お泊まり(4)
そうして魔獣討伐最終日が過ぎた。
ディシーとヴァランティーヌさんと仕事に出て、仕事をして、昼食を三人で食べて、午後の仕事をする。
……もうそろそろ帰って来る頃かな?
午後の休憩を終えて、仕事を再開しながらも少しだけそわそわしてしまう。
もしかしたら長引く可能性もあると聞いていたけれど、出来れば今日帰ってきてくれたら嬉しい。
帰ってきたらまずは「おかえり」と言って。
セレストさんはきっと疲れているだろう。
帰ったらすぐに休んでしまうかもしれない。
それでもいい。家にいてくれるなら。
セレストさんと一緒に家に帰りたい。
そんなことを考えていたら、午後の時間もあっという間に過ぎていった。
終業時間になったけれど、討伐隊が帰って来たという話は聞こえず、少しがっかりした。
「ユイ、迎えに来たよ」
片付けを終えたところでヴァランティーヌさんが来る。
「セレストさん、まだ帰って来てないですか?」
そう訊けば、ヴァランティーヌさんが「ああ、それだけどね」と言う。
「さっき帰って来てたよ」
「本当?」
「ああ、ディシーのほうを見に行ったら、丁度玄関のところにいてね。全員元気そうだった」
その言葉に安堵する。
セレストさんも多分元気なのだろう。
「ただ、素材の確認や報告書なんかが色々とあるから、仕事が終わってセレストに会えるのは夜になるだろうね」
セレストさんもそうなることは分かっているので、事前に話しており、今日もヴァランティーヌさんの家へお邪魔させてもらうことになった。
そうして、仕事を終えたセレストさんがわたしを迎えに来てくれるらしい。
すぐに会えないことにまたがっかりした。
わたしの頭をヴァランティーヌさんが撫でる。
「とりあえず、うちにおいで。セレストも帰って来ているんだ。仕事が終わればすぐに会えるさ」
荷物を持ち、ヴァランティーヌさんと共にディシーがいる受付に向かう。
玄関に行くと慌ただしく人が動き回っていた。
沢山の箱が積み上げられている。
その一つをディシーが覗き込んでいて、わたし達に気付くと手を振った。
「ユイ、見て、ブラックボアのツノだって」
手招きされたので近寄れば、箱の中にはやや灰色がかった白いツノらしきものが何本か入っていた。
「ブラックボア?」
「イノシシの魔獣だよ。そうだねぇ、大きさはユイが四つん這いになったくらいで、毛皮が黒くて頑丈で、土属性の魔法と突進で攻撃してくるんだ」
「……大きい」
わたしが四つん這いになったくらいって結構な大きさに感じるけれど、イノシシってそれくらいなのだろうか。
実物を見たことがないから分からない。
だけど、頑丈な毛皮とこの大きなツノだけでも強そうなのに、土属性の魔法まで使えるなんて強そうだ。
「ツノ、沢山あるね〜」
「ツノも毛皮も使い道が多いから、沢山あるに越したことはないさ」
……そうなんだ。
あまり長居すると他の人の邪魔になるので、わたし達は箱を避けつつ、第二警備隊を後にした。
討伐隊が帰ってきた姿を街の人達は見ていたようで、そこかしこでその話題が飛び交っている。
普段よりも賑やかな気がした。
これから魔獣の素材や肉が沢山流通するので、みんな、それを買うかどうか考えたり、冬支度について話したりしているらしい。
「今日の夕食は肉を使った料理にしてもらえるかい?」
ヴァランティーヌさんが言って、ディシーが首を傾げた。
「いいけど、なんで?」
「セレストがユイを迎えに来た時に、うちで夕食を食べさせようかと思ってね。セレストの家は今日まで使用人がいないから、帰っても食べるものがないだろうし」
「あ、そっか」
ディシーも納得した風に頷いた。
「じゃあ夕食を食べるまで時間あるよね? せっかくだし、ブフのヴァンルージュ煮込みでも作ろっか?」
それにヴァランティーヌさんが「お」と嬉しそうに目尻を下げた。
「いいねえ、竜人は肉も酒も好きだし、討伐中はそういう料理は食べられないからきっと喜ぶよ。酒なら家にあるし」
ヴァンルージュとは赤ワインのことだ。
そうしてブフは牛のこと。
つまりは牛肉の赤ワイン煮込み料理というわけだ。
それなら確かにセレストさんも好きそうだ。
帰り道でディシーとヴァランティーヌさんがお肉や野菜、キノコなどを購入し、ヴァランティーヌさんの家へ向かう。
道すがら訊くと、ブフのヴァンルージュ煮込みは作るのに時間がかかる料理なのだとか。
