無属性魔力の使い手(2)
それから二月、わたしは魔力制御の訓練をした。
魔力を手足に移動させてみたり、ヴァランティーヌさんに言われた量の魔力をセレストさんに譲渡したり、そのおかげで魔力の制御は上手くなっていった。
わたしが魔力を操れるようになるとヴァランティーヌさんが一つの提案をしてくれた。
「魔法は使えないけど、魔力があるなら身体強化くらいは覚えておくといいよ」
「身体強化……」
「そう、魔力で体を覆うことで頑丈にするのさ。竜人は魔力が多くて、身体的にも魔力が馴染みやすいから常に身体強化がかかっているようなものでね。だから竜人は体が頑丈なんだよ」
そばでセレストさんがわたし達を見守っている。
「どうだい?」
「身体強化、覚えたいです」
「そう言うと思ったよ。まずは魔力を体の表面に出す訓練をしようかねぇ」
「はい」
ヴァランティーヌさんがわたしの後ろに立ち、両肩に手を置かれた。
「まずはアタシがユイの右腕を身体強化させてみせるから、その後に真似してごらん」
「はいっ」
ヴァランティーヌさんの魔力が右腕に流れて、それがわたしの腕を包み込む。
腕の表面を魔力が綺麗に均一に包み、柔らかかった魔力が硬質に変わっていく。
「……ヴァランティーヌさんの魔力が硬くなった?」
「おや、そんなことまで感じ取れるのかい?」
「何となく……?」
ヴァランティーヌさんに頭を撫でられる。
「ユイがエルフや竜人だったら、きっとすごい魔法士になっていただろうねぇ」
そうして、ヴァランティーヌさんがわたしの右腕を見下ろした。
「さて、今、強化魔法をかけているよ。試しに左手で右腕を叩いてごらん」
言われた通り左手で右腕を叩いていたが、全く痛みを感じない。
多少触れられたかな、という感覚がある程度だ。
「今かけている身体強化は体の表面に魔力で鎧を作るようなもので、他にも筋肉に魔力を通して筋力と頑丈さを高める方法もある。でも、ユイの場合は体が元々頑丈な種族ではないから、後者の身体強化はやめておくんだね」
「分かりました」
「それじゃあ、今と同じように右腕の表面に魔力で膜を張ってみようか」
ヴァランティーヌさんの魔力が右腕から離れて、肩に置かれた手に戻り、抜けていく。
……ヴァランティーヌさんの魔力制御はすごく正確だ。
わたしも今のヴァランティーヌさんの魔力をイメージして、最初は右腕に魔力を集める。
それから、腕の表面に出す。ここまでは何とかできた。
でも、腕の表面に均一に膜を張ることができない。
……綿のイメージだから?
腕に綿みたいなモコモコの魔力の塊がくっついている感じがする。
厚みもバラバラだし、そもそも膜じゃない。
ヴァランティーヌさんが小さく笑った。
「腕の外に魔力を出して、維持できているのは偉いよ。ただ、これだと魔力がくっついているだけで身体強化にはならないねぇ。もう少し、魔力を均一に広げられるようにしないと」
「均一……」
何とか魔力の綿を押し潰して腕に沿わせてみる。
……うーん、違う……かも?
さっきよりかは厚みは減ったけど、やっぱり均一じゃない。
しかし、フワフワの魔力は綿以外にイメージが思いつかない。
……綿を均一にする方法……。
ふと休憩スペースにいた他の警備隊員が目についた。
上着を脱いだ警備隊の一人が薄手のセーターを着ている。
いわゆる、サマーニットというものだろうけれど、警備隊の制服の下に着るのは暑いだろう。
「お前、こんな暑いのにそんなの着てるのかよ……」
そばにいた別の警備隊員が呆れた顔をする。
「いいだろ、別に。これ嫁さんが編んでくれたから、できるだけ着てたいんだ」
「はいはい、お前は本当に嫁さん第一だよな」
あはは、と楽しそうに話す警備隊員の様子にハッとする。
綿を細くして、糸にして、編んだらセーターみたいに均一にならないだろうか。
「ヴァランティーヌさん、ちょっと時間かかってもいいですか?」
「ん? ああ、いいよ。元々、時間がかかって当然だからね」
そばにいたセレストさんが「ユイ、頑張ってください」と応援してくれる。
それに頷き、目を閉じて魔力に集中した。
まずはフワフワな魔力を体の中に戻す。
次に、綿を両掌で擦って細くするイメージで毛糸のようにしていく。
……うん、いけそう。
まだ慣れていないから結構太いけど、綿のままよりいい。
魔力を全て毛糸みたいにしたら、今度はそれを右腕の表面に出して、編み込んでいく。
編み物はしたことがないけれど、上下上下でいくつも毛糸を使って編み込んでいけば、何とか布みたいにはなるだろう。
編み込むのが難しくて時間がかかるけど、ヴァランティーヌさんもセレストさんも急かさないでいてくれるので、魔力に集中できる。
腕を覆えるくらい魔力を編んで、編んだものをふわりと腕に巻きつけた。
目を開けてヴァランティーヌさんを見上げる。
「どう、ですか……?」
ヴァランティーヌさんがわたしの腕に手をかざし、魔力を確認すると笑った。
「ああ、均一にできてるよ! それにしても、随分と綺麗に魔力が均してあるねぇ」
