エルフの里(2)
ヴァランティーヌさんが戻ってきたのは、夕方より少し前くらいの頃だった。
辺りが薄暗くなり始めたところで戻ってきて、呆れ顔で肩を竦めていた。
「まったく、長老達は頭が固くってねぇ。まあ、とりあえず客人対応はしてくれるらしいから、今夜は屋根の下で眠れるよ。食材も必要ならくれるらしいけど、どうするかい?」
「うーん、今は大丈夫だと思う。この時期だから持ってきたものを優先して使いたいし」
「分かったよ。何か足りなければ言っておくれ。アタシがもらってくるから」
ヴァランティーヌさんが御者台に、セレストさんも荷馬車に乗り込み、ゆっくりと動き出す。
後ろからエルフの人達数名が、監視役としてなのかついてくる。
目的地にはすぐに着いた。大きな木の家で、そこは客人用の家らしい。
四人ならまとめて過ごせるそうで、横に馬車を停めて、馬を専用の小屋に入れた。
木の家は本当に『木の家』だった。大きな木の中身をくり抜いて、そこを居住区にしたような雰囲気だった。木製のシンプルな家具があり、意外と家の中は過ごしやすい気温だった。
セレストさんが魔法で天井のランプに明かりを入れる。
「ベランジェールは家に戻ったよ。どうやら両親に黙って出てきたみたいだからね」
「そうなんだ。あ、馬車から荷物出さなきゃ」
「数日はいるかもしれないし、みんなで出しておこうかねぇ」
というわけで、完全に暗くなる前に荷馬車から荷物を下ろした。
木の家は中が三階建てになっていて、一階に食堂兼居間、厨房があり、水回りがあり、二階と三階に二部屋ずつある。それぞれの部屋に一つずつベッドと小さなテーブル、チェストが置かれていた。
わたしとセレストさんは三階を、ディシーとヴァランティーヌさんは二階を使う。
ディシーが一階の厨房で夕食を作ってくれて、部屋続きの食堂にヴァランティーヌさんとセレストさんと三人で集まった。
「話だけどね、結果だけ言うと断られたよ。精霊樹に他種族を近づけるなんてとんでもない、ってさ。その精霊樹が枯れたらこの里も終わりだっていうのに……」
ヴァランティーヌさんが溜め息交じりに言う。
「仕方ありません。私達はこの里では部外者です。エルフは元々、他種族には厳しいですから」
「あれはそんなもんじゃないよ。『過去に奴隷狩りされた可哀想な私達』に酔ってるだけさ。そもそも、この里に生きているエルフの誰も経験していない昔の話を一体いつまで言ってるんだか」
ヴァランティーヌさんが「ああ嫌だ」と鬱陶しそうに手をひらひらと振った。
エルフの里は静かで、独特な雰囲気があり、ヴァランティーヌさんが賑やかなほうが好きだからその静けさが嫌だったのだろう。
「でもね、追い返さないってことは長老達も迷っているんだろうさ」
「ええ、そうでしょうね。もし絶対に許さないというのであれば、今頃私達は街に帰っているはずです。客人として扱うのは『もしかしたら』と思っているのかもしれません」
「そのくせ、自分達からは頭一つ下げられない……自尊心の高い困った種族だよ」
里に来てからのヴァランティーヌさんはどこか不満そうだった。
お盆を持ったディシーが振り返る。
「はいはーい、難しい話はそこまでにして夕食にしよう!」
「ああ、長老達の説得はまた明日にでもしようかねぇ」
「良い匂いがしますね」
ヴァランティーヌさんとセレストさんが微笑み、わたしは席から立った。
「わたしも何か手伝う」
「じゃあこれ、ユニヴェールさんの分ね」
「うん」
差し出されたお盆を受け取り、テーブルに持っていく。
セレストさんの前に置き、戻れば「これはユイの分だよ」と次を渡される。
今日も良い匂いがする、美味しそうな夕食だった。
* * * * *
──…………。
誰かが、わたしを呼んでいる。
よく聞き取れないけど、とてもつらそうだというのは伝わってくる。
『誰? どこにいるの?』
辺りを見回してみると、わたしは森の中にいた。
辺りは大きな木々があり、それには窓や扉があるのでエルフの里だということが分かる。
声はその更に奥から聞こえてくるようだった。
──……こ……っ、ち……。
その声に誘われて森の奥に向かう。
月明かりも差し込まないくらい生い茂った木々の間を歩く。
わたしの周りをホタルみたいな小さな明かりがふわふわと飛び回り、足元を薄く照らしてくれた。
そうして森の奥には不思議な木があった。
まるで水晶でできたような、緑色に輝く木。
家の木よりは全然小さいけれど、普通の木よりは幹が太くて背丈は三メートルくらい。
周囲は柵で囲っており、植物の刺繍が施された布が柵を飾っている。
……綺麗……。
その木の上だけはぽっかりと開いて、月の光が差し込んでいた。
淡い光を反射させて水晶みたいな木がキラキラと輝く。
──……け、て……。
その木から声がする。
『呼んでるのはあなた?』
柵を乗り越え、木に近づき、触れた瞬間にふわりと何かが飛び出してきた。
【お願い、助けて】
耳元で聞こえたのは幼い女の子の声だった。
………………………………。
………………………………………………。
………………………………………………………………。
ハッと飛び起きるように目が覚めた。
思わず耳に触れる。まだ女の子の悲しげな声が残っている気がした。
「ユイ? どうしましたか?」
一緒に寝ていたセレストさんも起きたようだ。
……夢……?
