お金 / 第二警備隊
「それじゃあ次はお金について教えるよ」
ヴァランティーヌさんが懐から袋を出した。
袋から微かにチャラ、と音がする。
「ディシーとユイはお金を使ったことはあるかい?」
揃って首を振る。
「ありません!」
「な、ぃ」
「そうかい、まずは触ってみてごらん」
ヴァランティーヌさんが袋から中身を取り出した。
茶色くて丸くて薄いもの、銀色で丸くて少し厚みがあるもの、金色で丸くて厚みがあるもの、同じく金色で一番大きくてもう少し厚みがあるものの全部で四種類だ。
わたしとディシーの前にそれぞれ一枚ずつ置かれる。
どうぞ、と手で示されて、そろりと手を伸ばす。
……これがこの世界のお金。
茶色いのは薄くて、丸いけど、形がちょっと歪んでいて綺麗な平らではない。一番軽い。
銀色のは茶色より少し厚みがあって、丸くて、茶色よりは歪んでいない。茶色より少し重い。
金色のは更に銀色よりも厚みがあって、丸くて、これはきっちり平らに作ってある。銀色より少し重い。
最後も金色で、一番大きい。丸くて、金色の小さい方よりも厚みがあって、こちらも綺麗に平らになっていて、一番重い。
どのお金にも表面にはドラゴンが描かれている。
前世のお金に似ているけれど、色というか材質と厚みが違うだけでデザインはどれも同じだ。
「触ってみてどうだい?」
ディシーが大きいほうの金色のものを掲げた。
「これが一番重いです!」
「こ、れが、い、ちば、ん、か、るい」
だからわたしは茶色のものを持って見せた。
ヴァランティーヌさんがうんうんと頷く。
「よく気付いたね、二人とも」
ヴァランティーヌさんが茶色のものを手に取った。
わたし達の手で持ってもあまり大きくないそれは、ヴァランティーヌさんが持つと小さく見えた。
ヴァランティーヌさんが握り締めたら簡単に二つに折れてしまいそうだ。
「ここにある四つの貨幣、お金を覚えれば買い物が出来るよ。これは銅貨。このお金の中で一番価値が低い」
……だろうなあ。
銅だし、一番薄くて軽いし。
「価値が低いと物を買う時にも、価値の低い、もしくは安い物しか買えないよ」
ディシーが手を挙げる。
「銅貨一枚で何が買えますか?」
それにヴァランティーヌさんが「いい質問だね」と言う。
銅貨一枚で大体ポムが一個、もしくはオロンジュが二個くらい買えるそうだ。
野菜だともう少し多く買えるらしい。
そして銅貨二枚で、第二警備隊の食堂で出る大きい丸パンが一つ買えるそうだ。ここの丸パンはお店で売っているものより倍近く大きいそうだ。
お店で売っている丸パンも銅貨一枚で一つ買える。
ただし大きさは警備隊のパンよりもずっと小さい。
「野菜や果物、小さめの丸パンなんかは銅貨一枚で買えるけど、他に買える物はあまり多くないね」
ちなみに屋台の食べ物は安くて、平均して銅貨四枚から八枚程度らしい。
そう考えると銅貨は一枚五十円前後なのだろう。
「この銅貨が二十枚で銀貨一枚になる」
銅貨を置いて、ヴァランティーヌさんが次に銀色のものを手に取る。
「銀貨は銅貨よりも価値が高くて、こっちの金色のものよりかは低い」
こっち、と金色の小さいのを指差した。
でも価値が低いと言っても銅貨二十枚で銀貨一枚なら、銀貨は一枚千円前後くらいなのだろう。
……うーん、間のお金がないからちょっと不便そうかも?
