エルフの里(1)
翌日、食材を買い足してから村を出発した。
四日目は天気も良く、何も問題なく道を進み、これまで通り野営をした。
村を出て少ししてから、段々と森の雰囲気が変わってきたのを感じた。
木々が太く、高くなり、枝が道を覆って木陰になっている。小動物や鳥の気配も多い。
森の奥に進んでいるのが分かる。
……エルフの里は本当に他の村と離れてるんだ。
そうして五日目。朝に出発して、そろそろ昼休憩にしようという頃のことだった。
「ワイルドボアの群れだよ!!」
と、御者台にいたベランジェールさんが叫んだ。
セレストさんとヴァランティーヌさんが瞬時に反応して、セレストさんは馬車の前方から飛び出して行き、ヴァランティーヌさんは馬車と馬を囲むように防御魔法を張った。
わたしは短剣を、ディシーは長剣を持って、ヴァランティーヌさんと一緒に停まった馬車から降りる。
道の先にはイノシシの魔獣の群れがいた。
大きいのが一匹と、小さいのが四匹。
セレストさんが魔法の詠唱を行い、氷柱のようなものをいくつも生み出し、魔獣に放つ。
大きい魔獣を狙ったそれだけど、イノシシの魔獣は毛皮が頑丈なのか氷柱を弾いてしまう。
セレストさんは気にしたふうもなく次の詠唱を行い、氷の壁で大きい魔獣の突進を受け止めた。
ガキィインッとまるで金属同士がぶつかるような派手な音が響く。
氷壁を避けるように小さな魔獣達がこちらに向かってくる。
距離が狭まってくると、小さくても体調五十センチくらいはありそうなのが分かる。
「アタシが二匹引き受ける! ディシーとユイで一匹ずつ、いけるかいっ?」
ヴァランティーヌさんの言葉にわたし達は「はい!」と返事をする。
両手に一本ずつ短剣を持ち、構える。
一匹の小さい魔獣がわたしに向かって突進してくるのを、横に一回転するように避け、その勢いで魔獣の背中に短剣を滑らせる。
やや硬い毛皮だけど、しっかり力を込めれば切ることができる。
ブモォオッと小さい魔獣が叫び、わたしから距離を取る。
苛立っているのか頭を振り、後ろ足で地面を蹴るとまた突進してくる。
攻撃自体は単調だけど、勢いがすごいから突進されたら大怪我を負うだろう。
もう一度避け、今度は背中に思い切り短剣を突き立てると、悲鳴を上げながら振り払われた。
……今度はわたしから。
駆け出し、小さな魔獣に向かう。
魔獣も駆け出し、互いに向かいあった。
瞬間、ヒュッと何かが空気を切る音がした。
反射的に身を引くのと、小さい魔獣に何本もの矢が突き刺さるのは同時だった。
魔物が悲鳴を上げてその勢いのまま地面に倒れ込む。
空気を切り裂く音が続き、ディシーやヴァランティーヌさんと戦っていた小さい魔獣達にも矢が刺さる。
大きな魔獣の頭を氷柱で刺し貫いたところだったセレストさんがパッと顔を上げた。
その方向を見れば、木の上にいくつかの人影が見える。
「おーい、あたしだよ! ベランジェール!」
と、ベランジェールさんが馬車の御者台から手を振れば、人影達が木の上から下りてきた。
全員、金髪に新緑の瞳をしたエルフだった。男性だけでなく女性もいる。
それぞれに剣を差し、弓を持っていて、彼らが魔獣を射ったのだ。
ヴァランティーヌさんが、先頭のセレストさんのそばまで行った。
「アタシはヴァランティーヌ、バルビエの里に用があって戻ってきた」
「ヴァランティーヌ……ハイエルフのヴァランティーヌか?」
「そうだよ」
エルフ達が互いに顔を見合わせ、それからセレストさんやわたし達を見る。
それに気付いたヴァランティーヌさんが言った。
「この三人はアタシとベランジェールの友人さ」
「……あの子供達は人間か?」
「ああ、人間だよ。そう心配せずとも、あの子達は何もしないさ。片方はアタシの養い子で、もう片方はセレスト……こっちの竜人の番だ」
「お前達はともかく、竜人と人間が何の用で里に立ち入る?」
エルフは他種族を嫌うというのは本当らしい。
冷たい視線を向けられると、何だか戦闘用奴隷だった時のことを思い出す。
あの時は『ゴシュジンサマ』が怖かったけど、今はもう違う。
向けられる視線をジッと見つめ返していると顔を背けられた。
「それについては長老に直接、話をするよ。だから通しておくれ」
「いくらヴァランティーヌの言葉でもそれは──……」
「アタシが責任取るって言ってるんだ、いいからお通し」
ヴァランティーヌさんにしては珍しく強い口調で、相手の言葉を遮った。
「この三人はアタシの大事な客人だよ」
「あたしの客人でもあるんだよ! 大事な要件なんだ。お願いだから通して!」
ヴァランティーヌさんとベランジェールさんの言葉に、エルフの人達がまた顔を見合わせる。
「……分かった。どちらにしてもヴァランティーヌが戻ってきたことは長老達に伝えなければいけない。だが、里の中を勝手に出歩かないと約束してくれ」
「分かりました」
エルフの男性の言葉にセレストさんが頷き、わたしとディシーも頷き返した。
そうして、わたし達は馬車に乗り、エルフの人達の先導でバルビエの村に向かった。
エルフの人達がいるということは、里からそれほど離れていないのだろう。
先に二人のエルフが里に戻っていった。
ピリピリとした雰囲気の中、無言で道を進むと深い森の奥に木のアーチが現れた。
「ここがバルビエの里だよ」
と、ベランジェールさんが言い、木のアーチを潜った。
エルフの里を見た瞬間に「うわぁ……!」と思わずディシーと二人で声が漏れてしまった。
里は一見すると森のように見えるけれど、足元は石が敷き詰められて道となり、左右には大きな木が生えている。普通の大きさの木もあるものの、それ以上に大きな木々が立っていた。
大きな木には窓や扉がついている。大きな木が家だという言葉を思い出した。
「本当に木が家になってる……! すごい……!」
ディシーの呟きにわたしも頷く。
……?
