魔法と適性 / 仕事
「そろそろユイに魔法について教えようかねえ」
ヴァランティーヌさんがそう言った。
「ま、ほう」
これまで色々なことを教えてもらったけれど、魔法について学んだことはなかった。
セレストさんやヴァランティーヌさんが魔法を使っているところは見かけていたが、それについて訊いたことはない。
不思議で便利なものだな、という印象だ。
でも、わたしが使えるとは思わなかった。
奴隷として生きていた間も八番がそういったものを使える感じは全く感じられなかったし、人族について学んだ時も、人間で魔法を使える者は少ないと教えられた。
だけど、知っておいて損はないと思う。
「セレストやアタシが使っているのは何度も見てるだろう?」
うん、と頷いた。
「い、つも、セレ、スト、さん、パン、と、チー、ズ、ちい、さな、ひ、で、やい、てく、れる」
「あはは、そうなのかい? セレストらしい平和的な使い方だね、それは」
ヴァランティーヌさんがおかしそうに笑った。
わたしも、セレストさんの魔法の使い方は平和的だなと思う。
それに普段から何でも魔法に頼っているのではなく、ちょっとだけ使って、生活上で少し便利だなと感じる程度だ。
訓練場でよく見かける隊員同士の手合わせでも、そういえばあまり魔法を使っていないような気がする。
「まず、魔法ってのは魔力が必要だ。でも、その魔力自体、持っていない者と持っている者とがいる。前にも話したけど人間は魔法を扱える者が少ない」
ヴァランティーヌさんの話を聞きながら本にメモを取りつつ、首を傾げた。
「ま、りょく、ある、ま、ほう、つか、え、る?」
ヴァランティーヌさんが首を振る。
「いいや、魔力があればいいってもんでもないのさ。魔力があっても魔法適性がなければ使えない。この適性ってのは生まれながらに持ってるかどうかで決まる」
「ま、りょく、あ、っても、ま、ほう、つか、え、ない? ま、りょく、むだ?」
「無駄ってことはないよ。魔力がある者は傷が早く治ったり、頑丈だったり、魔法が扱えなくてもいいことはある」
ヴァランティーヌさんが懐から一枚の紙を取り出して、わたしの前に置く。
どうぞ、と手で示されて紙を手に取った。
指で文字を追っていく。
「ま、ほう、てき、せぃ、はん、べつ、しょ?」
紙には魔法適性判別書と書かれていた。
下には六芒星みたいな絵が描かれていて、あれこれと小さな文字が六芒星の外側にくっつくように書かれており、それが丸で囲んであった。
不思議なそれをまじまじと見る。
「魔法に適性があるかどうか調べることが出来る紙さ。これは一回使い切りだけどね」
ヴァランティーヌさんが小さなナイフを取り出した。
「これでちょっとだけ指先を切って、下の魔法式に血を垂らすと魔法に適性があるかどうか分かるよ」
「試してみるかい?」と訊かれて頷いた。
受け取ったナイフでちょっとだけ指先を切る。
若干ピリッとしたけれど、そんなに痛くないし、これくらいの痛みはどうということはない。
指を揉むと血が滲んでくる。
ヴァランティーヌさんに言われるまま、六芒星の図の真ん中に血を一滴落とした。
すると六芒星がパッと輝いた。
わたしは切った後の指を咥えながらヴァランティーヌさんを見上げた。
「ああ、やっぱり。魔力量は物凄く多いけど、ユイには魔法適性はないみたいだねえ」
ヴァランティーヌさんの言葉に驚いた。
「わ、たし、ま、りょく、ある?」
「あるよ。それも人間にしてはかなりの量だね」
六芒星の光り具合で魔力の量がある程度は分かるらしく、少なければ光が弱く、多ければそれだけ明るく光るのだとか。
わたしの光り具合はなかなからしい。
「でも魔法は扱えないね。ユイの魔力に合う属性はないみたいだ。……無属性っていうのも珍しい。少なくとも、アタシが生きてるうちで見たのは数人くらいだよ」
垂らした血の方向で合う属性が分かるそうだ。
属性は光、闇、火、土、水、風の六種類で、属性が合う方向の角に向かって垂らした血の筋が伸びる。
でもわたしの血は真ん中で僅かに滲んでいるだけ。
つまり、どの属性にも適性がない。
「普通は一つくらい、突出した属性があるんだけどね。ユイの場合は本当に属性がないみたいだ。無属性の魔力っていうのは、どの属性の色も持たない純粋な魔力ってことさ」
……純粋な魔力。
「じゅん、すい、な、ま、りょく、いい、こと、ある?」
