時短メイク
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リンダはフィーの変わりように衝撃を受けたようだった。
「フィー様とても美しかったわ。あれは、どんな魔法を使ったの?」
「化粧品に少し光魔法を加えて顔のメリハリを強調しただけですよ。あとは魔法でなくメイクで。フィー様はとてもメイク映えするお顔をしているので、メイクのしがいがありました」
「そうなの?今どきの子は凄いわ」
リンダは代々この家に仕える家系で、侍女長を任されている。
50歳になる彼女は、白髪が目立つようになって来たが仕事が忙しくて、なかなか自分のことには手が回らないのだと言う。
体型も年相応にふくよかになり、物欲もあまりなくなってしまったと。
最新の流行についていくのは大変だと、だから若い子が来てくれて、新しい風が吹くのが嬉しいと明るく笑った。
部屋に入ると、自分の荷物以外に、これから着る予定のドレス数着と、仕事着と普段着、日用品が置かれていた。
リンダが手配してくれたそうだ。
「入院服のままなんですもの。鞄ひとつで可哀想に。もう少し旦那様もお考えくだされば、もっと違う形でお迎えできたのに」
少し不満そうに語る彼女は、置かれた荷物をテキパキと浮遊魔法を使い片付け始めた。
床やテーブルに置かれた日用品たちは、棚やサイドボードなど本来あるべき場所に、次々に収まっていく。
透明のドローンで運ばれているようで、その光景を楽しくて見つめていると、リンダが神妙な声で言った。
「ホントはね、大きな声で言えないけど、ずっと、ジェニーさんが旦那様の養女になったらいいのにって思ってたの」
「それは…」
私は平民ではあるが、血筋は元辺境伯長女の娘。
この国の制度では、生まれが早い者が家督を継ぐ習慣があった。
女でも家督が継げるので、母が貴族籍を抜けなけなかったなら、私は今頃、辺境伯令嬢であった。
だが、母は父を選んだ。
母と父が付き合っていた当時、伯爵次男の父は、功績をあげない限り平民となる運命。
そのため、父は医師を目指していた。
婿に取ろうにも、旨味がない上に、武芸に長けないなど辺境領としては論外。
もちろん、父は自分の兄に何かあって家督を継がなければいけない場合もでてくるだろう。
その場合に備えて、貴族の何たるかは勉強してはいたので、生粋の平民とはかなりの差があるにしても、周囲の理解は得られなかったそうだ。
そんなこんなで、元辺境伯夫妻つまり、私の祖父母も、二人が結婚することをとても反対したそうだ。
籍を入れたくば、貴族として生きることを禁じる。
辺境伯領に入ることを禁じる。
一切の支援を禁じ、相続権や財産分与も禁じる。
半ば追放される形で婚姻した父と母は、王都で病院を経営し、一男二女をもうけ、私の出産を期に、幸せが終わった。
母が他界したことを期に、父と祖父母は交流をするようになったが、今もなかなか溝が埋まらないのが現状だ。
祖父母が隠居した現在では、叔父が良くしてくれるので、一応、養女になることもできるのだが、叔父さんにはウィリアムという一人息子がいる。
彼は、まだ13歳。
年上の私が養女になったら、家督の継承権問題を始め、いろいろな弊害が出てしまう。
リンダに困った顔を向けると、彼女は少し申し訳なさそうに、明るく言った。
「だけど、無理なのもわかってたのよ。貴族の宿命よね。ウィリアム坊ちゃまとの権力争いなんて見たくないもの。だけど、これから一緒に働くのも、なんだか落ち着かなくて。ジェニーさんが良かったら、近所のおばさんくらいの感覚で接してくれるといいわ。タイムレス様にも姉さんって呼ばれていたし」
タイムレス様とは、私の母だ。
リンダの住まいはずっと、この辺境伯邸。
母と叔父さんと3人姉弟のような付き合いをしていたと、聞いている。
リンダは荷物を片付け終ると、夕飯で着るドレスを一緒に選んでくれた。
「近所のおばさんだなんて、他の皆さんに示しがつかないのでは」
「贔屓じゃないのよ。奥様の世話係は、侍女長と横並びの立場なのよ。一番奥様に近いんですもの。ジェニーさんは新人だけど、ここにはイジワルな人も居ないし、安心して働いて大丈夫よ」
優しい笑顔でそういうリンダは、とても頼もしそうに見えた。
ふと時計を見ると、夕飯まであと40分。
着替えに10分だとして、残された時間は30分だ。
30分でメイクとヘアセットを完成させなくては。
限りある時間のうち、ドレスに似合うヘアセットは15分、メイクは15分を見積もる。
ドレスは、広めのラウンドネックで、胸元に魔石ビーズを散りばめたウエストラインの出ないデザインにした。
ホワイト寄りのベージュで魔石がキラキラと光を反射する。
一見派手だが、フィーのドレスはスパンコールのような輝きなので、並んだ時にはフィーより控えめに見え、身分相応に思えるだろう。
これならカジュアルなヘアセットでも似合いそうだ。
着替えやヘアセットの前にまずメイクを施す。
フィーからもらった基礎化粧品を順番につける。
パックは時間が無いので省略する。
次は下地を塗っていき、地肌を整える。
ジェニファーの肌は、あまりシミがなく均一な色味をしている。
