【第4話】森の中を進む
翌朝、目を覚ますとまだ猫は俺の服の中にいた。
覗き込むと目と目が合う。
「よう」
目はパッチリしており、ぼんやりとした動きも無くなり、昨日よりはかなり調子がよさそうだ。
逆にこちらは少しだるい。
横になれず、しかも外で寝たせいなのだろうが、魔力を消費したときのような倦怠感がある。
ちょっとだけど。
横になれ、薄いながらも毛布をかぶって寝ていた牢屋の環境のほうが一段階上だったなと考える。
まあ風邪をひいていないだけましか。
それよりも。
ツンツン、ツンツン
服の上からつついたり揺らしたりするが、猫は身じろぐだけで出てこようとしない。
その表情からは、「なにすんのっ」というのが読み取れるが・・・。
「おい・・・出てこないんだったら、このまま連れて行ってしまうぞ?」
そう声をかけ、方向を確認し立ち上がる。
「いちち・・・」
歩き始め、しばらくして足が止まる。
イジワルそうに笑った息子の顔が浮かんだのだ。
ふふ、あんな顔するようになって・・・。
ってそうじゃない。
(まさかとは思うが、リース家の恥だと言って追手を差し向けたりなんかしないよな?)
「まさかな・・・いや、よく意味も分からずに言われたままにやるかもしれんな。あいつはいい子だからな・・・」
「ふう」
(俺は今丸腰なんだぞ。
まあ追手というならそうとうな手練れだろうから剣があってもダメかもしれないが)
「・・・強度アップ(小)、足腰、足の裏の皮膚に」
自分自身にスキルを発動させる。
すぐに手ごたえを感じ、強く歩き出す。
「うむ、最近この使い方はしていなかったが、まだちゃんと使えるな」
スキル、強度アップはこういった対象の部位を限定した使い方もできる。
特定する分、ほんの少し効果も高まる。
それは貴族の靴が、冒険者が履いているような運動靴に変わるぐらいの効果だ。
スキル自体は発動するだろうとは思っていたが部位に重ね掛けをするのは久しぶりだったのでちょっと不安だった。
5回ほどは重ね掛けにも効果があるため、スタンピードに飛び込む際には必ず使っていた。
それも十数年前の話だが。
「自分の息子の顔で、スキルを思い出すとはな」
俺のつぶやきに猫が身じろぎをする。
これで何か危機を脱せたら、息子に守られたことなる、なんてな。
もちろん息子からの追手が現れたらその限りではないが。
しばらく歩くと、果物が熟しすぎた時の甘ったるい臭いと、そのまま腐ってしまった時のすごい臭いがしてきた。
ほとんど無風なのに、近くには原因らしきものが見えない。
もし果物があるばあい、動物やモンスターが集まっている可能性があるが、どの方向にそれがあるのかがわからないのでまっすぐ歩く。
10分ほど歩いた時に原因となる木が見えた。
よく見ると沢山の動物が周りにいた。
木の下に沢山の実が落ちており、それらは腐ってぐちゃぐちゃになっていた。
虫もすごい。
木にはまだいくつもの果物が見えたが、枝の上には少し大きめのリスのような動物がたくさんおり、こちらを警戒しているのが分かった。
牙をむいており、果物に手を伸ばせば襲ってきそうだ。
こんな森の中でケガはしたくない。
避けて通ることとした。
ふところから顔を覗かせていた猫も、相手の数が多いと見たのか、行くなよ、絶対行くなよ、という視線をこちらに送ってから器用にハナを抑えながら頭をひっこめた。
「ざ、賛成」
猫にならいハナをつまんでから賛成の意を懐の中の猫に伝えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「う~ん・・・」
夜が明け、目が覚めた俺は伸びをする。
続いて服の中でぐいーっと猫が伸びをする。
「んじゃ、行くか」
「みゃん」
ガラガラ声で猫に声をかける。
急に立ち上がったら驚くと思ったからだ。
することもないので歩き出す。
「いちち・・・」
少しふらつくが、体を動かしていればそのうち目も覚めるだろう。
補強のおかげで足をくじくという事もないだろうからと高をくくって歩く。
足腰にかけた補強により、初日と比べると格段に歩きやすい。
むしろ軽く息が弾んで気持ちのいい汗までかいている。
歩きながら原因を考えてみた。
息子の顔が何度も出てくる。
まさかこの軽快なペースは、実は危機感を覚えて体が急かしているとでも言うのか。
嫌なものだな。
先ほどまでの気持ちよさが吹き飛んでしまった。
「ふう」
俺は足を止め汗をハンカチでぬぐう。
そして洗浄してからポケットに戻した。
そして木々の間から時々見える遠くの山を見て、ちゃんと一定の方向に進めていることを確かめる。
「少し早いけど休憩にしよう」
「にゃん」
ちょうどよい高さの岩に腰掛け、息を吐いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
しかし座ってから考えたことといえば・・・
「あいつ、しっかりやってんのかな。
まあ俺なんかよりはしっかりしてるし優秀だから大丈夫か」
息子のことだった。
最後のあの顔普通じゃなかった。
仕事をさせすぎたのかもしれない。
息子には何か家の仕事を、いくつか任せていた。
それすべてが妻グレイシアの実家から任されているちょっとした内容のものらしい。
経営なんかを学校で学んだから執事に手伝ってもらいながらやってみたいと言ってきて、その時はすでに全部執事が仕事をしていたから、軽い感じで任せたんだけど。
その後も気にはなっていたけど丸投げ状態になっていた。
急にこの貴族という世界に入るとのことでつけられた執事達は有能だったが、自分もあんまりだったけど、執事達も結構なものだったと思う。
かなり早い段階から、「この仕事はこちらでやっておきますので、サインだけ練習しておいてください」みたいなことを言われて、俺もこれ幸いとその通りにしてた。
しかし1日の業務の間ひたすら延々とサインの練習をさせられていたのを思い出すと、今でもジンマシンが出る思いだ。
「にゃん?」
「ん、ああ。」
俺は立ち上がる。
「さて行くか。せめて次の水場を見つけないとな」
「にゃん」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
歩けど歩けど水場は見つからない。
夕方になりあたりは真っ暗で、歩くには心細い月明かりだけとなった。
「今日はこのあたりにしておくか・・・」
「にゃん・・・」
俺の服の中に居たくせに、猫は俺と同じように疲れた感じを出してきた。
「お?
