帰還と日常
バルビエの里を出てから五日後、昼過ぎ頃にグランツェールの街に到着した。
街に入り、報告もあるのでまずは第二警備隊に向かう。
多種多様な種族が通りを歩いている様子にヴァランティーヌさんがホッとしたような顔をする。
「やっぱりグランツェールが一番いいねぇ」
馬車の後ろの布を上げて、ヴァランティーヌさんが景色を眺める。
馬車に揺られながら見慣れた第二警備隊に到着して、馬車から降りる。
「あたしは向こうに馬車を移動させてくるよ」
「ベランジェールと私で報告をしてきますので……ユイ達はシャルルや事務のほうなどに帰ってきたことを伝えてくると良いでしょう」
ベランジェールさんとセレストさんの言葉に訊き返す。
「わたしも行かなくていい?」
「ええ、大丈夫です。……ただ、里でのことは秘密にしてくださいね」
「うん」
セレストさんの注意に頷いた。
ベランジェールさんは馬車を置きに行き、セレストさんは警備隊の建物の前で待ち、わたしとディシー、ヴァランティーヌさんは中に入った。
入ってすぐにディシーが受付に駆け寄っていく。
「お疲れ様です!」
「あら、ディシー、二週間お休みじゃなかったかしら?」
「はい、バルビエの里に行っていましたっ」
と、恐らく先輩だろう受付の人と話をしている。
ヴァランティーヌさんがディシーに「アタシらはちょいと離れるよ」と声をかけた。
「まずは第四事務室に顔を出して、それから訓練場にも行こうかねぇ」
「はい」
みんな、わたしが一人にならないように昔から気を遣ってくれる。
わたしが心配というより、番に何かあれば竜人のセレストさんが怒るからだと思う。
……確かにセレストさんが本気で怒ったら大変なことになりそう。
他の人達がそうやって気を配るくらい、怒った竜人は怖いということだ。
第二警備隊の中ならと思うだろうけれど、わたしが一人で出歩くのは多分、仕事で他に一緒に行ける人がいない時くらいだろう。
特に、外に出る時は絶対にセレストさんがいる。
ずっと当たり前のことだったが、考えてみるとすごいことだと思う。
ヴァランティーヌさんと一緒にまずは事務室に行き、帰ってきた報告をした。
アンナさん達には細かな説明はしていないけれど、セレストさんが仕事で行くのでそれについて行く、という話をしてある。竜人と番は大体一緒に行動するのが当然なので誰も不思議がる人はいなかった。
「おかえりなさい、ユイちゃん。エルフの里はどうでしたか?」
アンナさんに訊かれてちょっと考える。
「すごく綺麗で、皆さん真面目で、いいところでした」
「ユイもディシーもうちの里の者達とは気が合ったみたいでねぇ」
「そうなんですか?」
ヴァランティーヌさんの言葉にアンナさんが少し驚いていた。
エルフが他種族に冷たいというのは誰もが知っていることなので、意外だったのだろう。
「まあ、仕事もサクッと終わったから、予定より早く帰ってきたんだよ」
「旅は疲れますから、明日一日ゆっくりできるのはいいですね」
「そうだねぇ、年寄りだと旅は結構堪えるよ」
「あら、ヴァランティーヌさんはまだまだお若いですよ」
アンナさんだけでなく他の人達も小さく笑う。
長居すると仕事の邪魔になってしまうので、挨拶だけして事務室を後にした。
次は訓練場だ。
二週間離れただけでも、なんだか第二警備隊の中を懐かしく感じる。
建物の外に出て訓練場に行くと見慣れた二つの影があった。
「シャルル、ウィルジール」
ヴァランティーヌさんが声をかければ、二人がこちらに気付く。
「ヴァランティーヌ……と、ユイも一緒か。意外と早く帰ってきたな」
「ああ、予想より話が上手く進んでねぇ」
「ふぅん? セスは?」
「ジェラール隊長に報告に行ってるよ」
ウィルジールさんがつまらなさそうに「あっそう」と呟く。
ふと目が合ったウィルジールさんがわたしに近づき、こっそり言う。
「もうセスと喧嘩するなよ」
そうしたいとは思っているが、時には喧嘩してしまうこともある。
「……努力します」
「『絶対しない』よりかは信じられるか」
ウィルジールさんが体を起こして離れた。
ヴァランティーヌさんとシャルルさんが話をしており、ウィルジールさんが二人を見ながら言う。
「エルフの里なんて行って面白いか? あいつら冷たいだろ?」
「最初は警戒されました。でも、色々あって仲良くなりました」
「やっぱそうだ──……え? 仲良くなった?」
困惑した様子のウィルジールさんに頷き返す。
精霊樹については話すことになるだろうけど、セレストさんと相談してからにしよう。
