双子(1)
双子の弟さんより手紙が届いてから二週間。
どことなく第二警備隊の空気がざわついて、みんなの雰囲気もどこかそわそわしている。
今日は王都から使者の一行が来る日である。
このグランツェールで二日ほど滞在し、国境の砦で隣国に新任の使者と護衛達が入国する。
そうして前任の使者と、ここまで護衛をしてきた騎士達がまたグランツェールへ戻って来て、二日過ごして王都へ帰還する。
つまり王都の騎士達は四日ほど、この街に留まる予定で、街の人々は滅多に見られない王都の騎士達を一目見たくて仕方がないらしい。
聞くところによると、王都からの使者と騎士達を歓迎するために花やら何やら色々と街の人達が用意しているそうだ。
第二警備隊の中でも王都の騎士様を見たい、という人が多いのだろう。
……ディシーも騎士様を見たがっていたっけ。
午前の仕事を終えて道具を片付けていれば、セレストさんが迎えに来てくれた。
「ユイ、昼食に行きましょう」
セレストさんはいつも通りだ。
かく言うわたしもそうだけど。
セレストさんと手を繋いで食堂へ向かう。
食堂には、もう先にヴァランティーヌさんとディシーが待っていて、今日はそこにウィルジールさんもいた。
「よっ」とウィルジールさんが片手を上げた。
それにセレストさんも軽く手を上げつつ、わたしと一緒に近付いていく。
空いた席の一つをセレストさんが引いてくれて、そこに座ると、セレストさんが「食事を取ってきますね」と言い置いて離れる。
先に食事しているウィルジールさんとわたしとが残される。
「こうして話すのはあんまりなかったよな」
確かに、二人だけで話す機会は滅多になかった。
金色の瞳がこちらを向く。
「セスとはその後どうだ? 一緒に暮らしてみて、アイツのこと好きになりそうか?」
相変わらず直球だ。
「わからない。わたし、こい、しらない」
「あー……」
なんだか納得したような顔をされる。
ウィルジールさんがセレストさんのほうを見た。
「でもわたし、セレストさん、すき。すきか、きらいなら、セレストさんがすき」
ウィルジールさんが驚いた顔で振り向いた。
「そうなのか? そのわりにお前、全っ然表情が変わらないから分かりづらいな。もっとアイツに笑いかけてやれよ」
「わらう……」
言われた通りに笑ってみる。
ウィルジールさんがぷっと吹き出した。
「あははは! 下手くそ過ぎるだろ!」
指差しながら笑われて思わずムッとした。
その指を曲げてやりたいけれど、他の人、特に男性に触ると匂いが移るそうでセレストさんが悲しそうな顔をするので、よほどのことがない限りは接触しないように気を付けている。
そもそも、そこまで触れ合うようなこともない。
じっとりと睨んでいるとヴァランティーヌさんとディシーが食事を持って戻って来る。
「何やってんだい?」
まだ笑っているウィルジールさんとわたしを交互に見て、ヴァランティーヌさんとディシーが首を傾げた。
「ヴァランティーヌ、こいつの笑顔、物凄く下手くそで笑えるぞ!」
「ほら、もう一回やってみ?」と言われるが、もう二度とやるものか。
顔を背けると影がかかる。
見上げれば、セレストさんが不思議そうな顔で食事の載ったトレイを手に立っていた。
目の前にトレイの一つが置かれる。
「ウィル、どうかしたんですか?」
「いんやぁ、コイツの笑顔が下手過ぎて笑えるって話」
「ユイの笑顔が下手?」
わたしの向かい側に座り、セレストさんがもう一度首を傾げる。
「ユイの笑顔はいつも可愛いですよ」
「でもさっきはこんな顔だったぜ」
ウィルジールさんが引きつった笑顔を見せる。
……わたし、そんな顔してたの?
