里までの旅(2)
夕方になり、道の脇の少し広いところで今夜は野営をする。
ヴァランティーヌさんとディシーが森で薪を集めて、その間にセレストさんが焚き火のための準備をする。ベランジェールさんは馬の世話をしていた。
焚き火を囲むように三脚を立てて、その中心から鎖で鍋を吊るす。すごく便利だ。
「ただいま」
「沢山拾ってきたよ!」
ヴァランティーヌさんとディシーが戻ってきて、今度はディシーとベランジェールさんが夕食作りを始めた。
セレストさんが魔法の明かりで周囲を照らして、ヴァランティーヌさんが防御の魔法を張る。
「これで魔獣は入ってこないよ」
「ほとんどの魔獣は夜間の明かりを嫌うので、大丈夫だと思いますが……」
「この辺りに野盗がいるって話も聞かないし、そう心配しなくても大丈夫さ」
と、いうことらしい。
寝る時は馬車で雑魚寝だけど、ヴァランティーヌさん、ベランジェールさん、セレストさん、わたしとディシーの四交代制で見張りもする。大体二時間ずつ見張るのが丁度良いらしい。
今日の順番はセレストさん、わたしとディシー、ベランジェールさん、ヴァランティーヌさんだ。
ヴァランティーヌさんいわく「年寄りは早起きだから遅いほうがいいんだよ」とのことだった。
わたしとディシーは日付が変わる前後くらいの見張りになるだろう。
ベランジェールさんとディシーが慣れた様子で野菜や干し肉を切り、鍋に入れていく。
「さっき、これも取っておいたんだよね」
ベランジェールさんが大きな葉を持ってきて、洗ったじゃがいもを包んでいく。
「五日も同じ食事だと飽きるから、ポムドテールも持って来たんだよ」
「わあ、いいですね! スープに入れても、蒸しても美味しいし、安いから好きです!」
「分かるよ〜。潰してサラダにするのがあたしは好きだね〜」
ベランジェールさんとディシーが楽しそうに話していて、ヴァランティーヌさんが微笑ましげな顔でそれを眺めている。
しばらくすると良い匂いが漂ってきて、お腹が空いてくる。
「はーい、できました!」
「配るよ〜」
と、二人が木製の器に鍋の中身を入れていく。
セレストさんが器を受け取り、渡される。
……トマトスープだ。
多分、キャベツみたいなものとじゃがいも、ペーストを使ったのか微妙に形が残ったトマト。多分タマネギも入っていて、干し肉も見え隠れしている。
「豪勢ですね」
セレストさんが言い、ベランジェールさんが胸を張った。
「当然。特にユイちゃんやディシーちゃんは人間だからね。あたしら長命種と違って食生活が悪いとすぐに体調に出るらしいし、あたしも美味しいものが食べたいから日持ちしそうな野菜も積んでおいたのさ」
「やけに荷物が多いと思ったらそういうことかい」
「……香辛料もしっかり使っていますね」
スン、とセレストさんが匂いを嗅ぐ。
「言っただろ? 美味しいものがあたしは食べたいんだよ」
ベランジェールさんがさっそくスープを一口食べる。
それに釣られてわたし達も食べてみた。
しっかり味のついたトマトスープに見た目通りの野菜が入っていて、干し肉も細かく柔らかくなっていて、昼間はかなり脂っぽいと感じた肉もこれだと食べやすい。
「お、そろそろいいかねぇ」
ベランジェールさんが焚き火から、葉で包んだじゃがいもを離す。
葉を広げると湯気が上がり、じゃがいも特有の甘みのある香りがした。
じゃがいもは上に十字の切れ込みが入っていて、そこから皮を剥くとベランジェールさんがバターをナイフで切ってペッと乗せる。
「ほら、パンの代わりだよ」
と、全員にじゃがいもが配られる。
熱々のじゃがいもにバターが染みて美味しそうだ。
バターがかかった熱々の上部をスプーンで掬い、息を吹きかけて冷ましてから食べる。
……美味しい!