・・・どこか近くに水の音が聞こえるから、明日の朝見に行こう」
「にゃん!」
石や根などがない、いい感じの場所を確保し地べたに座る。
そして木に背を預ける。
「ふう、また今日も歩いたな」
そうつぶやくと移動が終わったと察知したのか、ふところから猫が出てきた。
「お前まだ歩けないのか? ちょっと心配になるぞ」
頭をなでながらそういうと猫は少しそれを堪能した後にこちらを見た。
「にゃん」(明日からは自分で歩く! という意思を感じた)
「・・・まあお前は軽いからいいが。 ほら」
クッキーを出してやる。
「今は水がないから、ゆっくり食べるんだぞ」
「にゃん」
猫は顔を背けた。
「いらないのか? まあ最初と比べれば、かなり顔つきもよくなってきているが・・・」
俺は猫を抱き上げ顔を確認する。
月明かりで輝くように映る猫をひざの上にのせ、顔のラインにそって優しくなでる。
「うに」
しばらくそうしてから、俺は数枚のクッキーを食べた。
きれいな形をしたものも、少し不器用な形をしたものも、どちらも噛み応えも舌触りも良く、何度も俺の意見を聞いて調整して焼いてくれた妻を思い出す。
そのクッキーも残り少なくなってきた。
明日の朝に猫と1枚づつで終わりだ。
「グレイシア・・・」
「にゃん?」
「お前じゃねえよ」
何を言っても返事をしてくれる猫に思わず吹き出し頭をなでた。
少しすると猫はまた俺の服の中に入っていった。
「洗浄」
俺は猫と自分と着ている服をきれいにしてから横になった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
次の日、自主的に懐から出てきた猫は、しっかりとした足取りで歩いた。
しかし、すぐに立ち止まってはにおいをかぐ仕草をしたり、きょろきょろと周りを見回したりとペースが遅い。
5分もしないうちに回収してしまった。
そして肝心な水場だが、寝ていた場所から約100メートルほど進んだ場所にあった。
そこそこの流れ、そこそこの幅がある川だった。
川幅は100メートルほどありそうだ。
大きな魚も見える。
「ふむ、無理だな」
無理をすれば渡れなくはないのだろうが、別にその先に目的があるわけでもないので、今度はこの川に沿って歩くことにした。
遠くに見えていた山に向かう感じとなる。
二人で水分を補給してから歩き出す。
ザクザク。
途中に進路をふさぐように生えている木をよけるため、少し森に入ったりしながら歩く。
これだけ大きな川があるという事は、その近くに村や町がある可能性がある。
もしそういう場所に出たら、どう自分のことを説明するんだ?
今更ながら考え始める。
そもそも今着ているこの服が、まず普通じゃない。
こってこての貴族服だ。
それが1人で森の方から歩いてきたら完全に訳アリだと思われるだろう。
いや、実際訳アリなんだけど、それで面倒事を嫌って追い出されたら・・・
「そういえば、俺は何の罪で国外追放なんだ?」
やはり”やられた”ということか?
だとすると息子が一人で? それはないだろう。
冷静に考えれば、かなりの人間が動いていたはずだ。
「今更すぎるな」
これ以上材料もヒントもない状態で考えても仕方がない。
考えたところでどうしたいとかも今はない。
「考えるだけ無駄、仕方がないってな」
兵士時代、上からはよくわからない指示が飛ぶことがあった。
直属の上司も首をかしげながら、割り振りを行う。
理由は分からなくても、命令だからやる。
やることだけは明確だからだ。
あの頃の兵士流で言えば、
今からやらなければならない事、それはこの道をまっすぐ歩いていき、住人に仲間に入れてもらう事だ。
そして断られたら・・・さらに歩いて次をあたる事だ。
「コイツのためにもな」
服の上より、猫をとんとんと指の腹でつつく。
服の中で猫が抵抗した。
結局夜になっても人の住んでいる場所にはたどり着けなかった。
今夜も野宿だ。
俺と猫はクッキーを1枚づつ分け合い、眠りについた。