフッフ。そうですね。はい!私は市村よりも仕事してます!」

「ちょ、ちょっと灯里!?」「な、そうだろ?クッカカカカカカ!」

「フフフフフ!」

「もう二人とも、、、あははは!」

三人で声高々に笑った。今まで残っていた燃えカスのような不安の種は綺麗サッパリ消え去っている。




 「四ノ森。」

「灯里。」

笑いあった後、二人が声を合わせて言った。


「「もっと、もっと四ノ森灯里を信じろ!四ノ森灯里!」」


「、、、はい!」

私はこれまでにない笑顔で、偽りの欠片すらもないような美しい笑顔でそして大声で返す。

「ありがとう!先生。いっちー!」


「どういたしまして。」

「You're welcome Akari!」


良い感じの雰囲気。心優しい彼と担任教師、何気なく相談に乗ってくれる友達。

思い返せば私は報われているな。そうしみじみと思った時だった。


キーンコーンカーンコーン。

キーンコーンカーンコーン。


「「「あっ、授業準備!」」」


やっと今日初めて三人全員の声が重なった。


Fin.



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