双子再来(1)
冬が過ぎてわたしは十五歳を迎えた。
成人まであと一年。
セレストさんの下で暮らし始めて三年と少し経った。
わたしは成長したものの、セレストさんの見た目は初めて出会った頃と全く変わっていない。
それに少し寂しさを感じたのは秘密だ。
魔獣討伐からセレストさんとの距離は近くなったこと以外は特に何もなく、毎日が過ぎていった。
けれども、予想外のことというのはいつだって突然に起こるものだ。
その日もセレストさんと仕事を終えて帰宅すると、レリアさんが出迎えてくれた。
普段ならばセリーヌさんも一緒になって「お帰りなさいませ」と声をかけてくれるので首を傾げた。
「お客様がお見えになられております」
と、レリアさんが言う。
「来客の予定はなかったはずですが……」
セレストさんも首を傾げた。
一階の居間に通しているというので、そのまま一階の居間の扉を叩いた。
中からセリーヌさんが扉を開ける。
「セレスト様、ユイ様、お帰りなさいませ」
セリーヌさんが扉を開けつつ、脇へ避ける。
それとほぼ同時に来客達が振り返った。
見覚えのある二つの、よく似た顔にセレストさんが驚いた様子で名前を呼んだ。
「イヴォン、シルヴァン? どうしたんだ?」
来客は、金髪に新緑の瞳をしたエルフの、セレストさんの弟の双子達だった。
二人がひらひらと手を上げる。
「セス兄、この間振り」と声が重なる。
わたしもセレストさんの後ろから顔を覗かせれば、二人が目を丸くした。
「おお、ユイ? ちょっと見ないうちに成長したなあ」
「うん、大人になったね」
立ち上がった二人が近付いて来る。
確かに前に二人に会ったのは十三歳の時で、そこからわたしもまだ成長した。
エルフの二人は寿命が長く、成長も穏やかなので、きっとわたしが急成長したように見えたのだろう。
イヴォンさんがわたしの頭に触れるか触れないかのギリギリで手を翳して身長を測ろうとする。
「ありがとうございます。イヴォンさんとシルヴァンさんは変わらないですね」
「ああ、話し方も大分滑らかになったんだな」
思わずという風にイヴォンさんがわたしの頭に触れようとして、セレストさんの手がそれを掴んだ。
イヴォンさんは気にした様子もなく「あ、悪い」と手を引っ込めた。
セレストさんがそのままわたしを抱き寄せる。
その姿を見てシルヴァンさんが、おや、という顔をした。
「セス兄とユイ、なんか変わった?」
シルヴァンさんが頷いた。
「前より距離が近くなってるよね?」
それにセレストさんが「ええ、そうです」と言う。
見上げたその表情は自慢気で、初めて見る。
「ユイが番として私を受け入れてくれたんだ。まだ正式に番ってはいないが、大人になったら私と恋人になりたいと言ってくれた」
嬉しそうなニコニコ顔のセレストさんに顔が熱くなる。
確かにそう言ったけれど、それを他の人に自慢されるのはちょっと気恥ずかしい。
思わず俯けば、ふふ、とセレストさんの小さく笑う声がした。
同時にイヴォンさんの声もする。
「受け入れたなら、なんで番わねーの?」
それにセレストさんもわたしも一瞬固まった。
わたしも本を読んで知ったのだが、竜人族には『蜜月期』というものが存在する。
その蜜月期というのは言葉で説明をするのが難しいのだけれど、簡単に言えば『番のことが好きすぎて他のことが手につかず、番から離れられない期間』である。
番となる相手と正式に番った後の竜人に訪れるそれは、人間にたとえると新婚に近いそうで、新婚の夫婦が結婚式を挙げた後に数日休暇を取るのと一緒なのだとか。
ただ竜人の場合は番への愛情と執着が強いので、挙式後は、まあ、なんというか、番は大抵動けなくなるし、その番のお世話を竜人側も至上の喜びに感じるらしい。
ちなみに蜜月期の間は同性であっても番を他の人に会わせたがらないそうだ。
自分だけを見てほしい。
自分だけが見ていたい。
そういう独占欲が最も強く出るのが、この蜜月期で、その期間は個人差がある。
だが、番を得た竜人には必ず蜜月期が来る。
そこで本題に戻るのだけれど、もし今、セレストさんの正式な番にわたしがなった場合、セレストさんにも当然ながら蜜月期がやってくる。
しかし今のわたしはまだ十五歳である。
成人前は子供であり、子供に手を出すのは犯罪だ。
それと、こちらの理由はわたしの我が儘なのだが、番になるということは結婚と同意義なのだ。
結婚したくないというわけではなく、わたしとしてはセレストさんと恋人同士で過ごす時間もほしい。
その話をした時、セレストさんは快く頷いてくれた。
「そうですね、私達にはそういう時間が必要だと思います。それにユイは小柄ですから、正式に番うのはもう少し成長してからのほうが良いでしょう」
と、いうことだった。
もう少し成長してから、というのがどういう意味かは細かく説明するまでもないだろう。