シンプルな食べ方だが、ホクホクしたじゃがいもに溶けたバターの甘さとほんのりしたしょっぱさがクセになりそうだ。
ふと横を見るとセレストさんが熱々のじゃがいもを普通に持って、躊躇いなくかじりついている。
竜人は体が頑丈だっていうけど、火傷しないのだろうか。
わたしの拳くらいはあるじゃがいもをセレストさんはぺろりと食べ終え、バターのついた唇を長い指が拭う。いつも行儀の良いセレストさんにしては珍しい仕草だ。
でも、すぐに目が合うと照れたような顔をしたセレストさんがハンカチを取り出し、自分の口元と手を拭っていた。
わたしも食事に戻る。スープをある程度食べてから、残りのじゃがいもの皮を剥いて入れる。
トマトスープを吸って崩れたじゃがいもを食べた。これも美味しい。
「セレスト、もう一つ食べるかい?」
「ええ、いただきます」
セレストさんがじゃがいもをもう一つ食べる。
その大きな手で持つとじゃがいもが小さく見える。
けれども、わたしの器を見たセレストさんが微笑んだ。
「その食べ方も美味しそうですね」
「うん、美味しいけど──……」
「ユイ?」
「チーズかけたらもっと美味しくなるかも」
わたしの言葉にセレストさんが「ああ」と笑い、ディシーが「取ってくる!」と馬車に駆けていく。
ディシーが取ってきてくれたチーズを薄く切って、スープの中で崩れかけているじゃがいもに乗せ、セレストさんに差し出す。
「パンみたいにチーズ、炙って」
セレストさんが小さな火でチーズを炙って溶かす。
トマトスープが沁みたじゃがいもと溶けたチーズをスプーンで掬い、食べる。
……うん。
「これは絶対、美味しい」
「私もやってみる!」
そうして、みんなで同じようにしてじゃがいもをスープに浸し、チーズをかけて食べた。
食器の片付けは水魔法が得意なセレストさんとヴァランティーヌさんがやる。
「野営の食事とは思えないくらい美味しかったねぇ」
「遠征の食事もこうだと嬉しいですね」
「いや、食事が美味いと遠征に行きたがる奴が増えて困るから、ああいう時はほどほどが一番さ」
なんて話す二人に、ディシーとベランジェールさんがこっそり拳をぶつけ合って楽しそうに笑った。
すっかり空は暗くなって星が輝いているが、辺りを照らす魔法であまり見えない。
ぼんやり空を見上げていると片付けを終えたセレストさんがわたしの横に座る。
「ユイ、疲れていませんか?」
「うん、大丈夫」
ローブについてもあれこれ言ってしまったけれど、着心地が良くて快適だ。
昼間の暑さの中でもローブの中はほど良い温度に保たれていて、あまり暑くなかったし、馬車の中も前後を開けていたから結構風通しが良かった。
セレストさんに寄りかかると抱き締められる。
ディシーはベランジェールさんと仲良くなったみたいで、ヴァランティーヌさんを交えて三人で楽しそうに話していて、この穏やかな空気がとても心地良い。
「……セレストさん」
声をかければすぐに返事があった。
「はい」
「霊花で作ってもらうエルフの薬、イヴォンさんとシルヴァンさんにあげてもいい?」
「それは構いませんが……良いのですか? 高価な薬になるなら売ることもできますよ」
……売るって考えはなかった。
元はセレストさんからもらったチューリップだから、それでお金を手に入れるのはちょっと嫌だ。
それなら親しい人に使ってもらったほうが嬉しい。
ヴァランティーヌさんは要らないと言っていたので、わたしの知り合いで親しいエルフの人となると、イヴォンさんとシルヴァンさんだと思った。
セレストさんのお母さんも考えたけど、魔法が得意な人と聞いていたし、イヴォンさんとシルヴァンさんのほうがきっと、危険な状況になることが多い。
「うん……必要な時があるかもしれないから」
ハッとセレストさんがわたしを見て、そして微笑んだ。
「ありがとうございます、ユイ」
ギュッと抱き締められる。
近衛騎士になったイヴォンさんとシルヴァンさんは、王族の護衛だけでなく、魔獣討伐の遠征にもよく出る。エルフで魔法が得意だったとしても、剣が優れていたとしても、絶対に安全じゃない。
……もしもの時に、その薬で助かるなら……。
「では、できあがり次第、送りましょうか」
「うん」
わたしがただ持っているより、ずっといい。
* * * * *
夜中、見張りを終えたセレストさんに声をかけられてディシーと一緒に起きる。
これから、わたしとディシーで焚き火の番をしながら見張りを行う。
周りは照らしてあるし、防御魔法もかけてあるし、危険なことはない。
焚き火の前でディシーとくっついて薄い毛布に包まる。
「……何だか、奴隷の時を思い出すね」
囁くディシーに頷いた。
賭博場で奴隷として過ごしていた頃、寒い時はこうして身を寄せ合っていた。
あの頃より、わたしもディシーも成長した。
「ふふっ……あの頃の私に、今の私のこと、教えてあげたいな。……助けてもらって、普通に暮らして、仕事もして、美味しい食事もあって、毎日すごく楽しくて幸せだよって」
「うん」
「……助けてもらえて良かったね」
ディシーに抱き締められて、わたしも抱き締め返す。
「うん」
「ユイ、さっきから『うん』ばっかり」
おかしそうにディシーが小さく笑う。
