王都への道(4)
食事をしているうちに日が完全に落ちると、セレストさんが言った通り、気温が下がる。
スノースパイダーの上着とかけてくれた毛布のおかげで寒くない。
それでもセレストさんはわたしのことが心配らしく、手招かれ、セレストさんの足の間に座ることになった。
セレストさんも毛布をかけており、足の間に座ったわたしを後ろから抱えて更に寒さから守ってくれる。
前は焚き火、後ろはセレストさんで暖かい。
焚き火に当たりながら空を見上げる。
今日は天気が良くて、星もよく見える。
「初めての野営、どうですか?」
セレストさんに訊かれて考える。
「ずっとそとにいるの、ふしぎ」
「そうですね。こういう時、家が恋しくなります」
それにわたしも頷いた。
セレストさんの家はわたしの家でもある。
帰るといつもセリーヌさんが美味しい食事を用意して待っていてくれて、ふかふかで暖かいベッドに雨風の当たらない家の中は明かりが常に灯っている。
まだ一年も経っていないけれど、あの家はわたしにとってはもう帰るべき場所になっていた。
「セリーヌさんのしょくじ、おいしい」
「ええ、彼女の肉料理が食べたくなってしまいます。セリーヌは料理上手ですから」
セレストさんがふふ、と笑った。
きっと、今、セレストさんもセリーヌさんの食事を思い浮かべているのだろう。
二人で顔を見合わせた。
「わたし、セリーヌさんがつくる、フレーズのケーキすき」
前世で言うところのショートケーキである。
ふわふわのスポンジをたっぷりの生クリームで包んで、間や上にフレーズが沢山使われているケーキだ。
クリームが甘くて、フレーズが甘酸っぱくて、しっかり焼けたふわふわのスポンジが少し香ばしくて美味しいのだ。
……食べたばっかりなのにお腹が空いてきた。
なんだかグランツェールの街が恋しくなってくる。
ディシーやヴァランティーヌさん達は今どうしているだろうか。
セリーヌさんも家でゆっくりしているのかな。
この旅の間、セリーヌさんは時々家の掃除をしておいてくれるが、殆ど仕事はお休みになってしまう。
セレストさんは前もってセリーヌさんに給金を渡しておいたそうだ。
まだ二日しか経っていないのに少し寂しい。
「はやくかえりたい」
セレストさんが「もう?」と小さく笑った。
「まだ王都にも着いていないですよ。でも、私もグランツェールに帰って、家でゆっくりしたいです」
「おかしたべて、おちゃしたい」
「そうですね」
こうして外にいると、帰る家があることのありがたさが分かる。
一日くらいならこうして過ごすのも悪くないだろうけれど、やっぱり、家が一番だなと感じる。
「今のうちに王都に行ってやりたいことを考えておきましょうか」
このままだとホームシックになってしまいそうだと思っていれば、セレストさんがそう提案してくれた。
「おみやげかいたい。ディシーとヴァランティーヌさん、シャルルさん、アンナさん、じむのみんなにも」
「私も第三救護室の皆にお土産を買っていくつもりです。帰りは荷物が多くなりますね」
「あと、じぶんようもかう」
セレストさんが首を傾げた。
「自分用、ですか?」
「うん、おうとにいったきねんのおみやげ」
初めての旅の思い出にもなる。
セレストさんも頷いた。
「確かに自分用もあるといいですね。ユイはどんなものが欲しいですか?」
考えて、パッと浮かんだのは本だった。
「ほん。おうとのほんやさん、いきたい」
セレストさんが目を細めて笑う。
「それは私も行きたいです。少しくらいは王都の観光もしましょう。私も初めて行くので楽しみです」
「セレストさんもおうと、はじめて?」
「ええ、任務で魔獣を討伐しに街の外へ出たり、周辺の村へ行くことはあっても、王都まで行くのは初めてです」
空を見上げたセレストさんが小さく息を吐く。
「かんこう、たのしみ」
セレストさんは微笑んで頷いた。
「美味しいものも食べましょうね」
それからわたしを抱き寄せた。
「さあ、明日も馬車での旅が続きます。休めるうちに休んでください。大丈夫、私もここにいますから」
セレストさんに寄りかかるように抱き締められる。
頷いて、セレストさんの腕の中で目を閉じる。
温かくて安心出来る場所ならここにもある。
体の力を抜けば、すぐに眠りに落ちた。
* * * * *
「セス兄──……っと」
ユイが眠りに落ちて少し経ってから、イヴォンとシルヴァンがやって来た。
ウィルジールの護衛が交代になったのだろう。
声をかけてきたイヴォンは、セレストの腕の中で眠っているユイを見てすぐに声量を下げた。
