結婚準備(2)
次の休日、わたしとセレストさんは結婚式場の下見に向かった。
式場は『いつでも見学大歓迎』とのことで、午前中だったけれど、行ってみるとすぐに式場の人が出てきて応対してくれた。
「ようこそ、お越しくださいました。本日はご結婚される方々はおりませんが、式場の中は整えてありますのでご覧いただけますよ。ご質問などございましたら、お気軽にお声がけください」
と、言って中に通してもらえた。
白い建物は綺麗で、窓にはステンドグラスがはめてあった。
シンプルだけど上品で、正面玄関を入ると受付があり、まっすぐ進むと会場がある。
会場の中は中心に絨毯が敷かれた道があって、左右に長椅子が置かれている。
招待客は長椅子に座るのだろう。
絨毯の道の先は二段ほど高くなって、そこが宣誓の場だそうだ。
ステンドグラスから差し込む柔らかな光で室内は明るく、清潔感で、良い場所だった。
「どうですか、ユイ」
セレストさんに訊かれて頷き返す。
「ここ、いいね」
あの宣誓の場にわたしとセレストさんが並んで立っているところを想像する。
長椅子にはみんなが座っていて、わたし達の結婚を優しく見守り、祝福してくれるだろう。
……わたし、もうすぐ十八歳になるんだ。
前世では病気のせいで十八歳で死んでしまったけれど、今生は違う。
前世でできなかった沢山のことを、この世界で経験してきた。
横を見上げれば、セレストさんが宣誓の場をジッと見つめている。
その横顔が綺麗でつい、見惚れてしまった。
それと同時に、セレストさんにわたしの秘密を打ち明けたいと思った。
大好きな人だから。これからも一緒に過ごしていきたい人だから。
わたしについて知ってほしいし、隠し事はしたくない。
「セレストさん」
名前を呼ぶとセレストさんはすぐにわたしを見た。
「はい」
打ち明けたいのに、言葉に出そうとすると不安になってしまった。
……もし、拒絶されたら?
セレストさんに嫌われたらきっとわたしは生きていけない。
そっとセレストさんと手を繋ぎ、寄りかかった。
「……わたし、セレストさんと結婚したい」
「ええ、私も今すぐにでもユイと結婚したいです」
セレストさんの優しいけれど、ハッキリとした声に安心する。
「結婚式はここで行いましょうか」
セレストさんの言葉にわたしは頷いた。
それから、式場の人に声をかけて結婚式について打ち合わせをすることになった。
式場の人はわたし達がここで式を挙げることをとても喜んでくれて、相談も聞いてくれた。
「春にお式を挙げる方が多いので、これ以降は毎年、予約が殺到するんですよ。今はまだ春のお式のご予約は少ないので、お式はお客様のご希望の日取りで行えます」
「それは良かった。式ですが、基本の計画に有料項目をいくつか追加したいのですが……」
「かしこまりました。どのようなお式をご希望でしょうか?」
セレストさんがこちらを見たので、わたしが続ける。
「白いドレスを着たいので、髪型とお化粧をお願いしたいです。それから、宣誓の時にわたし達で用意した宣誓の言葉を使って……その、誓いの口付けもしたいです」
「まあ、それは素敵ですね」
ふふふ、と式場の人が微笑んだ。
セレストさんが追加項目の一つを指で示す。
「それと、後日に私達の婚礼衣装姿の絵を描いていただきたいです」
「かしこまりました。絵につきましては半年以内でしたら、いつでもお受けいたします。半年を過ぎた場合は割り増し料金となってしまいますので、ご注意ください」
「分かりました」
セレストさんが頷き、他の追加項目についても話を聞いた。
色々あったけれど、わたし達は基本で良しにすることにした。
あまり式が長いと招待客も疲れてしまうだろう。
「宣言の言葉は既に考えておられますか?」
と、訊かれて頷いた。
セレストさんの手を握る。
「『健やかな時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、セレストさんを愛し、敬い、慰め、助け、この命ある限り、真心を尽くすことを誓います』」
セレストさんを見れば、目を丸くしていた。
前世の本で読んだ、結婚式の誓いの言葉だ。
驚いていたけれど、すぐに微笑んだセレストさんに抱き締められる。
「ありがとうございます。……とても、素晴らしい宣誓の言葉ですね」
「名前のところだけ変えて、セレストさんも言ってね」
「ええ、もちろん」
それから、結婚式についてもう少し話をして、今日は終わりとなった。
式までに何度か来て打ち合わせることになりそうだ。
式場から出て、今度は馬車に乗って通りを進む。
