【第1話】国外に追放!
「判決を言い渡す。
リース・クロードは爵位を剝奪の上、国外追放とする。
そしてその跡は子息のリース・クレイが次ぐこととする」
ドドーン!
「・・・は?」
急に城から役人と兵士がやってきて投獄されたのが1週間ほど前。
事情も分からず1週間過ごし、それからようやく出されたと思ったら貴族裁判だった。
国王や王子までが上席に座っており重々しい雰囲気となっていた。
重々しすぎて、言われた判決内容が、まあそれが妥当かなと思わず納得しかけて、いやいや何やったらこんなことになるんだよとセルフ突っ込みを入れてしまったほどだ。心の中で。
(何のたくらみだって?)
普段耳にしないような難しい言葉で話が進み、出た判決が先ほどの爵位剝奪と国外追放。
おかしい、こんなはずでは。
忘れたのか? 俺は英雄なんだぞ?
そんな感じで呆然としている間に牢に戻された。
(何も聞かれなかった!)
普通何か反論はあるか聞かれるのではないのか。
少なくともそう聞いて臨んだ裁判だったはずだ。
言われたことに違う部分があれば指摘するだけでいいはずだった。
パンとスープだけの食事をとっていると役人が一人来て朗々(ろうろう)と小難しい話をして消えていった。
出たよ貴族後。
言い回しが分かりにくくて何を言っているのかわからん。
まあ、”明日”って言ってたから、明日さっそく執行ってことだけは理解できた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
次の日。
ガタガタ。
馬車は現在国のモンスター除けの重厚な石壁を抜けて森の中を走っている。
(この俺が一睡もできなかった・・・情けない)
夜は牢屋の中で寒さと不安でガタガタと震えていたが、こうやって馬車で運ばれる段になると、もう恐れるものはなくなったのか落ち着いていた。
ふと朝の出来事を思い出す。
判決からとんとん拍子に話が進み、いったい自分はどうなってしまうのか恐怖し一睡もできないまま朝早くに馬車に乗せられ、着いたのは自分の住む屋敷だった。
まだ明け方前だったので本来の白いきれいな壁目は、青白く少し不気味さを感じたが、それを差し引いてもとてもきれいに見えた。
不思議と安心感を覚え、もしかしたら家の中で謹慎なのかなと意味のない思考をくり返す。
屋敷の門をくぐり、正面の入り口に馬車が停車した。
「あっ」
窓から屋敷の入口の前に家族が並んで立っているのが見えたのだ。
馬車から降ろされ家族と向かい合う。
何も言えずにいると、息子のクレイが一歩前に出た。
そして少し面倒くさそうにそう切り出した。
「・・・父上、何か残す言葉はありますか?」
この言葉を聞いてようやく、目の前にある家族、そして屋敷、洗練された庭、そこで働く人間全部を取り上げられたということに思い至り、くやしさと虚しさで涙が出てきた。
「パパ・・・」
8歳になる末娘のケイティが心配そうな声を上げる。
「ぐ・・・ああ・・」
のどが震えて大丈夫というたった6文字もうまく発せない。
「はは」
いつも横柄に接していたため、今の自分の姿が滑稽に見えたのだろう。
息子はそれをおかしそうに笑った。
しかしこの情けなく短いやり取りはいい方に話が転んだ。
実の息子のクレイは、この後すぐにでも闇ギルドへ駆け込み父を暗殺するために追手を出すつもりでいたのだが、
この様子なら放っておいても勝手に隣国で野たれ死んでくれそうだと思った。
追手を出すにも国境を超える距離となるとそれなりの大金を支払うことになってしまう。
そう考え息子はほくそ笑んだのだ。
「パパ」
妻から背を押された末娘のケイティがトコトコと走ってきて、決して小さくはない袋をよいしょと手渡してきた。
「ママと焼いたのよ」
言葉が出ず、何度もうなずくとケイティも神妙にうなずいて戻っていった。
戻っていく後ろ姿を見ていると、ケイティは妻に抱き着いた。
その流れで妻の顔を見るが、特に感情は見られなかった。