スヤスヤと心地良さそうに眠っているユイを見つつ、セレストの左右にイヴォンとシルヴァンは腰掛けた。
「もう寝ちゃったんだね」
シルヴァンがやや残念そうに言う。
「馬車の中とは言えど初めての旅で慣れないこと続きなんだ。疲れてしまったんだろう」
「それもそーか」
セレストは小さく詠唱を呟くと、腕の中にいるユイに治癒魔法をかける。
治癒魔法は怪我だけでなく体力回復にも効果があるのだ。
そうしてユイの目元にかかった髪をそっとよけてやりながら、セレストは微笑む。
「最初は緊張していたようだけど、慣れてきて良かった。騎士団には迷惑をかけてしまっているが」
旅に子供を連れていると、どうしても子供につきっきりになってしまうため、騎士団に守備や斥候を任せることになってしまう。
本来ならば共に旅をする以上はセレストも何かしらの役割を担わなければならないのに。
「そうでもないと思うよ。二人とも遠出は初めてなんだし、番のことが気になって離れられないことはみんな分かってる。それに勝手にうろつかないし、我が儘も言わないし、ユイちゃんもいい子だよ」
「確かにな。俺達が子供の時は旅の最中でも我が儘言って、父さんや母さんを困らせてたよなあ」
思い出したのかイヴォンとシルヴァンが笑う。
「そうなのか?」
両親と弟達がグランツェールの街を出た時、弟達はまだ七十を過ぎたばかりだった。
それくらいの子供を、それもやんちゃな二人を旅に連れて行くことを考えると、確かに両親はかなり大変だっただろう。
「そーそー、勝手に森に入って魔獣に襲われかけたこともあったしさあ」
「夜にこっそり川へ行って凄く怒られたこともあったね。薪を全部燃やして困らせたことも」
「ああ……。まあ、お前達は落ち着きがなかったからな。父さんも母さんもよくお前達を連れて行ったよ」
街でもやんちゃで悪戯大好きな双子だったので、旅でもきっと、そのまま好き放題したのだろう。
その分、恐らく散々叱られたと思うが。
「何度も叱られて、何度も危ない目に遭って、おかげで今の俺達があるって感じだけど」
イヴォンもシルヴァンも、昔の雰囲気は残りつつ、それでも成長したからか、昔のような無鉄砲さや奔放さは大分薄れていた。
ただ、全くなくなったという気配ではない。
騎士においてはそのような気性は必要でもある。
真面目さや責任感はもちろん不可欠だが、強い敵と対峙しても怯まず、逃げ出さないだけの胆力や勇気もなければ務まらない。
自分よりも強い敵と向かい合った時に、自分のほうが弱いからと言って護衛対象を置いて逃げ出すようでは騎士の器ではない。
護衛対象を命を懸けて守る。
それが騎士の責務である。
「お前達らしい」
セレストは幼い頃のイヴォンとシルヴァンを思い出し、小さく笑った。
あのやんちゃな弟達が騎士になるとは思ってもいなかったが、ある意味では最も気性に合った仕事かもしれない。
「……ユイもお前達くらい、我が儘を言ってくれたらいいんだが」
知ればしるほど、この子は良い子で。
だからこそ心配になる。
もっと我が儘を言ってもいいのだと、もっと自由に生きていいのだと、どうすればこの子に教えられるのだろう。
セレストなりに愛情を示し、甘やかすこともあるけれど、ユイは自分から我が儘を言ったり甘えたりすることがない。
遠慮しているというよりかは、そういうことを言うことすら知らないのではと思うこともある。
真面目で、物静かで、勉強家で、実はちょっと好奇心が強くて、でも人見知りなところもあって、きっと我慢強い子なのだ。
「我が儘言わないなら、その分、うんと甘やかしてやれば? 甘やかすのは番の特権だって父さんも言ってたじゃん」
「いつも甘やかしてる」
「だろーなあ」
だが時々、甘やかすのも愛情を与えるのも、全てセレストの自己満足なのではないかと考えてしまうこともある。
ユイはセレストが与えたものを受け入れる。
だからこそ不安になる。
自分のしていることは正しいのか、と。
この子にもっとしてやれることがあるのではないか。
この子のためには別の接し方があるのではないか。
そう思いながらも変えることが出来ずにいるのは、番に対する本能的な想いのせいだろう。
しかし少なくともセレストは半年、そばでユイを見てきて、彼女に対して本能以外の好意も感じている。
恋愛対象というには欲求がなく、それは慈愛に近く、番という面を除いてもユイのことを好ましく思う。
ユイは本当に勉強家でどんな知識でも知りたがるし、何事にも真面目に取り組むし、人見知りと言っても相手と仲良くなる努力を怠らない。
この子はこの子なりに頑張っている。
それまでの人生を考えれば、内に閉じこもってしまってもおかしくないのに、ユイは前を向いて歩く。