招待客全員に手紙を書くので便箋と封筒も買わないといけないし、婚礼衣装を作るためにそれぞれのお店にも行かなければいけない。結婚式までにやることは沢山ある。
駅で降りて、セレストさんと近くの文具店に寄った。
「すみません、結婚式の招待状に使うものを購入したいのですが……」
セレストさんが店員さんに声をかけるとすぐに案内してもらえた。
結婚式用だからか、華やかな色合いや柄のものが多い。
「セレストさん、これがいい」
その中にあった、淡い水色のものをわたしは指差した。
何となく涼しげで、セレストさんのイメージに合っている気がした。
水色の手紙に黄色の封蝋をする。セレストさんとわたしの色だ。
ついでにインクとペン先の替えも沢山購入して、家に届けてもらう。
「まだ時間があるので、ドレスを仕立てられるか訊きに行きましょうか」
この通りにお店があるので、ついでに訊くのに丁度いい。
「うん、行く」
店を出て、通りをセレストさんと二人で歩いていく。
式場を決めて、便箋と封筒も買って、婚礼衣装も仕立てる。
……本当にわたし、セレストさんと結婚するんだ。
何度も実感しているはずなのに嬉しくてにやけそうになってしまう。
唇を引き結んで誤魔化しているうちにお店に着いた。
お店に入ると見慣れた店員さんが気付いて、声をかけてくれる。
「ユイ様、ユニヴェール様、いらっしゃいませ」
頻繁に買いに来ているから、名前も覚えられている。
「本日は冬物をお探しですか?」
「いえ、実は春に結婚式を挙げようと思っていまして、ユイのドレスをこちらで仕立てていただけないか訊きにきました」
「まあ、おめでとうございます! ドレスにつきましては既製品ではなく、一からのお仕立てとなりますので少々お値段はかかりますが、当店でお引き受けいたしております」
「ユイはこちらの店の服を気に入っているので、是非お願いいたします」
店員さんがニコニコ顔で「かしこまりました!」と返事をした。
その嬉しそうな様子に何となくわたしも笑みが浮かぶ。
「本日、お時間はございますか? よろしければユイ様が採寸している間に、ユニヴェール様はドレスの型をご覧になることもできます。採寸後にお二人でドレスを決めていただければ、ユニヴェール様の婚礼衣装を注文するお店にドレスについて共有することも可能です」
……あ、そっか。二人並ぶから、色合いとかも合わせないといけないんだ。
セレストさんがわたしを見るので頷き返す。
「では、採寸していきます」
「かしこまりました。どうぞこちらに。個室にご案内いたします」
そうして、わたし達はお店の奥の個室に案内されたのだった。
* * * * *
個室のソファーで、セレストはドレスの絵を眺めながら待っていた。
部屋の隅には大きな衝立があり、ユイはその中で採寸してもらっている。
……こんなに幸せでいいのだろうか。
ユイと共に生きていけるだけでも嬉しいというのに、こうして結婚式の準備も行える。
式場でユイが言った『宣誓の言葉』はセレストの胸に深く響いた。
今ですら歓喜で叫び出したいほどだが、式の時も平静を保てるか心配だ。
……人生に一度きりだからこそ、良い思い出にしなければ。
そんなことを考えていると衝立の向こうからユイが戻ってきて、セレストの隣に座った。
「ちょっとだけ背が伸びてたよ」
と、嬉しそうに教えてくれるユイにセレストも微笑んだ。
「良かったですね」
「うん。……これがドレスの型の本?」
「ええ、そうです。先に少し目を通させていただきました」
ユイがテーブルに置かれた本を覗き込む。
店員も来て、向かいのソファーに座る。
「ドレスにつきまして、何かご希望はございますでしょうか?」
そう訊かれて、ユイがすぐに答えた。
「あんまり肌が出ないほうがいいです。それと、スカートも長いのがいいです」
「かしこまりました」
「フリルやリボンも少なくて、大人っぽいのにしたいです」
店員が頷きながら手元の手帳にユイの希望を書き込んでいく。
ドレスはユイが着るので、極力ユイの希望に合わせたい。
それに肌の露出を避けるといった点はセレストも考えていたので、ユイが同じところを気にしてくれていたことが嬉しかった。
「ドレスも靴も、ベールも白で統一したいです」
「それでしたら装飾品は真珠にいたしますか?」
「はい、花束が青系なので、色を入れるなら青にしてください。……セレストさんの髪と同じ色だから」
ユイが振り向き、セレストを見て目を細めて微笑む。
それにセレストもつい笑みこぼれた。
「セレストさんはドレスの希望、ある?」
