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お読み下さりありがとうございます。

とても嬉しいです。

気がつけば見たことのない白い天井があった。

私の身体は、ベッドの上で布団がかけられ、身体中に管が繋がっていた。


 寝たまま恐る恐る周囲を確認すると、どうやらどこかの病院みたいだ。

殺風景な部屋、カーテンは閉められて外は見えない。


「買ったリップは…?」

生きていることに困惑するが、大事なのはさっき買ったリップだ。


 つい声を漏らすと、足元でガタッと物音がした。

ビクッと驚いた途端、目の前が一気に真っ白になった。

眩しくて瞬時に目を細めると、自分の身体から光が発せられていた。


 「いつ見ても美しい光魔法だわ!すぐに院長を呼んで来るわね!」


輝きが収まると、足もと側にいた初老の女性は、目に涙を溜めて嬉しそうに部屋を出ていった。


 少し間を置いて現れた初老の医師は、私の顔を見て、あからさまに嫌そうな顔をした。


「貴方の名前はわかりますか?」

「ジェニファー・アンドーです」

「なぜここにいるかわかりますか?」

「魔力が底をついて気を失ったのだと思います」


 医師もとい、父は淡々と診察し、呆れた顔で病室を出ていった。


 私は、全部思い出した。

 今の私、ジェニファーの人生を。


 先程、父を呼んでくれたのは、看護師長のエマ。

私が小さい頃から何かと気にかけて面倒をみてくれる。

そして、ここは街の小さな医院で、小さな頃から遊びに来ていたので顔なじみがたくさんいる。


 そしてここは、魔法がありふれた世界。

 