笑顔と言うには確かに下手だった。
セレストさんが苦笑する。
「それは心からの笑顔ではないからでは? 普段の笑顔はとても素敵ですよ」
「俺の前では全く笑ったことないけどな」
それはウィルジールさんが意地悪なことを言ったり、したりして、わたしをからかってくるからだ。
「ウィルジールさん、いじわるする」
どれも大したことはないし、怒るほどのことではないが、意地悪は意地悪だ。
ウィルジールさんが「だってさぁ」とぼやく。
「親友取られたら面白くないだろ?」
セレストさんが困ったように眉を下げた。
けれども、セレストさんが口を開く前にウィルジールさんが「謝るなよ」と言う。
「謝るのは、改善出来る時だけにしろ」
「そうですね……」
セレストさんがまた苦笑した。
食事の挨拶を済ませ、食べ始める。
「まあ、その話はともかく、午前中のうちに使節団が到着したらしいぞ」
「そうなんですかっ?」
ウィルジールさんの言葉にディシーが食いついた。
「ああ、使節団の到着に合わせて道に人が殺到したから、うちも結構な人数が出たんだ。俺も行ったけど、王都の騎士ってのは相変わらずお堅い感じだったな」
「いいなあ。騎士の人達、私も見てみたいなあ」
ディシーが羨ましそうに言う。
それにヴァランティーヌさんが笑った。
「第二警備隊にも挨拶に来るだろうから、上手くすれば騎士の何人かくらいは見られるかもしれないよ」
「本当? じゃあ早く受付に戻らないと!」
「今は休憩中だし、そんなに慌てなくても大丈夫さ。慌てて食べると喉に詰まってしまうよ」
慌てて食事を食べるディシーをヴァランティーヌさんが笑いながら窘めた。
ディシーがそれに恥ずかしそうに頭を掻き、食事の手をゆっくりにする。
「今回の使節団の護衛の中にイヴォンとシルヴァンも混じって来ているそうです」
セレストさんの言葉にウィルジールさんが「おお」と声を上げた。
「あの二人と会うのも百年ぶりだな。昔はまだこんなチビだったっけなあ」
「そうですね、私も会うのは百年ぶりなので成長した弟達に会うのが楽しみです。二人が来たら連絡を入れましょうか?」
「いや、帰りにまた寄るだろうから、その時で。今回は多分、セスと番に会うためにどうせ参加したんだろうし」
ウィルジールさんが頬杖をつき、行儀悪くフォークでわたしを指し示した。
横にいたヴァランティーヌさんが「行儀が悪い」とウィルジールさんの手を下ろさせ、注意されたウィルジールさんが少し身を引いた。
ウィルジールさんはどうやらヴァランティーヌさんには頭が上がらないらしい。
ちょっと意外である。
「では、帰りに二人が寄った時に連絡しますね」
「ああ」
ついにセレストさんの弟さん達がやって来る。
* * * * *
その日の夕方。
仕事を終えてセレストさんと家へ帰った後、一時間ほど経ってから、家の鐘が鳴った。
最初のあの嫌な音ではなく、今はチリリンという涼やかな音になっている。
セレストさんが揺り椅子から立ち上がった。
「弟達が来たようです」
差し出された手を取って立ち上がる。
一緒に一階へ下りれば、セリーヌさんが玄関にいて、来客に対応しているところだった。
セリーヌさんの向こうに長身の影が二つあった。
その影の一つが手を上げた。
「セス兄! 久しぶり!」
弾けるような明るい声がする。
セリーヌさんが脇へ避けて、その二人の姿がハッキリと見える。
廊下のいくつかに設置されたライトに照らされた二人の髪は輝くような金髪で、どちらも髪を後頭部の高い位置で一つに纏めており、新緑の瞳に横長の耳を持つ、エルフだった。
……セレストさんにあんまり似てない。
確かセレストさんは母親似で、双子の弟さん達は父親似なのだと、セレストさんは言っていた。
エルフの二人はよく似た顔で、どちらも整っている。
きっと父親もかなり美形なのだろうということが窺えた。
「久しぶり、セス兄」
もう片方の人が口を開く。
見た目はそっくりだけれど、こちらは穏やかというか、のんびりした調子である。
「イヴォン、シルヴァン、久しぶり」
セレストさんと近付く。
二人はセレストさんより小さいが、セリーヌさんよりかは背が高く、多分百七十以上はあるだろう。
セレストさんがわたしの手を離して、弟さん達と軽く抱擁を交わした。
種族的なものもあるが、それにしても三兄弟揃って美形というのは圧巻だ。
……この世界は美形率高いなあ。
それとも日本人の塩顔を見慣れているから、そう感じるのだろうか。
「こちらがユイ。私の番だ。……ユイ、こちらが私の弟達です。向かって右にいるのが双子の兄のイヴォンで、左にいるのが弟のシルヴァンです」
……全く見分けがつかない。
「はじめまして、ユイです。セレストさんには、いつも、おせわになって、います。よろしくおねがいします」
ぺこりと頭を下げると後頭部に手が触れた。
「俺はイヴォン=ユニヴェール、こっちは双子の弟のシルヴァン=ユニヴェールだ! よろしくな!」
そのままワシワシと撫でられる。
しかし、すぐにその手が叩かれた。
「イヴ、やめなよ。セス兄が睨んでる」
「え? うわっ、ごめんってセス兄!」
手が離れ、代わりにそっと別の手がわたしの頭に触れて乱れた髪を整えてくれた。
見なくてもそれがセレストさんの手だと分かる。
顔を上げるとイヴォンさんが焦った様子で両手を上げて、降参のポーズを取っていた。
「気を付けてくれ。ユイは私達に比べたら脆いんだ。あまり強い力をかけたら骨折してしまう」
さすがにそこまで弱くない、と思う。
でも竜人やエルフのほうが身体的にも頑丈で力があるそうなので、種族的な差を考えて、わたしはセレストさん達からしたら確かに脆いのかもしれない。
と、言うか先ほどから気になっているのだが、セレストさんの口調が弟さん達相手だといつもと違う。
丁寧な口調ではないセレストさんは初めて見た。
「そっか、人間だもんな」
「うん、気を付けるよ」
イヴォンさんとシルヴァンさんが頷いた。
「さあ、中に」
そうしてセレストさんは二人を招き入れた。
一階ではなく、二階の居間に通したのは家族だからだろう。
イヴォンさんとシルヴァンさんは居間に入ると、まるで我が家のようにソファーに悠々と腰掛けた。
「あんま変わってねーな。模様替えとかしないの?」
イヴォンさんが言う。
「特に必要性も感じないから、内装は修繕くらいしかしてない」
「セス兄らしいね。だけど、ちょっとシンプル過ぎない? もう少し華やかでもいいんじゃない?」
セレストさんの言葉にシルヴァンさんが何故かわたしのほうを見た。
セレストさんの横に座ろうとしていたので、三人の視線が一気に向けられて一瞬ビクッとしてしまった。
……え、何? なんでこっち見るの?