「どうだろうねえ。魔力の質はいいらしいけど、属性がなくてどの魔法にも適性がないから使い道はないと思うよ」
慰めるように頭を撫でられた。
「これだけ魔力があるならユイはかなり自己治癒能力が高いんじゃあないか?」
言われて、そういえば奴隷の頃はよく怪我をしていたけど、一晩寝れば多少の傷はすぐに治っていた気がする。
あまり意識を向けたことがなかったので記憶は曖昧だ。
首を傾げれば、ヴァランティーヌさんが苦笑する。
「怪我しないに越したことはないけどね」
判別書はわたしにくれると言うので、元通りに丸めて紐で縛る。
後でディシーとセレストさんに見せよう。
わたしが紙を鞄に仕舞うとヴァランティーヌさんが説明をしてくれた。
「魔法適性と魔力がなければ魔法は使えない。その理由は魔法が発動する原理が理由なんだ」
魔法を発動させるには、魔力が必要だ。
体内にある魔力を掌に移動させる。
そして魔法の詠唱を言葉に出す。
「たとえば、これは初級の火属性の魔法で『小さき炎よ、指先に現れよ、ファイア』で、点く」
ポッとヴァランティーヌさんの指先に小さな炎が灯った。
「……セレ、スト、さん、そ、んな、なが、い、えい、しょ、し、ない」
「ああ、上級者になると詠唱をある程度省いても魔法を生み出せるよ。それは後で教えるとして──……」
詠唱は魔法を想像するための道筋であり、決まった詠唱を口にすることで、魔力にその想像の形を与える。
たとえば今ヴァランティーヌさんが使った初級魔法の小さな炎を生み出す魔法。
ヴァランティーヌさんは自分の掌に魔力を出して、詠唱を唱えることで頭の中でその魔法を想像し、それが魔力に小さな炎という形を与え、現象として起こるということらしい。
「魔法で一番大切なのは想像することだよ。どんなに正確に詠唱を口に出せても、想像出来なければ魔法は現れない」
……と、いうことは。
「そう、ぞう、できる、なら、なが、い、えい、しょ、ひつよ、ない?」
想像が大事であるならば、その想像さえきちんと頭の中で出来ていれば詠唱は実は適当でもいいのではないだろうか。
「ひ、の、まほ、う、そう、ぞう、できる。えい、しょ、『ひ』、でも、いい?」
「まあ、それでしっかり特定の魔法が使えるならいいだろうけど、そう簡単なものじゃあないよ」
ヴァランティーヌさんが苦笑した。
「魔法は想像が大事だ。その想像を反射的に思い浮かべられるようにするために、決まった詠唱が必要なんだ」
なるほど、と頷く。
想像が一番重要だけど、適当な詠唱だとその時に別のことを考えてしまうかもしれない。
決まった詠唱で、言葉で魔法の現象を表現するものであれば、頭の中でも自然と想像するだろう。
「でも、アタシやセレストみたいに長命な種族だと、そういうのも慣れて、短い詠唱でも望む効果の魔法を発動させられるけどね」
その辺りは魔法の修練を積んで慣れていくのだとか。
わたしは魔法適性がないから、使えないけど。
* * * * *
「ユイ〜!!」
午後の授業が終わるとディシーが戻って来た。
そばにはシャルルさんもいる。
駆け寄ってきたディシーに抱き着かれる。
「おつ、か、れさま」
くっついたディシーからは日向の匂いがした。
先ほどまで運動していたのだろう、わたしよりも大きな体はかなり温かい。
「ありがとう! ユイもお疲れさま!」
体を離したディシーがニッと笑った。
「聞いて、ユイ。私、第二警備隊の受付の仕事に就くことにしたの。ほら、正面玄関のところの受付の人」
ディシーの言葉に驚いた。
「そう、なの?」
「うん、私結構強いし、人と話すの好きだし、ヴァランティーヌさんが仕事してる間、私もここで仕事したいなって思ってたの」
「それ、わ、かる」
わたしもセレストさんが働いている間、同じようにこの第二警備隊の中で働けたらいいなと思っている。
計算ならそれなりに出来るから、事務員になれたらと考えていて、この間の誕生日の時にヴァランティーヌさんが話していたが、どうやらわたしが事務に入ることも検討してもらえているらしい。
でもディシーのほうが早く仕事に就くとは。
「ディ、シー、おめ、で、とう」
この世界には働く際の最低年齢に決まりはない。
だから、仕事がきちんとこなせるならば何歳からでも働くことが出来るし、雇うことも出来る。
「明後日から、見習いとしてしばらく受付の先輩達にくっついて仕事を教えてもらうんだって」
