16 殿様だから
このところクラスで急速に接近している男女がいる。
まあ、別に、それ自体はどうってことはない。
ただそれが、誰が見たってクラスの男子との恋愛話とは無縁! と思われていた岳川海と、いるのかいないのか分からないような岩吝図真人となれば、他人の恋バナを餌に生きてるような女子の間だけでなく、海の友人たちにとっても「一大事」に近かった。
「ねえ、海。あんた岩吝図くんとつき合ってんの?」
2限目の体育の後、更衣室で親しい仲間の美幌友子が直球で訊いてきた。
「は?・・・・・」
しばらくの沈黙の後、海が吹き出した。
「ちゃうよぉ! そんなんじゃないよぉ!」
しばらく笑いながらむせ込んだ後、呆れたような顔になって海は言う。
「なるほど、そう見えたか。ちょっと込み入った相談に乗ってもらってるだけなんだ。」
「何か困りごと?」
「ん・・・まあ・・・。困ってるってわけでもないのかも、だけど・・・。」
「水くさいなぁ。わたしらじゃだめなん?」
水野真理恵が口を尖らす。
「いや、ごめん。みんなは信頼してるけど、これはあいつにしか相談できない内容なんだ。」
「何それ?」
「この中で、歴史資料についてわたしと互角に話できる人いる? 量子力学について解説できる人、いる?」
「う゛・・・・・」
「え・・・・・?」
「何? なんか、とんでもない試験受けるの・・・?」
そして今日も、昼休みになると岳川海は岩吝図真人と並んでお昼を食べながら、何かを真剣に話しているのだった。
話しているのは、現代にいる間のもっちゃんをどう持て成そうか——ということと、彼は本当に帰れるのか? ということだった。
もっとも、クラスメートたちの誤解は、半分は誤解ではないかもしれない。
海の気持ちはともかくも、真人はこうして頼ってもらえることが、話ができることが嬉しかった。
たとえ岳川さんの心の中が、もっちゃんで一杯になってるとしても・・・。
翌週の週末は映画を観に行った。
メンバーは例の3人である。海と元信くんと真人。奇妙なデートというほかない。
戦争ものや時代劇は避けて、アニメにした。
「この時代では、絵に描いたものを動かすことまでできるのか・・・。」
観終わったあと、元信くんは感心したように言った。
「まるで妖術だな。」と笑う。
嫌悪しているわけではない。素直に現代の技術に感心しているのだ。
「難しい技術じゃないよ。弓矢や絡繰と同じ。人間の目の錯覚を利用してるんだ。」
岩吝図くんがノートの隅にホネ人間を描いて、パラパラアニメをやって見せる。
元信くんは1枚1枚を確かめて見てから、自分でもパラパラやってみて感嘆の声をあげた。
「動いて見える!」
それからしばらく考えるように黙っていた。
「上手く使えば、敵を欺くことができるやもしれぬ・・・。」
言葉が元に戻っている。
「まぁた、そんなことばっかり考えて。」
海が話題を戻そうと笑うと、元信くんもちょっとはにかんだように笑顔になった。
「ここは平和なんだから、現代にいる間は戦のことは忘れて楽しんでって。」
「うん。ここは楽しいことがいっぱいだな。・・・・・」
それから少し元信くんの声が潤んだ。
「ずっとここに居て・・・ずっとまりんと一緒にいられたら・・・」
真人ははっきりと自分の胸が、ずきん、とするのを感じた。
「でも、私は松平家の当主なんだ。後継ぎすらまだいないんだ。もしこのまま、私が消えてしまったら・・・」
そう言って海を見上げた元信くんは、微笑んではいたが瞳が少し潤んでいた。
「あいつらは、三河者は・・・、頭硬いんだ——。だから、尾張侍みたいにサッと身軽に転身なんかできない。私は、帰ってやらないと・・・。」
元信くんは真人を見上げた。
「岩吝図殿、よろしくお願い申す。」
真人は少し怯んだ。
計算式に無理やりな仮定を当てはめて、無理やり今回の出来事を説明してみせただけに過ぎない。
それも半分以上、岳川さんの関心を引きたかったからだ。
真人は黙ったまま、少し赤面した。
「だから、まりん殿。」
と元信くんはまた海を見上げる。
「楽しいことをいっぱい教えてくだされ。『えいが』のような、この一場の夢のような世界にいる間は——。」
「その思い出だけを深く懐にしまって、私は現実に戻る。」