前世みたいに一円、百円、五百円の区切りがないから、銅貨を使う時は沢山出すことになるし、お財布が結構重くなりそうだ。
「服なんかを買うなら足りないけど、食料品なら銀貨が一枚あればそこそこ沢山買えるよ」
うん、と頷きながら本にメモを取る。
「それから、この金色の小さい方が金貨だ。銀貨十二枚で金貨一枚になる。大抵の物は金貨があれば買えるだろうね」
銀貨が十二枚で、金貨一枚。
つまりは金貨一枚は一万二千円前後。
ディシーが金貨から手を引っ込めた。
……その気持ち分かる。
子供のわたし達からしたら大金である。
「最後にこの金色の大きいほう。これが大金貨。金貨十枚で大金貨一枚になるよ」
金貨は一万二千円前後。
それが十枚だから、大金貨は十二万前後ということになる。一枚十二万。大きい額だ。
ヴァランティーヌさんは何の気負いもなくお金を見せて、触らせてくれたけど、大金貨は大金だ。
それをあっさり見せてくれるなんて凄いことなのではないだろうか。
「ゔぁら、ん、てぃー、ぬさん、お、かね、しまう。だい、き、んか、だす、こわ、ぃ」
ヴァランティーヌさんが目を丸くした。
わたしが大金貨を差し出すと、それを笑って受け取り、袋に仕舞った。
ディシーも大金貨を差し出した。
「ヴァランティーヌさん、そんな大金適当に出さないでください!」
「ははは、でも一度くらいは見ておかないと分からないだろう?」
「それはそうですけど……」
ヴァランティーヌさんがディシーから大金貨を受け取って、同じく袋の中へ入れた。
それにホッと胸を撫で下ろす。
「お金を触ってみて、どうだった?」
……どう、と言われても。
初めて触ったからかもしれないけど、あまりお金を手にしたという実感はなかった。
前世の貨幣に比べてかなりシンプルで、言い方は悪いかもしれないが、少し粗雑にも感じられた。
首を傾げたわたしの横で、ディシーは興奮した様子で「街だなって思いましたっ」と言う。
「ま、ち?」
「私のいた村は物を交換してたから、お金を触ったことがあるのは村長の家の人くらいだったの。商人が来ても、村で必要なものをまとめて村長が買ったり、売ったりしてたから」
「そ、なん、だ」
ヴァランティーヌさんが、おや、という顔をした。
「ユイはお金に興味はないかい?」
頷き返す。
「ど、れぃ、お、かね、つ、かう、なぃ」
「でも、もうアンタは奴隷じゃないよ」
……まあ、それはそうなんだけど。
今はセレストさんのところで不自由なく暮らしているし、お金が欲しいと思うことも特にないし。
わたしに関しては補助金もいくらか出ている。
前世でもあんまりお金は使わなかった。
「……たく、さん、い、らな、ぃ。ひつ、よ、だけ、ある、いい」
「ユイは物欲がないねえ。まあ、でもセレストがあれこれ買い与えてそうだし、子供が大金を持っていても危ないから、そのほうがいいのかもしれないね」
うん、と頷いた。
必要なものは充分揃っている。
それにヴァランティーヌさんが言うように、大金を持つのは正直に言うとちょっと怖い。
セレストさんの様子からして、わたしがうっかり「お金が欲しい」と言ったら結構な額を渡してきそうな気がするのだ。
今の部屋だって、毎日の食事だって、こうして新しい服や勉強道具も用意してもらえて、もう欲しいものなんてない。
……だって欲しいものは揃ってる。
病室の白く無機質な部屋じゃない。
狭く冷たい牢屋じゃない。