いつも俺に対し笑顔を絶やさない妻、グレイシアが。
ドキリとした。
これも自業自得だ。愛想をつかされたのだ。
俺はそれ以上何も言わずに馬車に乗り込んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ガタガタと揺れる馬車の中から窓越しに外の景色を見ていると、目の前に座っていた兵士のうち、老兵の方が声をかけてきた。
「・・・クロードさんは、隣の国へ行かれたら、どうされるんですか?」
少ししゃがれた、しぶい声でそう言った。
俺は兵士じゃなくバーテンダーに転職した方がお似合いだと思った。
「何をと言われましても。 何もないが」
思ったよりも棘のある声が出てしまい不味いかと考える。
なんせ今の自分は国外追放の身だ。
平民、いやこの国のスラムに住む人間以下の存在になっているのだ。
スラムの人間はいることを許されているが俺は出ていかなければならない。
そう考えて一睡もできず疲れていた体から温度がさっと無くなっていく感じがした。
しかし老兵は気にした様子もなく静かに笑った。
そして、何をするにも目的をもってやった方がいい的なことを言ってきたところで体に体温が戻ってきた。
老兵の顔を見て、ただなんと返すのが正しいのかと無駄な思考をして何も言えないでいると、今度は若い兵士が口を開いた。
「城の兵士を目指すとき、あなたの武勇を聞いたことがあります。
私も田舎の出なので。 ・・・今回の事は残念です。」
俺は根っからの貴族ではなかった。
田舎の村の兵士からの成り上がりなのだ。
普通は兵士が貴族の爵位を貰うなんてことはないが、その当時スタンピードが頻発しており、自分は何度も参加し、運よく沢山の功績を上げることが出来た。
最後にはなぜか爵位と、王都に屋敷と、そして貴族の妻を貰うまでになったのだ。
しかし脳みそまで筋肉だったなと嫌味を言われるくらいには、自分はここで力を発揮することは出来なかった。
うまくいかない新しい環境で、俺はあっという間に腐ってしまった。
この青年は俺が腐る前の自分のうわさを聞いていたのだろう。
今になって忘れようとしていた嫌な昔のことが一気に思い出された。
だからと言って、俺は根っからの戦士だから、とかいう言い訳をここで言っても仕方がない。
「・・・ああ、夢を壊して悪かったな」
だから俺はそっけなく、話を終わらせるためにそう答えた。
「いえ、そういう訳では・・・というか渋いいい声ですね、いいなぁ」
「はっはっは」
目の前の兵士がどうでもいい話で盛り上がっている。
これに参加する気分にはならなかった。
そして話を終わらせたいという望みは叶わなかった。
「しかしまあ、国外追放とは、なかなか大胆なことをされたようで。
そういえば今回はその辺は詳しく聞かされておりませんで、
もしよかったらどういった罪を犯されたのか聞いてもよろしいですかな?」
「・・・なぜだ」
「いえいえ、老い先短い老兵に教えてもらえればと。
いや、こんなことは聞いてはいけませんな」
そういいつつも興味津々といった目でこちらを見てくる。
この人はこういう任務で罪人の話を聞くのを生きる楽しみにしているんだなと思った。
全然やり手ではないが。性格も悪い。
(まあどうせ最後だ)
俺は腕を組み少し考え、口を開く。
「・・・正直、わからん」
「はい?」
「裁判では難しい言葉で何の話をしているのか全部は分からなかったが、
はたして俺の話なのかも分からない内容だったよ、あの偉そうな裁判長が言った、罪状とやらはな」
兵士たちは顔を見合わせる。
「つまり、身に覚えのない罪と」
「知らん。 だが裁判になったんだ。俺が寝ている間にでも体が勝手に動いて悪さをしたのかもな」
「「・・・」」
馬車の中を静寂が支配する。
「・・・まあ今更言っても仕方ない事さ。
せいぜい、国境まで無事に俺を運んでくれ」
俺は沈黙を破るようにそう言って、窓の外に視線を戻した。