双子の近衛騎士
翌日、朝食後に来たウィルジールさんにわたしの決意を伝えた。
「わたし、霊樹の実を食べることに決めました」
部屋に来たばかりのウィルジールさんは、キョトンとした顔でわたしを見る。
理解するのに数秒かかったのか、それからパァッと表情を明るくした。
「本当か!?」
「本当です」
「やったな、セス!」
ウィルジールさんがそばにいたセレストさんの肩を叩いて喜び、セレストさんも嬉しそうに微笑んで頷いた。
「はい」
「あー、安心した! 親父達にはもう言ったか?」
「いいえ、まだです」
「じゃあ俺が話してくる! ……本当に霊樹の実を食べる、でいいんだな?」
ウィルジールさんが確認するように訊いてきたので、わたしは大きく頷いた。
「はい、わたしはセレストさんと生きるって決めました」
「そうか、すぐ報告してくる。……良かったな、セス!」
ウィルジールさんはもう一度セレストさんの肩を叩き、部屋を飛び出していった。
わたし達よりも嬉しそうな様子に、セレストさんと顔を見合わせて笑ってしまった。
「ウィルジールさん、喜んでたね」
「ええ……あんなに喜んでくれるとは思いませんでした」
セレストさんがそばに来て、そっと抱き締められる。
二人で顔を見合わせていれば、また部屋の扉が外から叩かれた。
わたしから離れたセレストさんが扉を開ければ、その向こうに二つの金色の頭が見えた。
「イヴォン? シルヴァンも?」
その声にわたしはセレストさんの背中に抱き着き、顔を覗かせた。
二人の髪は輝くような金髪で、どちらも髪を後頭部の高い位置で一つに纏めており、新緑の瞳と横に長い耳から、エルフだと分かる。
外見は以前と全く変わらないけれど、騎士の装いは少し違う気がする。
二人はわたしを見ると目を瞬かせた。
「え、ユイ……だよな?」
「わ、ユイちゃん、少し見ない間に大人になったね」
と、二人が驚いた顔をしたので、ちょっと嬉しかった。
……わたし、前よりちゃんと大人になれてるんだ。
十五歳の時に一度会っているけれど、あれからもうすぐ二年近く経つ。
変化に気付いてくれたことが嬉しかったから、わたしも少しだけお返しをすることにした。
「お久しぶりです、イヴお兄ちゃん、シルお兄ちゃん」
そう呼べば、二人がパッと嬉しそうに笑った。
「そうそう、俺達はユイのお兄ちゃんだ」
「セス兄とユイちゃんが王都に来たことを王太子殿下が教えてくださって、今日は午前中だけ休みをもらえたんだよ」
「それで会いにきてくれたのか」
セレストさんが促して、二人が部屋の中に入る。
みんなでソファーに座った。
「で、今回は何で呼ばれたんだ?」
「二人が竜王陛下に呼ばれたことは聞いたけど、それ以上のことは知らないんだ」
イヴォンさんとシルヴァンさんの言葉に、セレストさんがわたしを見た。
わたしが頷き返せば、セレストさんはこれまでのことを二人に説明してくれた。
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二人は最初は興味深そうに聞いていたけれど、エルフの里の話で驚いて、そして霊樹の実の話でポカンとしていた。言葉にならないくらい驚いているようだった。
「他種族が精霊樹に触れられたってだけでも驚きなのに……」
「……霊樹の実までもらっちゃうなんてね」
セレストさんもそれに苦笑して頷いた。
「その霊樹の実を食べればユイは種族の格が上がり、寿命が延びるそうです」
二人がハッとした様子でわたしを見る。
わたしは二人をしっかり見つめ返し、セレストさんの手を握った。
「わたしは霊樹の実を食べて、セレストさんと一緒に生きていきます」
そう言えば、二人は嬉しそうに笑った。
「そっか、セス兄と一緒にいてくれるのか」
「良かった……僕達、ユイちゃんがいなくなった後のセス兄のことがずっと心配で……」
「でも、これで心配はなくなったな!」
「そうだね」
と、二人が話している。
セレストさんが身を屈めて、わたしに耳打ちしてきた。
「ユイ、せっかくですから、あれを渡してはどうですか?」
それに、あ、と思い出す。
ソファーから立ち上がり、旅行用のカバンから長方形の細長い箱を持ってくる。
箱を開けて、テーブルの上に置いた。
「これ、イヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんにあげたいって思って」
……これからはお兄ちゃんって呼ぼう。
そのほうが二人も喜んでくれるし、家族になりたいから。
二人が同時に少し身を乗り出して、箱を覗き込んだ。
中には試験管みたいなものが二本入っていて、淡いピンク色の液体が入っている。
液体は虹色に光を反射させて、綺麗に輝いていた。
イヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんが顔を見合わせた。
「これってもしかしてエルフの霊薬か?」
イヴお兄ちゃんの問いにセレストさんが頷いた。
