対応
* * * * *
翌日、セレストはユイと共に第二警備隊の詰所から帰ると、すぐに茶の用意をセリーヌに頼んだ。
そうして二階の居間にセリーヌがワゴンを押してやって来る。
長く仕えてくれているセリーヌのことは、セレストも気に入っていた。
おおらかで、気が優しく、昔から変わらぬその少しおっとりとした空気は家の空気を柔らかくしてくれる。
それに成人してからずっと仕えてくれていたセリーヌを見守ってきたこと、セリーヌの母親のことも知っているため、色々と思うところはあった。
……それでもこれは黙っているわけにはいかない。
もしもこれが家の細々としたものであったなら、セレストは目を瞑ったかもしれない。
だが、ユイのことは別だ。
よりにもよってセレストの番のものを奪った。
それもバレないようにして、いくつも盗んでいるところに明確な悪意を感じる。
「セリーヌ、少し話があります」
お茶の用意をして、下がろうとしたセリーヌを引き止める。
階下の使用人食堂にはアデライドがいるため、セレストは声を落とした。
セリーヌが「はい」と首を傾げた。
「何でしょう?」
訊きながらも、ユイの肩にストールをかけようとしているセリーヌにセレストはほんの瞬きほどの間、躊躇った。
しかし、すぐに口を開く。
「アデライドがユイのものを盗んでいるようなのです」
セレストの言葉に、セリーヌの手からストールが落ちた。
「そんな……」とセリーヌの声が震えている。
「あ、あの子がユイ様のものを? 何を盗んだのでしょうか……?」
「小物をいくつか」
セリーヌが戸惑い、けれどもハッと何かに気付いた様子で口に手を当てた。
「もしかして、盗まれたものの中に髪飾りはございませんでしたか? コリエで出来た赤い花の……」
セレストは頷いた。
コリエというのは小さなガラスの粒に穴を開けて、そこに糸や紐を通して装飾品にしたり、服などに縫い付けたりするものだ。
確かにユイのなくなった小物の中に、似たようなものがあったはずだ。
「実物を見てみなければ分かりませんが、似たものがあったはずです。それとアデライドは仕事をしていません。ユイの部屋のベッドは整えておらず、掃除もしてありませんでした」
「ああ……」とセリーヌがよろめいた。
ユイがセリーヌを心配そうに見る。
セリーヌはワゴンに寄りかかり、体を震わせている。
「……この間、見慣れない髪飾りをあの子がつけていたのです。私や夫が買い与えたものではなく、本人がお金を貯めて買ったものだと言っていたのですが……。仕事もきちんとやっている、問題ないと……」
セリーヌが膝をついた。
「本当に申し訳ございません……!」
頭を下げようとするセリーヌを、セレストは手で制する。
「盗みに関してはもしかしたら違うものという可能性もあります。セリーヌには一度、アデライドに気付かれないように彼女の持っているものを確認して欲しいのです」
もしも違うものであれば、購入した店の手違いということもありえる。
ユイに訊いても、彼女も自分の持っているものを全て把握しているわけではなかったため、ユイ自身、何が残っていて、何がないのか分かっていなかった。
帰りに店に寄り、ユイに購入したものの一覧を用意してもらっている。
数日中にはその一覧は用意出来るというので、それと今あるものを照らし合わせて確認しなければならない。
そして本当にアデライドがユイの衣装部屋から小物を盗んだのか。
その確証を得るためにも、セリーヌにはつらいことを頼むが、アデライドの部屋を調べてもらいたかった。
顔を上げたセリーヌが頷いた。
「はい、すぐに確認いたします……!」
そう答えたセリーヌの声は少し掠れていた。
セレストは胸が痛んだ。
長くそばで仕えてくれたセリーヌだ。
その娘を疑いたくはないが、現状、あそこから小物を盗み出せるのはアデライドだけなのだ。
「つらい役目ですが……」
「いいえ、娘がユイ様のものを盗んでいたのであれば、それは許されないことです。母として、娘が悪事に手を染めていることを見逃すことは出来ません」
セレストが頷いた。
ユイの衣装部屋からなくなった小物の特徴をセリーヌに伝える。
「話は以上です。……お願いします」
セリーヌは深く礼を執った。
「かしこまりました」
セリーヌが居間を出て行き、セレストもふうと小さく息を吐いた。
少し、緊張してしまった。
長く生きているというのに、こういうことは初めてで、セレストも何が正解なのか分からなかった。
ただ、真実を知りたいと思うし、アデライドがまだ物事をよく分かっていないユイからそうと知っていて小物を盗んだのであれば、それはかなり悪質な行いである。