事務員の仕事だってそうだ。
まだ仕事をする必要はないけれど、この子は自分に出来ることをやろうと決めた。
ユイは給金の何割かを生活費としてセレストに渡してくれるが、補助金も出ている上に、ユイはあまり物を欲しがらないので金銭的な心配は元よりない。
そのためセレストはユイから渡された金は全て、いつか彼女が必要になった時のために貯蓄している。
「ユイちゃんは嫌がってないんでしょ? むしろセス兄が甘やかしてるから、我が儘を言う必要がないのかもしれないし」
「そう、なのだろうか……」
……それならばいいのだけれど。
もぞ、と腕の中でユイが動く。
そのまま何度か体を小さく動かした後、収まりの良い位置を見つけたのか静かになった。
ユイには我慢をして欲しくない。
特に自分には、我が儘を言って欲しい。
「ほら、父さんと母さんだってそうだっただろ? 父さんが先回りして母さんにあれこれしてて、セス兄も父さんそっくりだしな」
言われて、父と母を思い出す。
そういえば父もよく母の世話を焼きたがったし、何かとそばについていた。
母は物静かな人で、父のそれを受け入れていた。
今の自分を置き換えてみると、なるほどと思う。
父があまりにあれやこれやと世話するので、母はいつも父任せな部分があり、思い返せば、母が父に我が儘や文句を言うところは見たことがなかった。
「そんなに気になるなら、本人に訊いてみればいいじゃん」
イヴォンの言葉にセレストは首を振った。
「ユイは気遣いの出来る子だ。私が『困っていることはないか』と訊けば『ない』と答えるだろうし『我が儘を言ってくれ』と言えば困らせてしまう」
ユイは普通の子供より聡い。
それに人の顔色を読むことにも長けている。
イヴォンとシルヴァンが頬杖をついた。
二人揃って「ふぅん?」とセレストを見る。
「まあ、なんにせよセス兄は今まで通りでいいんじゃねーの? 嫌なら嫌って言うだろ、多分」
「そうだね。ユイちゃんって物静かだけど、自分の考えはハッキリ言うし、セス兄は今のままでいいんじゃない?」
……さては面倒臭くなってきたな。
頬杖をしつつ、焚き火を枝で弄り出した弟達にセレストは小さく息を吐いた。
でも、確かに弟達の言う通りである。
セレストが何を思おうと現状維持でいくしかない。
「それよりも、僕はセス兄が番を見つけたのに、まだ番ってなかったことに驚いたけどね」
「それな」
左右から弟達に見られてセレストは目を伏せた。
「……ユイにも選ぶ権利がある」
ずい、とシルヴァンが首を伸ばした。
「ユイちゃんの意思で自分を選んで欲しいってこと?」
「……そうかもしれない」
シルヴァンが微かに笑う。
「セス兄はやっぱり僕達の兄さんだね。最初から囲っちゃえば良かったのに、わざわざ選択肢を提示した上で自分を選んで欲しいなんて、すっごい我が儘」
「確かに。あってないような選択肢だよな」
弟達の言葉がグサリと刺さる。
……何も言い返せない……。
セレストはユイに自由だと言っておきながら、自分を選んで欲しいとも告げている。
しかもユイに他の男性との接触をしないでくれと頼んでいる時点でユイの選択肢を奪ったようなものだ。
優しいユイはセレストの頼みを聞いてくれている。
むしろ我が儘放題なのはセレストのほうなのかもしれない。
「でも嫌がられないってことは、それくらいにはユイもセス兄のこと、好意的に思ってるんだろ」
イヴォンの慰めの言葉にセレストは何も答えられなかった。
ユイの好意は、セレストが恩人であるからだ。
さすがにそれくらいは分かる。
感謝と尊敬の眼差しはあっても、そこに恋愛感情があるようには思えなかった。
……それも仕方のないことかもしれないが。
ユイは奴隷から解放されてまだ一年も経っておらず、ようやく今の生活に慣れたところなのだ。
恋愛感情すら知らない可能性が高い。
「そうだといいが」
「自信持てって。セス兄のこと何とも思ってなかったら、腕の中でそんな風に安心しきった顔で寝てないだろ?」
すぅ、と小さく寝息が聞こえる。
疲れているのもあるのだろうが、これだけ話していて起きないということは気を許している証拠ではある。
異性としても見られていない気はするが。
今はまだ、それでいい。
セレストもユイのことは番だと思っているものの、そこに性的な欲求はない。
ただ何よりも慈しんで、大事にしたい。
「そうだな」
ユイももしかしたらそうなのかもしれない。
まだ芽吹いたばかりの植物のように、精神面もやがては成長していくだろう。
セレストはそれをそばで見守るだけだ。
* * * * *