「ああ、ユイが魔力を与えたチューリップが霊花になり、それから作った」
「初めて見るけど、すごく綺麗だね」
「そうだな。……なんか可愛いな」
二人が箱をジッと眺める。
「わたしもセレストさんも使わないので、二人に使ってもらいたいです」
イヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんが顔を上げた。
「本当にいいのか? 売れば結構な額になるのに」
「そうだよ。霊花はとても貴重で、エルフでも滅多に霊薬は手に入らないんだよ?」
それにわたしは笑ってしまった。
「多分、わたしは霊花を作れます。……霊花になったお花はセレストさんがわたしにくれた花なんです。大切な花だから、霊薬はセレストさんの家族……わたしの家族になる人に使ってほしいんです」
近衛騎士は危険な任務が増えるという。
セレストさんは二人が近衛騎士になることに反対しなかった。
二人が選んだ道だから、きっと応援したんだと思う。
それなら、わたしも、わたしにできる応援をしたい。
セレストさんがわたしの頭を撫でる。
「ユイも私も、二人が心配なんだ」
イヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんは顔を見合わせると、頷き、そして二人揃って頭を下げた。
「セス兄、ユイ……本当にありがとう」
「霊薬、大切に使わせてもらうね」
顔を上げた二人にわたしは首を横に振った。
「大切に使わなくていいです。必要な時に使ってください。……『命、大事に』です」
霊薬は二人を守るために使ってほしい。
だから、二人が必要だと思ったら躊躇わずに使ってくれたら嬉しい。
大事に取っておくことはないし、これで二人が助かるならそれが一番いい。
シルお兄ちゃんが目を瞬かせ、小さく笑った。
「うん、そうさせてもらうね」
シルお兄ちゃんが箱に手を伸ばし、蓋を閉じる。
「セス兄、ユイの手だけなら触れてもいいか?」
イヴお兄ちゃんの問いにセレストさんが数秒黙り、頷いた。
「……手だけなら」
イヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんが立ち上がると、こちらに来た。
わたしのそばに膝をついて座り、イヴお兄ちゃんに片手を取られた。
その手にシルお兄ちゃんも触れ、二人がわたしの手に額を寄せた
「ユイ、気遣ってくれてありがとう」
「君の優しさに報いるためにも、僕達は何があっても諦めないよ」
それは多分、特別な意味があることなのだと思う。
二人はすぐに顔を上げるとわたしから手を離した。
「そうだ、良ければ二人とも騎士団の訓練でも見に行かないか?」
「騎士団の訓練……いいんですか?」
「近衛は無理だけど、騎士団の訓練は普段から公開しているから問題ないよ」
……王都の騎士団……。
「第三騎士団は見れますか? 前に王都に来た時に、一緒に旅をしたから……」
「ああ、そういやブリジットと話してたよな」
「第三騎士団長様とブリジット様が優しくしてくれたの、覚えてます」
イヴォンさんとシルヴァンさんが立ち上がった。
「まあ、セス兄が許してくれたらだけどな」
見上げれば、セレストさんが微笑んだ。
「ユイに男性を近づけないのであれば構いませんよ」
「じゃあ僕達三人でユイちゃんを護衛すればいいんだよ」
「それいいな。ユイもブリジットに会いたいだろ?」
それにわたしは頷いた。
「会いたいです」
そういうわけで、騎士団の訓練を見学しに行くこととなった。
* * * * *
客室を出て、王城の外の訓練場に移動する。
セレストさんと手を繋いで、イヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんが案内してくれる。
訓練場はとても広かった。それに綺麗だった。
平された地面で、芝生のところもあり、そこで騎士達がそれぞれに訓練をしているようだ。
わたし達が近づくと近くの騎士の人達が気付いて振り向いた。
「ん? あ、イヴォンとシルヴァンじゃないか!」
「なんだ、今日は休みか? でも私服じゃないな?」
と、騎士達がこちらに来て、イヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんに声をかける。
二人は笑って「今日は午前中だけ休みをもらったんだ」と笑う。
「ちょっと用があって家族が来たから、騎士団の訓練でも見せようと思って」
「みんなも以前、一緒に旅をしたから覚えてるかもしれないけど」
イヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんが振り返った。
全員の視線が一気に集まったので、ちょっと落ち着かない。
思わずセレストさんの手を握れば抱き寄せられた。
「私の番を見過ぎですよ」
セレストさんを見て、騎士団の人達が「あ」という顔をした。