セレストとしても到底許せることではない。
どうすべきか悩んでいると、膝に小さな手が触れる。
「だい、じょう、ぶ?」
ユイの紅茶色の瞳が見上げてくる。
セレストはそれに微笑んだ。
「ええ、大丈夫です。ありがとうございます」
揺り椅子の背もたれから体を起こし、ユイの頭を撫でた。
最近は香油を使っているからか、以前よりも髪はサラサラになって触り心地が良い。
……きっと、この髪に赤い花の髪飾りは似合っただろう。
柔らかな亜麻色の髪と紅茶色の瞳。
赤いコリエの花の髪飾りは、瞳の色と合わせて、きっととても可愛らしくなっただろう。
でもただの一度もユイのために使われなかった。
ユイのために買ったのに、ユイが身につけられない。
それがこんなにも腹立たしく、苛立たしい。
「ユイは盗まれたものを取り返したいですか?」
考えるようにユイが少し俯いた。
紅茶色の瞳が二度、瞬いた。
「かえ、して、ほし、です。はじ、め、て、かって、もら、た、から」
……ああ、そうか。
ユイにとっては初めて誰かに買ってもらったもの。
それが、あの衣装部屋にある服や小物類なのだ。
セレストにとっては買い与えたものにすぎないけれど、ユイにとっては大切なものなのだろう。
「そうですね、持ち主のところに返るべきです」
あれは全てユイのものなのだから。
* * * * *
深夜、月も天上から随分と傾いた頃。
セリーヌはこっそりとベッドから起き上がった。
よく眠っているようだが、横にいる夫を起こさないようにそっと寝床を後にする。
月明かりを頼りに廊下へ出た。
セリーヌとその夫、そしてアデライドは小さな家で暮らしている。
それでも夫とセリーヌの稼ぎのおかげで、こうして小さいながらにきちんとした一軒家で暮らせていた。
……それもこれもセレスト様のおかげなのに。
セリーヌの母も、そのまた、母も、ずっとセレストの下で働いてきた。
この家を買う時だって、最初は保証人がいなければ購入出来ないと言われて、セレストが保証人を引き受けてくれたおかげで買えたのだ。
夫と共にセレスト様に迷惑がかからないように必死に働いて購入費を全て払い終えて、やっと、本当の意味でセリーヌ達の家となった。
しかも娘のアデライドにも昔から良くしてくれた。
子供がいると何かと入り用になるだろうからと給与を高めにしてくれて、今でも、ずっとそのままにしていてくれる。
セリーヌ達の暮らしはそれもあって苦しくない。
裕福とまでは言わないが、毎日食べることにも着るものにも困らないし、長命な竜人であるセレスト様の下であれば長く働かせてもらえる。
気が強いせいかアデライドはこれまでいくつかの仕事の面接を受けたものの、どれも受からず、娘の働き口を心配したセリーヌを見て、自分のところで働くように声をかけてくれた。
使用人ならセリーヌだけで充分だったはずなのに。
アデライドの部屋の前で足を止める。
そっと、扉に耳を当てた。
中から物音はしない。
ゆっくり、扉に手をかけて、開ける。
中は暗く、どうやら娘は眠っているらしい。
父親に似て一度寝たらなかなか起きないので、多少の物音くらいならば大丈夫だろう。
静かに部屋の中へ入る。
そうして、まずは机の上を見た。
さすがに目につく場所には置いていないようだ。
次にアルモワールに近付いた。
そっと引き戸を開けてみれば服がかけてある。
普段着とちょっとオシャレな服と、仕事着がかけてあり、おかしなものはない。
戸を閉めて引き出しを開ける。
……ここにもない。
もしや娘は盗みなどしていないのではないか。
セリーヌはそんな一縷の望みを持ちながら、最後の引き出しを開けて、息を呑んだ。
そこには布の上に丁寧に置かれたいくつかの小物があった。
淡い緑のリボン、コリエで作られた赤い花の髪飾り、布とレースで作られた淡いピンクのコサージュ、どこかにつけるのだろう二つ揃いのキラキラとしたコリエの飾り、柔らかな黄色のリボンには細やかな刺繍が施されていた。
月明かりの下で照らされたそれにセリーヌは一瞬、呆然としてしまった。
……ああ、そんな、神様……。
それらの色には見覚えがあった。
セレストがユイのために購入したワンピースやスカートといった衣類と色がそっくりだった。
いくらアデライドも働いていると言っても髪飾りなどの小物を毎月いくつも買える余裕はない。
それに、どれもセレストから聞いた小物の特徴と同じである。
体が震えてしまいそうになるのを何とか押しとどめて、そっと引き出しを元に戻す。
そうしてアデライドが起きてしまわないように細心の注意を払いながら部屋を後にする。
一階の厨房へ降りて行って、そこでセリーヌは膝から崩れ落ちた。
……なんということを……!