「いいえ、私が気になっていた点は全てユイが言ってくれたのでありません。それに着るのはユイですから、ユイの希望に合わせたものが良いと思います」
「そう?」
ユイが思いの外、明確に着たいドレスを考えていたことに少し驚いた。
だが、それだけセレストとの結婚を受け入れてくれているのだろう。
「お嬢様のご希望のドレスとなりますと、こちらのページ以降のものがよろしいかと」
店員が手を伸ばし、テーブルに置いてあった本のページを捲る。
まだセレストが見ていない後半のページを開き、絵を示す。
「このようにドレスが胸元まであり、首や肩、両手首まではレースで覆うというのも人気がございます。上品で華やか、大人っぽく見えますし、リボンやフリルはありませんが、レースや刺繍をふんだんに使っているので少し離れた場所から見ると刺繍が光に当たってうっすら模様が見えるんです」
店員が話している間に、別の店員が隣室からドレスを持ってきた。
色合いは鮮やかなオレンジだったが、刺繍が全体に施されており、確かに離れていても刺繍が光を反射させて美しくドレスに模様が浮かび上がった。
「綺麗……」
ユイが立ち上がり、ドレスに近づいてあちこちから刺繍の光り具合を確かめる。
その間に別の店員がもう一つドレスを出してきた。
「こちらは肩周りが出ていますが、もう片方のドレスのようにレースと刺繍で覆うと清楚さが出ます」
そちらは薄紅色のドレスだったが、肩や首周りがレースや刺繍で覆われているので肌の露出は少ないものの、ほどよく透け感があって上品だった。
セレストも立ち上がり、ユイと共にドレスを見た。
「いかがですか、ユイ」
「……うん、こういうのがいい」
「では、こちらのドレスはどうでしょうか?」
店員も立ち上がり、開いた本のページを差し出した。
首から胸元、手首までをレースと刺繍で多い、袖はややふんわりしている。胸元から下はしっかりと厚手の生地になっており、全体に刺繍がされていて一見すると重く見えてしまいそうなドレスだが、レースを重ねることによって裾がふわりと広がって軽やかだ。
ジッと真剣な表情でユイがドレスの絵を眺める。
そうして、小さく頷いた。
「これがいいです」
店員が「かしこまりました」と微笑み、ページにユイとセレストの名前が書かれた付箋が挟まれた。
ユイが満足そうな表情でセレストと手を繋ぐ。
「着るの、楽しみ」
「ええ、ユイのドレス姿が楽しみです」
顔を上げたユイが微笑んだ。
「セレストさんの婚礼衣装も楽しみ」
それにセレストも微笑む。
自分が婚礼衣装を着るなんて、ユイと出会うまでは想像すらしたことがなかった。
ユイと出会って、数年でこうして婚礼衣装を選んでいるという事実がセレストには驚きだった。
「セレストさんもお店で選ぶ?」
「いえ、私はあまりセンスが良くないので……ユイのドレスに合う装いを店に頼む予定です」
「そういえば、いつもの服もお店任せだったよね」
納得した様子でユイが頷く。
「専門家に任せておけば間違いはありませんから」
セレストが希望を出すとしたら、ユイのドレス姿に合い、ユイより目立たなければそれでいい。
店員に式の日取りを伝えると、何度か仮縫いや微調整のために来てほしいとのことだった。
あまり体付きに変化のない竜人のセレストと違い、人間のユイはちょっとした変化で体型が変わってくるので、ギリギリまで衣装の調整が必要なのだとか。
ユイは嬉しそうに「何度でも来ます」と返事をしていた。
出向く必要がある際には手紙で連絡してくれるらしい。
店員がユイに話しかけているうちに、別の店員に密かに話しかけられた。
「失礼ですが、ご予算はどの程度にいたしますか?」
「ユイの望む婚礼衣装になるのであれば額は問いません」
「かしこまりました」
すぐに店員が一礼し、下がっていく。
ユイを見れば、ベールの種類や髪型について店員と話し合っている。
楽しそうなその様子にセレストはホッとしつつ、見守った。
恐らく、今までで一番というくらい、ユイは自分の意見を言っていたと思う。
ドレスや小物の打ち合わせを済ませたユイは、何だか一仕事やり終えたという雰囲気で小さく息を吐き、セレストに抱き着いてくる。
「納得できるものを選べましたか?」
「うん、悩んだけどがんばった」
「ふふ、お疲れ様です」
頭を撫でれば嬉しそうにユイが目を細めて笑う。
竜人のセレストにとって、数ヶ月などあっという間に過ぎていくだろう。
ユイとの結婚式が、セレストも楽しみだった。
* * * * *
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