「鐘一つ分くらいは煮ないといけないしね」
鐘が鳴るのは二時間に一度。
そうしないと肉が柔らかくならないし、味を染み込ませるためにも長時間弱火でじっくり煮るそうだ。
聞いただけでも手間のかかる料理だと分かった。
それと安いワインだとあまり美味しくないらしい。
「ブフの煮込みはいいものじゃないといけないんだ。料理の味の決め手が質の良さなの」
だそうで、ヴァランティーヌさんも頷いていた。
そしてヴァランティーヌさんの家に着くと、ディシーはすぐに料理に取りかかった。
今回はヴァランティーヌさんも手伝うようだ。
……大丈夫なのかな。
ヴァランティーヌさんは料理が上手くないという話だったけれど、どうやら火加減や味付けなどが苦手なだけで、材料を切ったり混ぜたりは問題ないそうだ。
わたしは居間で待っていてと言われて、そこで待つことにした。
……わたしも手伝いたかったなあ。
でも厨房はあまり広くないから、さすがに三人もいると邪魔になってしまう。
家から持って来ていた本を読んで過ごす。
暖炉はヴァランティーヌさんが火を灯してくれていて暖かいし、ソファーもふかふかで、居心地が良い。
だけどやっぱり家に帰りたいと思う。
セレストさんの家が、わたしの家だから。
あまり集中出来ないまま、しばらく本を読んでいるとヴァランティーヌさんが戻って来る。
「あとは煮るだけだってさ」
ヴァランティーヌさんがソファーに腰掛ける。
その手には編み物用の道具があった。
「ヴァランティーヌさん、編み物出来るんですね」
「まあ、あんまり上手くはないけどね。下手でも、長年やっていればそれなりに出来るようになるものさ」
毛糸玉を脇に置いてヴァランティーヌさんの手元が何かを編み始める。
「何を作ってるんですか?」
「ディシーの手袋。あの子、買おうとすると『寒くないからいい』って言うんだよ。だけどいつも指先が真っ赤でねえ」
だからヴァランティーヌさんが編んでいるそうだ。
ディシーも買うのは勿体ないと言うそうだが、ヴァランティーヌさんの編んだ手袋は使うらしい。
……ディシーもきっと嬉しいんだろうなあ。
もしかしたらヴァランティーヌさんの編んでくれる手袋が欲しくて、買うのを嫌がっていたりして。
そうだとしたらちょっと微笑ましい。
本を閉じて、ヴァランティーヌさんの編み物を眺める。
「見てて面白いかい?」
「うん、面白いです」
「ディシーも時々、同じことをしてるよ」
ふふ、と思い出して笑うヴァランティーヌさんの横顔は母親のそれだった。
* * * * *
それから二時間ほどが経った頃。
カランカランと小さな鐘の音がした。
「ああ、セレストかな」
ヴァランティーヌさんが編み物を脇へ置き、立ち上がる。
わたしもついて行って一緒に玄関へ向かった。
先ほどの鐘の音はチャイムだったようだ。
ヴァランティーヌさんが玄関扉を開ける。
「お疲れさん」
そこにはセレストさんが立っていた。
「ヴァランティーヌもユイを預かってくださり、ありがとうございます」
三日ぶりの真っ青な髪を見て、わたしは思わずセレストさんに抱き着いた。
勢いがあったのに、セレストさんは難なく受け止めて、わたしをギュッと抱き締めてくれた。
「お帰りなさい、セレストさんっ」
「ただ今戻りました、ユイ」
セレストさんは第二警備隊で汚れを落として来たようで、ほのかに石鹸の香りがした。
「いい子にしていましたか?」
セレストさんの問いに頷く。
「多分」
「大丈夫、ユイはいい子だったよ」
ヴァランティーヌさんが笑いながら言う。
それにセレストさんが頷いた。
……ああ、やっぱりセレストさんのそばが一番落ち着く。
なかなか離れがたく思っていると奥からディシーが顔を覗かせた。
「料理出来たよ〜。あ、ユニヴェールさん、お疲れ様です!」
ディシーにセレストさんが微笑んだ。
「ありがとうございます」
「そうそう、夕食を食べていっておくれ。どうせ帰っても何もないだろう?」
「そうですね。それではお言葉に甘えて」
ディシーはすぐに厨房に引っ込んで、ヴァランティーヌさんもわたしとセレストさんを食堂へ通すとディシーの手伝いをしに行った。
食堂にセレストさんと二人、残される。
隣に座るセレストさんの手を握った。
「セレストさん、怪我しなかった? 討伐、大変だったでしょ? お疲れ様です」
手を握り返しながらセレストさんが微笑んだ。