「がん、ばって」
「うん、がんばる!」
ディシーが働き始めるのはいいことだと思う。
もう五ヶ月近くわたしもディシーも何もせずに過ごしていたし、受付に入ることでディシーの交友関係も広がるだろうし、何より第二警備隊の人達ともっと仲良くなれる。
……仲良くってところに関しては、もう結構仲良しなのかもしれないけどね。
毎日訓練場でいろんな人に話しかけて手合わせしているディシーなので、わたしが知らない多くの隊員とも顔見知りになっているだろう。
シャルルさんの時はちょっと驚いていたみたいだが、それでもこうしてすぐに仲良くなれている。
ここまでディシーを連れて来たシャルルさんは、ヴァランティーヌさんと話をしている。
「もう働くのか? ……早過ぎないか?」
「十四歳だからそこまで早くはないだろう。第二警備隊の見習い隊員だって、それくらいで入る子もいる。それに本人がやりたいって言ってるんだから、やらせてあげればいいのさ」
「そうか……」
シャルルさんが小さく唸った。
リザードマンの集落では子供は大抵、仕事をしても薪拾いや小動物の狩りなどが主で、きちんとした仕事は大人になってかららしい。
それまでは子供は遊んだり、体を鍛えたりして、立派な戦士になるのを夢見ているのだとか。
ちなみにリザードマンが大人として認められるのは百歳を過ぎたらだそうで、百歳になると大人の仲間入りの儀式を行うようだ。
前世で言うところの成人式みたいなものだろう。
「大人の仲間入りをすると、そこからは戦士になるための訓練を最低でも五十年は受ける。飲み込みが早ければもっと短く、なかなか習得出来ないともっと長くなる」
と、いうことだった。
リザードマンには一定の強さの水準があるようだ。
ある程度の習熟度になるまでは戦士見習い。
それより強くなれば戦士として認められる。
「きび、し、そう」
それだと、その水準まで達しなかった者達はいつまでも見習いのままだ。
シャルルさんが頷いた。
「かなり厳しい。大人の仲間入りをしたら甘やかされることはない。だが、それは必要なことだ。リザードマンという種族の強さを保つために手は抜かない」
そしてシャルルさんがディシーを見た。
「ディシーは十四歳、リザードマンの子供で言えば、まだ七十くらいだろう。その歳で仕事に就いて大人の仲間入りをするのは苦労する」
ディシーはそれを聞いて笑った。
「大丈夫! 私、元の村でも働いてたし、分からないことがあっても周りに訊ける人もいるし。あと、自分でお金を稼げるようになりたい。ヴァランティーヌさんにずっと頼ってるままだとダメになっちゃう!」
それはよく分かる。
ディシーの横で思わず頷いてしまった。
「人間の子供は早熟だな」
シャルルさんが感心したような声音で言った。
「働く意欲があるってのはいいことだよ。それに、そろそろまた新人が入ってくる頃だからね。ディシーを預けておけるところが増えるのはありがたいことさ」
ヴァランティーヌさんの言葉にハッとする。
……そうだ、いつまでもヴァランティーヌさんがわたしやディシーを見ているわけにはいかないのだ。
わたしも早く事務員になりたい。
見習いでもいい。
そうすればヴァランティーヌさんは次に入ってくる隊員の教育に専念出来る。
考えているとわたしを呼ぶ声がした。
「ユイ」
その声に振り返ればセレストさんがこちらへ歩いて来るところだった。
その手には紙が握られている。
「事務方から、あなたを見習いに雇い入れたいと連絡がありました」
セレストさんが来て、膝をつくと、持っていた書類を広げてわたしへ見せてくれた。
書類の文字を指で追う。
そこには、わたしの計算の腕を見込んで事務員見習いに雇いたいという内容が書かれてた。
顔を上げればセレストさんが微笑んだ。
「この話、受けますか?」
答えは決まっていた。
「わた、し、じむ、いん、み、なら、い、やる」
これはわたしにとっては願ってもないことだ。
セレストさんがわたしの言葉に頷いた。
「では、受けると返事をしておきますね。……おめでとうございます、ユイ」
セレストさんがわたしの頭を撫でる。
横からディシーに抱き着かれた。
「ユイもおめでとうだね!」
それに頷いた。
「あり、が、とう」
ディシーもわたしも、第二警備隊に居場所が出来る。
わたし達を受け入れてくれることが嬉しかった。




