17 その気配り
「わたし、明日から風邪ひくから。」
「へ?」
月曜日の昼休み、海は真人にそう言った。
「23日の休みまで3連休にして、もっちゃんを遊園地とか連れて行こうって思うんだ。」
「じゃ・・・じゃあ、ぼくも・・・・」
「まずいよ。それは、さすがに——。なんか変な噂たてられてるみたいだし。岩吝図くんに迷惑かかっちゃうといけないから。」
真人の胸がまた、ずきん、と痛む。
迷惑。・・・ではないんだけど・・・。
「23日と、それから送り出す週末も——、できたらお願いしたいけど・・・。」
海にまっすぐ見つめられて、真人はまた心臓が、ばくん、とした。
「うん。もちろん。」
海は鈍感ではない。
真人の気持ちに、すでに気づいてはいる。だからこそ・・・。
深入りできない。
海は、密かに芽吹いたある考えをまだ誰にも、片鱗さえ見せていない。
「天気、ヤバそうだね。」
週間天気予報を見ると、週末あたりに低気圧の影響を受けそうな気配がある。
満月は27日だ。
世間は「ビーバームーン」とか言って少し盛り上がっているけど、その日東海地方は曇りか雨になってしまう可能性がある。
ビーバームーンが見たいだけの人たちには「残念だったね」で済むかもしれないが、元信くんにとっては大変な話だ。
どうする?
「満月っていうのは、太陽と地球と月がほぼ一直線に並んでいる状態なんだ。下弦の月でも反応はあったんだから、完全な満月の瞬間でなくても条件はそろうと考えていいと思う。」
真人が不安な表情の海にそんなことを話した。
真人は自分にできるあらゆることをしようとしている。計算も、推論も——。岳川さんを笑顔にするためになら。
岳川さんと元信くんのためになら。
自分は、影でいい。——今は。
「つまり?」
「前日夜中でも、翌日の宵の口でも、角度的には大きくないから可能性はあると思う。」
天気はどうやら、27日の午後から崩れるらしい。
転移は26日の深夜に行うことに決めた。
「それなら、まりんたちと遊ぶのは25日が最後だね。」
元信くんは、口調をまた現代っぽく戻している。
「わ・・・わたし、もう少し風邪こじらせちゃおうかな・・・?」
「ダメだよ、まりん。学校の勉強もあるのだろ?」
・・・・・お兄さんみたいなことを言う・・・。
「どこ行きたい?」
海の問いに、元信くんは少し考えてから顔を上げた。
「岡崎城へ行こう。」
「え?」
「まりんは私がいた頃の岡崎城のことをもっと知りたいのだろう? その日は私の知る限りのことを話してあげるよ。」
11月25日。
最後の土曜日。
岳川海と岩吝図真人と松平元信の3人は、連れ立って岡崎城跡公園を散策していた。
元信くんは、堀の形や地形から推測して、彼のいた時代の岡崎城の様子を海たちに話して聞かせてくれる。
それは、今はない門の形や立木の姿にまで及んだ。
海の脳内のARが、どんどん色鮮やかになってゆく。
この子は、もっちゃんは、わたしを楽しませようと心を配っている。
明日は、厳しい戦国の世に戻ろうというのに———。
まるで、この現代に一時自分が居たのだという痕跡を残そうとでもするように。
岡崎城にまた夕暮れが訪れようとする頃、武将隊の出し物の大音響も消えた二の丸跡。
海の中に芽吹いていた考えは、その胸の中で大きく育ってしまい、そして、ついに口をついて出た。
「もっちゃん。わたしも一緒についていっていい?」