代償
帰宅後、セレストさんはそのまま一階の居間にわたしとセリーヌさん、そしてアデライドさんを集めた。
セリーヌさんの表情は暗くて、アデライドさんは何故集められたのか分からないという様子だった。
居間にあったテーブルに、わたしとセレストさん、セリーヌさんとアデライドさんで席に着く。
ここでようやく、アデライドさんは何か様子がおかしいことに気付いて眉を寄せた。
全員が着席するとセレストさんが口を開いた。
「アデライド、何か言うことはありませんか?」
アデライドさんが目を瞬かせた。
「え?」と漏らし、アデライドさんは自分以外の人の顔をそれぞれ見た。
「えっと、何のことでしょうか?」
アデライドさんの横で、セリーヌさんがぐっと小さく唇を噛み締めた。
横にいるからそれが見えなかったようだ。
アデライドさんは首を傾げた。
セレストさんが小さく息を吐いた。
「自分から話してもらえるのであればと思いましたが、どうやらそれは叶わないようですね」
そしてセレストさんの微笑みが消えた。
……美形の無表情、怖い。
正面に座っているアデライドさんもギョッとしたような顔をする。
「アデライド、あなたはユイのものを盗みましたね?」
セレストさんの声にはいつもの柔らかさがない。
淡々としたそれにアデライドさんの表情が途端に強張り、そしてわたしをギッと睨む。
……え、何でここでわたしが睨まれるの?
そう思うのと同時にセリーヌさんがアデライドさんの名前を鋭く呼んだ。
「アデル!」
ビクッとアデライドさんの肩が跳ねた。
アデライドさんのくすんだ緑の瞳が潤む。
ああ、泣きそうだなと思って見ていると、セレストさんが淡々とそれを指摘した。
「泣いてもあなたのしたことは消えませんよ」
アデライドさんは俯いてしまった。
「何故ユイのものを盗んだのですか?」
押し黙ったまま何も言わない。
それにセレストさんがテーブルの表面を指で叩く。
苛立っているのが明らかだった。
こんな風に苛立つセレストさんは初めて見た。
「何も言わないのであればそれでも構いません」
アデライドさんが顔を上げる。
そんなアデライドさんを見るセレストさんの金の瞳は冷たかった。
「羨ましかったにせよ、欲しかったにせよ、あなたは仕えるべき主人のものを盗みました。仕事は当然ですが辞めてもらいます」
アデライドさんのくすんだ緑の瞳が見開かれた。
「そんな、」
「アデライド!」
言い募ろうとするアデライドさんに、セリーヌさんが厳しい声で名前を呼んだ。
「あなた、自分のしたことが分かっているの? 人のものを盗んだのよ? 窃盗は犯罪なのよ?!」
母親に言われて、アデライドさんが顔を蹙めた。
それは言葉にするならば「うるさいな」という表情だった。
しかしセレストさんと目が合うと、途端に視線を彷徨わせ、そして俯いた。
「………………だって……」
俯いたアデライドさんが呟く。
そしてグワッと顔を上げた。
「だって羨ましかったのよ!」
ジロリと睨みつけられた。
「あたしはずっと前から、ずっとずっと前からセレスト様が好きだったのに、こんな痩せっぽっちでニコリともしない子供がセレスト様の番だなんて!」
こんな、と指差されてわたしは困った。
……わたしもセレストさんの番だってことに正直戸惑っている。
セレストさんは優しくて、気が利いて、紳士的で、ちょっと過保護なところがあって、そしてわたしには甘い。
見た目は凄く美形だし、魔法も使えて、竜人という長命な種族で。
何でわたしがセレストさんの番なのかなって疑問に感じることもある。
「それだけでも嫌なのに、何でこの子ばっかり綺麗な服を着て、可愛い格好が出来るの?! あたしだってああいう可愛い服が着たかった!! 可愛い靴や髪飾りが欲しかった!! セレスト様の隣に立ちたかった!!」
それはアデライドさんの本心だったのだろう。
……まあ、そういう人がいるかもしれないとは思っていたけど……。
セレストさんは格好良くて優しいし、物腰の柔らかい人だから女性にも人気がありそうな気はしていた。
なるほど、と納得する。
どうしてアデライドさんに最初から敵意を持たれていたのか、これで理解出来た。
アデライドさんは前からセレストさんが好きで。
でもセレストさんの番ではなくて。
ずっと想っていた相手が突然、見知らぬ子供を連れて来て、自分の欲しかったものを、その子供は全部与えられてアデライドさんの望んでいた場所も欲しかったものも持っている。
……まあ、それは妬むかもなあ。
憎いと思われているかもしれない。
……いきなりどこからともなく現れた相手に好きな人を奪われたわけだし。
うーん、と悩んでいる横でセレストさんが口を開いた。
「それで?」
だから何だと言いたげな声音だった。
