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3 沼、決壊

 少年は刀のつかに手をかけたまま、呆れたようにまりんを見ている。

「サ、サ、サ・・・サインしてもらえますか!? あっ、この場合は、花押か?」


「私は、まだ花押を書ける分際ではござらぬが・・・。そなたは・・・?」


 あっ、そうか。わたしまだ名乗ってなかった。失礼だよね、これは。推し(・・)に対して、めっちゃ失礼だよね?

 しかも相手は、戦国武将。若いといえど、天下の松平元信様だ! なんてとうとい!!


「た、た、た、た、た・・・わ・・・わたしは、岳川(まりん)! ここは!・・・・元信様の時代からは470年未来の岡崎城です! あなたは、たぶん時を超えてここに来たんだと思います! ・・・でも、どうやって・・・?」

 まりんは自分でも言動がおかしいと思うが、目の前にいるのが正真正銘の松平元信だと思ったら、もう歯止めが効かない。


「すると・・・」

と、元信少年は少し考えた後、まりんを見て言った。

「そなたの話が本当だとして・・・、いや、この景色を見れば本当としか思えぬが・・・。そなたは、我が一族の末裔なのか?」


 あ、そうか。そうだった。いみなは主筋か親戚でなければ呼んではいけないんだった。

 こんな初歩的なことまで吹っ飛んでるなんて・・・。落ち着け、わたし。

「あ・・・、ご、ご、ごめんなさい! いや、すみませ・・・申し訳ありません。わたしは、親戚筋ではないです。次郎三郎殿!」

 よ・・・呼びにくい。


 少年は少し口の端を上げて微笑みのようなものを見せ、刀の柄から手を離した。

「我が岡崎は、四百年しひゃくねんの後にはこのような繁栄を見せておるのか・・・。これは、夢であろうか・・・?」

「ゆ・・・夢じゃないよ! で・・・ですよ! 次郎さぶろれ・・・」

 痛っ! 噛んだ。。(>_<;)

「あなたは、天下人となっれ、徳川260年の太平の世を築いたんれす! だからこそ、この岡崎城跡もこのように史跡公園になっれ、470年経った今も英雄徳川家康の物語は語り継がれているんですぅ!」

「とくがわ・・・?」

「あなたは後に天下人となる時には、徳川家康と名乗るんですぅ!」


 元信少年は、目の前で目を輝かせて語り続けるまりんを呆れたように眺めていたが、やがてそれは優しげな微笑へと変わっていった。


 まりんには、その表情の変化の意味が分かってはいる。

 元信少年は、次郎三郎殿は、まりんのハッチャケぶりに呆れ、年下の子どもを可愛いと思うような気分で微笑んだんだろう。(まりんの方が3つも年上なのに)そして、少しだけ、後世にこんなふうに語られていることが嬉しいのかもしれない。

 意識の奥の方に押しやられてしまったまりんの理性は、そのことをちゃんと分かってはいる。とても17歳の言動とは思えないぞ? まるで子どもじゃないか。

 分かってはいるが、沼が止まらないのだ。


「それでね! 小早川の寝返りを取り付けてあった東軍は、石田三成率いる西軍を1日で破ってしまってね・・・」

 日ごろ、誰とも話が合わずに話したいことが腹一杯に溜まっていたのだろう。まりんは元信少年本人を前にして堰を切ったように、じゃなくて、堰が決壊して、時代の後先もめちゃくちゃに語り続けてしまった。


 やがて、元信少年の微笑に、ふっ、と悲しげな陰がわずかに差した。

 そのことをまりんの理性は見逃さなかった。理性はちゃんと生きている。崩壊したわけではないのだ。


 語りに、ブレーキがかかった。

「・・・・・・・・」


 あ・・・。わたしは・・・。


 松平元信は、17歳くらいまでの間には元康と名乗るはず。・・・とすると、目の前にいる元信少年は少なくとも14歳から16歳の間のはずだ。

 見た目からしても16歳とは思えない。月代の初々しい青さからして、元服したての14歳ではないか? そういえば、「花押の書ける分際ではない」とも言っていた。

 まりんの理性が急速に頭をもたげてくる。


 14歳といえば、人生まだこれからの年齢じゃないか。

 何もかもがまっさらで、未来に向かって希望と不安をひっ抱えて走り出す年頃じゃないか。

 そんな少年に、この先の人生の全てをしゃべってしまうなんて・・・。誰を殺して、誰を失い、いつ、どのようにして天下を手に入れ・・・。


 わたしは・・・、なんて残酷なことを・・・・?



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