「ディシーが幸せそうで嬉しい」
「……私もユイが幸せそうで嬉しい」
「両思いだね」
わたしの言葉にディシーがキョトンとして、また笑った。
「あはは、ユニヴェールさんに嫉妬されちゃいそう……!」
「セレストさんは恋愛の両想いで、ディシーは友達の両思いだから大丈夫」
「それなら許してもらえるかなあ」
「多分」
ディシーが焚き火に枝を投げ入れる。
生木だったのか、少ししてパチッと小さく枝が爆ぜた。
辺りを警戒しつつ、二人で焚き火を眺める。
……もう四年も経ったんだ……。
セレストさんに引き取られ、第二警備隊で働き始めてからはビックリするほど毎日が早く過ぎていった。
そして、これからもきっとこんな毎日が続いていくのだろう。
セレストさんがいて、ディシーやヴァランティーヌさん、ウィルジールさんやシャルルさん──……沢山の人と知り合って、関わって、生きていく。
確かに四年前のわたしからは想像もつかないくらい変わった。
「……ディシー」
名前を呼べば、ディシーが振り向く。
「なぁに、ユイ?」
「大好き」
ギュッとディシーに抱き着く。
「ディシーはわたしの、大好きなお姉ちゃんだよ」
それにディシーが笑って抱き締め返してくれる。
「うん、ユイはわたしの大事な妹」
「でも、ディシーは親友」
「『お姉ちゃん』と『親友』って両立できるのかな?」
「できる。ディシーはお姉ちゃんで親友だから」
「あはは、そうだね」
ポイとディシーがまた枝を火に投げ入れる。
「……ユイはいいなあ」
と、ディシーが呟いた。
「私もヴァランティーヌさんに何か恩返しができたらいいのに」
「ディシーは料理とかで恩返ししてると思う」
「料理はわたしができるからやってるだけだし、一緒に暮らしてるからやるのは当然じゃない?」
「そんなことない」
それに、ヴァランティーヌさんはディシーに恩返しがしてほしくて引き取ったわけじゃない。
セレストさんが前に教えてくれたけど、ヴァランティーヌさんは一人で過ごすより、他の誰かと一緒に過ごすほうが好きなんだって。だからディシーを引き取ってからのヴァランティーヌさんは毎日、楽しそうだって。
「ヴァランティーヌさん、ディシーの作った料理を食べる時、すごく幸せそうだよ」
ディシーと一緒に過ごす時間を大切にしているんだろうなって感じる。
「血の繋がりだけが家族じゃないよ」
「……うん」
「ディシーはもう、ヴァランティーヌさんの子だよ」
不意に前の世界のことを思い出した。
病気でずっと入院していたわたしに、お父さんとお母さんはいつも笑顔で接してくれた。
お金のこととか、わたしが死ぬかもしれないとか、色々と不安はあったはずなのにいつも笑顔で、でも裏で二人が泣いていたのも知ってる。
泣きながらも二人は「あの子が生きていてくれればいい」と言ってくれた。
……結局、わたしは死んじゃったけど……。
「ディシーが長く元気に生きることが恩返しだと思う」
「そんなことで恩返しになるのかなあ」
「ヴァランティーヌさんも長生きだから、少しでも一緒にいることが一番大切」
ディシーは目を丸くして、小さく笑った。
「私もユイやヴァランティーヌとできるだけ長く一緒にいたいな」
「あと、ヴァランティーヌさんにもっと料理を教えるのも大事」
「うーん、それは……できるかなあ……」
困り顔をするディシーにわたしは強く勧めた。
「ヴァランティーヌさんが料理できないと、ディシーがおばあちゃんになった時に大変だよ」
「あっ……確かに」
ふふふ、とディシーが笑う。
「毎日焦げた料理か外食じゃあ、体調崩しちゃいそう」
ディシーは空を見上げたので、わたしも釣られて見上げる。
「……うん、ヴァランティーヌに料理、教えなくちゃ」
「レシピの本、作るといいよ」
「そうだね! 帰ったら本買って、沢山書いて残しておく! ……いつか、わたしが死んじゃっても本があれば自分で作れるかもしれないし、わたしのことも覚えていてくれるかも」
楽しそうに笑うディシーにわたしも「うん」と笑う。
……でもね、きっとヴァランティーヌさんはディシーのことを忘れないよ。
だってディシーはヴァランティーヌさんの娘だから。
ディシーが歳を取って、寿命で死んだとしても、ずっと覚えていてくれるだろう。
それでもいいと思ってヴァランティーヌさんはディシーを引き取ってくれたんだ。
「みんなとの時間、大切にしようね」
「うん!」
人間は他の種族より寿命が短いけど、それでも何かは残せるはずだ。
百年が短いなら、その分、濃い百年にすればいい。
毎日沢山の思い出を作って、セレストさんやヴァランティーヌさん達が笑って思い出話をできるくらい、楽しい記憶を残していく。別れがきても寂しくないように。
……十八歳になったら、絶対、番になる。
セレストさんと結婚して、いつか、子供がほしい。
……できれば竜人の子がいいな。
そうすれば、セレストさんは一人にならないだろう。
本日2025年8月5日よりXにて「元戦闘用奴隷」の公式アカウント開始!
是非フォローしていただけると嬉しいです( ˊᵕˋ* )
開設のために描き下ろしイラストまで描いてもらえて、可愛いユイとセレストを見ることができますので!!




