表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/19

16 殿様だから

 このところクラスで急速に接近している男女がいる。


 まあ、別に、それ自体はどうってことはない。

 ただそれが、誰が見たってクラスの男子との恋愛話とは無縁! と思われていた岳川海たけかわまりんと、いるのかいないのか分からないような岩吝図真人いわしみずまさととなれば、他人の恋バナを餌に生きてるような女子の間だけでなく、まりんの友人たちにとっても「一大事」に近かった。


「ねえ、まりん。あんた岩吝図いわしみずくんとつき合ってんの?」

 2限目の体育の後、更衣室で親しい仲間の美幌友子みほろゆうこが直球で訊いてきた。

「は?・・・・・」


 しばらくの沈黙の後、まりんが吹き出した。

「ちゃうよぉ! そんなんじゃないよぉ!」

 しばらく笑いながらむせ込んだ後、呆れたような顔になってまりんは言う。

「なるほど、そう見えたか。ちょっと込み入った相談に乗ってもらってるだけなんだ。」


「何か困りごと?」

「ん・・・まあ・・・。困ってるってわけでもないのかも、だけど・・・。」

「水くさいなぁ。わたしらじゃだめなん?」

 水野真理恵が口を尖らす。

「いや、ごめん。みんなは信頼してるけど、これはあいつにしか相談できない内容なんだ。」

「何それ?」

「この中で、歴史資料についてわたしと互角に話できる人いる? 量子力学について解説できる人、いる?」

「う゛・・・・・」

「え・・・・・?」

「何? なんか、とんでもない試験受けるの・・・?」


 そして今日も、昼休みになると岳川(まりん)岩吝図真人いわしみずまさとと並んでお昼を食べながら、何かを真剣に話しているのだった。


 話しているのは、現代にいる間のもっちゃんをどう持て成そうか——ということと、彼は本当に帰れるのか? ということだった。

 もっとも、クラスメートたちの誤解は、半分は誤解ではないかもしれない。


 まりんの気持ちはともかくも、真人まさとはこうして頼ってもらえることが、話ができることが嬉しかった。

 たとえ岳川さんの心の中が、もっちゃんで一杯になってるとしても・・・。




 翌週の週末は映画を観に行った。

 メンバーは例の3人である。まりんと元信くんと真人。奇妙なデートというほかない。


 戦争ものや時代劇は避けて、アニメにした。

「この時代では、絵に描いたものを動かすことまでできるのか・・・。」

 観終わったあと、元信くんは感心したように言った。

「まるで妖術だな。」と笑う。

 嫌悪しているわけではない。素直に現代みらいの技術に感心しているのだ。


「難しい技術じゃないよ。弓矢や絡繰からくりと同じ。人間の目の錯覚を利用してるんだ。」

 岩吝図いわしみずくんがノートの隅にホネ人間を描いて、パラパラアニメをやって見せる。

 元信くんは1枚1枚を確かめて見てから、自分でもパラパラやってみて感嘆の声をあげた。

「動いて見える!」


 それからしばらく考えるように黙っていた。

「上手く使えば、敵を欺くことができるやもしれぬ・・・。」

 言葉が元に戻っている。


「まぁた、そんなことばっかり考えて。」

 まりんが話題を戻そうと笑うと、元信くんもちょっとはにかんだように笑顔になった。

「ここは平和なんだから、現代ここにいる間は戦のことは忘れて楽しんでって。」


「うん。ここは楽しいことがいっぱいだな。・・・・・」

 それから少し元信くんの声が潤んだ。

「ずっとここに居て・・・ずっとまりんと一緒にいられたら・・・」


 真人ははっきりと自分の胸が、ずきん、とするのを感じた。


「でも、私は松平家の当主なんだ。後継ぎすらまだいないんだ。もしこのまま、私が消えてしまったら・・・」

 そう言ってまりんを見上げた元信くんは、微笑んではいたが瞳が少し潤んでいた。

「あいつらは、三河者は・・・、頭硬いんだ——。だから、尾張侍みたいにサッと身軽に転身なんかできない。私は、帰ってやらないと・・・。」


 元信くんは真人を見上げた。

岩吝図いわしみず殿、よろしくお願い申す。」


 真人は少し怯んだ。

 計算式に無理やりな仮定を当てはめて、無理やり今回の出来事を説明してみせただけに過ぎない。

 それも半分以上、岳川さんの関心を引きたかったからだ。

 真人は黙ったまま、少し赤面した。


「だから、まりん殿。」

 と元信くんはまたまりんを見上げる。

「楽しいことをいっぱい教えてくだされ。『えいが』のような、この一場の夢のような世界にいる間は——。」


「その思い出だけを深く懐にしまって、私は現実に戻る。」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