「わたしの魔力は綿だから毛糸にして、その毛糸の魔力を編んで布みたいにして、腕にかけました」
「それはまた、面白い考え方だね。……なるほど、編み物だから強度もあるってことかい」
ヴァランティーヌさんがわたしの腕を叩いたけれど、ほとんど感覚がしなかった。
「うん、身体強化も上手くできてる」
「よくできましたね、ユイ」
見守ってくれていたセレストさんに頭を撫でられる。
「今度は身体強化を解いて、もう一回、かけてみてくれるかい?」
ヴァランティーヌさんの言葉に頷き、腕にかけた魔力の布を外してクルクルッと巻いて体の中に仕舞う。
それから、もう一度その布を取り出して腕にかけた。
「できました」
「もう? ……ユイ、二度目のほうがかなり早いけど、どうやったんだい?」
「編んだ魔力の布を外して、そのまま体の中に仕舞って、使う時は取り出して広げました」
「一度編んだ魔力を解かずに使ったってことだね? 確かに、また一から編むより効率的だ。つまり、一度編んでしまえばいくらでも広げられるってことで──……」
ヴァランティーヌさんが真剣な表情で何やら呟いている。
苦笑したセレストさんに抱き寄せられた。
「ヴァランティーヌ、考察については後ほどでも構いませんか?」
「ああ……すまないねぇ、つい」
その様子はなんだかベランジェールさんを思い起こさせる。
「エルフは学者気質の者が多いんですよ」
と、セレストさんが教えてくれた。
そういえばベランジェールさんも、霊薬を作ってくれたエルフの男性もこんな感じだった。
顔を上げたヴァランティーヌさんが照れたように微笑む。
「アタシも長く魔法について学んでいるけれど『魔力を編む』なんて初めて聞いたもんだから、面白くてねぇ。でも、アタシやセレストみたいに魔力を液体と感じている者は真似できないだろうさ」
「そうですね。しかし、液体より毛糸のほうが扱いやすそうです」
「ああ、まったくだ。……ユイの発想力はすごいよ」
「ええ、ユイは本当にすごいですね」
ヴァランティーヌさんとセレストさんに褒められて、嬉しくて、少し照れる。
「身体強化魔法ができたところで、効果を試してみようか。まだ右腕の身体強化はできてるね?」
「はい」
「じゃあセレスト、ユイの右腕に魔法で水を出してかけてみておくれ」
セレストさんが小さく『水よ、来たれ』と呟き、掌にハンドボールくらいの大きさの水球を出した。
「かけますね」とセレストさんが言うので頷けば、水球が崩れてわたしの腕に水がかかる。
……濡れてる感触がない。
水は足元の地面を濡らしていった。
「どうだい? 水を全部弾けていたら、身体強化は成功だよ」
「……大丈夫です。濡れてません」
「うんうん、隙間なく綺麗に身体強化がかかっている証拠だね」
満足そうにヴァランティーヌさんが頷いた。
「あの、身体強化は魔法も防げますか? 打撃技とか水とか、それ以外の魔法のことです」
「ああ、強化が強ければ防げるよ。……セレスト、ちょっといいかい?」
「はい」
ヴァランティーヌさんがセレストさんに何かを囁き、セレストさんが頷き返す。
「ちょっと実演するから見ててごらん」
ヴァランティーヌさんとセレストさんが訓練場の中央に行き、距離を置いて向かい合う。
「『炎よ、土よ、水よ。矢となりて、敵を穿て!』」
ヴァランティーヌさんが手を広げると頭上に火、土、水の矢が何本も生まれてセレストさんに向かう。
しかし、セレストさんは防御魔法を使うこともなく、地面を蹴ると腕で矢を払った。
「『風よ、刃となりて立ちはだかるものを切り裂け!』」
今度は風が鋭くセレストさんを襲ったものの、それもセレストさんは顔の前で腕を交差させて防ぐ。
ヴァランティーヌさんがこちらに振り返った。
「まあ、身体強化に優れた竜人だと、こんな感じだねぇ。身体強化の度合いによるけれど、魔法も物理攻撃もある程度は防げるよ。……セレスト、ありがとうね」
戻ってきたセレストさんにヴァランティーヌさんが言う。
二人がこっちに戻ってきたので、セレストさんに抱き着いた。
「セレストさん、すごいっ。身体強化で魔法も防げるんだねっ」
「竜人だからこそです。ユイはさすがにあのようにはできないかもしれませんが……」
「魔法は魔力でできているから、物理よりは防ぎやすいよ。ただ、ユイの魔力量だと剣での攻撃を防ぐのは強度的に難しいかもしれないねぇ」
セレストさんがわたしを抱き締め、ヴァランティーヌさんが言った。
「剣は武器があれば防げるから大丈夫です。身体強化で魔法が防げれば、身を守れます」
「それもそうだねぇ」
「でも、身体強化は物理より魔法に対してのほうが強いんですか?」
「ああ、そうさ」
身体強化は魔力で包んで保護しているので、強度的に物理面が弱いらしい。
逆に魔法攻撃は元が『魔力』だから自分の魔力と反発しやすく、身体強化の魔力量のほうが多ければ、大抵の魔法は防げる。
魔法で生み出した土や水、火も元は魔力なので物理とはまた少し異なるそうだ。
……魔法で生み出したものは、魔力でできている?
