薬と手紙
バルビエの里から帰ってきて、一月が経った。
わたし達は何事もなく、いつも通りに過ごしていた。
霊花のことや精霊樹のことなど、わたしの無属性の魔力についてはセレストさんとヴァランティーヌさんが話し合い、シャルルさんとウィルジールさんに説明したそうだ。
二人とも、その後もわたしとは普通に接してくれている。
終業後、セレストさんが迎えに来てくれて、二人で魔道具部に向かった。
今日、霊花を使ったエルフの薬ができあがったらしい。
魔道具部に着き、セレストさんが扉を叩くとすぐに中から開けられた。
「ああ、中に入ってくれ」
エルフの男性に促されて室内に入ったが、他には誰もいなかった。
男性が棚から小さな箱を取り出し、こちらに持ってくる。
「これが以前に話していた霊薬だ」
長方形の箱を開けると中に試験管のようなものが三本入っていた。
全てに淡いピンク色の液体が入っており、光が当たると虹色に液体が反射する。
「……綺麗……」
「霊薬は使った植物や花によって色が変わるけれど、この虹色の輝きだけは同じだ」
エルフの男性がそのうちの一本を手に取る。
「それでは、報酬として一本もらう」
「はい」
「残りは君達のものだ」
セレストさんが頷いて箱を受け取る。
「作っていただき、ありがとうございます」
「いや、これほど良質な霊薬が作れたのは初めてだ。こちらこそ良い体験をさせてもらった」
セレストさんが箱の蓋を閉じるとわたしに差し出した。
それを受け取り、カバンに仕舞うとピッタリ入る大きさだった。
……割らないよう大切にしないと。
「では、また何かあれば声をかけてくれ」
「はい、その際はよろしくお願いします」
セレストさんとわたしは頷き、魔道具部を後にした。
手を繋いで第二警備隊の建物を出て、駅に向かう。
そろそろ秋も深まり始めてくる頃合いだから、涼しい日が増えてきた。
ふわりと吹いた風にセレストさんが微笑む。
「早めにユイの冬服を買いにいかないといけませんね」
それに笑ってしまった。
「去年の服、まだ着れるよ?」
「ですが、毎年新しい服があったほうが気分も変わるでしょう? 私も可愛いユイの姿が見られるので、季節ごとに買いましょう」
「じゃあ、ちょっとだけ。沢山買うと置き場がなくなっちゃうから」
毎回服だけでなく帽子や髪飾り、靴も買うから、他の服や靴同士で組み合わせて十分着回しができる。
季節の度に新しい服を沢山買っていたら、部屋から服があふれてしまいそうだ。
「古くなったものは捨ててもいいんですよ?」
と、セレストさんは言うけれど、それは嫌だ。
「セレストさんが買ってくれたものは捨てたくない」
「そうですか……では三階の倉庫にしている部屋を今度片付けて、ユイの服を置けるようにしましょう。置き場があれば、買っても問題ありませんね?」
ニコニコ顔のセレストさんにちょっと笑いながらも頷いた。
「うん、でも、ちょっとだけね」
そうしないとセレストさんは何着でも買おうとするから。
駅に着き、少し待っていると馬車が来たのでそれに乗る。
次の休日に服を買いに行こうとか、甘いものを食べに行こうとか、そんな話をしていればすぐに家の近くの駅に着いて、馬車から降りる。
セレストさんが御者にお金を渡し終えたら、また手を繋いで家までの短い距離を歩く。
家に着くとセリーヌさんとレリアさんが出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、セレスト様、ユイ様」
「お疲れ様でした」
二人にわたし達も「ただいま戻りました」「ただいまです」と返す。
セリーヌさんがセレストさんに手紙を差し出した。
「セレスト様宛てにお手紙が届いております」
「ああ、ありがとうございます」
それを受け取ったセレストさんが手紙を裏返し、わたしを見た。
「荷物を部屋に置いてきたら、居間に来ていただけますか? 竜王陛下からのお返事です」
「うん、分かった」
セリーヌさんとレリアさんに夕食の準備をお願いして、セレストさんと二階に上がる。
自分の部屋に行って上着とカバンを片付け、カバンの中から取り出した箱を棚に仕舞っておく。
靴を室内履きに替えてから、居間に向かった。
居間に行くとセレストさんが既にいて、定位置の揺り椅子に座っていた。
膝を叩いたので、わたしも定位置のセレストさんの膝の上に乗る。
セレストさんが持っていた手紙の封を爪でピッと切って、中の便箋を取り出した。
開いた手紙の内容に目を通す。
わたしの後ろからセレストさんも手紙を読んでいるようだった。
手紙の内容は、簡単に言えば『話がしたいのでもう一度王都に来てほしい』ということだった。
最後まで読み終えたセレストさんが苦笑する。
