無属性魔力の使い手(1)
わたしが十七歳になってから数ヶ月が経ち、夏になった。
新人教育を終えたヴァランティーヌさんと、初回だからセレストさんも一緒に訓練場に来ていた。
「魔力制御を教える前に、まずは魔法について教えておこうかねぇ」
ヴァランティーヌさんのその言葉にセレストさんが小さく笑った。
「懐かしいですね」
「懐かしい?」
「新人教育では魔法の基礎も学ぶんですよ。独学や親兄弟から魔法を教わって使っている者が多いので、改めて魔法の知識と訓練を行い、技術を磨くことも教育の一貫なんです」
「セレストさんもヴァランティーヌさんから学んだの?」
「ええ。ある程度は両親から習ったり、ウィルと手合わせをしたりしている中で覚えましたが、きちんと基礎を教えてもらったのはヴァランティーヌでした」
ヴァランティーヌさんも「そんなこともあったね」と笑った。
「まあ、セレストは当時から真面目で優秀だったからね。アタシが教えられることは少なかったよ。でも、同時期に入ったウィルジールの教育は本当に大変でねぇ。よくセレストに助けてもらったもんさ」
「あの頃のウィルジールは特に血の気が多かったので仕方ありません」
と、ヴァランティーヌさんとセレストさんが苦笑した。
「ウィルジールさんの教育、そんなに大変でした?」
「力が強い子だから簡単じゃあなかったけど、それも今となっては良い思い出さね」
そうして、ヴァランティーヌさんが手を叩いた。
「さあ、昔の話は置いておいて、今日からはビシバシ教えていくからね?」
「はい、お願いします」
「じゃあ、さっきも言った通りまずは魔法について教えるよ」
魔法とは魔力を使って起こす現象である。
ただし、魔力があり、詠唱を行うだけでは魔法は発動しない。
きちんと魔力を操作し、詠唱と共に現象を想像し、それに必要な魔力を精霊に捧げることで初めて、精霊がこちらの望んだ現象を起こすことで魔法となる。
魔力制御と詠唱、想像、それらが全て合わさって精霊が動くことで魔法は初めて発動される。
「でもユイの場合はそもそもの魔法適性がないんだけどねぇ」
はい、と手を上げて訊く。
「魔法適性って何ですか?」
「精霊との親和性のことだよ。人間は精霊と親和性を持つ者は少ないから、魔力があっても魔法を使えないことが多いんだ」
「……親和性があったら魔法を使える?」
「多分使えるよ。人間の中でも魔法士は稀にいるから、そういうのは親和性があるってことさ」
……精霊との親和性……。
親和性というのがまだよく分からないけれど、少し、それについて思うところがあった。
すぐにそれを言おうとして、前に言われたことを思い出す。
何か考えついた時はまずはセレストさんに相談する。
そばにいるセレストさんの袖を軽く引っ張り、口元に手を当てれば、セレストさんが屈んで耳を寄せてくる。
「霊樹の実を食べたら親和性が出ないかな?」
セレストさんがハッとした顔でわたしを見る。
「……可能性はありえますね」
セレストさんがわたしを見て「ヴァランティーヌには話してもいいですよ」と言う。
だから、わたしは今の言葉をヴァランティーヌにこっそり伝えた。
ヴァランティーヌさんも驚いた顔をして、そしてすぐに眉根を寄せた二人が考える。
セレストさんとヴァランティーヌさんが目を合わせ、頷き合う。
「霊樹の実を食べたら、ユイが魔法を使える可能性はあるね。だけど、アタシとしてはオススメしないよ。人間の魔法士ってのはすごく珍しいから、良くないことを考える者達に狙われるかもしれない」
「魔法は使えるとしても使わないほうがいいですか?」
「そうだね。魔力制御に留めて、セレストにこっそり魔力譲渡するくらいでやめておきな」
セレストさんがまた頷く。
「それに人間の体でどこまで魔法の負担に耐えられるかも分かりません」
「ああ、魔力があるからって大きな魔法を繰り返し使っていたら、負担に耐えられなくて死んだっていうのは人間以外でもあることだからね。今まで魔法を使っていなかった者が急に一気に魔力を使うと負荷が大きすぎる」
「ユイ、残念ですが魔法は使用しないようお願いします」
セレストさんとヴァランティーヌさんに見つめられ、わたしも頷いた。
「はい、分かりました」
魔法を使えたら楽しそうだと思ったけど、体に負担がかかるなら無理はするべきじゃない。
