ユニヴェール夫妻(2)
「でも、そんなセレストさんだからこそわたしは信頼しているんです。セレストさんはわたしを大事にしてくれる人です。わたしの大好きな人です」
真っ直ぐにアルレットさんを見つめ返す。
「わたしはセレストさんの番になりたいんです」
キュッと手が握られる。
それに見上げれば、セレストさんが嬉しそうに笑い、わたしを抱き締めた。
……わ、ご両親の前で……?!
ちょっとビックリしたものの、アルレットさんは「そうですか」と呟く。
「どうやら息子は父親に似なかったようですね」
ふわっとアルレットさんが微笑を浮かべた。
それに、その横にいたジスランが居心地悪そうに視線を逸らす。
セレストさんが「え?」と驚いた声を漏らした。
「父さんもこうだったんじゃないのか?」
アルレットさんが首を振る。
「昔のジスはそれはもう酷かったんですよ。私をなかなか家から出してくれないし、私のためにしてくれるのは嬉しいけれど、私の意見は聞いてくれないし、すぐに周囲の者を威嚇するので対人関係もまともに築けなくて大変でした」
アルレットさんの言葉にジスランさんが視線を落とす。
まるで叱られている子供みたいな仕草に驚いた。
セレストさんも初耳だったようで、アルレットさんとジスランさんを交互に見た。
「そんな話、聞いたことがないけど……」
「それはそうですよ。あなたが生まれる前の話ですから。すぐに喧嘩を起こすし、仕事中でも帰ってきてしまうので長続きしないしで、一箇所に留まれなくて旅をしていたのです。あなたを妊娠して、子が出来て、ようやくこの人は落ち着いたんですよ」
「そうなのか、父さん?」
アルレットさんの言葉にセレストさんが問い、ジスランさんが恥ずかしそうに「……ああ」と小さく頷いた。
「……番ってくれるかという不安が消えても、今度は番が他の男に奪われるのではないかという不安が生まれるんだ」
「まあ、本能の強い竜人の性なのでしょう」
二人の言葉にセレストさんはどこか納得した様子で頷いている。
「私がセスを身ごもって、そこでやっとジスは安心したというわけです。グランツェールに来た時はもうお腹にセスがいて、ジスは真面目に働くようになって、対人関係もかなり改善されました。それにヴァランティーヌが、私とジスがこの街に馴染めるように手助けをしてくれましたから」
「ヴァランティーヌが?」
「ええ、彼女は優しくて気遣いの出来る素晴らしい人です。きっと、あなたに話すようなことではないと思って黙っていてくれたのでしょう」
それにはわたしも思わず同意見で頷いた。
確かに、子供に両親の良くない点をわざわざ伝えるようなことはしないだろう。
ヴァランティーヌさんなら尚更、黙っていそうだ。
少なくとも、ヴァランティーヌさんが誰かを悪く言っているところは見たことがない。
「ですから、最初にセスの番が見つかったと知った時、ジスのようになるのではないかと少し心配していたのです」
それでもイヴォンさんとシルヴァンさんからの手紙を読み、そうはなっていないようだとホッとしつつも、実際に見てみるまで不安はあったそうだ。
「セスが理性的な竜人に育ってくれて良かったです。さすがに成人前の子供に手を出したり、自分の思い通りにしようとするようでは、親としても見過ごせませんからね」
セレストさんがちょっとムッとした顔をする。
「それくらいの常識はある」
「それなら良いのですよ」
アルレットさんがわたしを見た。
それからセレストさんへ視線を向ける。
「良い番に恵まれましたね」
セレストさんが頷いた。
その後「もう遅いから」とアルレットさんとジスランさんは宿へ帰っていった。
ただ、アルレットさんに帰り際に声をかけられた。
「明日、時間はありますか? もし良ければ、竜人の番として色々と伝えておきたいことがあるので、またこちらに伺いたいのですが」
セレストさんを見上げれば頷き返される。
だからわたしも頷いた。
「はい、わたしもお訊きしたいことが沢山あります」
「そうですか。では、明日また来ます」
そういうことで、明日もアルレットさんとジスランさんが来ることになった。
ちなみに明日は休みなので、午後に来てもらうことにした。
二人の背中を見送っているとセレストさんがわたしの手を握った。
「ありがとうございます、ユイ」
「え、何が?」
……何かお礼を言われることあったっけ?
