悪役令嬢と魔王~攫った令嬢は、みんなに嫌われたド屑な令嬢だった!~
「よくもわたくしを攫ってくれたわね!? どうなるか分かってるわよね!?」
「ふははははははは! 我は魔王アザトースであるぞ、その程度の脅しに屈するわけがなかろう!」
ある日の魔王城、ここに攫われた公爵令嬢が一人いた。彼女の名前はエルマ。民衆に恐れられているわがままな悪役令嬢である。魔王はそれを知らない。
「我の計画もこれでまた一歩進んだわ! あとは主の親からの返事を待つだけじゃが……」
魔王の計画は公爵家を手中に入れること。そして内部から王国を攻略していこうと踏んでいたのだ。果たしてこの計画は上手くことが進むだろうか?
「魔王様!」
魔王の側近が慌てた様子で手紙を持ってくる。封を切っているので先に読んだのだろう。これは呪符や呪言などの罠が張られていないかの確認のためである。
「おお、ミルザか。さっそく返事が来たのだな。返信用の封筒を入れておいて良かったわ」
魔王印の速達封筒。封をしただけですぐに返事が届くという便利な封筒である。せっかちなアザトースが作成した魔道具だ。大好評発売中である。
「こっ、これを見てください。中に――のしが入ってます!」
「なんだと!?」
側近のミルザから奪うように手紙を受け取り、中身を確認する。たしかにのしが入っていた。それと手紙が一枚。内容は『お手紙ありがとうございます。こちらを娘のエルマに付けてください』と書かれていた。
「やられました……これは罠です!」
「ぐぬぬ、通りで警備が全く居ないわけだ! くそぅ!」
悔しさのあまり、魔王アザトースは極大魔法を一発放った。これにより魔王城の半分が消滅する。
「どうしましょう?」
側近はいつものことのように平然としていた。ちなみに射角は計算済みで避難は完了している。犠牲者はいない。
「とりあえず人質だから丁重に扱え。後のことはこれから考える」
魔王は律儀な男だった。例え実の両親にのしを付けられて渡されるような厄介者であろうと、丁寧に扱った。
「お主はミルザの案内についていけ。しばらくお前が過ごす部屋まで連れて行ってくれる」
魔王アザトースは令嬢エルマの手を取り、側近についていくように促した。すると彼女は顔を顰めて手を振り払う。
「汚い手で触らないで! ああ、ドレスが汚れたわ。新しいのを今すぐにちょうだい!」
魔王城の三分の二が消滅した。魔王は紳士だが短気なのである。ちなみにミルザはこれを読んでいて、部下を避難させていた。できる側近である。
「お主の新しいドレスなぞ、すぐに用意できるはずがなかろう」
「今しがた消滅しちゃいましたからね」
魔王の魔法で衣装室が消滅してしまったのだ。つまり、しばらくみんな同じ服で過ごすことになるのである。汚い。
「はっ? 馬鹿なの?」
その通りである。
「まあいいわ。お腹が空いたから何か食べるものを頂戴。紅茶もね」
「そんなのあるわけなかろう」
「今しがた消滅しちゃいましたからね」
そう、食糧庫もまた魔王アザトースの魔法で消滅してしまったのだ。魔王城は今、致命的な食糧難に陥っていた。できる側近もそこまで手が回らなかったのである。人命を優先しすぎた結果だ。
「魔王って馬鹿なの!?」
その通りである。
「お前が我を怒らせるのが悪いであろう。我に落ち度はない」
「そうですね。例え魔王様が百悪くても悪くありません」
ミルザは七十くらいは魔王が悪いと感じていた。いや、九十くらいはあるか。令嬢は挑発しただけでそんなに悪いことはしていない。怒った方が悪い。これは異世界でも共通の認識だった。
「はぁ、わかったわよ。国民から徴収するまで待ってるから今すぐに持ってきなさい」
「そんなの出来るわけないだろう」
「反感を買ってしまうからな」
魔王とその側近ミルザは強く否定した。
それに国民から徴収すると言っても、残っているのはほとんどが魔王の極大魔法の余波を受けて瓦礫と化した街と、食糧庫や衣装室を含めて大半が消滅してしまった城壁だけである。徴収するものがなければ、新しいドレスや食糧を手に入れることはできない。
「はぁ、仕方ないわね。それなら新しい資源を取りに行きましょう」
「新しい資源だと?」
「そんなのどこにあるんだ?」
エルマは体を伸ばし、ストレッチをしながら言う。
「近くに森があったでしょ? そこから持ってくるのよ。あなたたちがね。腐っても魔王とその側近でしょう? 部下も数人連れてきなさいな。今日は眠れないわよ」
「お主は来ないのか?」
一応聞いてみる。ストレッチをしているということは来るのだろうか?