「詳しいことはセレストさんから聞いてください。……話していいことか分からないので」
「分かった」
少しするとディシーも訓練場に来て、そのままの勢いでシャルルさんに突撃していた。
勢いよく抱き着くディシーと、ディシーが怪我をしないように慌てるシャルルさんは面白かった。
そんな二人を微笑ましく見守るヴァランティーヌさんがいて、すごく、幸せそうだ。
「……ウィルジールさん」
「ん?」
「もし、わたしがもっと長生きして、セレストさんと一緒にいられる方法があるとしたら……わたしはその方法を使うべきだと思いますか?」
ウィルジールさんが一瞬押し黙り、でも、すぐに口を開いた。
「セスの親友って立場からなら、使ってほしいとは思う」
「それ以外なら?」
「同族としては、昔と同じことにならないかって心配がある。……魔法ではないよな?」
「はい、魔法ではありません」
「今回行ったのはエルフの里……つまり、エルフの何かが関係してるってことか」
わたしはあえて黙った。沈黙は肯定だというから。
「親父に訊いたか?」
「これから手紙を出します」
「そうか。……また王都に行くことになるかもな」
……手紙のやり取りで決められることじゃない。
王都に行くなら、霊花から作った薬をイヴォンさんとシルヴァンさんに渡せるだろう。
きっと竜王陛下はもう一度、会って話したいというはずだ。
「ウィルジールさんもその時は一緒に行きますか?」
「俺も?」
「セレストさんは多分、ウィルジールさんに話したいって言うと思います」
ジッとウィルジールさんがわたしを見るので、見上げた。
「大事なことだからこそ、親友には隠さない人だと思います」
フッとウィルジールさんが目尻を下げた。
「セスは生真面目だからな」
「だから、セレストさんに訊いてほしいです」
「ああ」
話していると、建物のほうからセレストさんとベランジェールさんがこちらにやって来る。
そちらに顔を向けているとヴィルジールさんに訊かれた。
「君はセスとずっと一緒にいたくないのか?」
「……一緒にいたいです」
そしてセレストさんのほうに顔を向けたまま、続けた。
「でも、親友より長生きになるのはちょっと怖い」
それに対してウィルジールさんは「……そうか」と呟いた。
責めることも、否定も肯定もしないその返事にわたしもそれ以上は何も言えなかった。
* * * * *
その夜はディシーやヴァランティーヌさん、シャルルさん、ウィルジールさん、そしてベランジェールさんのみんなでまた『酒樽の集い』で夕食を摂った。
ベランジェールさんは明日の早朝にはバルビエの里に帰るらしい。
今日でお別れだと思うと少し寂しいけれど、二度と会えないわけではない。
みんなで楽しく食べて、飲んで、セレストさんと一緒に家に帰った。
セリーヌさんもレリアさんもこの二週間はお休みなので、家に帰ると真っ暗だった。
「ユイはこれを。先に荷物を片付けて、入浴してきてください」
セレストさんが明かりの魔法を一つ、わたしにくれた。
それを片手に部屋に行き、部屋にあったランタンに入れる。
洗濯物を抱えて一度浴室に行き、わたし用の洗濯カゴに入れてから、軽く水を流してから浴槽にお湯を溜めつつ部屋にまた戻る。
急いで着替えを用意して靴を室内履きに替えて、浴室に向かう。
五日ぶりの入浴なので、髪も体もしっかり洗っておかないと。
石鹸の匂いが安心する。
今回の旅はあっという間だった。
……わたしでも、誰かのために役に立てたんだ。
事務員として働き始めた時も嬉しかったが、ヴァランティーヌさんの故郷を助けられたのも同じくらい嬉しい。
……あ、霊樹の実、カバンに入れっぱなし。
明日空いている箱を探して入れておこう。
体が温まったら浴槽から出て、髪や体の水気を大きなタオルで拭いて化粧水を顔にいっぱいつけた。
それから下着や肌着、寝間着を着て、髪に香油を塗っておく。
ついでに洗面所で歯も磨いておく。この時間なのでもう何か食べることはないだろう。
廊下に出ると壁のランプに明かりが灯されていた。
わたしが入浴している間に明かりを入れて回ってくれたようだ。
ランタン片手に室内履きをペタペタ鳴らしながら居間に向かうと、セレストさんが窓を開けていた。
「二週間も空気がこもっているので、少し風を通しておきますね」
「うん」
「寒くないですか?」
「大丈夫」
ランタンを小さなテーブルに置く。
絨毯の上に座れば、セレストさんがこちらに来てわたしの後ろで膝をつき、髪を乾かしてくれた。