何より、今まで魔法を使えなかったわたしがいきなり魔法を使ったら『どうして使えるようになったのか』と絶対に周りから訊かれるだろう。
霊樹の実についてはできる限り秘密にする方向で、寿命についても訊かれないなら黙っておくべきだという話でセレストさんとも決めているので、あまりあれこれ他人に訊かれたくない。
「そうだとしたら、やっぱり魔力の制御は覚えておかないと心配だね」
ヴァランティーヌさんが言って、わたしの頭を撫でた。
「魔法についての話はここまで。次は魔力の制御のやり方についてだけど……せっかくだし、最初の触りはセレストに手伝ってもらおうかねぇ」
「はい」
セレストさんが微笑み、わたしに両手を差し出した。
不思議に思いながらもセレストさんの両手に自分の両手を重ねた。
「まずは魔力を感じることから始めよう」
両手を繋いで向き合っているわたし達のそばにヴァランティーヌさんが立つ。
「セレストはできる限りゆっくり、少量の魔力をユイと自分に循環させておくれ。……ユイは体内に意識を集中して、流れる魔力を感じてごらん」
セレストさんが頷き「魔力を流しますね」と声をかけてくる。
それから、目を閉じて体の中に意識を集中させると何かが動いているのを感じた。
温かい不思議な感覚のそれが右手から入り、体の中を通って左手に抜けていく。
「……右手から流れてる?」
「ええ、そうです」
セレストさんの声がする。
温かい何かは優しく、ゆっくり、わたしの中を巡っている。
「一発で魔力を感じられるなんて……ユイは感覚が鋭いんだね」
ヴァランティーヌさんが驚いたように呟く。
「セレスト、魔力を止めておくれ」
それに、右手から流れていた温かな感覚が止まった。
左手に流れていってしまったけれど、まだ、わたしの体の中にはセレストさんから流れてきた以外の温かなものが残っている気がした。
「ユイ、自分の中の魔力を感じるかい?」
「感じます」
「じゃあ、手を離して。今度は胸の中心に意識を集中してごらん」
言われた通り、セレストさんから手を離して自分の胸に当てる。
目を閉じたまま、胸の中心に意識を向けると、そこが一番温かいことに気付いた。
「……ここが一番あったかいです」
「それがユイの魔力だよ」
……わたしの魔力……。
今まで意識したことがなかったけど、何かがここにあるのは確実に分かる。
セレストさんから流れてきたものも温かくて、わたしの中にあるものも温かい。
目を開ければ、セレストさんとヴァランティーヌさんがこちらを見ていた。
「セレストさんの魔力もあったかかったです」
「人によって魔力の感じ方は違うんだよ。アタシは血液の流れみたいに感じるけれど、ユイは温かく感じるんだねぇ。それは液体と固体なら、どっちに近い?」
「……どっちも違う、かも? 空気みたいにフワフワしてます」
「なるほど、それは扱いが難しいかもしれないねぇ」
液体や固体のように感じるなら、量や流れ、動きを想像することで制御しやすくなるそうだ。
でも、わたしの場合は気体だから、動きを想像していくのが難しいだろうとのことだった。
「それでも、すぐに魔力を感じ取れるなんてすごいことだよ。普段、何気なく魔法を使っているからこそ、自分の魔力を感じ取るのが苦手っていうのも多いからね」
セレストさんがわたしの頭を撫でる。
「私も初めて魔法を習ったのは六十くらいの頃でしたが、魔力を感じ取るのに半年かかりました」
「そんなにかかるの?」
「それでも早いほうだよ。中には魔法は使えるけど、魔力が感じ取れないままっていうのもいるし……まあ、そういうのは大抵、それ以上魔法が上達しないけどねぇ」
ヴァランティーヌさんが苦笑する。
「今日は魔力を感じ取れないかもしれないって心配してたのに、ユイは予想以上に優秀だよ」
どうしようかねぇ、とヴァランティーヌさんが考えるように腕を組む。
セレストさんとわたしで顔を見合わせていると、ヴァランティーヌさんが顔を上げた。
「どうせだから、魔力を動かすところまで試してみるかい?」
わたしはすぐに頷いた。
「やります」
「ユイは本当に勉強熱心だねぇ。それじゃあ、もう一度魔力を感じてごらん」
「はい」
胸に手を当てて意識を集中させる。
……やっぱり胸のところにポカポカふわふわしたものがある。
