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保護(3)/ 名前

 







 翌日、わたし達は診察を受けた。


 お医者様は中年の女性で、とても穏やかで優しい感じの人だったので怖くはなかった。


 元々診察は慣れている。


 十七番も慣れてはいないけれど静かで、お医者様には「いい子達ね」と褒められた。


 診察の結果は栄養失調による成長不良はあるものの、首に関しては治癒魔法のおかげで問題なしということだった。


 それにわたしよりもセレストさんの方が安堵していた。




「これから美味しい食事が沢山食べられますからね。栄養失調もすぐに良くなるでしょう」




 それにわたしと十七番は頷いた。


 まだこの人のところでお世話になるかどうかは考え中である。


 別にセレストさんのことが嫌いというわけではないけれど、好きというわけでもなく、引き取ってもらったらつがいという立場でこの人を利用しているようなものだ。


 それはそれで色々と思うところはある。


 たとえセレストさん自身がわたしのことを望んでいたとしても。


 ……そもそも番だから望まれてるだけで。


 わたし自身が好きだからというわけではない。


 …………いや、まあ、それは当たり前なんだけど。


 どうしたものかと考えてしまう。


 訊きたいことも沢山あるし。




「ぁ……」




 部屋を出て行こうとしたセレストさんを呼び止めようとして、悩んだ。


 ……この人に訊くのはなんか違う気がする。


 振り向いたセレストさんに何でもないと首を振れば、青い頭は扉の向こうへ消えていった。




「あれ、八番、どこ行くの?」




 ベッドから降りれば十七番に問われる。




「そと。はな、し、きく……」




 十七番が「話?」と首を傾げた。




「私も行く!」




 ぴょんと十七番がベッドから飛び降りる。


 そうして横に来た十七番と手を繋いで部屋を出る。


 この部屋から出ても良いと言われているが、建物の外に出るのはダメらしい。


 まだわたし達は保護の段階なので引き取り先が決まるまでは警備隊預かりなのだ。


 部屋の外に出ると廊下が続いている。


 いくつも扉が並んでおり、整然とした感じはどことなく病院に近い雰囲気だ。


 これで薬品の臭いがあればまさしくそうだろう。


 十七番が左右を見る。




「あっち行ってみよう?」




 右を指差されて頷いた。


 繋がれた手を引かれながら歩く。


 ……もしかしたら、他の部屋にわたし達と同じようにあの賭博場にいた戦闘用奴隷達が保護されているのかもしれない。


 わたし達が保護されている以上は他の奴隷達もそうだと思う。


 でもわたしは十七番以外に親しい子はいないので、わざわざ扉を開けて確認したりはしない。


 廊下を進んで行くと広い場所に出た。


 日差しがほどよく当たっていて、ソファーやテーブルなどがあり、待合所みたいな場所だ。


 十七番の手が離れる。




「わあ……!」




 十七番が窓に駆け寄る。


 そして振り返った。




「見て、八番、人がいっぱいいる」




 十七番に近付いて、窓の外を見る。


 窓の外は小さな庭があり、その先に壁があって、更に向こうには多くの人が歩いていた。


 遠目にも不思議な光景だった。


 セレストさんみたいにちょっと耳の長い人、凄く耳が長い人、獣みたいな耳や尻尾などがある人、やたら背の低い人。いろんな色の髪や肌の外見の人がいる。


 前世のわたしからしたらファンタジーみたいだ。


 ……ううん、違う。


 ここはファンタジーな世界なのだ。




「……い、ぱい、だね」




 不思議な光景だった。


 賭博場ではいつも見下ろされる側だった。


 フードを着た人々が、声を荒げて色々な言葉を投げかけてくるのが当たり前だった。


 八番わたしの世界は同じ奴隷か、ゴシュジンサマ、その部下達、そして十七番。


 それだけの狭い世界だ。


 前世のわたしの記憶を思い出した時、八番わたしの記憶は薄くなってしまった。


 きちんとここにその記憶はあるけれど、八番は元から殆ど何も考えたり感じたりしない子だったから、ほぼわたしの記憶で上書きされてしまったのかもしれない。