それが終わるとセレストさんが立ち上がる。
「では、私も汚れを落としてきます」
「うん、ありがとう。いってらっしゃい」
セレストさんが居間を出ていく。
それを見送り、絨毯から窓辺に移動した。
夏だけど、お風呂上がりだからか夜の風が気持ちいい。
……エルフの里の家のほうが温度は快適だったかも。
やっぱり夏なので少し暑い。
窓辺で涼んでいると部屋の扉の開く音がした。
振り向けば、戻ってきたセレストさんが近づいてくる。
「……ああ、風が心地好いですね」
ふわりと窓から吹き込んだ風にセレストさんが微笑む。
「一応、私の部屋のベッドはシーツなどを交換しておきました。今日、明日眠るくらいなら問題ないでしょう。……やはりセリーヌ達がいないと困りますね」
「明日、ご飯ないね」
「たまには外食で済ませるのも悪くはないでしょう」
セレストさんが小さく笑い、わたしも笑って頷いた。
「さあ、そろそろ窓を閉めましょう。夏とはいえ夜風に当たりすぎると風邪をひいてしまいます」
セレストさんが窓を閉めて回る。
その後ろを何となくついて歩きながら、セレストさんに声をかけた。
「あのね、セレストさん、今回のことは全部ウィルジールさんに話していいよ」
「え?」
セレストさんが驚いた様子で振り返った。
「ウィルジールさんはセレストさんの親友だし、わたしも信用してるし……霊樹の実のことを話さないといけないなら、セレストさんが伝えたほうがいいと思う」
「良いのですか?」
「うん。それと、もし必要ならシャルルさんにも話していいよ」
セレストさんはわたしのほうに体ごと向くと、膝をついた。
「ありがとうございます、ユイ。……ウィルは大切な親友なので、あまり隠し事はしたくないのです」
「わたしもディシーには隠し事はしたくないから分かる」
わたしの手を取り、セレストさんが嬉しそうに微笑んだ。
やっぱり、ウィルジールさんに今回のことは伝えたかったようだ。
「それにウィルジールさんも王族だから、竜王陛下にだけ伝えて黙っていたら、ウィルジールさん、きっと不機嫌になるよ」
わたしの言葉にセレストさんが目を瞬かせ、そして小さく噴き出した。
「確かに、ウィルなら『何で教えてくれなかったのか』と不機嫌になりますね」
「だからセレストさんが教えてあげて」
「はい、お気遣いありがとうございます」
立ち上がったセレストさんに抱き締められる。
「ウィルとシャルルには、ヴァランティーヌと相談してから話します。エルフの里のことでもあるので、私達だけで勝手に話すのは良くないでしょう」
「うん、セレストさんに任せる」
ギュッとセレストさんに抱き着くと、わたしと同じ匂いがした。
同じ石鹸などを使っているから、いつも通りの同じ匂いがなんだか嬉しい。
ゆっくりと体を離したセレストさんが微笑む。
「そろそろ休みましょうか」
それに「うん」と頷き返す。
旅は馬車に乗っているだけだったけど、意外と疲れた。
セレストさんの部屋に行き、セレストさんが開けていた窓を閉める。
ベッドに横になったセレストさんが、薄掛けを持ち上げてシーツを叩いた。
わたしも室内履きを脱いでセレストさんの横に寝転がれば、薄掛けがかけられる。
もぞもぞとセレストさんに近づいていると優しく抱き寄せられた。
普段抱き締め合うのも好きだ。でも、寝る前のこの時間もすごく好き。
セレストさんの胸に額を押し当てるとゆっくりとした鼓動が伝わってくる。
同じ石鹸を使っているのに、化粧水か何かの匂いなのか、少しだけわたしとは違う匂いがする。
くっついているとすぐに眠くなってしまうのは、セレストさんの腕の中は安全だと分かっているから。
温かくて、心地良くて、長い腕にすっぽり囲われるとすごく落ち着く。
うとうとし始めたわたしの頭をセレストさんの手が優しく撫でてくれる。
「明日は一日、ゆっくり過ごしましょうね」
「……うん」
セレストさんの低く、落ち着いた穏やかな声は余計に眠くなる。
「……セレストさん」
「はい」
もう眠くて仕方がないけれど、顔を上げて「ん」と目を閉じる。
それだけでセレストさんには伝わったらしい。
そっと、触れるだけの優しいキスをくれた。
「おやすみなさい、ユイ」
それにわたしは頷き、セレストさんの胸にくっついた。
「……おやすみなさい、セレストさん……」
きっと、今夜も良い夢が見れるだろう。
もし怖い夢を見たとしても、夢の中でもセレストさんが出てきてくれる。
セレストさんと出会ってからは、明日が楽しみになった。