「怪我はありません。討伐も、魔獣の数は多かったですが殆どは小さいものばかりだったのでそれほどでもなかったですよ」
「予定通りに戻れて良かったです」と言うセレストさんにわたしも頷いた。
……もっと近くにいきたいな。
だけど、さすがにヴァランティーヌさんの家であんまりベタベタするのもどうかと思う。
扉が叩かれ、ワゴンを押してディシーが入ってくる。
「今日の夕食はブフのヴァンルージュ煮込みです」
大きな鍋がテーブルの真ん中に置かれる。
それから取り皿とパン、チーズが用意される。
セレストさんが嬉しそうな顔をする。
「ああ、いいですね。この三日間は適当な食事だったので嬉しいです」
と、言うので訊いてみた。
「食事って何を食べてたの?」
「干し肉と野菜を煮たスープと黒パンですね。味付けが塩のみで、しかも三日間同じものを食べ続けたので飽きました」
それは確かに飽きるだろう。
セレストさんが声を抑えて続ける。
「しかも今回黒パンを頼んだところが外れだったようで、とにかく硬くて美味しくないものだったんです」
「それはつらいね」
「ええ、本当に。討伐隊に参加する度に、食事の大切さが身に沁みます」
ヴァランティーヌさんも「そうだねえ」と頷く。
恐らくヴァランティーヌさんも何度も討伐に参加しているのだろう。
苦笑するヴァランティーヌさんとセレストさんに、ディシーも笑った。
「今日の煮込みは上手に出来たから沢山食べてね!」
食事の挨拶をして、取り分け皿に料理が盛られる。
お肉と赤ワインの濃くて良い匂いがする。
……この匂いはビーフシチュー?
すごく食欲をそそる匂いだ。
まずはスプーンで掬って一口食べる。
柔らかなお肉に玉ねぎや人参、キノコなどの旨味、肉の旨味、それから赤ワインとトマトの味もする。
…………すごく、美味しい……。
横を見ればセレストさんも美味しそうに目を細めて食べていて、ディシーも食べて、味に納得した様子で頷いている。
ヴァランティーヌさんも美味しそうに食べている。
「アタシはあんまり肉に興味ないけど、ブフのヴァンルージュ煮込みだといつもより多く肉を食べられるよ」
……あ、そっか、エルフは肉よりも野菜とか果物のほうが好きなんだっけ?
かと言って肉を食べないわけではない。
「確かに、ヴァランティーヌさんヴァンルージュ煮込みだと沢山食べるよね」
「ディシーが来てから食事量も増えたけどね」
それはディシーの料理が美味しいからだろう。
今度はパンをつけて食べてみる。
……うん、美味しい。
横を見ればセレストさんが煮込み料理にチーズを乗せて、魔法で炙っている。美味しそうだ。
ふとセレストさんがこちらを見て、微笑んだ。
「ユイもやりますか?」
うん、と即答すれば、セレストさんがチーズを切って、わたしの煮込み料理の上にチーズを乗せ、魔法で軽く炙ってくれる。
とけたチーズがとろりと料理にかかって一層、美味しそうに見える。
「ありがとう、セレストさん」
「どういたしまして」
それを見たヴァランティーヌさんが真似して、ディシーの分もやってあげている。
チーズのかかった料理を一口食べる。
更に美味しくなったそれを噛み締めた。
セレストさんにやってもらうと嬉しい。
我が儘かもしれないが、こうしてセレストさんが横にいて、あれこれ世話を焼いてくれて、一緒に食べる食事が一番美味しく感じる。
ヴァランティーヌさんの家で夕食を食べさせてもらい、少し話をしてから荷物を持って家へ帰ることにした。
帰りは小さな馬車を呼んで、それに乗って帰る。
意外に思われるかもしれないが、昼間は大きな辻馬車が定期的に走っており、夜になると今度は小さな馬車が主に動き出す。
前世で言えば、辻馬車はバスで、小さな馬車はタクシーみたいなものかもしれない。
「また明日ね。おやすみ、ユイ」
明日も仕事なので挨拶をしてヴァランティーヌさんの家を出る。
短いようで長い三日間だった。
馬車の中でギュッとセレストさんに抱き着く。
「寂しかった……」
セレストさんの腕が背中に回り、抱き締められる。
「私もユイに会えなくて寂しかったです」
セレストさんが無事に帰ってきてくれて嬉しい。
この腕の中が一番安心する。
わたしの大好きな人。
ちょっとだけ背伸びをしてセレストさんの頬にキスをすれば、セレストさんは驚いた顔をした後、とても嬉しそうに破顔した。