「前にグランツェールから王都まで一緒だった……」
「そうそう、俺達の兄とその番な」
「え、じゃああの時の子? 大人っぽくなったなあ」
「人間は成長が早いって聞いたけど、驚いた……」
話しながらも遠巻きに眺められるだけで、騎士達の視線がわたしからセレストさんに向く。
釣られて見上げれば、セレストさんと目が合い、ニコリと微笑み返される。
わたしはセレストさんに抱き締められたままだ。
「……もっと近づいてもいい?」
「私も一緒なら」
「うん、セレストさんと一緒」
セレストさんの手を繋ぎ、イヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんのところに歩いて行く。
……騎士団の人達、背が高い。
背が低い人もいるけれど、それでもわたしと同じか少し低いくらいである。
男の人が多いが、女性もいて、その人達に視線を動かす。
その中に濃い灰色の毛並みを見つけて、思わず手を振った。
「ブリジットさん」
青い瞳が驚いたように見開かれ、近づいてくる。
ウェアウルフという人の形に近い狼の魔族で、以前の旅で少しだけ話した。
「ユイさん……ですか?」
「はい、前にグランツェールから、王都まで一緒に旅をしました」
「素敵なお嬢さんになりましたね」
目を細めて、多分笑顔を向けてくれているのだろう。
「あの時はユイの話し相手になっていただき、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ旅の中で穏やかな時間を過ごさせていただきました」
セレストさんとブリジットさんが話をする。
「もしかして、今回も竜王陛下への謁見に?」
「はい。もう用事は済みましたので、早ければ明日か明後日には戻るつもりですが」
「そうなのですね。……ユイさんとお会いできて良かったです」
胸に手を当ててブリジットさんが浅くお辞儀をする。
それにわたしもお辞儀を返した。
「わたしもまたブリジットさんにお会いできて嬉しいです」
「年頃のお嬢さんにとって楽しいかは分かりませんが、ゆっくり見学していってくださいね」
そうして、ブリジットさんは訓練に戻っていった。
他の騎士達も訓練に戻り、少し離れた場所からその様子を見学させてもらう。
……グランツェールより竜人やエルフが多いかも?
それに騎士の戦い方が綺麗な気がする。
グランツェールはどちらかといえば、様々な戦い方の訓練をしている。
剣の訓練も型破りなものばかりだし、体術も喧嘩というか、実践向きだ。
それに比べて騎士団の戦い方は誰かを守るためのもので、グランツェールの警備隊とは違う。
「ユイ、騎士団はどうですか?」
セレストさんに訊かれて答える。
「グランツェールの警備隊とは違うね?」
「警備隊は戦うことに重きを置いていますが、騎士は守ることが彼らの役目ですから。戦い方については騎士団のほうが洗練されているでしょう」
「そうなんだ」
イヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんが「そうそう」と頷く。
「そういえば、最初に騎士団に入った時は大変だったよな」
「僕達、喧嘩みたいな戦い方しか知らなかったから叩き直されたよね」
と、苦笑する二人に疑問が湧いた。
「騎士団に入るとみんな直されるんですか?」
「いや、俺達は特に戦い方が汚いって言われてさ」
「確かに、イヴォンもシルヴァンも昔から好き放題に暴れていたからな」
セレストさんも苦笑して、わたしの頭を撫でた。
「さすがに今はもうちゃんとした戦い方ってのは覚えたけどな」
「あの頃の僕達って『勝てば何でもあり』だったしね」
……それは何となく分かる気がする。
わたしも、戦闘用奴隷だった時は『勝てばいい』と思っていた。
蹴るのも、殴るのも、頭突きも、何でもありだった。
でも、今なら分かる。ああいうのが『汚い戦い方』なんだろう。
「俺達が戦ってるところも見せたいけど、近衛は基本的に訓練は公開禁止でさ」
「ごめんね」
「ううん、大丈夫です。……イヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんの近衞騎士の服、かっこいいです」
二人が嬉しそうに笑った。
ギュッと後ろからセレストさんに抱き締められる。
見上げれば、少し不満そうなセレストさんと目が合った。
「……私はユイにかっこいいなんて滅多に言われないのに」
それに目を瞬かせてしまった。
「セレストさんは最初から、かっこよかったよ?」
「本当ですか?」
「うん、かっこよくて、綺麗で、強くて、優しい、わたしの大好きな人」
振り返ってセレストさんに抱き着けば、嬉しそうに「ありがとうございます」という声がする。
その優しくて温かな声がすごく好きだ。
「一番かっこいいのはセレストさんだよ」
セレストさんの嬉しそうな笑顔にわたしも笑う。
……本当にずっとそう思ってるよ。