 それでも体は八番のものだからだろうか。


 言葉は途切れてつっかかるし、食事もなかなか綺麗に食べられないし、自分でも表情が全然変わらないのが分かる。




「あ、あの人は竜人だよ。セレストさんと同じ。あっちの耳の長い人がエルフで、背の低い人がドワーフ。見て、鳥の獣人もいる!」




 十七番の言葉に目を動かしながら何度も頷いた。


 遠目なので細かなところまでは見えないが、どうやら、ちょっと耳の上が尖っていて凄く背の高い人

竜人らしい。


 次くらいに背が高くて、横に細く耳が長くなっている人がエルフ。エルフは金髪ばかりだ。


 ドワーフは男性も女性も背が低くて、でも体は結構がっしりして見える。


 獣人が一番見た目が多種多様である。犬や猫のような耳や尻尾の人もいれば、腕が翼みたいになっている人もいる。




「……? ぁの、ひ、とは?」




 その人達とは姿の違う者もいた。


 なんというか、大きなトカゲが人型になって立っている、みたいな。鱗が硬そうだ。




「あれは多分リザードマンだよ。魔族だね。私も初めて見たけど、ちょっと怖そう……」




 ……え、魔族って何?


 そう訊こうとした瞬間に後ろから声がした。




「あ、セスの番だ」




 振り返れば知らない男性が立っていた。


 思ったよりも近い位置にいて、ビクッとした。


 ……気付かなかった……。


 これでも戦闘用奴隷として過ごした時間がある。


 特に八番は人一倍、他人の気配に敏感なのに、こんな近くにいて声をかけられるまで気付かないなんて驚いた。


 短い緑のふわふわした癖っ毛に金の瞳をした、かなり垂れ目の、見た目は優しそうな男性だ。耳が少し尖っていて竜人だと分かる。


 でもどうしてか気配は冷たい。




「!」




 思わず十七番を庇うように前へ出れば、ふは、と男性が笑った。




「そんなに警戒しなくても何もしないって」




 そう言われても信用出来なかった。


 この人はわたしにあまり良い感情を持っていない。


 それが本能的に感じ取れた。




「俺はウィルジール。セス……って言っても分からないか。セレストの友達だよ」




 男性、ウィルジールという人が近付いて来る。




「あー、もしかして警戒してる?」




 ひょいと覗き込まれてわたしはウィルジールという人をジッと見上げた。


 確かな敵意はないが、かと言ってセレストさんみたいな優しい空気はなくて、多分、わたしはあまりこの人に好かれていない。


 どうしてかは知らないが。




「俺は、はっきり言って君のこと、あんまり好きじゃない」




 セレストさんと似た金の瞳に見つめられる。




「セレストは本当にいい奴だ。番が見つかって最初は良かったって思ったけど、あいつが苦しんでるのを見てたら、番とは会わなかったほうがいいんじゃないかって思ったよ」




 ……そんなこと言われても……。


 わたしだって戸惑っている。


 セレストさんは優しい人だ。


 それに番だからか、わたしのことをかなり気にしてよく見に来てくれる。




「君はセレストのこと、どう思ってるんだ?」




 まっすぐな瞳に一瞬怯みそうになった。




「……せれ、すと、さん……いぃ、ひと」




 ウィルジールという人が頷いた。




「ああ、そうだ。まあ、セスが番と一緒にいたいって言うなら俺だって文句はない。だけど君がセスに引き取られるのを考えてるって聞いて、ちょっと色々考えたんだ」




 金の瞳が瞬く。


 まるでセレストさんに見られているみたいだ。




「竜人の番って言えば、むしろ羨ましがられるくらいだ。竜人は番の望みを出来る限り叶えてくれる。それなのに、君は何でセスに引き取られるのを考えてるんだ?」




 どこか怒ったような気配を感じる。


 ……ああ、そうなんだ。


 この人は怒っているんだ。


 何度も言われてたが、竜人にとって、番という存在はとても大きな意味があるのだろう。


 目の前の人はわたしを否定するためにここにいるのではなく、多分だけど、むしろその逆で、何でわたしがセレストさんのところに引き取られることをすぐに了承しなかったのかと責めているのだ。


