ユニヴェール家
「セリーヌさん」
居間にセレストさんが来る前に、こっそり声をかけるとセリーヌさんが振り返った。
「はい、何でしょう、ユイ様」
「あの、相談があって……ちょっとだけ耳を借りてもいいですか?」
「ええ、もちろん」
セリーヌさんが耳を寄せてきたので、ヒソヒソと話せば驚いた顔をされた。
でも、すぐに訳知り顔で頷いてくれた。
「お色はいかがいたしますか?」
「一番……可愛いのがいいです」
「かしこまりました。確認して用意しておきますね」
「はい、お願いします」
少し恥ずかしいけれど、大事なことだから。
セリーヌさんが一礼して下がり、代わりにセレストさんが居間に入ってくる。
「ユイ、イヴォンとシルヴァンもあと一月ほどで王都を出発してこちらに来るそうです」
差し出された手紙を受け取り、目を通す。
結婚式まであと一月半。ここ数日は雪も降っていないし、暖かい日も増えた。
もうすぐ雪も解けて、本格的に春の訪れを感じるようになるだろう。
近衛騎士に昇進した二人は忙しく、王都とグランツェールを往復するだけでも一月はかかるため、ギリギリまで仕事をして急いでこちらに来るという感じなのかもしれない。
「そうなんだ」
「家族全員が揃うのは久しぶりなので、少し不思議な気分です」
セレストさんが小さく笑った。
「私が第二警備隊に入り、両親が弟達を連れてグランツェールを旅立ってからは初めてかもしれません」
「そんなに? みんな里帰りはしないの?」
「しませんね。両親は旅が好きで、弟達もグランツェールよりも賑やかな王都のほうが好きでしょうし、お互いわざわざ顔を合わせなくても元気でいることは分かっていますから」
「家族に会いたくなったりしない?」
わたしの疑問にセレストさんは小首を傾げた。
「たまに懐かしく思うことはありますが、会いたいというほどではありません」
「なんだかさっぱりしてるね」
家族愛が薄いというわけではないと思うけれど。
長命種はみんな、こんなふうなのだろうか。
「両親は旅好きと言っても、年老いていつかはグランツェールに戻ってくるでしょう。弟達はどうか分かりませんが、あの二人はいつも一緒ですから、困ったことがあっても互いに助け合っていけます。……どちらかといえば心配されていたのは私のほうかもしれません」
「セレストさんが? どうして?」
「私はこの街に一人だったので。もちろん、ウィルジールやヴァランティーヌなど交友関係はありますが、共に家で暮らしている誰かがいるということは家族にとっても安心感があるでしょう」
セリーヌさんやレリアさんもいるけれど、セレストさんからすれば使用人だ。
身内の感覚ではあるものの、家族という括りとは違う。
他に誰かが一緒に暮らしているほうが親としても安心なのかもしれない。
絨毯の上から、セレストさんの膝の上に移動する。
「イヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんが来て、みんなが揃うの楽しみだね」
セレストさんが微笑み、わたしを優しく抱き締める。
「ユイも我が家の一員になれば、今後は両親も定期的に帰ってくるかもしれませんね」
もうすぐユニヴェール家が全員揃う。
それがとても楽しみだった。
* * * * *
イヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんの手紙から一月と少し経った。
恐らく、そろそろ二人もグランツェールに到着するのではという話だ。
ちなみに、お義母様からセリーヌさんとレリアさんに伝授された、エルフ秘伝のジュースは変わらずに飲み続けている。
そのおかげか肌や髪の艶も良くなったし、体調も良い気がする。
セレストさんも肌艶が良くなっているように見えるけれど、飲む時はやっぱり微妙な顔だ。
あと半月なのでがんばって飲んでほしい。
仕事を終えて家に帰れば、すぐにレリアさんが出迎えてくれる。
「おかえりなさいませ。先ほどイヴォン様とシルヴァン様がお越しになられたので、居間でお待ちいただいております」
「イヴォンとシルヴァンが?」
セレストさんと顔を見合わせた。
上着をレリアさんに預けて、お義母様達の家に二人が到着したことを伝えるようお願いしてから、玄関横の居間の扉を叩く。
そうして、セレストさんがその扉を開けた。
中に入れば、ソファーに二人が座っていた。
今回は二人とも私服姿で、どちらも全く同じ装いで似た顔立ちなので初めて会う人だと区別がつかないかもしれない。