それにしてはまるで現実そのもののような夢だった。
「夢を見て──……?」
言いかけ、ふと何かが聞こえることに気付く。
黙ったわたしに「ユイ?」とセレストさんが声をかけてきたので、手で止める。
…………泣き声……?
どこからともなく、悲しそうな泣き声が微かに聞こえてくる。
「セレストさん、誰か泣いてる……」
「え?」
「……多分、家の外……?」
ベッドから出て、靴を履き、階段を下りる。
セレストさんも慌てた様子でわたしの後を追いかけてきた。
一階に下りるとやはり泣き声は外から聞こえていた。
「ユイ、待ってください。私には何も聞こえませんが……とりあえず、ヴァランティーヌ達を起こしましょう。勝手に出歩くとエルフ達から警戒されてしまいます」
と、言われて頷いた。
セレストさんがヴァランティーヌさんとディシーを起こし、遅れて二人が二階から降りてくる。
その間も遠くから悲しそうな泣き声が聞こえてきて、落ち着かない。
「どうしたんだい、ユイ?」
セレストさんがわたしの肩に触れ、頷くので、ヴァランティーヌさんに泣き声について話した。
「泣き声ねぇ。……アタシには聞こえないけど、セレストは?」
「私にも聞こえません」
二人が首を傾げている。ディシーも「特に何も聞こえないよ」と言う。
しかし、こうしている今も泣き声は続いている。
「ヴァランティーヌさん、森の奥、水晶みたいな木がありますか? 植物の刺繍の布がかかった柵で囲ってある、綺麗な緑色の、幹が太い木です」
「……ユイ、どうしてそれを……?」
「夢で見ました。エルフの里の奥に不思議な木があって、触ったら女の子の声で『助けて』って言われました」
ヴァランティーヌさんが難しい顔をする。
「それは精霊樹だよ。……でも、ユイは精霊樹を見たことはないはず……」
不意にヴァランティーヌさんが顔を上げた。
「もしかして精霊に呼ばれているのかい?」
「呼ぶ……?」
「エルフの中でも精霊に好かれている者は、稀に精霊の声を聞くことができるんだよ。もしくは精霊が気に入った相手に夢を見せたり、声をかけたりすることもある」
……この声が精霊かどうかは分からないけど……。
「すごく悲しそうに泣いてて……行ってあげたいです」
遠くからでも聞こえるくらい大きな声で泣いているのに、誰にも聞こえないなんて悲しすぎる。
特に女の子の声だから、余計に気になってしまう。
「声がどっちから聞こえるか分かるかい?」
「外に出たらもっと分かると思います」
「じゃあ行ってみよう。どうせ監視が外にいるだろうし、長老達にすぐ報告がいくさ」
そういうわけで四人で外に出ると、泣き声は里の奥から聞こえた。
「あっちから聞こえます」
「やっぱりね……」
話していると監視だろうエルフの人達に声をかけられた。
「こんな時間にどこに行くつもりだ」
警戒している彼らにヴァランティーヌさんが返す。
「ユイ……この子が精霊に呼ばれているんだよ」
「まさか、精霊様が人間に声をかけるなんてありえない!」
「アタシも驚いてるさ。……嘘だと思うならついてきな」
ヴァランティーヌさんがわたしを見る。
「ユイ、声のするほうに行ってくれるかい?」
「はい」
そうして、夜の里の中を歩いていく。
夢の中もわたしも同じ道を歩いていた気がする。
セレストさんと手を繋ぎ、夢と同じように月明かりの差し込まない道を歩いていく。
一度夢の中で歩いているからか、足元に不安はない。
ふわりと何かが視界を横切る。
夢の中で見た、ホタルみたいなものがふわふわとわたしの周りを飛ぶ。
夢と同じようにホタルみたいなものはわたしの足元を薄く照らしてくれる。
「小精霊が……」
「本当に精霊様に呼ばれているのか……?」
と、後ろからエルフの人達の声がする。
セレストさんの手を握り直し、更に奥へと進む。
そこには夢と同じように、不思議な木があった。
緑の水晶でできた幹の太い、月明かりにキラキラ輝く、綺麗な木。
植物の刺繍入りの布がかけられた柵に囲われていて、夢と全く同じだった。
泣き声は木から聞こえてくる。
「ヴァランティーヌ! 他種族をこんなところまで入れるとは、どういうことだ!」
怒鳴り声がして、エルフの長老達が駆けてくる。