「行かないわよ。レディにそんなこと聞くなんて最低ね」
「じゃあなぜ主は今体をほぐしておるのだ」
「ただの日課よ」
「うぬぅ……」
日課なら部屋でやってくれ。と魔王は思ったが、面倒になりそうなので口を噤んだ。
「仕方ない。城を破壊したのは我であるからな。責任をとろう」
「魔王様、私めが行きますので――」
側近のミルザが進言するが、魔王はそれを手で制した。
「よいっ、我が行く。それに――」
魔王アザトースはエルマを一瞥して一言。
「こやつと一緒に居たくない」
「ああ……」
側近はすぐさま察した。
* * *
「なんでわたくしも連れてこられているのよ!」
「多数決で決まったので」
「部下たちの反対が多かったからな」
エルマは怒り心頭で、魔王と側近を含む部下たちを睨みつけていた。
「何が多数決よ! わたくしは魔王の側近じゃないわ!」
「そうだな、でも今回は一緒に行くことになってるんだ」
「ちっ……面倒臭いわね」
エルマは不機嫌そうにつぶやいた。しかし、魔王とその側近たちは彼女を無視して森へと向かう。
森は魔王城から数キロ離れた場所にあった。かつては美しい自然が広がっていたが、魔王の極大魔法によって今は荒れ果てた姿をしていた。
魔王たちは森の中に入り、新しい資源を探し始めた。しかし、何時間歩き回っても見つけることができず、やがて夕暮れ時になってしまった。
「これは困ったな。どうしようか?」
「つーかーれーたー! 早く帰りたーい―!」
「……はぁ、城に戻るしかないですね」
「まったくだ。仕方ないな」
魔王とその側近たちは森を後にし、魔王城へと戻ることにした。エルマは怒り心頭で、ぶつぶつと文句を垂れながしながら付いて来る。
「こんなことなら、最初から言わなければよかったわ。何のためにわざわざ森まで行ったのかしら?」
「そうだな。でも新しい資源を探すことは大切だったんだ。次は成功するように頑張るぞ」
「……うるさいわ」
エルマは魔王たちに向かってつぶやいた。しかし、彼女の言葉は魔王たちには届かない。彼らは次の作戦を考えるため、魔王の間へと足を運んでいた。
「困りましたね。現在ある食料では一週間も持ちませんよ」
「うぬぅ……どうしたものか」
魔王たちは頭を抱えた。自業自得なのだが今は悔いている時間はない。時は一刻も争うのだ。
「こうなるなら令嬢なぞ攫うんじゃなかったな。奴が来てからろくなことがない」
「まだ一日も経っていませんけどね」
『それに令嬢は文句を並べているだけで別に何もしていませんし』と、ミルザは思ったが口にはしなかった。余計なことは言わない優秀な側近なのだ。
魔王たちは数時間に渡り、現状を打開するために様々な案を出し合った。しかし、どれもこれも上手くいかず、ますます途方に暮れていくばかりだった。
そんな中、エルマが口を開いた。
「……ちょっと、お夜食はまだなの!? お腹が空いたんだけど!」
魔王と側近たちはお互いに顔を合わせる。全員の考えが一致した瞬間だった。
――
――――
――――――
「はぁ、はぁ、はぁ、大変なことになった」
エルドラマ公爵の使用人であるドルデは急いでいた。大問題が発生したのだ。
「エルドラマ様、やられました!」
エルドラマ公爵の執務室の扉を乱暴に開ける。同僚に注意を受けるが、「今はそれどころじゃない」と軽く流した。
「エルドラマ様、緊急事態です!」
「いったいどうしたというのだ。騒々しい。今は忙しいから部屋に入るなと――」
「大至急こちらを読んで下さい! 早く!」
「なにっ、手紙?」
側近の様子から嫌な予感がしたエルドラマ公爵。それにその手紙がどうも見覚えのあるものだった。つい最近届いた手紙によく似ている。あの時は作戦が成功したとほくそ笑んだものだが、まさか――
恐る恐る手紙を開く。その中身は予想だにしていなかった最悪の文章が書かれていた。
『令嬢を返して欲しくなければ、我に従え』
こうして魔王城の食糧難は無事に解決し、おまけに当初の計画も円滑に進んだ。『初めからこうすればよかった』とは誰しもが思ったが、口にしはしなかった。
ハッピーエンド!
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。気に入りましたら、ブックマーク、評価、いいねをお願いします。