ふと、風に交じって何かが聞こえた気がした。
振り返ってみても木のアーチと馬車があるだけで、誰もいない。
……気のせい?
顔を前に向ければ、セレストさんがわたしを抱き寄せた。
里に入る木のアーチを抜けてすぐが広場のようになっていて、そこにエルフの人々がいる。
武器を持った中年ほどのエルフが複数人、そして中心に初老のエルフが三人──……ヴァランティーヌさんよりも年嵩に見えるその三人のエルフが近づいてきた。
「ヴァランティーヌよ、よく戻りましたね」
「そろそろ帰ってくる気になったか?」
「最近は里の者もだいぶ出ていってしまった……」
しかし、三人のエルフの言葉にヴァランティーヌさんは首を横に振った。
「ベランジェールの手助けに来ただけで、帰ってきたわけじゃあないよ」
「ベランジェールの手助け?」
三人のエルフの一人が視線を動かし、ベランジェールさんを見つけると溜め息を吐いた。
「姿が見えないと思ったら、街に行っていたのか」
「あまりエヴラールとウジェニーを困らせるものではありませんよ」
「勝手に里から出るとは……」
他のエルフの二人も小さく息を吐いた。
それにベランジェールさんがぐっと唇を引き結び、すぐに口を開いた。
「あたしはあたしにできることをするために出たんです! そもそもグランツェールはあたしにとってはもう一つの故郷みたいなもの。いつ行ったって構わないでしょ?」
「何を言う。エルフの故郷は里のみ。他種族の街は故郷ではない」
「そうよ、我ら『森の人』は森から生まれ、森で終わるのが最も幸福なこと」
「……森に住み、森と共に生きることこそ我らの使命」
三人のエルフに、今度はヴァランティーヌさんが溜め息を吐いた。
「長老達は相変わらずだねぇ」
この初老のエルフ達が長老らしい。
その三人の視線がわたしとディシーに向けられる。
「しかし、竜人はともかく人間を里に入れるのは感心しませんね」
「我々エルフを奴隷にしようと狩り始め、最後には数を減らした愚かな種族よ」
「用件は聞くが、早々に立ち去れ」
それにベランジェールさんが眉根を寄せ、長老達の前に出た。
「ユイ達を悪く言うのはやめて! もしかしたら精霊樹を助けられるかもしれないのに!」
長老達は驚いた顔をしてベランジェールさんを睨んだ。
「他種族に精霊樹のことを話したのか?」
「何てことを……しかも、人間に大切な精霊樹について明かすなんて……」
「……愚かなことを」
長老達とベランジェールさんが睨み合う中、パンパンッと手を叩く音が響く。
「愚かなのはどっちだい? エルフ同士でいがみ合って、精霊樹を助けられる可能性を無視するのかい?」
ヴァランティーヌさんの言葉に長老達がチラリと互いに目配せをし合う。
考えているのか、誰も何も言葉を発さない。
苛立ったようにベランジェールさんが言う。
「エルフは精霊樹を守り、森を守る存在ではないんですかっ? それとも『他種族に頼りたくない』なんて自分達の矜持のために精霊樹が枯れてしまっていいって言うんですかっ!?」
「そんなわけなかろう!」
長老の一人が怒った様子で返す。
「だったら、あたしの話を聞いてください! 話を聞いてから考えたって遅くないはずです!」
長老達がまた互いに目配せをして、そして小さく息を吐いた。
「ヴァランティーヌとベランジェールから話を聞く。……その間、貴殿らはここで待て」
長老の一人の言葉に、セレストさんが頷いた。
ヴァランティーヌさんが周囲を見回した。
「アタシの友人であり、客人でもあるからね! 手出ししたら、黙っちゃいないよ!」
と、言うと周囲のエルフの人達は顔を見合わせ、少し下がった。
ヴァランティーヌさんはここでは一目置かれる存在なのだろう。
そうしてヴァランティーヌさんとベランジェールさんが長老達と里の奥に向かっていった。
わたし達は武器を持ったエルフ達に囲まれたまま、広場で待つことになり、かなり居心地が悪い。
「ユイ、ディシー、馬車の中で休んでいてください」
「セレストさんは?」
「私もそばにいますよ」
