【第10話】ごはんのグレードアップ(1)
「おじさん!」
「おきてー! おじさん!」
「むお、なんだ・・・おなかに乗るな」
沢山の気配がある。
俺はおなかの上に馬乗りになっている子供を素早く捕獲し脇腹にコチョコチョをお見舞いした。
楽しそうな子供たちの声に次第に覚醒する。
「ったく・・・」
少し離れた場所で見ている子供を含め10人ほどが餌食となった。
改めて周りを見回す。
「まだ真っ暗じゃねえか」
「おじさんこっち」
「いこう、おじさん」
「わかった、わかった」
子供に引っ張られながら外に出る。
「本当に日が出る前じゃねえか」
外はまだ青白く、しっかり目を開けていないとすぐにでも転びそうな暗さだった。
ちなみにこの家にたどり着く前、森で目を覚ましていたのは世界に色が付く時間帯だった。
子供に引っ張られ家をぐるっと回って川に連れていかれる。
子供たちが騒いでいる。
俺は状況がつかめ、ほっとしたと同時に思わずにやけてしまった。
騒いでいる子供たちのそばへ来て見ると、その中心に魚とりの罠があるのが見えた。
そして外に魚が出ており、魚が跳ねる度に嬉しそうに悲鳴を上げて逃げている。
無事に魚が入ったようだ。
「ふう」
俺はほっとして改めて息を吐いた。
「クロードさん! 入ってますよ!」
「おう。今日のごはんは豪華になりそうだな」
俺がそういうと、みんなが飛び跳ねて喜びを表した。
「あっ」
とここで魚を焼くための準備をしていないことに気づく。
急いでナタを手に森へ入り、暗さに苦労をしながら木の枝を数本落として戻る。
家の裏、みんなが居る川の方に戻ってきてから加工を開始する。
こちらの方がまだ明るく、安全だと考えたのだ。
切り落とした枝を割いたり先をとがらせて長めの串を作っていく。
「おい、そこに、これぐらいの大きさの即席のかまどを作ってほしいんだが」
「かまどをですか?」
「河原で石を拾ってきて、このぐらいの大きさのまるを作ってほしい」
「それなら出来るな」とホームズ
「分かりました」とエドワード
「おいみんな、魚をここに集めてくれ、下処理をする」
「はーい」
そういうと魚が集まってくる。
既に魚はぐったりとしており、子供たちが手づかみで持ってきた。
俺はそれを魚とりの罠のかごに入れて川のすぐ近くに、間違っても逃げられない場所に置く。
持ってきた果物ナイフで〆た後に、ナイフの背でガリガリと鱗を剝いでいく。
そして次に内臓を取るために刃を差し込もうとするが・・・
「む、これはそうとうガタガタだな、魚が切れないぞ」
もともと尖った形状をしていない上に、絶望的に切れ味が悪かった。
苦労しながら数匹のお腹をさいて内臓を取り、川で血などを洗い流した。
「うーむ。これは・・・あ、そうだ」
ここでふと砥石の存在を思い出す。
走っての家の中から砥石を取ってきて、さっそく刃を整える。
刃物を研ぐなんて、それこそ15年のブランクがあるが、体は覚えていたようで切れ味は復活した。
「すごい」
「魔法みたい」
先ほどまでの苦労は何だったのかと思えるほど、魚が捌きやすくなった。
川の水のせいで手がかじかんできた頃にすべての魚が捌き終わった。
みんなが動かなくなった魚をのぞき込む。
全部で5匹だった。
魚とりの罠の網目の大きさを調整したお陰で、すべてがいいサイズだ。
おそらくは網の目より小さい魚もかじったのだろう、ミミズはボロボロの細切れになっていた。
「クロードさん、こっちも終わりました」
言われてみてみると、丸く石を並べ、その中に小枝や乾いた葉っぱなどが設置されていた。
かまどを作るだけでなく、燃料まで入れているとは気が利く。
「よし。まだ火は付けるなよ。
ええと、年長組の4人組は手伝ってくれ」
「俺らの事?」とホームズ
年長組の4人、エドワード、ホームズ、クレア、ククイが集まってきた。
「ああ、今からお手本を見せるから、同じようにやってくれ。
同じようにと言っても最終的に棒一本で落ちないようになっていればいい」
4人が目の前までやってきてじっと見てきた。
俺は魚を1匹持ち上げ、口から串を差し込んでいく。
「こうだ」
「わあ」
「はい」
「簡単じゃない」
「尖っているから自分の手を指さないように、必ずゆっくりやってくれ」
「わかりました」
「ゆっくりね・・・」
4人が丁寧に魚に串を通していく。
俺はそれを横目に見ながら作ってもらった即席のかまどを少しだけ整えた。
「よし、終わったらかまどの周りに串を立てていくぞ。
魚に火に当たる位置じゃなくて、少し離れた場所がいい」
「それでいいの?」
「生焼けにならない?」
「火に直接当ててると表面だけ先に焼けてしまい、中が生焼けになる。
生焼けが一番、気分が下がるからな。一番いいのが大体このくらいの距離だ。
見えないけど火の近くはかなり熱いから、それでゆっくり中まで焼いていく感じだ」
「なるほど」
「ゆっくりってどのぐらい?」
「みんなには我慢させてしまうが、大体30分くらいだな。
そうだ、今のうちにいつものスープも作っておいてくれないか?