院内着でもなければ、ボロボロの古着でもない。
病院食でもなければ、日に一度の少ない食事でもない。
全部わたしのために用意してもらえる。
差し伸べてくれる手がある。
「わ、たし、ぃま、し、あわ、せ」
ディシーも頷いた。
「うん、今、幸せだね」
……これ以上はワガママだ。
* * * * *
その後、昼食の時間になり、セレストさんと四人で食事を摂った。
午後はセレストさんは街の巡回があるそうで、第二警備隊の詰め所にいないらしい。
セレストさんは何故か凄くわたしを心配してくれた。
「何かあったらすぐに使いを寄越してください」
と、言うほどだった。
それに対してヴァランティーヌさんは「はいはい」と少し呆れ顔で返事をしていた。
名残惜しげに一度振り返ってから食堂を出て行ったセレストさんを見て不思議に思っていたら、ヴァランティーヌさんが苦笑する。
「番のいる竜人は番から離れるのを極端に嫌がるのさ。あれくらいなら可愛いものだよ。セレストが理性的な竜人で良かったね」
と、言われた。
「ふ、つう、は?」
「普通の竜人なら番から離れないよ。それこそ膝の上に抱え込んで離さないくらいには、執着が強いからねえ」
……セレストさんが理性的で良かった。
さすがにずっと抱き締められるのはちょっとね。
でもセレストさんが詰め所にいないと聞くと、少し落ち着かない気分になる。
「ずっと座っててもつまらないし、この後は詰め所の中を案内するよ。ディシーもユイも一人で中を歩くこともあるだろうし、入っちゃいけない場所もあるから、覚えてもらわないとね」
ということで、午後はヴァランティーヌさんが詰め所の中を案内してくれることになった。
人が多いと迷子になりやすいからと昼休憩が過ぎるまで待って、それから食堂を出た。
もう午後の勤務時間だからか廊下は人気がない。
ヴァランティーヌさんにくっついて、ディシーとわたしも歩く。
「そうだねえ、まずは正面玄関に行こうか。そこからのほうが道が分かりやすいんだ。この詰め所の中には蔵書室や談話室、休憩室なんかもあって、隣接してる医務棟と寮には廊下で繋がっているよ」
ディシーが訊く。
「医務棟って、私達が最初に保護してもらっていた場所ですか?」
「ああ、そうだよ。あそこは怪我人だけじゃなくて、誰かを保護した時にも使われるのさ」
あの病院みたいなところもそういえば第二警備隊の詰め所と繋がっているんだっけ。
ウィルジールという人と会ったけど、あの時以来、会ってはいない。
別に会いたいわけではないが。
でもセレストさんの友達ならば、また会うこともあるだろう。
ヴァランティーヌさんについて行って、まずは第二警備隊の詰め所の正面玄関に着く。
それなりに広いホールに受付があり、そこには常に数人がおり、詰め所に来た人々の対応を行なっている。
一部の壁は掲示板になっているらしく紙が色々と貼ってあった。
待合室も兼ねているようでソファーも並んでいる。
ホールは全体的に明るく、整然としていた。
「昨日も今日もここを通って入ってきただろう?」
ヴァランティーヌさんの言葉に頷いた。
「さあ、順番に回って行こうか」
「次はさっき言ってた蔵書室だよ」と手招きされる。
ヴァランティーヌさんの背中を追って歩き出す。
長身のヴァランティーヌさんだが、ゆっくりとした歩調で進んでくれるため、わたしもディシーも焦らずについて行ける。
廊下を右に左に曲がっていく。
……覚えられるかな?