「予想通りですね」
それに頷いた。
「また、ウィルジールさんも一緒だね」
手紙には追伸で『なかなか顔を見せに戻ってきてくれない息子も是非連れてきてくれ』的なことが書かれていた。
ウィルジールさんは家族が嫌いというわけではなくて、第二王子という身分のしがらみが嫌で、王都から離れたこのグランツェールの街に来たという。
竜王陛下は息子のウィルジールさんが全然戻ってこないから寂しいのかもしれない。
「ええ、ウィルが旅に同行してくれるなら安心です。三人で行くなら乗り合い馬車での旅となるので、以前より少し時間がかかりますが……」
「乗り合い馬車?」
「街や村、王都に行きたい人達が一緒に乗っていく……いつも出仕で乗る辻馬車と同じですよ」
……なるほど、村や街、王都まで繋ぐ馬車もあるんだ。
「前はギルドに探してもらって、商会と一緒だったよね?」
「商会は護衛を雇っているのでそちらのほうが安全ですが、常にそういった方々がいるとは限りませんから。今回は確実に席を取るために乗り合い馬車のほうが都合が良いんです」
「そっか」
セレストさんがわたしの頭を撫でる。
「明日、ウィルとジェラール隊長に話して、早めに王都へ向かいましょう」
「うん」
「旅支度を済ませておいてくださいね」
「分かった」
バルビエの里に行った時の荷物をまとめてあるので問題ないだろう。
……霊薬と霊樹の実も忘れないようにしないと。
後で旅行用のカバンを確認して、二つとも早めに入れておくことにする。
セレストさんが便箋を畳んで封筒に戻し、テーブルに置く。
「今年は旅に出ることが多いですね」
わたしを抱き締めてセレストさんが呟く。
「セレストさんは旅、苦手?」
「嫌いではありませんが、グランツェールでのんびり過ごすほうが好きです。冒険は子供の頃に散々したので、大人になってからは安定した穏やかな暮らしが良いと思っています」
「冒険ってウィルジールさんと?」
「ええ。ウィルジールやベランジェール、他数人で毎日、街のあちこちに行ったり、勝手に街の外に出たり、本当に色々しました。昔は毎日のように叱られていたような気がします」
……セレストさんが叱られるなんて想像がつかないけど。
多分、ウィルジールさん達に巻き込まれてあちこち一緒に行って、それで叱られたんだろう。
でも懐かしそうな、どこか楽しそうなセレストさんの声からして嫌ではなかったみたい。
「私達が警備隊に入った時は皆、驚いていましたよ。どうやら冒険者になるだろうと思われていたようで……まあ、ウィルはどちらでも良かったのでしょうね」
お腹に置かれているセレストさんの手に、自分の手を重ねる。
「セレストさんが第二警備隊で良かった」
「そうですね。冒険者となって各地を回っていたら、ユイとは出会えなかったでしょう」
そっと抱き締められて、わたしもセレストさんに寄りかかる。
……警備隊を選んでくれてありがとう。
セレストさんとあの時出会わなかったら、わたしは死んでいたかもしれない。
ディシーもわたしも、今の幸せには巡り会えなかったかもしれない。
* * * * *
「ウィル」
後ろから聞こえた声にウィルジールはパッと振り返った。
「セス!」
「話したいのですが、少しよろしいですか?」
「ああ、大丈夫だ」
近づいてくる親友にウィルジールも歩み寄った。
休憩中なので、話していても咎められることはない。
そばに来たセレストが懐から一通の手紙を取り出した。
「昨日、竜王陛下より届いた手紙です」
どうぞ、と差し出されたそれをウィルジールは受け取り、便箋を取り出すと素早く目を通す。
「また王都に行くのか?」
「ええ、そのつもりです」
「そっか──……って、親父のやつ、ちゃっかりしてるな」
手紙の最後にウィルジールも連れてきてほしいという旨が書かれており、呆れてしまう。
「この間、顔合わせたばっかだろ」
呆れながらも親友に手紙を返す。
セレストの番が持つ無属性魔力は特別なのだと聞いたし、バルビエの里に行った際に『霊樹の実』というものを精霊からもらったという話を聞いた時も、セレストの番が訊いてきた『もしも』の話の意味を理解した。
無属性は純粋な魔力に近く、エルフの里や森を守る精霊樹に魔力を譲渡することができる。
その結果、精霊から謝礼として『霊樹の実』を受け取ったらしい。
それを食べればセレストの番は寿命が延びるという。
ウィルジールは思わずセレストを見た。
友としては『実を食べて、親友と長く一緒にいてほしい』と思う。
番を失った竜人は悲惨だ。自暴自棄になるか、悲しみに沈むか──……後を追う者も稀にいる。