 昨日のセレストさんの苦しそうな様子を思い出す。




「つがぃ、わ、から、ない。わた、し、せれ、すと、さん……いく、つ、がぃ、せれす、と、さん、りよう、する?」


「うん?」




 目の前の人が首を傾げた。


 言いたいことが通じなかったみたいだ。


 後ろにいた十七番がわたしの肩を掴んだ。




「えっと、八番は『わたしがセレストさんのところに行くのは、セレストさんの番だってことを利用してることにならないか』って言いたいんだと思います」




 十七番の言葉に何度も頷く。


 そう、それなのだ。


 わたしが本当にセレストさんの番で、セレストさんに引き取られたとして、今のようにセレストさんがわたしを気にかけて大事にしてくれたとしても、それは番だからで。


 それを知っていてセレストさんのところに行くのは、わたしが番という立場を利用して、セレストさんに自分の世話をさせることではないか。


 ウィルジールさんが目を瞬かせた。




「は? ……え、それだけ?」




 ウィルジールさんが更に二度瞬きをした。


 それから、急に「あははは!」と笑い出した。




「もしかして君は番だからセスに助けてもらうことを、悪いことだと思ってる?」




 その言葉に頷き返す。




「なんだ、そんなことか」




 ふ、と突然ウィルジールという人の雰囲気が柔らかくなった。




「好きなだけ利用すればいい」


「ぇ……」


「番を見つけた竜人は、番のためならどんなことでもしたいと思うらしいよ。セスは君のために何かしたいと望んでるってことだ。なんなら一緒にいたいと思ってる。セスは番の君と一緒にいられて、君はこれからの生活の場所が出来る。何も悪いことはないだろ?」