結婚したら必ずあるもの。
そして竜人の番が動けなくなる理由。
そう、あれである。
……わたし、胸全然ないんだよね……。
十五歳になっても断崖絶壁なので、今後成長してくれそうな予感はない。
…………。
………………。
……………………。
わたしのそういう悩みはともかく、一番の理由はセレストさんの蜜月期が起こった際にわたしが未成年だと問題だということと、十六歳で成人しても、体の成長がちょっと遅いわたしでは負担が大きいということで正式に番うのを遅らせている。
これを説明するのはさすがに恥ずかしい。
でも、セレストさんはきちんと説明をすることにしたようで、わたしを抱えて椅子に座らせると自分も席に着く。
そうしてイヴォンさんとシルヴァンさんも元の席に戻った。
「それについてだが──……」
セレストさんが二人へ説明をする。
それを聞きながら顔が更に熱くなった。
どうやらイヴォンさんとシルヴァンさんは竜人に蜜月期があるのは知っていたものの、それがどういうものなのかまで知らなかったようだ。
セレストさんの話す内容に「ふうん?」「へえ」と相槌を打つ。
でも、チラッと見た二人の顔は意外にも真面目なもので、わたしやセレストさんをからかうような気配は微塵も感じられなかった。
説明を最後まで聞き終えた二人が同時に頷く。
「なるほど」と声が重なった。
「それはさすがにまずいよな。あと、身長差的にもユイはもうちょっと大きくならないと色々と問題出てきそうだし。あっち方面で。……イテッ」
「こら、イヴ、そういうこと言わない」
わりと明け透けなイヴォンさんの後頭部を、シルヴァンさんがスパンと叩いた。
……うん、まあ、そうだよね。
わたしは身長が百五十そこそこで、セレストさんは百八十を超えているので身長差は三十もある。
いくらセレストさんが細身だと言っても、そういうことをするとなれば、恐らく色々と問題は出てくるだろう。
……何がとはもう言うまい。
「……あの、はずかしいので、他の人に理由をきかれたら『ユイが恋人期間をほしがってるから』って言ってください……」
そっちのほうがまだ恥ずかしくない。
……だって事実だし。
二人は「分かった」「うん」と頷いてくれる。
それにしても、好きな人の家族にこんなことを説明することになるとは思わなかった。
セレストさんも他の人に説明する時は「番のためです」としか言わないし、他の人もそれ以上は追求して来ないから。
「……それはともかく」
話がいち段落したところでセレストさんが話題を変えた。
「イヴォンもシルヴァンもどうしてここに?」
その問いにわたしも、そういえば、と思い出す。
突然来たので驚いたけれど、その理由はまだ聞いていない。
「騎士の仕事でこんなに休んで大丈夫か? この時期に着くということは、まだ雪の残る頃に王都を出たんだろう?」
王都からここまで馬車で二週間はかかる。
グランツェールの街から完全に雪がなくなったのは一週間ほど前のことで、今年は冬が長く続いて、雪の降る日も多かった。
王都からグランツェールまでの道のりには山脈もあり、そこはまだ雪も残っているだろう。
「ああ、王都を出た時は良かったんだけど、街道は雪だらけで大変だった。魔法で雪を吹き飛ばしたりしてさ」
「特に山脈越えがね。運悪く雪解けで雪崩があって、一週間も麓の村で足止めさせられたよ」
それにセレストさんが「ああ、あれか」と呟く。
そういえば数日前に山で雪崩があって、街道が塞がれたから雪を除去するのだと第二警備隊にも人手の要請があった。
何人かその作業中に凍傷になりかけて、その手当てに使った道具などの書類が一昨日、第四事務室に届けられた。
第四事務室は第二警備隊の三班──セレストさんが所属している治療専門の班──が在中している救護室の書類を扱っている。
その時にもしかしたらイヴォンさんとシルヴァンさんも道の雪を片付ける作業を手伝っていたのかもしれない。
「で、本題に戻るけど、実は俺達、夏の初めから近衛騎士になるんだ」
えっへん、とイヴォンさんが胸を張る。
「それでしばらく忙しくなるから、溜まってた休暇を消化しつつ、セス兄達に報告も兼ねて会いに行こうってなったんだよ」
イヴォンさんとシルヴァンさんは以前会った時に、王城の警護をする騎士だと言っていた。
それが近衛騎士になるということは、これは昇進に当たるのではないだろうか。
「そうか、おめでとう。確か騎士になって五十年だろう? なかなかに早い昇進だな」
セレストさんがお祝いの言葉を伝えたので、わたしも慌てて「おめでとうございます」と言う。
二人がそっくりの顔で「ありがとう」と笑った。
「まあな、俺達頑張ってたし?」
「本当は竜王陛下も王太子殿下も、僕達が守護する必要なんてないくらい強いんだけどね」