「番になりたいと言ってくれたことです」
そこで、思い出して顔が熱くなった。
「……その、本当のことですし、セレストさんのご両親に誤解されたくなかったし……。お礼を言われることではないと思いますけど……」
「いいんです。私が嬉しくて、お礼を言いたいだけなので気にしないでください」
ちゅ、と頬にキスされる。
結局わたしは「……どういたしまして」と返すことしか出来なかった。
考えてみたら好きな人のご両親に「セレストさんが好きです!」と力説したわけで。
これって結構恥ずかしいことなのでは。
その日はなかなか寝付けなかった。
* * * * *
翌日の午後、約束通りアルレットさんとジスランさんがやって来た。
大量のお土産と共に。
……やっぱり親子なんだなあ。
馬車から降ろされる荷物を見ながら、そんなことを思った。
双子が残していったお土産に、このお土産も足されて、三階の倉庫にはかなりの量の荷物が入ることになる。
「後でゆっくり見てください」
と、アルレットさんに言われ、セレストさんと二人で頷いた。
とりあえず荷物を家の中へ移動させて、二人を二階の居間へ通し、お互いの近況報告をした。
セレストさんはわたしを見つけた時の状況から、引き取り、一緒に暮らすようになって、これまでのことを話し、アルレットさんはジスランさんとここ数十年ほどのことについて話をする。
アルレットさんとジスランさんは冒険者に登録しており、仕事をしながら特に目的地もなく旅をするのが好きらしい。
最近は海を渡った別の大陸の砂の国が気に入って、旅費を貯めるのも兼ねてそこでしばらく過ごしていたそうだ。
「ジスは水属性の魔法が得意ですから、あちらでは重宝がられましたよ」
……まあ、砂の国というくらいだから砂漠みたいなところなのだろう。
それでは水属性の魔法を使える人は喜ばれる。
そんな風に一通り話をしてから、わたしはアルレットさんを部屋に案内した。
セレストさんはジスランさんと話があるらしい。
わたしの部屋に入ったアルレットさんが微笑んだ。
「ああ、本当にセスはあなたを大事に思っているようですね」
あれこれと物の多いわたしの部屋を見て、安心したような笑みを浮かべたアルレットさんは本当にセレストさんとよく似ている。
テーブルセットの椅子を勧めて、わたしも向かい側へ座る。
部屋の扉が叩かれて、声をかければ、セリーヌさんがお茶とお菓子を持って来てくれた。
テーブルの上にそれらを並べると一礼して下がる。
扉が閉まり、ややあって、アルレットさんが口を開いた。
「セスの番となって苦労していませんか?」
「いいえ、全く」
即答したわたしに、ふふ、とアルレットさんが小さく笑いを漏らした。
「そうですか。でも、竜人の番は大変でしょう? 嫉妬深くて何かと口を挟んできますし、すぐに番のためにお金を使おうとするから、止めるのに苦労します」
そう、しみじみと言うアルレットさんに苦笑する。
……確かに。
異性と触れ合わないように気を付けなければならないし、同性でも知らない匂いがするとセレストさんは気にするし、何かとわたしのことは知りたがって訊いてくるし、ぽろっと「これいいなあ」なんて言おうものならすぐに買ってしまう。
セレストさん自身のことよりも、わたしにお金を使いたがるのも考えものだ。
「それにいつもくっついてくるでしょう?」
「そうですね」
家の外はまだマシなほうだ。
家に帰ると、二階の居間で過ごす時は最近はもうずっとセレストさんの膝の上である。
だけどそれが嫌ではない。
セレストさんの腕の中は安心するから。
「わたしはセレストさんとくっついているのが好きなので、大丈夫です。……外では恥ずかしくて出来ないけど」
さすがに警備隊や外出先の、人目もある場所でセレストさんの膝の上に座るとかであったら難しいが。
子供の頃なら微笑ましく思われるだろうが、もうすぐ成人するので、人前でイチャイチャするのは少し気後れする。あと恥ずかしい。
「そのうち慣れますよ」
それは人前でもイチャイチャするようになる、という意味だろうか。
そういえばアルレットさんとジスランさんも当たり前の様子だったので言わなかったが、ずっと手を繋いだり、ジスランさんがアルレットさんの腰や肩を抱いていたりしていた。
なんとなく、わたし達の未来もそうなるのだろうなと感じた。
「ユイ、あなたは人間です。人間は人族で最も寿命が短い種です。そうして遺されるのはセレストなのです。……息子が寂しくならないよう、出来るだけ息子のために思い出を作ってあげてください」
その言葉に頷いた。
「はい」
「それから、もし恵まれる機会があるのなら、子を産み、育ててください。あなたのためにも、息子のためにも」