これも出来上がったら調理場に持って行くから」
「わかりました! ククイ、今日はまだ草取りもしてないから手伝って」
「はい~。 草取りのお手伝いしてくれる人~」
「「「はーい」」」
「あ、クロードさん、それ持って行ってもいい?」
「ああ」
俺はクレアにナイフを渡す。
一応水で洗ってはあるが、まだ少し魚の油がついていたので洗浄できれいにした。
「便利だね」
「そうだな」
年長組の少女2人が数人の子供を連れて小屋の方へ歩いて行った。
すべての串を立て終わり、小枝と葉っぱに火打ち魔石で火を入れる。
火打ち魔石はカツンとやると、3秒ほど小さな火が小さく爆ぜながら空中に現れる火属性の魔石だ。
中級のモンスターが家庭用サイズ、上級のモンスターが業務用で使う炭などに一発で火をつけることが出来る大きな火打ち魔石となる。
今手に持っているのは家庭用の方だ。
「む、枝はこれだけなのか?」
周りを見渡しても、おかわりの枝がない。
「エドワード、ホームズ、子供が火に触らないように見張っていてくれ。
離れていてもかまどの石もかなり熱くなるから、近づけさせないようにな」
「え? はい」とエドワード
「わかった」とホームズ
俺は急いで家に戻りナタを手にすると森に入って落ちている枝を探す。
視界が悪くなかなか見つからない。最終手段として枝をカンカンと切り落とし戻った。
初日は失敗できないから仕方ない。
既に最初の枝などは燃えかけていたので、急いで枝を短くしてさらに割いていては投入していく。
白い煙が出てきたので風上に回る。
ちょっとしたイタズラで子供たちには声をかけないでいると、すぐに煙が目に染みたのか、
キャーキャーと騒ぎながら抱き着いてきた。
「しみる!」
「めが・・・めがあぁぁ・・・!」
「あ、こら、刃物を持っている人間にぶつかってくるな、火もあるんだぞ」
「「「だって~><」」」
俺はナタを地面に置き、目が染みると周りに集まってきた子供の頭をポンポンと優しく叩きながらスキルで目の洗浄をしてやる。
「ありがとー」
「ありがとくおーど」
にこにこしながら純粋にお礼を言ってくるチビどもに罪悪感が沸いてきた。もうやらない。
あと、心なしか、猫のヤグラが半目でこちらを見ている気がする。
「クロードさん、俺も枝を入れてもいいですか?」
俺が切った枝の山を指さしながらエドワードが聞いてきた。
「いいぞ、あまり手を近づけると熱いから気を付けろよ」
「はい」
「じゃあ俺も」
エドワードとホームズが恐る恐る枝を追加する。
ちょっと熱かったようで悶えているが、一瞬だったしヤケドをするほどではなさそうだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
魚が中までしっかりと焼けてから火を消し調理場に移動する。
当然のようにみんながゾロゾロとついてくる。
くすぐったい思いを隠し魚を落とさないように慎重に歩いた。
調理場に入るとちょうど寸胴鍋に水を入れているところだった。
「水はククイが魔法で出していたのか」
「はい~。ここまで川の水を汲んでくるのは無理なので」
手は鍋に向けたまま顔だけをこちらに向ける。
「なんかキラキラしているな」
「あ、クロードさん、わかる人なんですね」
「まあな。 どういう効果なんだ?」
「ちょっと休憩しますね・・・ふう」
ククイは手を下ろし椅子に座った。
「私が出した水に、癒しの水というスキルをかけることが出来るんですが
ほんの少し癒し効果が付与されるらしいんです」
「ほう。 なかなかのものだな。 そうか、
川が近いからMP消費もそこまでではないんだな?」
「はい」
「休憩は、鍋の上にかざす手が疲れたからなのか?」
「さすがです~」
「いやいや」
俺はククイの腕を指さした。
ククイは細い腕で自分の両手を揉んでいる。
「うふふ」
「それで湯は今から沸かすんだな?」
「はい、これからです。
水魔法で普通の半分くらいの時間で済みますよ」
「すばらしいな、じゃあちょっと調理場を借りるぞ。
あとそうだ、少しでも栄養と味を付けようと思うが、
この魚の骨で出汁を取るのはどうだろうか」
「いいと思いますよ。
私の水だったら苦みや臭みなんかも消えますから」
「そうか、それは助かるな」
「ククイ、草は切り終わったわよ」
「ありがとう~ こっちはもう少しよ」
「じゃあクロードさん私何か手伝うことある?」
手が空いたクレアが手伝いを申し出てきた。
「今からこの魚を身と骨に分けるんだが、手伝ってくれるか?」
「はーい、やり方教えて~」
「こうだ」
串に刺したまま、身をほぐすように取っていく。
魚体が大きいので小骨も見つけやすい。
「小骨は刺さると面倒だから、こちらにまとめておこう後でそこの畑にまこう。
この頭と大きな骨の方は出汁を取りたいからククイが
水を入れているあの鍋にそっと入れてほしい。魚の身は入れるなよ?」
「わかった」
「はい」
ここでも年長組が作業を手伝ってくれた。
「ちびっこども、何をやっているかよく見ておくんだぞ。
もう少し大きくなったらみんなにも手伝ってもらう」
「「「はーい」」」
素直でまっすぐだな。
(・・・ん?)
俺は調理場であるものが積み上げられているのを見て血流が上がりそうになるのを必死にこらえた。