どこも似たような景色なので一度では覚えきれないかもしれない。
横を歩くディシーも同じことを思ったのか、元来た道を何度も振り返っている。
「ここが蔵書室だよ」
「静かにね」と言われて頷いた。
ヴァランティーヌさんが開けた扉から中を覗けば、沢山の本が並んだ本棚が所狭しと並んで見える。
ディシーが横で「うわぁ……」と目を輝かせた。
「こんなに沢山の本を見たの、初めて」
わたしもそれに頷いた。
「ここにあるのはこの街の歴史書だったり、寄贈されたものだったり、色々あるから暇潰しに読みに来るといいよ。ただ、大切な本が多いから持ち出したり汚したりしないようにね」
二人でそれに頷く。
……時間が出来たら本を読みに来よう。
この世界の本には興味がある。
それに文字に慣れる練習にもなる。
「次に行くよ」
ヴァランティーヌさんが静かに扉を閉めた。
また廊下を進む。
次は部屋ではなく、廊下と繋がったちょっと広い空間だった。
ソファーやテーブルがいくつかあり、雰囲気は食堂に近いけれど、飲食物を出す場所はない。
「ここが談話室。部屋じゃないけどね。休憩時間は結構人が出て来るんだよ。ディシーもユイもいられる場所は大体は食堂かここか、蔵書室、後はまあ良くても訓練場くらいのものかねえ」
あとは他の人が仕事をしている場所なので、あまり入らないほうがいいということだった。
広いけど、思ったよりも行ける範囲は狭い。
……それもそっか。
他の大人達は仕事で来ているのだから。
それからまた歩き始める。
「ああ、そうだ、それと救護室の場所は教えておかないとねえ」
ヴァランティーヌさんの言葉にディシーが首を傾げた。
「きゅーごしつ?」
「怪我したり、気分が悪くなったりした時に治してもらう部屋だよ。セレストも巡回以外は大抵そこにいるから、ユイは場所を覚えておくんだよ」
……覚えたいけど……。
「みち、おぼ、える、む、ずか、しぃ。ぜん、ぶ、お、なじ、み、える」
この第二警備隊の詰め所はどこも似たような景色だから、ここまでの道のりすら覚えているか怪しい。
わたしが言えば、ヴァランティーヌさんが「ああ」と納得したような顔をする。
「すぐには覚えられないか。もし迷ったら、その時は近くの部屋に入って、誰かに道を教えてもらうといいよ。入っちゃいけない場所は基本的に鍵がかかってるからね」
それにちょっとだけ安心した。
一度で全部の道を覚えるのは難しい。
ヴァランティーヌさんについて、渡り廊下らしいところを通れば、見覚えのある場所に出た。
「あ、ここ……」
ディシーも気付いた様子で周りを見回した。
「そういえば、アンタ達を保護してた部屋はこの近くだったね。部屋から出たことがあったのかい?」
「いち、ど、だけ、でた」
「でも面白いものはなかっただろう? 医務棟は怪我人や病人の心の負担を減らすために、刺激がないように質素な造りになってるからね」
……そうなんだ。
病院に似てると感じたのはあながち間違いではなかったようだ。
廊下を進み、階段を降りて、また少し歩くとヴァランティーヌさんが立ち止まった。
「ここが救護室。いくつか部屋があるけど、セレストがいるのはこの第三救護室だよ」
「だい、さん……」
「そう、セレストは第二警備隊の三班に属してるからね」
あまりうるさくすると良くないから、ということでまたすぐに歩き出す。
「だぃ、に、けいび、たい、い、くつ、に、わか、れて、る?」
セレストさんが三班ということは、いくつかの班が存在するということだ。
ヴァランティーヌさんが前を見ながら答える。
「全部で十五班だよ。アタシ達第二警備隊は街の西半分を受け持っているんだ。第一警備隊は東半分を受け持っていて、毎日沢山やり取りをして、お互いに情報交換してる。そうしないと何かあった時に困るからね」
ディシーが訊いた。
「何かって?」
「たとえば誰かを怪我させたやつが逃げたとして、東にいたのが西に逃げた時、その話が第二警備隊に届いていないと、ソイツを捕まえるのが遅れるかもしれない。それでソイツがまた別の誰かに怪我をさせたら大変だろう?」
「うん」
「すぐに捕まえられるように、いつでもお互いの状況を知っておく必要があるのさ」
ヴァランティーヌさんの話にディシーは頷いた。
……管轄が違うから情報交換は大切なことなんだ。
目の前でヴァランティーヌさんが扉の取っ手を掴む。
「ちょっと外に出るよ」
ガチャ、と扉が開けられた。
冷たい風が頬を撫でる。
「最後に訓練場を案内するよ」
外に出ると人の声が沢山聞こえた。
「そこ、もっと腰を入れろ!」「脇が甘いぞ!」など、何やら厳しい感じの声も混じっている。
思わずディシーと顔を見合わせた。
「ちょっと荒々しいのが多いけど、悪いやつらじゃないから。ついておいで」
ヴァランティーヌさんに手招かれて、ついて行くことにした。




