モンスターズコスメ
お読み下さりありがとうございます。
とても嬉しいです。
フィーに鏡台の前に座って貰い、買って失敗したというセイレーンのウロコのイブニングドレスを鏡台の側に用意する。
次はフィーに使用するコスメ選びだ。
自信の無さそうなフィーには、芯と知性があるお顔になるようメイクで演出して自信を付けさせたい。
何から使っていこうかと、山積みになっている箱を見つめる。
今世で高級な化粧品に触るのは初めてだ。
どれも平民には届きそうにない高級品。
丁寧に、ひとつひとつ確認していかなくては。
近くにコスメのリーフレットが置いてあったので、よく読みチェックし、使い方も確認していく。
ふと、あることに気がついた。
「フィー様、もしかして、同じシリーズで全部のアイテムをお買いになってます?」
「えっと、外商に化粧品の事は詳しくないって伝えたら、待望の新製品をお試しくださいって渡されたの。モンスター由来の化粧品で、『ラ・マンドラ』って名前なんですって」
「開けても構いませんか?」
「ええ、どれも試して大丈夫よ」
「ありがとうございます。失礼します」
モンスター由来の成分とは心が躍る。
前世でファンタジー上の生き物だったが、現世では本当にいるのだ。
成分表示を見ると、瘴気を基材として、マンドラゴラエキス、人面樹果エキス、ドラゴンエッグなど様々な成分が配合されていた。
新しいコスメとの出会いは、新鮮でトキメキに溢れている。
リーフレットには『新技術でマンドラゴラと人面樹から抽出した美容成分を贅沢に配合』『内側から輝く肌に導く』と記載されていた。
前世でも見たことのあるような謳い文句に、どこの世界も、美の追求は同じなんだなと感心する。
コスメは、スキンケア、ベースメイク、ポイントメイクが全て揃っている。
前世ほどではないが、使えるアイテムは多そうだ。
まずは、スキンケアラインから開封して使い心地を確かめる。
光沢のある上質な紙箱を開けると、マンドラゴラの花を模したキャップをつけた、クリスタルガラスの容器が出てきた。
化粧水に乳液、美容液、クリーム、全て開封し手の甲に塗っていく。
どれも滑らかで、しっとりしたテクスチャは、見掛け倒しでなく、肌をきちんと整えてくれそうだ。
フィーは購入する時に、いくつか試して異常は無かったらしい。
それなら、パッチテストも済んでいるので、気兼ねなく使用できる。
メイクは、環境づくりから。
この世界には加湿器が無いので、かわりに自分の水魔法で部屋を加湿し、湿度を保つ。
用意したコットンに化粧水を浸して、フィーの肌の汚れを取っていく。コットンパックもして潤いを肌に浸透させていく。
「冷たくて気持ちがいいわ。普段、メイクはほどんどしないから化粧水もつけないときがあるの」
「メイク前は肌の温度を下げるのも重要なんです。メイク崩れがしにくくなるんですよ。これからは、しっかりお手入れして差し上げます」
「嬉しいわ」
フィーは夫人になる前は、貧乏な貴族だと言っていた。
自分の為に使う時間も、お金も無かったのだろう。
太陽をたくさん浴びた証のソバカスと、少し乾燥ぎみの肌が、それを物語っているようだった。
実家から連れてきていた世話係は、入籍後に早々に退職したので、お手入れは全て自分でしていたらしい。
20代前半にしては、少々加齢が進んでいるように思える。
パックが終わり、しっとりとした肌に美容液をしっかり入れ込む。
そして、化粧水と美容液を閉じ込めるように、乳液を塗布していく。
「こんなにたくさんの種類を塗るの?」
「乳液のような、油分のあるもので塞がないと、逆に乾燥してしまったりすんです。化粧水が蒸発するときに、肌の水分まで奪っていってしまうので、それだけでは、かえって肌がゴワつくかもしれません」
「化粧水だけでいいと思っていたわ」
「早くからお手入れしているかどうかで、歳を重ねた時に、違いが出ると思いますよ」
スキンケアを終えた肌は、しっとりと艶めいて控えめな光を纏っている。
スキンケアが一通り終わったので、次はメイクにとりかかる。
スキンケアで肌に残った余分な油分を落とし、化粧下地を選んでいく。
ラ・マンドラの化粧下地は、瘴気由来のクリームを基材にしているようだ。
肌をトーンアップしつつ、化粧崩れも防げそうだった。
目幅から鼻先までの三角ゾーンから外側に、指でトントン素早く塗り拡げていく。
この三角ゾーンが美しいと、全体的に美しい印象になるのだ。
塗り拡げ終わったら、次はファンデーションだ。
現世では、リキッドかクッションタイプを使っていた。
ここではパウダータイプしかないのが残念だ。
しかも、色がとても白い。
これを全顔につけたら、ピエロみたいになりそうだ。
貴族は表情を見せないために、肌を白くし厚化粧するのだと聞いたことがある。
しかし、今日はこのあと家族で夕飯なのだ。
そんなシーンで果たして、表情の見えない白塗りは合うだろうか。
答えは否。
仕方ないので、ファンデーションをハイライトとして使うことにした。
光の反射がある箇所は、色が一段白くなる。
おでこ、鼻先、頬、上唇の上、顎にブラシでさっと乗せると、一気に顔がハッキリとしてきた。
次は、コンシーラーでシミを消したかったが、あいにくないようだ。
なので、諦めてフェイスパウダーを全体にフワッとのせ、肌をサラサラにしておく。
サラサラになったら、顔に影を入れるシェーディングだ。
これも見当たらなかったが、ブラウン系のマットなアイシャドウがあったので代用していく。
「アイシャドウを頬に付けるの?」