空気みたいなイメージだと動かすのが難しいけど、フワフワしてるなら、たとえば雲や綿をイメージしたら動かしやすいかもしれない。
「感じました」
「それを少しだけ右手のほうに移動できるかい?」
ヴァランティーヌさんに言われて、意識を集中する。
体の中の温かなそれは綿で、フワフワしていて、ちょっとだけちぎる。
ちぎってもフワフワは消えないので、それを右手のほうにゆっくりと移動させた。
「……多分、ここにあります」
「セレスト、ユイの手を握っておくれ」
「ええ」
「ユイ、分けた魔力をセレストに渡してごらん」
頷き、右手をセレストさんと繋ぐ。
それから、セレストさんにちぎった魔力をそっと手渡した。
セレストさんが目を丸くして、右手を見て、わたしを見た。
「……渡せた?」
もしかして失敗しただろうかとセレストさんに訊けば、セレストさんが微笑んだ。
「はい、ユイの魔力を受け取りました。……少量の可愛い魔力ですね」
* * * * *
ユイから流れ込んできた魔力はとても少なかった。
以前、魔力譲渡で分けてもらった量を考えれば、本当に『とりあえずお試しで分けてみた』というくらいの量で、その控えめさが可愛らしい。
そして、同時にとても驚いた。
つい先ほどまでは魔力を感じ取ることができなかったユイが、自身の魔力を感じ、すぐに扱えるようになったというのは普通では考えられないことだった。
魔力を感じ、操れるようになるまで、一般的には早くても数ヶ月から数年はかかるものだ。
それをほんの僅かな時間で習得してしまうなんて。
ヴァランティーヌなど、驚きすぎて言葉を失っている。
「セレストさんは魔力、どういうふうに感じるの?」
「私は少し冷たい水のように感じますね。ユイはフワフワをどうやって分けたんですか?」
空気のようにフワフワしていると言っていたが、分けるのは大変だろう。
「フワフワは雲みたいで、でも、雲だと難しいから綿を想像したよ」
「綿……確かに雲より綿のほうが使いやすそうです」
「ちょっとだけちぎってセレストさんに渡したの」
「ええ、初めてとは思えないくらい上手でした」
ユイの頭を撫でると嬉しそうに紅茶色の瞳が細められる。
そこでようやく、我に返ったのだろうヴァランティーヌが口を開いた。
「……ユイには驚かされてばっかりだねぇ」
そう言って笑うヴァランティーヌの表情は、どこか心配そうなものだった。
「ユイ、訓練の時以外で魔力を動かすのは禁止だよ。魔力の流れを動かすのは体力を使うからね、過度な訓練を繰り返すと慣れないうちは負担がかかる。アタシ達と一緒にいる時だけにするように」
「はい」
ユイがしっかりとそれに頷き返す。
「良し。今日の訓練はここまでにしておこうかねぇ。これなら完全に魔力制御をできるようになるのも、そう時間はかからないかもしれないよ」
「そうですね」
「ちょっと予想外さ。……ジェラールにも色々と報告しておかないとねぇ」
「お願いします」
ユイの訓練は報告するつもりではあったが、こうも簡単に魔力の扱いに慣れてしまうとは思わなかった。
セレスト達の予想では数年かけてユイ自身が魔力制御の方法を身に付けて、今後、気を付けていくという考えだった。
もちろん、魔力制御を早く習得できるほうがいいので良い意味での予想外である。
「ユイ、疲れていませんか?」
まだ右手を繋いだままのユイに問えば、首を横に振り返された。
「ううん、全然平気」
「そうですか」
その様子からは確かに疲れは感じられない。本当に何ともないようだ。
慣れない者が魔力を使うと酷く疲労することがあるのだが、ユイは大丈夫らしい。
そっとユイを抱き寄せる。その体に集中すれば、魔力を確実に感じる。
本人が魔力をしっかり感じ取れるようになったからなのか、ユイの魔力もよく分かる。
細い体に大量の魔力があり、それが穏やかに安定していることに安心した。
「ユイはすごいですね。きっと、あなたは天才です」
セレストの言葉にユイが笑った。
「セレストさんはわたしに甘すぎだよ」
その表情がとても幸せそうで、嬉しそうで、セレストも笑みこぼれた。
無属性の魔力については心配もあるが、ユイなら魔力制御で上手くやっていけるだろう。
「私はユイの番ですからね」
* * * * *