困ってセレストさんを見上げれば、こちらも何故かハッとした顔をする。
「ユイはどう思いますか? もっと家の中が華やかなほうが好きですか? 壁紙なども替えたほうがいいでしょうか?」
矢継ぎ早に訊かれて目を瞬かせた。
「……ううん、いまがいい。おちつく」
セレストさんの家の中は華やかではないものの、地味というわけでもなく、落ち着いた雰囲気だし、壁紙も小花柄で派手さはないけれどオシャレで可愛らしいと思う。
「そうですか……」
セレストさんがホッと息を吐く。
「なるほどなあ」
「なるほどね」
イヴォンさんとシルヴァンさんの声が重なった。
見れば、二人とも顎に手を添えている。
右にいるイヴォンさんは右手を、左にいるシルヴァンさんは左手を顎に当てていて、恐らくその手が利き手なのだろう。
……あ、利き手は違うんだ?
上手くすれば利き手で見分けられるかもしれない。
居間の扉が叩かれた。
セリーヌさんがワゴンを押して入ってくる。
テーブルに紅茶やお菓子を並べると、一礼して下がっていった。
「いい使用人だね」
シルヴァンさんが言って紅茶を飲む。
その横でイヴォンさんがクッキーに手を伸ばした。
……あれ、利き手が違う?
シルヴァンさんは右手でティーカップを持ち、イヴォンさんは左手でクッキーを摘む。
内心で首を傾げているわたしを他所にセレストさんが頷いた。
「ああ、彼女には随分と世話になっている。信頼出来る人だ。だからユイのことも任せてる」
「ふぅん」
サク、とイヴォンさんがクッキーをかじる。
わたしもティーカップに手を伸ばした。
温かいそれはハーブを使っている。
前まではいつも紅茶のミルクティーだったけれど、月のものが来るようになってからは、紅茶は症状を悪化させるからとハーブティーや果実水をよく飲むようになった。
ミルクティーは一日、一杯か二杯だけ。
でもハーブティーもなかなかに美味しいし、ミルクティーよりもさっぱり飲めるので、これはこれで結構好きだ。
「それで、セス兄達はいつ結婚すんの?」
イヴォンさんの言葉に思わずむせてしまった。
慌てたセレストさんがわたしの名前を呼ぶ。
大きな手がわたしの背中をさすってくれる。
「ダメだよ、イヴ」
シルヴァンさんがイヴォンさんに言う。
「そういうのは周りが余計なことを言うと拗れるんだから、黙って見守っておくべきだよ」
……うん、そうかもしれないけど……。
せめて本人達の前では言わないでもらいたいな、と咳き込みながらも思う。
セレストさんがわたしの背中をさすりながら弟さん達の名前を鋭く呼ぶ。
「イヴォン、シルヴァン!」
それにイヴォンさんとシルヴァンさんが肩を竦めながらも、全く悪気のなさそうな顔でこちらを見た。
「なんだよ、セス兄。そんな怒るなよ。別に変なこと言ってないだろ? 番なんだしさあ」
セレストさんが黙った。
それにイヴォンさんとシルヴァンさんが目を瞬かせ、顔を見合わせ、それから「え?」と二つの声が重なった。
「……もしかして、まだ、番ってないの?」
シルヴァンさんの問いにセレストさんが頷いた。
その直後、イヴォンさんが「はぁああっ?!」と声を上げた。
横でシルヴァンさんが「そういえば……」と呟く。
「番を見つけたとは書いてあったけど、番ったとは書いてなかったかも」
と、真面目な顔でこちらを見た。
それにセレストさんがもう一度頷いた。
「その通りだ。ユイは私の番だが、私を選ぶかどうかは彼女の自由だ」
「……セス兄……」
「それってどうなんだよ……」
イヴォンさんとシルヴァンさんが、セレストさんを呆れた顔で見る。
話題の中心であるわたしは少しいたたまれない。
……まだ、恋愛の好きとか分からないし……。
こほ、と咳をしながら視線を逸らした。