それでも近衛騎士がないのは色々と問題らしい。
近衛騎士といっても、どちらかというと王族の部下という感じが強いそうだ。
ふと疑問を感じてセレストさんに訊く。
「ウィルジールさんも王族だよね? でも騎士とか連れてないけど、いいの?」
セレストさんが「ああ」と苦笑する。
「騎士は連れていませんが、ああ見えて常に影の者が護衛しているんですよ」
そうなのか、と頷き、もう一つ問いかける。
「ウィルジールさんも実は護衛がいらないくらい強い?」
「そうですね、本気を出せば勝てる者は少ないと思いますよ。ただ、ウィルは戦うことは好きですが、本気を出すことは嫌がります」
「なんで?」
セレストさんは眉を下げたまま黙った。
どうしてだろうと考えて、すぐに分かった。
ウィルジールさんが物凄く強いのだとして、もし誰かと戦って、本気を出したらどうなるだろうか。
……そっか、相手を殺しちゃうかもしれないんだ。
三年と少し接してきて思ったけれど、ウィルジールさんは意地悪な部分も多いし、子供っぽいが、優しいところもあるのだ。
困っている人はなんだかんだ助けるし、わたしには意地悪なことも多いけれど子供には優しいし、喧嘩の仲裁に入る場面だって何度も見かけた。
基本的に彼は人が好きなのだろう。
大体は誰かと一緒にいたり、そうでなくてもセレストさんを飲みに誘ったり、一人でいるほうが少ない気がする。
「ヴァランティーヌと戦うとウィルのほうが負ける回数が多いのですが、それも全力ではないのでしょう」
ヴァランティーヌさんも第二警備隊の中では古参で、かなり強い。
新人の訓練以外にも、たまにシャルルさんや他の警備隊員と手合わせをしていることがある。
でもそういう時は近寄らない。
魔法も使うし、体術も使うし、近付くと危ないので離れたところから見るようにと言われている。
実際、ヴァランティーヌさんとシャルルさんが戦うと冗談抜きで地面が抉れるので、わたしは他の警備隊員よりも下がって離れて眺めることにしてる。
ヴァランティーヌさんもシャルルさんもわたしとは比べられないくらい強いのだ。
「ウィルジールさんも大変なんだね」
それとウィルジールさんの影の人も。
セレストさんは苦笑して頷いた。
「強い者は孤独になりやすいです。ウィルは王族であると同時に、私にとっては大事な親友でもあります。彼の影の者には申し訳ないですが、ウィルがこの街に来てくれて良かったと思っていますよ」
「そのおかげで親友になれたから?」
「ええ、その通りです。それに竜人は長生きなので、同じ竜人の友人がいるというのは幸せなことです」
長生きする竜人同士なら、どちらかが先に死ぬことになっても、それは数百から千年ほど未来の話になる。
「ウィルジールさんとセレストさんってどっちが歳上?」
「ウィルのほうが十年ほど上ですよ」
それなら竜人にとってはほぼ同い歳くらいの感覚なのだろう。
長命で子が生まれにくい竜人の中で、同年代の友人を作るというのはわたしが思っているよりももっと難しいのかもしれない。
そう思うと、セレストさんとウィルジールさんが友人同士になれたのは幸運なことだ。
「あともう一つ、質問」
「何でしょう?」
セレストさんを見上げる。
「なんでセレストさんは、わたしに砕けた話し方をしてくれないの?」
セレストさんが硬直した。
それから気恥ずかしそうに視線を落とし、大きな手がセレストさん自身の口元を覆う。
ぼそ、とセレストさんが何かを言った。
だけど聞き取れなくて「うん?」と訊き返せば、セレストさんの視線が泳ぐ。
「……砕けた口調だと『冷たく感じる』と言われたことがあるんです。ユイに嫌われたり、怖がられたくないので、出来ればこのままで……」
意外な理由で、わたしは目を瞬かせてしまった。
わたしに『冷たい人だ』と思われたくないから、丁寧な口調のままでいるだなんて。
……なにそれ可愛い。
思わず背伸びをしてセレストさんの頭を撫でる。
「わたしがセレストさんを嫌いになることなんてないと思うけど、セレストさんがそのままがいいって言うならそれでいいよ。丁寧な口調のセレストさん『紳士!』って感じで素敵だし」
「ありがとうございます、ユイ」
セレストさんにギュッと抱き締められる。
わたしよりずっと歳上だし、大人だけど、こういう時々可愛いところを見つけると本当に『可愛いなあ』と感じてしまう。
「おーい、俺達ここにいるぞ〜?」
「僕達のこと、忘れないでほしいなあ」
イヴォンさんとシルヴァンさんの言葉に、セレストさんと顔を見合わせて笑ってしまう。
忘れたわけではないけれど。
そんなわたし達に釣られたのか、イヴォンさんとシルヴァンさんも笑い出し、賑やかな笑い声が居間に響き渡る。
それでもセレストさんはわたしから手を離さなかった。