「……はい」
セレストさんとわたしの間の子。
考えるのが早すぎると思うかもしれないが、わたしの寿命が短い以上は子供がいたほうがいい。
子供がいればセレストさんも少しは寂しくないだろうし、わたしも、セレストさん一人を遺すよりずっと気持ちが楽になるだろう。
……出来れば、竜人の子がいい。
大きくなるまで見守ることは出来ないけれど、セレストさんと同じ竜人なら長生きしてくれる。
人間の子供でもいいかもしれない。
その子が結婚し、子を授かれば、少なくともセレストさんは孤独にはならない。
「それと、嫌なことははっきり断ってください」
ちょっと意外な言葉だった。
「あの、嫌がって大丈夫なんですか?」
「ええ、竜人は番の嫌がることはしません。逆に、嫌だと言わないと『許されている』と思って暴走してしまうこともあります。セスは理性的なほうですから、きちんと話し合えば分かってくれるでしょう」
「分かりました」
……嫌なこと、かあ。
でもセレストさんがしたことで、嫌だなと感じたことはない。
いつだってわたしのことを気遣ってくれるので、それを感じると、むしろ嬉しいくらいだ。
「いいですか、竜人の番というのはただ守られ、愛されているだけではいけません。竜人の手綱を握るくらいの気持ちでいるのですよ」
それでいいのかと思うが、長年竜人の番として暮らしてきたアルレットさんが言うのだから、そうなのだろう。
「竜人が番に関することで暴れた時、場合によっては番も責任を負うことになります。番に関することで激情に駆られた竜人は常軌を逸することもあり、それを止められるのもまた、番だけです」
竜人は番のためなら、何でもしたいと思う。
たとえそれが悪事だったとしても、番が望めば悪事に加担してしまう竜人もいる。
竜人の番になるということは、時に、重い責任を背負うこととなる。
その竜人のしたこと全てが番の責任ということではないが、それでも、番に関することであればどうしたって番にも責を問われる。
「あなた達はまだ正式に番っていないそうですね? セスはかなり我慢を強いられているでしょう。ちょっとしたことでそれが爆発する可能性もあります」
「はい、それもあって、わたしは出来るだけセレストさんの願いは叶えるようにしています」
「いいですね。飴と鞭を上手く使って息子を操ってもらえれば私としても安心します」
母親としては少し問題発言かもしれないが、きっと、アルレットさんなりに竜人と長く付き合って、その結論に達したはずだ。
「あとは、そうですね、ユイの成長具合を見る限り、正式に番うのはもう少し先のほうがいいでしょう」
それに頷き返す。
「セレストさんもそう言っていました」
「そうでしょうね」
正式な番になると、竜人は蜜月期が訪れる。
「あまりに番が幼いと遅れることもあるそうですが、基本的に番えば起こるものです。息子とあなたの体格差では、あなたに負担がかかりすぎます。……いくら逆鱗を使ってもつらいでしょう」
その言葉に引っかかった。
「逆鱗があってもつらいって、どういうことですか?」
アルレットさんが黙った。
それから声を抑えて言う。
「竜人と正式に番うには、逆鱗を体内へ入れなければいけないことは知っていますか?」
頷けば、アルレットさんが続ける。
「逆鱗には、竜人の魔力が高濃度で溜められています。体内に入れると一時的に酩酊状態になったり、興奮したり、苦痛を感じ難くなります」
そういえば竜人に関する本にもそんなようなことは僅かに書かれていた。
もう一度頷けば、アルレットさんが一瞬躊躇うような素振りを見せた後、言った。
「逆鱗を体内へ入れる方法は二通りあります。一つは経口摂取、そしてもう一つが、繁殖器官からの摂取です」
経口摂取は文字通り、口から取り入れることだ。
……繁殖器官からの摂取って……。
その言葉がどういう意味なのか分かり、想像して、一気に顔が熱くなった。
「本来、逆鱗は竜人と番の繋がりを深めるためにあります。その『繋がり』の中には、蜜月期を迎えた時に番が竜人を受け入れやすくするという目的も含まれています」
セレストさんは、逆鱗には魔力が多く含まれているのでわたしがもうちょっと成長してからのほうが負担が少ない、と言っていた。
でも、それって、つまりは、そういうことなのだ。
……わたしの成長を待つってそういう意味?
なんだかもう、色々と恥ずかしくなってきた。
「やはり息子はあなたへ詳しく説明してはいなかったのですね。まあ、さすがに説明しづらいでしょう」
セレストさんの口から説明されていたら、きっと、物凄く居た堪れない気持ちになっただろう。
アルレットさんからでもかなり衝撃的だけど。