使用人が仕える主人からものを盗むなんて。
セレストの番であるユイは少し前までつらい人生を歩んできて、やっと、普通の暮らしが出来るようになったというのに。
そんな子からものを盗んだ。
アデライドは仕えるためにユイ様の事情を知っているのに。
しかも任せた仕事すらきちんとやっていない。
娘の行いに怒りと悲しみと、やるせなさが込み上げて来る。
どんなに気が強くても根はいい子だと思っていた。
一生懸命、使用人の仕事や心構えを教えた。
……全て無駄だったのかしら……。
セリーヌは声を押し殺して泣いた。
アデライドがクビになるのは絶対だろう。
そして、警備隊に突き出されるだろう。
仕方のないことだと分かっていても涙が止まらなかった。
* * * * *
セリーヌに話をした翌朝。
セレストはユイと共に、セリーヌとアデライドに見送られて家を出た。
しかし、家を出てすぐにセリーヌが後から追いかけて来て、ユイにハンカチを渡した。
「ユイ様、お忘れ物です」
そうしてセリーヌは目を伏せた。
「セレスト様、アデライドはユイ様の小物を盗んでおります。あの子の部屋に全てございました……」
肩を落としているセリーヌに、セレストは何と声をかければ良いのか分からず、ただ「そうですか」と応えた。
……やはりアデライドだったか。
そうだろうなという気持ちと失望とで綯交ぜになる。
セレストはセリーヌのことを信用していた。
その娘であるアデライドのことも、これまで彼女の娘だから信用に足ると思っていた。
「分かりました。帰り次第、アデライドから話を聞きます。……内容によっては警備隊に引き渡すことになるでしょう」
それにセリーヌが頭を下げた。
「はい、覚悟しております」
そう答えたセリーヌの目元は、よく見ると僅かに赤くなっていた。
ユイがセリーヌの手を握った。
「せ、りーぬ、さん、だい、じょぶ?」
セリーヌが頷いた。
「ええ、ユイ様、ご心配をおかけいたしました。……私は大丈夫です」
セリーヌが微笑んだ。
それ以上、ユイは何も言わなかった。
聡い子だと思う。
今、言葉を重ねてもセリーヌにとってはつらいだけだ。
「行ってらっしゃいませ」と見送られてセレストはユイと共に仕事へ向かった。
仕事中も、アデライドにどのような判断をするかセレストは悩んだ。
本心を言えば今すぐにでも警備隊に引き渡し、罪を償って欲しい。
初犯であれば、恐らく数日から数週間ほどの観察処分となるだろう。
盗まれたものも高価なものとは言えず、すぐに見つかっているので、罪は軽くなるかもしれない。
アデライドは成人しているがまだ若いので、もしかしたら刑務所ではなく子供の犯罪者用の更正施設に連れて行かれる可能性もある。
そんなことを考えている間に一日が過ぎた。
ユイを迎えに行き、帰りの馬車を待っている時、繋がった手が軽く引っ張られた。
「どうしましたか、ユイ」
屈んで目を合わせればユイに見つめられる。
こうしている時、セレストは幸福だと思う。
唯一の半身たる番が目の前にいて、こうして、自分を見てくれることに喜びを感じる。
それが竜人の本能からくるものだと分かっている。
セレストは本能でユイを愛したいと思っている。
しかし同時に理性がそれに歯止めをかける。
……まだ、私はこの子のことを殆ど知らない。
「せれ、すと、さん」
小さな手がキュッとセレストの手を握る。
「あ、のね、わた、し、ぬす、ま、れた、もの、かえ、し、て、くれ、る。それ、で、いぃ、の」
ユイが内緒話をするようにセレストの耳に顔を寄せて話す。
「あ、でら、いど、さん、わるぃ。でも、わ、たし、もん、だい、おお、き、く、なる。せれ、すと、さん、せりー、ぬ、さん、くる、しぃ、いや」
驚いてユイを見ると紅茶色の瞳がこちらを見ていた。
自分のものを盗まれて嫌な気持ちになっただろうに、ユイは、セレストとセリーヌが苦しい思いをするのは嫌だと言う。
「み、んな、に、ひ、みつ、でも、いぃ」
セレストはユイを抱き締めていた。
「いいえ、きちんと解決しましょう」
たとえアデライドが反省をしなくても、きちんと罪を償わせなければ、また同じ過ちを繰り返すかもしれない。
その時、また許すことなど出来ない。
それに盗みを働いた者を使用人として雇い続けることはセレストの気持ちとしても難しい。
他にも理由はあるが、ここでしっかり解決しなければ。
セレストは体を離した。
「帰りましょう」
* * * * *