 誰もが魔力を持ち、成長と共に魔力量が増えていく。

それぞれ得意な魔法をもっていて、3歳くらいから扱い方を少しづつ学んでいく。


 私が得意なのは、光魔法と水魔法。

成長とともに魔力量があまりないことがわかった。

光は蛍光灯くらいの明るさしか出せないレベルだし、水を出せてもジョウロの方がまだ優秀だ。


 ここで目覚めたのは、趣味の花の世話で水を出しすぎて倒れたからだ。


 でも、寝ている間に見たのは、紛れもなく自分だった。

日本人の、安藤カナエとしての人生を、はっきりと覚えている。

もちろん、ジェニファーとして18年の人生もはっきりと覚えている。


 ただ、父に別の人生を送ったと言ったところで、信じてもらえないだろう。

父は厳しい人なのだ。

というか、私は嫌われている。


 きっと、話しても精神が異常なのだと思われるだろう。

入院が長引くかもしれないので黙っておく方が良さそうだ。


 父からその日のうちに、数日の入院が言い渡さた。

ベッドの上で考えるのは、集めたコスメたちのことだ。

どれもお気に入りだった。


 購入したてのリップは、未使用のままゴミとなってしまいさぞ無念だろう。

持って来れたら良かったのに。

この世界でも会いたい。辛い。


 だって、この世界の化粧品なんて、保湿剤とおしろいとリップ、眉墨、チークくらいだ。


 一見、充分に見えるが、全く足りない。

しかも質が前世と全く違って、使い勝手が悪いことこの上ない。


 悲しくて、涙が溢れる。

側で点滴を交換していたエマが、優しく頭を撫でてくれた。

「よく目覚めてくれました。頑張ったわ。」

「ずっと付き添ってくれたのね。ありがとう。」


看護師長という立場で忙しいはずなのに、嬉しそうに、あたりまえよと微笑む彼女は聖母のようだ。

その顔には、初老らしく深いシワが刻まれつつある。


「ねぇ、エマ。私ね、やりたいことが増えたの。叔父さんに頼んでみようと思う」

「ヴィクターさんに?あの人はジェニファーが大好きだから、頼られたらきっと喜ぶわ」

「私がママにそっくりだから優しいのよ」

「それが無くても優しいはずよ」


 私は、亡き母の生き写しなのだそうだ。

金髪に、透き通った白い肌、目の色も母によく似たグリーン。

母を知る人が私を見れば、すぐに親子だと気づくのだ。


 エマの声は優しくて安心する、少し瞼が重くなってきた。

魔力の消費のし過ぎは、体力を削るのだ。

まだ回復するには、時間がかかりそうだった。


 数日経ち、院内散歩の許可がでたのでエマと一緒に中庭に出ることにした。

車椅子を押してもらいながら、中庭の花壇を眺めてると隅のベンチで熊のような大男がすすり泣いていた。


 見知った姿だが、声をかけるのを戸惑ってしまう。

気づかれないように、エマと視線で会話する。


「叔父さんだわ」

「気づかれる前に行きましょ」


 二人はクルっと方向を変え、もと来た道を引き返そうとしたが、遅かった。

すすり泣いていた大男が、すごい勢いでドタドタと駆けて近づいてきた。


「ジェ゛ニ゛ーー!」


 ジェニファーのあだ名を泣き叫びながら、あっという間に目の前に現れたのは、叔父のヴィクター・キューティ辺境伯だ。


 並の男性より頭2つ分は大きい背丈、ガッチリと鍛え上げた身体に、腕まくりした肌から逞しい体毛。

そして、頬から顎にかけてフサフサと立派な髭は、所々三つ編みでリボンが揺れて、キャンディの香りの香水。


「大丈夫かい?ぐすん。いや、入院してるのだから、大丈夫じゃないね。ぐすん。倒れたと聞いて飛んできたら病室に居ないから、ぐすん。余程悪くなったのかと心配したよ。ゔぅジェニーになにかあったらどうじだら」


ヴィクターは、ジェニーの事となるとどうも感情的になってしまう。

大男に泣かれるほど面倒くさいことは無いだろう。

外は目立つので、出来れば病室で会いたかった。


「おかげさまで、元気よ。車椅子だなんて大げさだし、はやく歩き回りたいくらい」

「ヴィクターさん、ジェニファーは順調に回復してますよ。まったくほんと、『残虐な青髭』なんてあだ名、どうかしてますね」

「エマ殿、情けない所を見せてすまない。ぐすん…しかし、この立派な髭で青髭はないだろう」

強面な叔父は、自慢の三つ編みの髭を撫でて言った。


 母の兄であるヴィクター叔父さんは、いつも私を可愛がってくれる。

母は、私を産んですぐに神の庭へ行ってしまった。

父も兄も姉も、母を奪った私が嫌いなのだ。


 でもヴィクター叔父様は、ずっと味方だった。

髭を伸ばして三つ編みにしているのは、初めて会った日、まだ3歳だった私が、その強面で泣いてしまったからだ。


 うろ覚えだが、その衝撃は忘れられない。

その時も立派な髭で、見た目がとても怖かった。

思わず泣いてしまうと、叔父さんはとても困っていた。


 気がついたら、姉が、お土産を包んでいたリボンで叔父さんを飾り始めて、叔父さんにペロペロキャンディを擦り付けてベトベトにしていた。


 いつも怖い姉が、リボンで遊ぶなんてという驚き。

そして、リボンは可愛いものに結ぶものだと思っていたので、つまり、リボンを結んだ叔父さんは可愛いんだと安心した記憶。


 しかも、怒るどころかニッコリ顔の叔父さんからは、キャンディの香りがしている。

それから、私は叔父さんが大好きになった。

 

 出会いから15年も経つのに、叔父さんは私に会う時は、必ず髭を三つ編みにしてキャンディの香りの香水をつけてくれている。


 私と叔父さんは、よく手紙をやり取りをしており、最近、相談していたことがあった。

返事が途絶えたので心配になって来てくれたのだという。


 相談内容は、私の進路について。

今年、魔法学園を卒業する予定の私は、進路先に悩んでいた。

以前から、父には医師になれと言われ、叔父さんからは邸宅で、奥様の世話係をやってみないかと誘われていたのだ。


 小さい頃から医師の勉強をしてきたが、無理やりなこともあり、皆の為になるが苦手意識が強い仕事だ。

 