なので、下地だけでもだいぶ肌がキレイに見えたので、ファンデーションは塗らなくても良さそうだ。
というか、ファンデーションの色味が明るすぎて、ファンデーションの役割をしていない。
前世では、ファンデーションとは、肌の凹凸などをフラットにして肌をキレイに見せるための品だ。
この世界でのファンデーションは、ただ白くするのみ。
高級品なのに、その使い勝手の悪さに少しイラッとした。
フィーの時と同様、ハイライターとシェーディングで顔の凹凸をハッキリさせ小顔に見せていく。
アイメイクは、垂れ目気味のフレームを隠すようにダークブラウンのアイラインを引いていく。
目尻を数ミリ太く引くと垂れ目が緩和される。
アイシャドウは、ドレスに合わせてブラウン系の色にした。
ナチュラルに、目立ち過ぎないように品を出すのだ。
まずは淡いカラーをアイホールに乗せ、それから濃い色を少しずつ乗せると立体感が出やすい。
一気に乗せるのではなく、少しずつ。
そうすると、崩れにくく粉飛びも少なく目元がボヤけづらい。
アイラインの上にアイシャドウの濃いめの色を、締め色として目のフレームに乗せていく。
この時、濃い色で目をぐるっと囲まないように気をつける。
目頭から目尻に向けて、だんだんと色が濃くなっていくイメージでアイシャドウを塗布すると、目が大きく見えるのだ。
温めたビューラーでまつ毛をぐっと上げる。
マスカラが無いのが本当に辛い。
マスカラは、上げたまつ毛をそのままキープする役割と、まつ毛の存在感を強調して目元のインパクトを足す役割がある。
思わず棚に使えそうな物は無いかとさがしてしまう。
テーブルの上には、瘴気由来のワセリン。
肌の保護剤として使用されている物で、目元にも使用して大丈夫だ。
そういえば、浮遊魔法はどうだろうか。
「ねぇリンダさん。これに浮遊魔法を付与出来ないでしょうか」
「付与しても何するの?ワセリンを塗っても何も浮かばないと思うわ」
「ちょっと試したいことがあって。私は風魔法が苦手で、浮遊魔法を使えないんです。試しにお願いします」
「わかってたわ。やってみるわね」
リンダは、アクセサリーを磨く手を止めてワセリンに風魔法を付与した。
「何もおこらないみたいだけど、これで大丈夫かしら?」
「ワセリンの見た目は何も変わらないですね」
試しに、抜けて床に落ちていた髪を一本拾い上げ、浮遊魔法を付与したワセリンを塗ってみた。
髪は、ふわりと数ミリ浮いてそのまま浮かんでいる。
「思った通り!ありがとうございます!リンダさん!」
さっそく、まつ毛の先に塗ってみると、ビューラーで上げたまつ毛が、さらに少し上向きになった。
これに塗料を混ぜれば、前世に近いマスカラが出来上がるかもしれない。
外商と話せれば、メーカーに希望を伝えてくれるだろう。
要相談だなと思うが、今はメイクに力を入れなければ。
リップメイクは、プランパーリップでぷっくりとさせ、縦じわを無くして、みずみずしい唇に仕上げていく。
完成したメイクに合わせるヘアスタイルは、ハーフアップにした。
そのまま長い髪を垂らすのも考えたが、食事の時に髪の毛が邪魔にならないよう、顔周りはすっきりさせたい。
頭の上半分で毛束を作り、編み込んで後頭部で纏める。
リンダに手伝ってもらい、後頭部を綺麗に整えてもらって完成だ。
アクセサリーは、一粒パールが揺れるデザインにして、上品さを身に着ける。
「ギリギリセーフね!さぁフィー様をお迎えして夕食に向かいましょう」
リンダと共にフィーを迎えに行くと、フィーが歓喜の声を上げた。
「ジェニー!あなた素晴らしく綺麗だわ!早く、旦那様に見せて驚かせましょう」
「はい!ご馳走もたくさん食べたいですね」
食堂に入ると、叔父さんとウィルはもう席に着いていた。
長いテーブルに皿とカラトリーが用意されていて、料理はいつでも並べられる状態になっていた。
「旦那様、お待たせいたしました。フィーとジェニーが参りました」
数秒、静けさが食堂を制した。
叔父さんは遅刻したことに、相当怒っているのだろうか。
手紙でも会うときも、いつも優しかったが一緒に暮らすとなったら変わってしまうのだろうか。
心配が頂点になり、何か言おうとしたその時、声変わり前の可愛らしい声が静寂を破った。
「二人ともお人形さんみたい!」
「ありがとう。ジェニーが変身させてくれたのよ」
フィーが安心したような声でウィルにお礼を言った。
叔父さんはと言うと、口が開いたまま動かない。
「旦那様、大丈夫ですか?」
「お父様!しっかりして!」
「叔父さん?」
ハッと我に帰った叔父さんは、水を飲み干した。
慌てているのか、間違ってフィンガーボールの水を飲んでいた。
「わ、悪いな。フィーがますます美人になって、姉様が生き返ったのかと…」
叔父さんの手が少し震えているような気がするが、大丈夫だろうか。
心配しながら席につくと、料理が運ばれ始めた。
コース料理なのか、各々に前菜が運ばれ飲み物が行き渡る。
大人のグラスにワインが注がれ、ウィルにはぶどうジュースが注がれた。
行き渡った所で、叔父さんがグラスを持ち食事の開始を告げた。
「さて、気を取り直して。今日の良き日に乾杯!」
「「乾杯」」
ワインを一口含むと、ぶどうの豊かな香りが鼻を抜けて幸せが広がった。