「羨ましい、妬ましい。そういう気持ちがあなたにあったのは分かりました。私のことを好いていたというのも、分かりました。……しかし盗みを働いても良いという理由にはなりません」
ひぐ、とアデライドさんが小さくしゃくりあげた。
ボロボロと涙をこぼすけれど、セレストさんも、セリーヌさんも優しい言葉をかけることはない。
それでもアデライドさんは「でも……」「だって……」と呟いている。
はあ、とセレストさんが息を吐いた。
「あなたにとっては嫌いな相手のものを盗んで困らせてやろうという程度の気持ちだったのかもしれませんが、私からしたら、信用していた相手が私の大切な人のものを盗んだのです。セリーヌもそうです。……あなたは私とセリーヌを裏切ったのですよ」
その言葉が意外だったのか、アデライドさんがピタリと口を噤んでセレストさんを見た。
「私はあなたの気持ちには応えられません。誰よりも大切な人を見つけてしまいましたから」
アデライドさんの顔がくしゃりと歪む。
聞きたくないという風に緩く首を振った。
「そして、どんな形であれその大切な人に害意を持って何かしようとする者を許すつもりはありません。あなたのことも許せないと思っています」
セレストさんの言葉に、わたしは何とも言えない気持ちになった。
その大切な人というのは番のわたしであって、セレストさんは多分、本当にわたしを害そうとする人のことは許さないのだろう。
そこまで想われていることを、どう受け止めればいいのかわたしは分からない。
「っ、それは竜人の本能だからですよねっ?」
アデライドさんが言う。
「じゃあ、心はどうなんですかっ? 番だからその子のことを大事にしてるだけでしょっ?! 好きだから一緒にいるわけじゃない!!」
アデライドさんが勢いよく立ち上がる。
「番とは違う人を好きになるかもしれない! セレスト様は理性的な人だから、もしかしたら番以外を恋人に出来るかもしれないじゃない!!」
「っ、いい加減にしなさい!!」
セリーヌさんが椅子を蹴倒すように立ち上がると、手を振り上げてアデライドさんの頬を平手で打った。
パァンと派手な音が響く。
アデライドさんがよろめいた。
「人を好きになるのは仕方ないわ。でもね、だからって盗みをしていい理由にはならないのよ! ユイ様はあなたが小物を盗んだと知っても、一度だって責める言葉を口にされなかったわ! それどころか私を心配してくださって……。それなのにあなたは自分のしたことをユイ様のせいにして!」
セリーヌさんがアデライドさんの肩を掴んだ。
「人のものを盗んだのは誰?! あなたでしょう!! そうしようと考えたのも、やったのも、あなた自身の意思でやったこと。それなら悪いのはあなたなのよ!!」
セリーヌさんの言葉にアデライドさんがぐっと唇を噛み締めた。
その仕草がセリーヌさんにそっくりで、親子だな、と思ってしまった。
泣き止みかけていたアデライドさんの目に、また涙が溜まっていく。
「セレスト様とユイ様にきちんと謝罪しなさい!!」
けれどもアデライドさんはセリーヌさんの手を払った。
「嫌よ! あのリボンや髪飾りだってあんな子より、あたしが使ったほうが似合うじゃない! みんなだってあたしがつけてたら『似合う』って褒めてくれたもの!!」
セリーヌさんの顔色が悪くなる。
「何言ってるの!!」と酷く慌てた様子でセリーヌさんがアデライドの肩をもう一度掴んで揺さぶる。
何をそんなに慌てているのかと疑問に思いかけて、横から漂ってきた殺気にハッとした。
……え、この殺気って……。
横を見上げれば、セレストさんが目を細めてアデライドさんを眺めていた。
「そうですか……」セレストさんが呟く。
「あなたが反省する気がないのであれば、仕方ありませんね。……セリーヌ」
セレストさんに呼ばれたセリーヌさんがビクッとしながらも「はい!」と返事をした。
アデライドさんはぱくぱくと口を開閉しているが、声が出てこないようだった。
……それもそうだろう。
この冷たい殺気を向けられて、一般人が平然としていられるはずがない。
殺気を感じられないとしても威圧感はある。
わたしも驚いて言葉が出ない。
……この人でも、こんな風に殺気を出すことがあるんだ。ちょっと意外……。
セレストさんはいつだって穏やかで優しいから、こういう風に誰かに殺気を出すのは不思議な感じがした。
それでも怖くないのは自分に向けられていない、というのもあるだろう。
「アデライドを警備隊に引き渡します」
セリーヌさんの顔が強張り、アデライドさんが目を見開いた。
そしてセリーヌさんがまた唇を噛み締め、頷いた。
「……かしこまりました……」
アデライドさんが驚いた様子で「母さん?!」と声を上げる。
「待って! 警備隊?! ちょっと借りただけじゃない!! そんなに返して欲しいなら返すわよ!!」