 かたや、お世話係は食事付きの住み込みで、人並みのお給与。

ただし、仕える相手は親族ではあるが、貴族の御婦人だ。

夫の姪だからと甘えは許されない。


 どっちもコネで、責任のある仕事。

恵まれているのだが、どちらも決めかねる。

前世を思い出す前は、父に従い医師を選んだだろう。

しかし今は、事情が変わった。


 貴族の御婦人の側にいれるということは、高級なコスメに出会えるチャンスだ。

このまま平民向けのコスメを集めようとも、このままでは、貴族が使用するコスメには出会えない。


 高級品は、貴族のための物なのだ。

どんなデザイン、使用感、色味、考えただけでもワクワクする。


 「叔父さん!私に奥様のお世話をさせて下さい」


車椅子に乗ったまま、頭を下げてお願いすると、叔父さんは膝をつき目線を合わせて、手を握ってくれた。


 「その言葉をずっと待っていたっ!歓迎するよ!かわいいジェニー!!」


 叔父さんに車椅子ごと持ち上げられ、私とエマは悲鳴を上げた。

叔父さんは、楽しそうにその場でクルクル回り、歓びを表現していた。


 「そこで何をしているんですか?!」


 突然、父の怒声が聞こえた。

私は車椅子のまま、父よりも高い位置で二人のやり取りを聞くことになった。


 「やぁ!お邪魔しているよ!ジェニーはウチで働くそうだ!いつ退院かな?すぐに来てもらいたいんだ!」

「働く?!娘を下ろしてください!危険です!」

「力には自信があるのだ。で、いつ退院かな?」

「教えません!下ろしてください!」

「雇い主は退院日を知る権利があるだろう。退院日は?元気そうだし、今日でいいかな?」

「医師になる子です!下ろしてください!」


 まったく意見が合わない二人は、平行線のまま時間が流れる。

どちらも声が大きいので、病院中に会話が聞こえている。

とても恥ずかしい。


 「では、こうしよう。今日の日付で雇用契約書を用意するから、退院したら、その日にウチに引っ越すよう手配する」

「横暴だっ!認めない!ジェニファーは医師として育てたんだぞ」

「本人がウチがいいと望んでいるんだ。18歳なら成人だ。本人の好きにさせるのも親の努めではないか」

「5人目だぞ?!あんた結婚と離縁を繰り返して、しかも相手は全員20代前半で離縁しているじゃないか!ふしだらなっ!そんな所に行かせたい親がどこにいる?!」

「おっと、ジェニーを閉じ込めておいてよく言う。貴様の蛮行を暴いてもいいのだぞ」

「必要があったから隔離しただけだ!それに、医療の進歩には、意図しない尊い犠牲が付きまとうものなんだ!彼らも同意の上で問題ない!」


 二人のヒートアップは留まることを知らないようだ。

叔父さんは、だんだん声が低くなり、いよいよ世界を滅ぼす魔王みたいになってきた。

父は叔父が貴族なのも気にせず、顔を真っ赤にして反論し抗議している。


 私とエマは、入る隙もなく、固まるしかなかった。

中庭から見える窓にチラホラ人影が集まってきた。

もう恥ずかしいから本当に辞めてほしい。


「お黙りなさいっ!」


 割って入って来た甲高い声は、私の姉のグローリアだ。


 明るめのミルクティーカラーの髪をまとめ上げ、私よりも濃いグリーンの目は、少し釣り上がってキキリとしている。


グローリアの声に、白熱していた叔父さんと父は急に冷静を取り戻した。


「騒ぎになってると聞いて来たら、なんて恥ずかしい。叔父さま、すぐにこの子を連れてって下さい。お父さま、他の患者様がお待ちです」


ギャラリーにも伝わるよう、ハッキリと宣言した姉は表情一つ変えずに院内に戻っていった。


「では、連れて帰る!エマ殿準備をしてくれ」

「グローリア、そんなこと言わないでおくれ」


 叔父はそそくさと私を運び、父は姉を追いかけていった。

ギャラリーは、何だもう終わりかと一斉に散り散りになっていく。


 馬車に丁寧に積み込まれた私は、ふかふかの座席に座っている。

エマが準備してくれた持ち物を隣に置いて、叔父さんと共に辺境の地へ旅立つことになった。

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