「よっ、セス兄、ユイ」
「この間ぶりだね」
と、二人が鏡合わせのように手を上げて声をかけてくる。
結婚式まであと一週間もない。
「本当にギリギリになったな」
「仕方ないだろ。これでも結構急いで来たんだ」
「僕達が休みを取れるよう、陛下が口添えしてくださったんだよ」
セレストさんと一緒に、二人の向かいに座る。
「陛下が? 何故?」
「あのさぁ、セス兄はウィルジール殿下の親友じゃん」
「多分ウィルジール殿下が口添えしてくれたんじゃないかな」
シルお兄ちゃんの言葉にセレストさんが「ああ」と思い出したふうに呟く。
セレストさんにとってウィルジールさんは親友であって、王族という立場については気にしていないのだろう。
そんなセレストさんだからこそウィルジールさんと親友になれたのかもしれないが。
「イヴお兄ちゃん、シルお兄ちゃん、来てくれてありがとうございます」
二人がニコリと笑う。
「こっちこそ式に招待してくれてありがとな」
「セス兄とユイちゃんの結婚式、僕達も楽しみだったから嬉しいよ」
そう言ってくれる二人に、わたしも自然と笑顔になる。
わたしが笑うとイヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんが目を丸くした。
「ユイ、なんか綺麗になったか?」
「そうだよね。セス兄もユイちゃんも、なんか肌艶が良くなってる?」
「ああ、エルフ秘伝のジュースを毎日飲んでる」
「げっ、アレを? ……よく飲めるなぁ」
イヴお兄ちゃんが嫌そうな顔をして、シルお兄ちゃんが苦笑する。
それにセレストさんも微妙な顔のまま黙った。
「お義母様が教えてくれました」
「おかあさま? ……あ、母さんのこと?」
シルお兄ちゃんの問いに頷けば、二人が嬉しそうに笑った。
「そっか」
「これで本当にユイちゃんは僕達の妹だね」
「ユイは今、何歳だ?」
「この前、十八歳になりました」
イヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんがピタリと固まる。
そして、まじまじとわたしを見た。
どうしてそんなに見つめられるのか分からないが、ちょっと落ち着かない。
二人が「ああ〜」「うーん」と苦笑する。
首を傾げたわたしの頭を、セレストさんが撫でる。
「ユイ、イヴォンとシルヴァンは人間でいうと何歳くらいに見えますか?」
「え?」
セレストさんの問いに、わたしは改めてイヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんを見た。
最初に顔を合わせた時と二人の外見は変わらない。
十八、九──……二十歳前くらいに見える。
「二十歳前……?」
「ええ。人間で言えば、ユイと年齢差はほとんどありません」
「……十八歳くらいってこと?」
セレストさんが微笑みながら頷いた。
顔を正面に戻すと、イヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんが指先で頬を掻く。
「人間って本当に成長が早いよな」
「だよね。……結婚式のあとにあれを食べるんだよね?」
あれ、と言われ、霊樹の実のことだと分かって頷いた。
「それなら、ユイちゃんはいつまでも僕達の妹でいられるね」
「まあ、ユイは小さいから歳を取っても『妹』って感じは変わらないだろうけど。それでも、やっぱ妹が俺達より先に老いて死ぬのは嫌だなって思ってたからさ」
二人の嬉しそうな様子に心が温かくなる。
きっと、以前はセレストさんとわたしの気持ちを考えて言わないでいてくれたのだろう。
でも霊樹の実を食べると決めたから、こうして話してくれたんだと思う。
「わたしも……ずっと、二人の妹でいたいです」
「もちろん、これからも仲良くしような、ユイ」
「そうそう、兄妹として仲良くしてね、ユイちゃん」
明るく笑う二人に、優しく微笑むセレストさん。
わたしには沢山の家族がいる。
「はい、イヴお兄ちゃん、シルお兄ちゃん。これからもよろしくお願いします」
これからも、この繋がりを大切にしていきたい。
* * * * *
四人で話しているとチャイムが鳴った。
その少し後に居間の扉が叩かれ、セレストさんが「どうぞ」と声をかければ開かれた扉からお義母様とお義父様が入ってきた。
「父さん、母さん」
「二人とも久しぶり」
イヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんが手を上げ、お義母様が頷いた。
「ええ、久しぶりね。……とは言っても、手紙のやり取りはしているから、あまり『久しぶり』という感じはしないけれど。改めて近衛騎士の昇進おめでとう」
「まさか、お前達が近衛になるとは予想外だったが」
お義母様とお義父様の言葉にイヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんが笑った。
「ありがとう、母さん。昔っから落ち着きはなかったけど、冒険者よりはいいだろ?」
「僕達、母さんと父さんの子だからね。優秀なのは当然だよ」
どこか自慢げなイヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんは少し子供っぽくて、そんな二人にお義母様とお義父様、セレストさんが呆れたような顔をしながらも微笑む。
「昔は手がつけられないくらい、悪戯ばかりしていたがな」
お義父様の言葉にイヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんが気まずそうに肩を竦める。
「子供の頃の話だろ? 俺達もう大人だし、騎士なんだからそんなことしないって」
「そうだよ。確かに、昔は父さんと母さんによく叱られてたけど……」
「あのまま成長したらどうなるかと心配したものだ」
お義父様が笑い、二人が「そうならなかったじゃん」「僕達だって分かってるよ」と言う。
そっとセレストさんに抱き寄せられた。
「今後も言動には気を付けてくれ。特に、ユイに悪影響を与えないように」
セレストさんの注意に二人が「はーい」と返事をする。
そういうところは兄と弟達という感じがした。
「ところで二人とも、もう宿は決まっている? まだなら、グランツェールに滞在中はうちに来なさい。あなた達を泊めることも考えて部屋数のある家を借りておいたから」
お義母様に言われてイヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんの表情が明るくなる。
「やった、宿代かからなくて済む!」
「雪が解けた後だったけど、思ったより馬車代がかかったんだよね」
「絶対多めに取られたよなあ」
「騎士服だったら、ぼったくられたりしないのに」
二人が小さく息を吐いた。
「それも経験だ」
と、お義父様が言う。
「お前達はいつまで、グランツェールにいる予定だ?」
「結婚式の後は早めに立つつもりだよ。残ってても、しばらくはセス兄にもユイちゃんにも会えないだろうし」
「近衛になったばっかで長期休暇は周りに悪いしな」
「そうね」
「そうだな」
シルお兄ちゃんの言葉にお義母様とお義父様が深く頷くので、首を傾げてしまった。
……なんでしばらく会えないの?
首を傾げたわたしにセレストさん以外が苦笑する。
横を見上げ、少し気恥ずかしそうな顔のセレストさんを見て思い出す。
……あ、蜜月期っていうのがあるんだった。
お義父様の蜜月期が二月続いたので、魔力量が多いセレストさんも多分それくらいだろうという話を以前、お義母様とした。
「兄弟って言っても俺達は『男』だからな」
「いくらセス兄が理性的でも、蜜月中の竜人は沸点低いからね」
「ユイも気を付けろよ? 今でも『うっかり蜜月中の番と話した』ってだけで、竜人にボコボコにされたって話もあるくらいだし、終わるまでは家にいてくれ」
今までのセレストさんを見てきて、そんなことはない、と思いたくなるけれど、実際に番になってからセレストさんがどんなふうに変わるのか分からない。
それについてはセレストさんも恐らく想像がつかないのだろう。
困ったように微笑むだけで、否定も肯定もしなかった。
「はい、絶対家にいます」
わたしのせいでセレストさんが他の人を傷付けるのは嫌だ。
「セス兄のそばにいてくれよ」
「もし何かあったら止められるのはユイちゃんだけだから」
「蜜月中はセレストさんから離れないようにします」
しっかりと頷けば、イヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんが笑い、お義母様とお義父様も釣られるように笑い出して、居間が笑い声に包まれる。
その優しくて温かな空気はすごく居心地が良かった。
わたしもユニヴェール家の一員として受け入れてもらえている。
それが伝わってきて幸せだった。