さすがにアデライドさんも焦ったようだ。
多分、この街の警備隊って元の世界の警察みたいなもので、そこに突き出すというのは、犯罪者になるということではないだろうか。
しかしセレストさんが首を振った。
「返してもらうだけでは足りません。そして、先ほども言いましたが私はあなたを許すつもりはありません。反省の色も見られないようでしたので、これはもう、警備隊に引き渡すしかないでしょう」
アデライドさんが首を振りながら、後ろに下がろうとして、椅子にぶつかってそこにストンと腰を落とした。
助けを求めるようにセリーヌさんを見上げたけれど、セリーヌさんは悲しそうな顔でアデライドさんを黙って見て、静かに首を振った。
アデライドさんがセレストさんを見る。
セレストさんは黙ってそれを見返した。
「そ、な、で、でも、あたしがいなくなればその子の世話は誰がするの?!」
「それはセリーヌに任せます。少なくともあなたよりは信用出来るし、仕事もこなせるでしょう。セリーヌには負担をかけてしまいますが」
セリーヌさんが「かしこまりました」と頷いた。
アデライドさんは呆然とした表情でセレストさんとセリーヌさんを交互に見た。
「あなたには仕事を辞めてもらいます。そしてこれから、盗人として警備隊に連行します」
セレストさんが立ち上がった。
アデライドさんは涙をこぼしながらセレストさんに手を伸ばして許しを乞うけれど、金の瞳はそれを冷たく見下ろす。
「立ちなさい」
それはアデライドさんにとって、死刑宣告に等しい言葉であった。
* * * * *
「それで、その使用人の子を引き渡したってわけか」
翌日、仕事中のセレストの下にウィルジールが訪ねてきた。
どこから聞いたのか、昨日のことを耳にしたようだ。
先ほど出て行った警備隊員についての報告書を書きながら事情をかいつまんで説明したセレストは少しばかり呆れた顔をする。
「それにしてもあなたは本当に耳が良いですね」
「これでも友人関係は広いからな。でも、お前大丈夫か? ずっと仕えてくれていた人間の娘だろ?」
ウィルジールの問いにセレストは苦い顔をする。
「……仕方がないと思っています」
セレストにとってはセリーヌは親戚の子供のような、そんな感覚であった。
その娘となれば、少なからず思うところはある。
でもユイのものを盗んだことはどうしても許せることではなかった。
……確かに、今はユイのことは本能的に番だから大事に感じている部分が強い。
しかし、本能だけだからでもない。
あの子の優しいところや素直な性格を知って、良い子だなと思うし、計算の早さや勉強への熱意は凄いと思う。
セレストがあれくらいの頃は遊ぶほうが好きで、勉強にはあまり身が入っていなかった。
真面目なのも良いところだ。
「まあ、セスがそれでいいって言うならいいんだけどさ。番のほうはどうなんだ?」
「ユイは特には何も。むしろ気落ちしているセリーヌのことを心配して、気にしているようです」
ウィルジールが「そうなのか」と言う。
「あの子は自分がものを盗まれたことについて『初めて買ってもらったものだから返して欲しい』とは言っていましたが、同時に私やセリーヌが苦しむくらいなら秘密でも良いとも言っていました」
「ふぅん?」とウィルジールが首を傾げる。
「何でそうしなかったんだ?」
セレストは一瞬押し黙り、答えた。
「……ユイが」
「番が?」
「もし私が彼女を見逃したとして、それを見たユイはどう思うでしょうか。また同じことがあった時、言っても仕方がないからとユイは黙ってしまうのではないか。そう考えたら耐えられないと思いました。番に頼られないことを想像するだけで絶望しそうだったんです」
それでもアデライドに情けはかけた。
自ら罪を明かしてくれたなら、罪の意識を持って反省してくれたなら、警備隊に突き出そうとは思っていなかった。
元より仕事は辞めさせるつもりではあったが、きちんと反省して罪を認めてくれたら再考したかもしれない。
……結局、それはなかったが。
そのことについて話すと、ウィルジールはやはり「ふぅん?」と相槌を打った。
「まあ、その使用人も自分の行いが返ってきたってだけだけどな。でもセレストに恋してたってのも困る話だよなあ。確かに人間から見たら俺達竜人は見目がいいらしいし」
それにセレストは頷いた。
まさかアデライドがセレストに想いを寄せていたなど、気付かなかった。
そのうちもう一人使用人を増やすべきかとも思うが、また同じようなことがあっても困るし、かと言ってユイのそばに男性を置くなど論外である。
現状、セリーヌに任せるしかない。
セレストは小さく息を吐いた。
「ええ、それに関しては予想外でした」
今後は気を付けなければ。
セレストはもう一度、息を吐いた。
* * * * *