 ぽかん、と口が開いてしまう。


 ……なんだろう、この人、なんか。




「せれ、すと、さん、と、もだ、ち……ほ、んと?」




 これは伝わったのか、また笑われた。




「ああ、俺はセレストの友達だ。だからこそ、友達の苦しんでる姿なんて見たくない。まあ、親友を取られて不満はあるけどな」




 だからと言って友人を利用しろ、なんて凄いことを言う人だと思う。


 …………この人、ちょっと歪んでる。




「──……ウィル?」




 その声にウィルジールという人が振り向いた。




「お、丁度いいところに来たな」




 廊下の向こうからセレストさんがやって来る。


 目が合うと、ちょっと早足になった。




「お前の番を見に来たら部屋から出てたぞ。こっちには外に通じる扉もあるし、話してみたかったからちょっと喋ってたんだ」




 セレストさんに話しかける声は柔らかい。




「そうですか、間違って外に出て迷子にならずに済んで良かった。ありがとうございます」


「どういたしまして」




 そう言ったセレストさんの声も穏やかで、お互いに気を許した相手なのだということが伝わってくる。


 ……本当に友達みたいだ。


 でもこの人の言いたいことも分かる。


 セレストさんはわたしを引き取りたいと思っていて、だけど、わたしが嫌ならそれを諦めると言ってくれているのだ。


 しかし竜人にとって番は大事な存在だから、出来る限り、一緒にいたいと思っていて。


 離れることはとてもつらいこと、なのだろう。


 ……それでもわたしに選ばせてくれたんだよね。


 わたしは十七番と本音を言えば離れたくない。


 でも十七番はセレストさんのところに行くべきだと言う。セレストさんの友達だというこの人も、セレストさんのところにわたしは行くべきだと恐らく思っている。




「すみません、部屋にこもっているのは退屈でしたか? 本……は読めないですよね、何か時間を潰せるものを持ってきましょうか?」




 セレストさんが屈んで、目線を合わせてくれる。


 首を振れば少しだけ残念そうな顔をされた。


 ……本当にいいのだろうか。


 セレストさんに番だからと言って甘えても、許されるのだろうか。


 十七番を見れば、十七番が笑った。


 顔を戻してセレストさんの服の端を掴む。


 セレストさんが驚いた顔をした。




「せれ、す、と、さん」




 わたしはわたしのためにセレストさんを利用する。




「わ、たし、ひき、とる……いく」




 そして、わたしは番としてセレストさんのそばにいる。


 代価と言うにはあまりにも安いけれど。


 セレストさんの金の瞳が揺らめいた。


 間近で見て気付く。


 セレストさんも、ウィルジールという人も金の瞳だけど、セレストさんの瞳は光が入ると僅かに緑っぽい色が反射する。




「……私が、あなたを引き取っても、いいのですか……?」




 セレストさんの声が掠れている。


 それに頷いた。


 瞬間、セレストさんの顔が破顔した。


 …………あ。


 胸が温かくなる。


 こんなに喜んでくれるとは思わなかった。


 そっと右手を握られる。




「ありがとうございます」




 心底嬉しそうな笑顔だった。


 ドキリと小さく心臓が高鳴る。




「不自由させないよう、努力します」




 ……それは違う。




「わ、たし、が、んば、る」




 むしろセレストさんに迷惑をかけないように。


 努力するのはわたしのほうだ。


 セレストさんが金の瞳を柔らかく細めた。




「では、一緒に頑張りましょう」




 繋いだ手を、わたしは握り返した。




「……せれ、すと、さん」


「はい、何でしょう?」




 だから、これは仲良くなるための第一歩。


 わたしはあなたを信用します。




「わ、たし、な、まぇ、くだ、さい」




 セレストさんが目を丸くした。




「あ、いいな、私も名前欲しい!」




 後ろから十七番が抱き着いてきた。


 セレストさんが困ったような顔をする。




「私は名付けのセンスがあまり良くないのですが……」


「別に凄く変な名前じゃなければいいんじゃないか? この子達がセスにつけて欲しいって言ってるんだし」




 ウィルジールという人が後押ししてくれる。


 それにセレストさんが考える仕草をした。


 わたしと十七番を見て、やはり困ったように眉を下げて呟いた。




「その、安直なものになってしまいますが、ユイとディシーというのはいかがでしょうか? 八番ユイットのユイ、十七番ディセットのディシー」




 ぷ、とウィルジールという人が笑った。




「本当に安直だな!」




 セレストさんの顔が少し赤くなる。


 笑われて、ちょっと恥ずかしいらしい。


 ……うん、でも、いい。


 十七番と顔を見合わせる。




「ユイ?」


「ディ、シー……」




 互いに頷き合った。




「わた、し、ユイ」


「私はディシー!」




 セレストさんがホッとした顔をした。


 今日からわたしはユイ。


 八番ユイットのユイ。


 分かりやすくて、可愛い響きの名前だ。




「ぁり、が、と」




 見上げれば、セレストさんが微笑んだ。




「ユイさん」




 首を振る。





「ユ、イ」


「……ユイ?」




 今度は頷き返す。


 セレストさんが俯いた。




「……やっと呼べた……」




 そう呟いた声は震えていた。


 




 

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― 新着の感想 ―
可愛い名前ではあるものの 奴隷の番号から付けるというのはどうなんだろう!? 瞳の色からとかならすんなりと喜べるのに 
[気になる点] ディシーは村出身なのに名前はなかったんですか?
[良い点] ユイちゃんとディシーちゃん、名前もらえましたね。 このまま、姉妹の絆も強くなります様に。 [一言] すみません、出遅れましたが、感想をまた書かせて頂きます。 番システム…もうキュンしか、…
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