セレストの場合はどうなるか分からないが、一度番が死にかけているところを見ているので、二度目は耐えられないかもしれない。
体が頑丈な竜人が自殺するのは難しいし、友のそんな姿は見たくはない。
だが、もしウィルジールが同じ立場であったとして、番のために即座に『実を食べる』という判断ができるかと問われると頷くことはできなかった。
……セスのほうが先に死ぬって分かっちまうんだもんな。
親友のいなくなった後の世界はきっと、さぞ退屈だろう。
そう思うとセレストの番が躊躇う気持ちは分かる。
目が合うと親友が浅く首を傾げた。
「何でもない。……まあ、俺も色々知ってるし、気になるから行くけどさ」
セレストの番はどのような選択をするのか。
今回ばかりはウィルジールも『食え』とは言えない。
「それにしても親父のヤツ、セスに頼めば俺が断れないって知ってて書いてるよな」
「どうでしょう。……しかし、できるうちに孝行しておいたほうがいいですよ」
「いやいや、魔力量的に親父が死ぬより俺が死ぬほうが早くないか?」
ウィルジールの父である竜王は、竜人の中でも魔力量が桁違いに多い。
本来は千五百から二千歳くらい、魔力量が多ければもっと長く生きると言われているが、父はもうすぐ三千歳になるというのにヴァランティーヌとさほど外見年齢に差がないくらいである。
寿命が長ければ老化も穏やかなので、父より魔力量の少ないウィルジールのほうが先に年老いて死ぬ可能性もありえる。
「俺もさすがに三千年は生きられないだろうしな」
そうして、親友も恐らくそうだ。
魔力量はウィルジールより若干少ないくらいだが、セレストも竜人の中では長生きするはずだ。
……そう思うと、人間の百年なんて本当に短いよな。
何故、セレストの番は人間なのかと思う。
理性的な親友は番を先に亡くしても、狂うことなどできないだろう。
「まあ、それはともかくとして、いつ頃出立する予定だ?」
「できれば早めが良いですね。冬に入るとユイに負担がかかるので、雪が降る前には戻りたいです」
竜人に比べて人間はとても弱い。冬は体調を崩しやすいだろう。
……そのわりには雪遊びとか好きなんだよなあ。
雪が降ると、昼休憩中や終業後に訓練場でセレストの番とヴァランティーヌの養い子が遊んでいる姿をたまに見かける。
寒さも暑さも弱いというのに、冷たい雪の中に飛び込んだり駆け回ったりするので、セレストがそばで心配そうによく見守っている。
幸い、二人が風邪を引いたという話は聞いたことがないが。
馬車での旅は寒いので、確かに雪が降る前に戻ってきたほうが良さそうだ。
「今からジェラール隊長のところに行くので、ウィルもいかがですか?」
「あー……そうだな、俺も一緒に休みの申請取っとくか」
親友の言葉に頷き、ウィルジールもついて行くことにした。
「ところでさ、セス」
「はい」
「番とはどこまで進んだんだ?」
グフッ……と横から咽せる音がした。
番が十八歳になったら、という話はセレストからも、セレストの番からも聞いている。
しかも恋人同士になったのだから、それなりに進展があっても不思議はない。
少し赤い顔で口元に手を当てたまま、親友が言う。
「どこまでと言われましても……」
「いやあ、恋人になったって言うわりにはいつも通りだなって思ってたから、気になってさ」
距離感も今までも近かったし、よく一緒にいるし、手を繋いだり腕を組んだりもしている。
何度か、親友が番の頬や額に口付けているのも目にしている。
……セスも番も恋人になったくせに、そういう雰囲気はないからなあ。
元々浮いた噂の一つもない親友で、理性的で、自分を律するという面では強いのだろうが。
番が十八歳を迎えても、このままなのでは……という心配もある。
「ちょっとは手、出したか?」
「出しませんよ!」
珍しく大声を出した親友に、ウィルジールは「おお……」と思わず声が漏れた。
それでも怒っているのではなく、気恥ずかしさからだというのは表情を見れば分かる。
つい、親友の肩に腕を回して廊下の隅に行き、ヒソヒソと話す。
「別に恋人なんだから良くないか? 向こうも成人してるんだし」
「そういう問題では……」
「んじゃあ、どういう問題なんだ?」
はあ……と親友が大きく息を吐いた。
「……自分を抑えられる自信がありません……」
ウィルジールはキョトンとした後に「あー……まあ、そうか」と納得した。
竜人は本能が強い。セレストは理性的な竜人だが、成人を迎えた番との深い触れ合いで理性を保てるかといえば、確かに難しい話かもしれない。
安易に『ちょっとは手を出したか?』と問うのは間違っていた。
「悪い、今の質問は忘れてくれ」
それにセレストがまだほのかに赤い顔で黙って頷いた。
* * * * *