「良いシェーディングがあれば良いのですけど、無いので仕方ないのです。フィー様は、丸いお顔をしているので可愛らしいですが、可愛いだけでは辺境伯夫人としては物足りないと思います」
「物足りない?」
「初対面で言うのは申し訳ないですが、フィー様は辺境伯夫人としては、弱そうに見えて頼りなく見えます」
「頼りない…」
人は見た目が9割。
それは、間違いであって間違いでないと思う。
「例えば、リスがこっちを向いて美味しそうと言うのと、マンティコアがこっちを向いて美味しそうというのでは受け取り方が違いますよね」
「そうね」
「辺境伯夫人はマンティコアでなければ。人前に出るときは、この国の安全を司る夫人なのですから。ナメられては困ります」
「どうしたらいい?」
「今、シェーディングでお顔の丸みを減らしています。柔らかいく可愛らしい印象から、知的で上質な印象に変わりますよ」
フィーの可愛らしい丸顔を、少し面長風になるようシェーディングすると、知性と品が溢れるお顔になってきた。
次は、アイメイクで意志の強そうにな目元を作っていく。
不揃いな眉を同じ方向に揃え、アイペンシルで角をつける。
「眉ってこんなに細かく描くのね」
「眉はとても重要なんです。ここで意志の強さが表現できます。どうでもいい眉の人は、どうでもよく扱われてしまうのです」
「眉だけでそんなことがある?」
「多いにあります」
ペンシルで植毛するように、一本一本細かく描いていく。
アイブロウパウダーはアイシャドウで代用し、アイブロウマスカラは無かったので、ここではこれが限界だった。
アイシャドウは、ベージュをベースにドレスに合うよう、キラキラしたグリッターを塗布していく。
アイラインを少し横に広めにすると、つぶらな瞳が大きくなり、より洗練された印象に。
フィーのまつ毛はもともと上を向いているらしい。
だが、ビューラーでもっとしっかりと上向きにしたい。
ビューラーを火魔法で温めていく。
「ジェニーは、加湿したり温めたり魔法の調整が上手くて凄いわ。私なら、きっと洪水にしたり燃やしたりしてしまうもの」
「ふふ。ありがとうございます」
ただ魔力が少ないだけだから出来る芸当なのだけれど、と言いたいが黙っておく。
学園では、魔法の授業の実技は赤点ばかりだった。
学友は、魔力が高い人ばかりだったので、少し浮いていたのを思い出す。
「次はリップですね。プランパーリップつけましょう」
「プランパー?」
「ぷっくりなるのです。可愛く腫れます」
「それ大丈夫なの?」
「少しスースーするかもしれませんが、大丈夫です」
この世界でも、プランパーリップがあり嬉しくなった。
前世では、唐辛子の成分だったが、こちらでは、ヒュドラの毒の成分が使われているようだ。
フィーの唇にプランパーリップを塗布すると、より立体的になり、華やかな口元になった。
フィーの顔は化粧が映える造形をしている。
地味な顔は、化粧でいくらでも化けるのだ。
足りないアイテムが多かったが、とても素敵に仕上がった。
「さぁ鏡を見てください」
「まぁ…これは…凄くキレイ…」
「顔はなるべく触らないでくださいね。化粧が崩れてしまいます」
「わかったわ…ジェニーは天才ね」
フィーは鏡台に映る自分の顔を、角度を変えながらまじまじと見つめている。
気に入ってくれたようで嬉しい。
「さぁ、次はヘアメイクをしましょう!」
イブニングドレスなら、きっちりとした上品なシニョンスタイルが似合いそうだ。
フィーのボリュームのある髪は、少しパサついていたので水魔法で潤いを足してツヤを足す。
前髪を流しておでこを出し、後ろの髪は下の方でまとめ団子にする。
おでこを出すのは、自信があることを印象付けるためだ。
そして、後れ毛が出てだらしない印象にならないようよう、細心の注意を払いつつワックスで抑えて完成だ。
「ドレスを着て、ジュエリーを選びましょう」
「ジュエリー選びもお任せしたいわ」
「わかりました。これから夕飯ですし、ウエストはあまり絞らないでおきますね」
「ありがとう。キューティ家の食事はいつも美味しいから楽しみなの。今日はジェニーが来てくれたからご馳走だと思うわ」
「私も夕飯は楽しみです。前に魔物のジビエ料理が美味しくて、おかわりをしたら次から3倍で出てきました」
「ふふ。わかるわ。私もおかわりしたもの」
キューティ家の料理長は、元冒険者なのでジビエ料理が得意だ。
腕によりをかけ、美味しくなるよう工夫してくれている。
耳元につけるジュエリーは、おおぶりの真珠のイヤリングを選んで小顔効果を狙いつつ上品に。
ドレスを来たフィーは、二十歳前半の可憐な少女から大人の上品な女性へと変身した。
「やはりフィー様はお綺麗です」
「ありがとう。ジェニーのおかげよ。ジェニーは物語に出てくるフェアリーゴッドマザーみたい」
フィーもコスメに興味を持ったらしく、製品の説明をわかる範囲でしていくと、ドアがノックされた。
「フィー様、そろそろ夕飯の…えっ美し…こほん、夕飯のお時間です。お支度をお手伝いしようと思いましたが、もう済んでいましたね」
ノックしたのは、使用人たちを取りまとめをしているリンダだった。
「リンダ!ジェニーがこんなに素敵にしてくれたの。私はこの通り大丈夫だから、ジェニーの支度を手伝ってもらってもいいかしら」
「わかりました。ジェニーさんこちらへ」
「あ、まって!これ、ジェニーに持っていってほしいの。何も持って来てないでしょ?ジェニーの私物として使ってほしいの」
渡されたのは、フィーに使ったコスメ一式。
ありがたく受け取り、リンダと共に部屋を後にした。