その後ろからはベランジェールさんと他のエルフ達も来た。
それにヴァランティーヌさんが振り返る。
「どうもこうもないよ。精霊樹の精霊が、ユイを呼んだんだ」
「そんなはずはない! 精霊様はエルフの中でも特別な者しか声をかけない!」
「それは周りにエルフしかいなかったからじゃないのかい?」
ヴァランティーヌさんの指摘に長老達がぐっと押し黙る。
「あの、木……精霊樹から泣き声が聞こえます。小さな女の子の声です」
「……聞き間違いでは?」
「今もずっと聞こえています。精霊樹に近づくと声は大きくなります」
それでも、長老達はわたしを疑っているようだった。
セレストさんからピリッとした空気を感じたので、繋がっている手を握った。
するとセレストさんがこちらを見て、少し困ったような顔で微笑んだ。
大丈夫だと頷き返し、セレストさんから手を離す。
長老達に歩いていくと、三人が思わずといった様子で後退った。
その足元には踏まれて折れてしまった小さな花があった。
暗かったし、慌てていて気付かなかったのだろう。
膝をついて、両手でそっと花を覆う。
「『可愛いお花、綺麗なお花』」
わたしは自分で魔力を操ることはできないけど。
「『頑張って、枯れないで……あなたはまだ咲けるよ』」
心の中でその小さな花を応援して、もっと咲いてほしいと願う。
すると手の中で淡く花が輝き、折れた茎がゆっくりと戻っていく。
俯いていた花が上に持ち上がり、キラキラと輝きながら小さな花弁が精一杯、広がった。
その様子に長老達だけでなく、他のエルフ達も「おお……」と声を漏らした。
足音がして、後ろから大きな手がわたしの肩に触れた。
振り返らなくてもセレストさんの手だと分かる。
立ち上がれば、わたしの足元で淡く光りながら花が咲いていた。
「これでも、ユイの力を疑うのかい?」
ヴァランティーヌさんとディシーもそばに来る。
花とわたしを交互に見て、長老達は驚きに言葉を失っていた。
「ユイ……」
セレストさんが心配そうにわたしを見たので頷き返す。
「大丈夫」
そして、長老達に顔を向ける。
「わたしは人間です。でも、エルフの人達に何かするつもりはありません」
「……人間は我らを奴隷にしようとした」
「……奴隷になるのは、怖いです。四年前までわたしも奴隷でした。グランツェールの第二警備隊の人達に助けてもらうまで、生まれてからずっと……」
セレストさんに抱き締められる。
その腕にわたしは自分の手を重ねた。
「だからエルフの人達を傷付けたり、奴隷にしたりなんてしません」
長老達がジッとわたしを見つめてくる。
「ずっと、精霊樹が泣いているんです。……小さな女の子が、泣いているんです」
「君は精霊様の声が聞こえるのか」
ベランジェールさんのそばにいた男性が、こちらに来て、長老達に言う。
「長老、精霊樹に彼女を近づける許可をください」
「エヴラール……しかし……」
「精霊樹が、精霊様が望んでおられなければ彼女は触れることができません。それにご覧ください。小精霊達が彼女のそばにいる。これは精霊様が彼女を呼んでいるからではありませんか?」
ふわふわとわたしのそばをホタルみたいなものが飛んでいる。
最初は一つだったのに、気付けば今は三つに増えていた。
「今回ばかりは娘の……ベランジェールの予想が当たっているのかもしれません」
「だが、人間の力を借りるなど……」
「それとも精霊様のお声を無視すると? 精霊樹が枯れてしまえばこの里も、森も、おしまいです。このままでも精霊樹は弱って、いずれ枯れてしまいます。可能性があるなら試してみるべきです」
……ベランジェールさんのお父さん?
そういえば、ベランジェールさんの両親は精霊樹の管理をしていると言っていた。
ベランジェールさんも「長老、お願いします!」と言う。
長老達はしばらく悩んだけれど、息を吐くと小さく頷いた。
「分かった、許可しよう。……ただし、近づいて良いのはそこの人間の娘だけだ」
セレストさんが眉根を寄せ、ヴァランティーヌさんがその肩に触れた。
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