一匹狼の皮
黒猫が虐めに反抗するようになってからは物を盗られる事も、棄てられる事もなくなりました。
その代わりに、周りに居た殆どの動物達は居なくなり、迷い猫ばかりが集まるようになりました。
黒猫は今でも自分が贖った事が正解だったのか解りません。
黒猫は一匹狼の皮を被ったナニカになりました。
心の中では「寂しい」「誰か助けて!」「誰か一緒に遊んでよ!」と叫びながら。
黒猫は気付かないフリをしながら一匹狼を只管演じ続けました。
それでもありとあらゆる方法で自分らしさを探し、居場所を求めて彷徨い歩いたのです。
自分の近くに居る迷い猫達、
ソレは自分の中、
仮想空間、
遠くの誰か、
他の動物達の真似をしても、
迷い猫達の真似をしても、
仮想空間に居る誰かの真似をしても、
遠くに誰かの真似をしても、
黒猫が感じた違和感は拭えませんでした。
真似は真似、一匹狼は黒猫ではないのです。
黒猫は活きている実感がしませんでした。
どうすれば良いのか解りませんでした。
遠くの誰かが言うのです。
迷い猫達が言うのです。
心の声が囁くのです。
『こう言う方法が有るんだよ』
『死んじゃえば?』
黒猫は活きたかった。
黒猫は死にたくありませんでした。
「逝きたいけど活きたい!」
「誰か助けて!」
黒猫は声にならない声で鳴き続けました。
ある動物は入れ墨を自分でしていました。
ある動物は腕も脚もズタボロにしていました。
ある動物は火傷だらけ。
ある動物は言い訳をしながら自分で爪を剥がしていました。
黒猫にはどの動物達も痛々しい姿に見えました。
ある独りの迷い猫は皆が口を揃えて『あの猫とは付き合っちゃダメ』と言う猫でした。
ソレでも近くに居たのです。
あまりに痛そうに見えたから。
ある日その迷い猫は言いました。
『黒猫ちゃん、私の噂は知ってるよね?
どうして一緒に居てくれるの?
あの噂は本当なんだよ。』
黒猫は言葉が見つからなくてぶっきら棒に答えるしかありませんでした。
「何となく・・・」
ソレは言葉にできない黒猫の、一匹狼の言葉でした。
『そう・・・黒猫ちゃんは優しいね。
じゃぁ、コレから話す事は独り事。
私はね、マタタビが大好きなの。
だけどね、酔い過ぎちゃって街中で狂っちゃって発狂して無惨な事になっちゃったの。
だからね、黒猫ちゃんはやらないでほしいの。
きっとね、黒猫ちゃんには似合わないから。』
ソレは、腕がズタボロになっても彷徨い歩いていた黒猫が、次にやろうとしていた事でした。
傷だらけで、真似しかできなくなって、ツギハギだらけになっていた黒猫の鳴き声が聴こえたのかも知れません。
(『私のようになっちゃダメだよ・・・』)
黒猫には痛い程、哀しい言葉に聴こえたのです。
黒猫は思い込みが激しく、プライドが高かったのです。
けれど何となく、傍に居たほうが良い人が解っていたのです。
不思議と。
ソレでいて寂しがり屋で気まぐれ。
類は友を呼ぶ、
ただ、そんな簡単な言葉にさえも違和感を感じるほどに・・・。
黒猫は嗅覚が誰よりも優れていました。
他の動物達が聴こえている音と違う音が聴こえる代わりに、迷い猫の纏う風の香りは嗅ぎ取れたのです。
しかし、ソレを武器にする事も、扱い方も知ることができませんでした。
黒猫はただただ、寄り添う事しかできません。
その迷い猫が求める事を嗅ぎ取る事はできません。
かけてほしい言葉も解りません。
ただただ、感じるままに、理想のナニカを演じ、理想の誰かを創り出す事しかでしか居られませんでした。
迷い猫は頭を撫でててほしいのは解ってる。
けれど、黒猫には撫で方が解らないから背中を擦ってあげる事しかできません。
ソレでも迷い猫は口を揃えて言うのです。
『ありがとう、私の事を知ってくれて。』
『まるで、私の事を見透かしてしているみたいだね』
時には自分の腕がボロボロになろうと自分自身でズタボロにしようと、爪が剥がれ落ちようと、剥き出しの虚勢と狼の皮を被って叫んでいました。
(私はそんなんじゃない!ただ、沢山の動物達の真似をして、きっとそうしてほしいと思っただけなんだ!
心からそう思ってる訳じゃないんだよ!)
仮想空間に居た動物達は苦笑いしながらも黒猫と遊んでくれました。
時には遊びに来てくれて、スリル満点なギリギリ速度で走って軽いマタタビもくれました。
黒猫はいつもスレスレ、綱渡りな日々を過ごして居ました。
ソレでも黒猫の居場所はありませんでした。