セレストさんの袖を引っ張る。
慣れた様子でセレストさんが耳を寄せてきた。
「魔法で出した火とかを、剣で斬ることってできる?」
わたしの言葉にセレストさんが目を瞬かせた。
「できなくはありませんが、火魔法を斬るとしても、同じ火属性か相反する水属性の魔法をまとわせてならば可能ですが……戦闘中に相手の攻撃を見て、剣に魔法を付与して斬るというのは時間的にも難しいので」
「……でも、セレストさんは魔法を腕で払ったよね? 剣に強化はかけられない?」
「剣の強度を上げるために強化をかけることはありますが──……」
そこまで話して、セレストさんが何かに気付いた顔をする。
「剣に、さっきみたいに表面を守るための強化をかけたら、魔法、斬れないかな?」
セレストさんが押し黙った。
ややあって、セレストさんがヴァランティーヌさんの名前を呼ぶ。
「ヴァランティーヌ、少しいいですか?」
「何だい?」
ヴァランティーヌさんを呼び寄せ、今わたしが話したことをセレストさんが伝える。
そうして「どうですか?」とヴァランティーヌさんにセレストさんが問う。
難しい顔で考えた様子のヴァランティーヌさんが口を開く。
「可能性としては難しいだろうねぇ。……でも、それは一般的な魔力の話だったらってことさ。ユイの無属性は純粋な魔力に近いから、もしかしたらどの魔法にも対応できるかもしれない。相手がどんな魔法だったとしても、純粋な魔力なら属性なんて関係ないからね」
また少し思案して、ヴァランティーヌさんが言った。
「セレスト、ちょいと剣を借りてきてもらえるかい?」
「分かりました」
セレストさんが休憩スペースから訓練用の剣を借りてくる。
訓練場の隅の、目立たない場所に移動した。
「アタシがこれから魔法を出すから、ユイは剣に強化をかけて試してごらん」
「はい」
セレストさんから借りた剣を持つ。
長剣は久しぶりで少し重かったが、意識を集中して右腕に巻いたままだった魔力の布を剣にまとわせる。
「剣に強化をかけました」
「じゃあ、いくよ」
ヴァランティーヌさんがハンドボールくらいの火球を魔法で生み出した。
……剣はわたしの魔力で強化されたままだ。
剣を構え、火球に向けて下から上に剣を振った。
ヒュパッと音がして、火球が二つに裂けて空中に消えていった。
……やっぱり斬れた。
魔法でできたものなら、剣に魔力をまとわせれば斬れる。
しかも、わたしの魔力は純粋なものに近くて属性はない。
属性がないということは、どの属性にも対応できるということではないか。
そのまま、ヴァランティーヌさんが出した水球も石礫も斬っていく。
魔力をまとわせた剣は力をかけなくても面白いくらい簡単に魔法を切り裂いていった。
「ユイ」
がしりとヴァランティーヌさんに肩を掴まれる。
「アンタは本当に天才だよ!!」
ヴァランティーヌさんの目が輝いていた。
「そうか、無属性だからどの属性にも強い。そもそも、純粋な魔力に近いものだから、同じく魔力でできた魔法を斬ることは可能なんだ。相手の放つ魔法の属性を気にすることなく、魔法が斬れる!」
こんなにはしゃいでいるヴァランティーヌさんは初めて見た。
倍算の表の時も喜んでくれたけれど、今のほうがずっと楽しそうだ。
「ユイの魔力のほうが高ければ、どんな魔法でも斬れるってことさ! これはすごいよ!」
その勢いのまま抱き締められてアワアワしていれば、セレストさんに救出してもらえた。
「ヴァランティーヌ、落ち着いてください」
「これでも落ち着いてるほうだよ。これは本当にすごいことなんだ」
「それは私も理解しています」
「皆に教えてやれるなら、教えたいくらいんだけどねぇ」
そうすると無属性魔力について話さなければいけなくなるから、無理なのだろう。
結局ヴァランティーヌさんがなかなか落ち着かなかったので、今日の訓練はそこまでとなった。
「元戦闘用奴隷」16日はコミカライズ配信日です!
コミックシーモア様では最新話が更新されます。
是非お楽しみに(*^-^*)