セレストさんが振り向き、エルフの人に声をかける。
「彼女達は馬車の中にいても問題ありませんね?」
「……ああ」
「だそうです。……先ほどの戦闘もありましたし、一応、治癒魔法をかけておきますね」
セレストさんが詠唱をして、わたしとディシーに治癒魔法をかけてくれる。
それから、わたしとディシーは荷馬車に戻った。
セレストさんは馬の様子を確認して、荷馬車の後ろに来るとそこに立った。
……まるでわたしとディシーを守ってくれているみたい。
外にいるよりかは、荷馬車の中のほうが視線が少なくてホッとする。
「エルフの人達ってヴァランティーヌやベランジェールさんとは全然違うね」
こそりと囁くディシーに頷く。
「グランツェールのエルフの人達より警戒心が強い」
「たまに冷たい人もいるなあとは思ったけど、ちょっと想像以上でビックリしちゃった」
「わたし達が人間だから余計に嫌われるんだと思う」
「やっぱり? ……私達が他の人を奴隷にするなんて、ありえないのにね」
ディシーが少し悲しそうに、困ったような顔で言った。
「みんな、個人じゃなくて種族で見るから。わたし達のこと、知らないだろうし」
「……そっか」
ディシーと身を寄せ合い、毛布に包まる。
セレストさんはこちらに背を向けたまま、馬車の後ろに立っている。
エルフの人達も警戒してピリピリしているけど、セレストさんもそうで、お互いにどう出るのか様子を窺っているのを感じた。
ふわりと風が御者台のほうから吹き抜けていく。
──……け……て…………。
また、何か聞こえた気がした。
ディシーの横から這い出し、御者台の横から顔を出してみた。
辺りを見回しても、今度は何も聞こえなかった。
「ユイ? どうかしたの?」
「ううん……何でもない」
ディシーに返し、顔を引っ込める。
セレストさんも振り返っていたので「何でもないよ」と言って、ディシーの横に戻った。
「このままここで野営かな?」
ディシーの言葉に少し首を傾げた。
「そうかも……?」
「あ、でも里の中だから魔獣の心配はしなくて良さそう」
小さく笑うディシーにわたしも笑う。
ディシーはいつも前向きで、明るくて──……奴隷だった頃もそんなディシーに救われていた。
「今日もディシーの作ったスープが飲めるなら、嬉しい」
「本当? じゃあ頑張るね!」
なんて話をしているとディシーのお腹がグウと小さく鳴った。
そういえば、昼食を食べ損ねている。
ディシーがお腹を押さえて照れたように笑い、立ち上がる。
「確かこの辺に…………あった!」
箱を開けて中から大きめの瓶を取り出した。
キュウリみたいなものが漬け込まれた、多分ピクルスだろう。
この旅の間に何度か食べたことがあるので覚えた。
「ユニヴェールさん、良かったらどうぞ」
ディシーが干し肉をわたしに渡し、セレストさんに差し出せば「ありがとうございます」と受け取った。
ディシーは木串を二本出して、カポ、と瓶の蓋を開けた。酸っぱい匂いがする。
中の、薄く切られたキュウリみたいなものに串を刺して、二人で食べる。
「〜〜っ」
「〜〜っ、すっぱ!!」
ものすごく酸っぱくて、しょっぱかった。
予想以上に酸っぱい上に塩気が強かったので、ディシーを顔を見合わせて笑った。
「ユイ、顔がキュッてなってたよ!」
「ディシーも同じだった」
「あははっ、すっごく酸っぱくて塩気が強いね! ビックリした!」
笑いながらもディシーがもう一欠片、瓶から出して食べる。
ディシーが顔をキュッとさせるので、わたしはまた笑ってしまった。
「酸っぱくて塩からいのに、何だかクセになりそう!」
「うん、でも、食べすぎは良くない」
「そうだね、喉乾いちゃうし」
二人で二欠片ずつ食べて、蓋をして、木串は布で包んで一緒に箱に戻した。
その後は干し肉をかじりながら、ヴァランティーヌさんとベランジェールさんを待つことにした。
……さっきの声みたいなの、何だったんだろう?
もう、今は聞こえてこなかった。
16日にシーモア様にて最新話更新されました( ˊᵕˋ* )
是非ご覧いただけますと嬉しいです!




