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出会い

 






 どうして、と思った。


 ゴシュジンサマの足がジュウナナバンをけった。


 ジュウナナバンはゴシュジンサマを守っていたのに、ゴシュジンサマがジュウナナバンをたてにした。




「チッ、この役立たずが!!」




 たおれたジュウナナバンのせなかが赤くそまる。


 ゴシュジンサマのうでも少し赤くそまっていた。


 ジュウナナバンをたてにしたけど、こうげきがかんつうしたんだ。


 たおれたジュウナナバンがうごかない。




「殺傷能力の高い魔法を撃つなと言っただろう!!」




 だれか、男の人のこえがする。


 ゴシュジンサマのこえじゃない。




「ジュ、ナ、ナ、バン……?」





 よんでも、ジュウナナバンはこっちを見ない。


 いつもなら「なぁに?」って笑ってくれるのに。


 …………しんだ、の?


 目のまえが赤くなる。


 しぬ、シヌ、シぬ……しぬ?


 ジュウナナバンと、あえなくなる?





「…………ぁ、あ」




 ジュウナナバン。おねえちゃん。





「ぁあああぁあぁっ」





 ゴシュジンサマがジュウナナバンをころした。




「っ、止せ!!」




 だれかのこえがした。


 でも、それよりもはやく、わたしの手からナイフははなれた。


 ゴシュジンサマなんてしんでしまえ。


 ビーッっておとがする。


 くびがいたい。くるしい。いたい。


 でも、ジュウナナバンがいないほうがもっといたい。




「……ジュ、……」




 たおれる。


 ゴシュジンサマも、たおれる。


 ……ジュウナナ、バン……。


 ブチリッておとがして、まっくらになった。








* * * * *









 わたしは日本のごく普通の家庭に生まれた。


 父と母の間に生まれた一人っ子だった。


 でも、生まれた時から体が弱くて、持病持ちで、自宅にいるよりも病院にいる方が長かった。


 風邪を引いただけでも死にそうだったし、持病が悪化した時も死ぬほど苦しくて、治療はいつもつらくて。


 だけど父と母はわたしを責めなかった。


 毎日のようにどちらか、あるいは両方が面会に来てくれて、いつも笑顔を見せてくれる。


 だからわたしも両親の前では笑顔でいた。


 どんなにつらくても、苦しくても、痛くても、父と母が一生懸命働いて、その間に会いに来てくれているのを知っているから、泣き顔なんて見せられなかったし、見せたくなかった。


 毎日薬を飲んで、時には点滴もして、手術も受けて、それでも病は進行していった。


 そうして、わたしは十八歳で寿命を迎えた。


 むしろ十八年よく生きた方だと思う。


 つらい治療を続けられたのは父と母がいたからだ。


 そうでなければ、わたしは続けられなかっただろう。




「お父さん、お母さん、ありがとう……」




 大好きな父と母に見守られながら死ぬことが出来た。


 後悔のない人生だった。


 わたしはわたしなりによく生きた。


 ……でも、次の人生があるなら……。


 次も愛し、愛されて、今度は健康な体になりたい。


 ………………そう願ったけど。


 真っ暗な空間に漂いながら溜め息が漏れる。


 確かに健康な体に生まれ変われた。


 ただし、今のわたしは生まれた時から戦闘用奴隷としての人生が決まっていた。


 今のわたし、ハチバン──戦闘用奴隷八番は両親の記憶もなく、生まれた瞬間から奴隷で、これまで十二年間を奴隷として過ごしてきた。


 少ない食事、ボロ布のような衣服、大勢の同じ戦闘用奴隷達と共に狭い部屋に押し込められて、劣悪な環境で暮らしてきた。


 しかも幼い頃は毎日ゴシュジンサマ──奴隷の主である契約者やその部下達から『教育』と称した暴力を受け、抗えば食事を抜かれたり、更に暴力を加えられたりする。


 七歳になってからは、今度は毎日同じ戦闘用奴隷か犯罪者と戦わせられて、死にたくなければ、嫌でも生き残らねばならなかった。


 悲しいことに八番は身体能力が高かった。


 怪我を負うことはあっても、死ぬほどの傷ではなく、八番はとにかく毎日戦い、本能的に強くなっていった。


 ただ、本能だけで死を恐れていた。


 他の戦闘用奴隷のように死にたくなかった。


 戦うことだけを強要されて、八番は十歳まで言葉も満足に話せない女の子だった。


 ただ戦い、日々を何とか生きていくだけの子供だった。


 だけど十歳の時、戦闘用奴隷十七番が八番の前に現れた。




「あなた、名前は?」




 十七番は八番よりもいくつか歳上の女の子だ。


 そして、十七番も八番ほどではないが、強かった。


 十七番は八番と同じ部屋で過ごしていたけれど、よく、八番に話しかけてくれた。


 彼女は元は外の世界の人間で、どうやら『人間狩り』に村を襲われて、捕まったのだという。


 外のことを彼女は八番に教えてくれた。


 この世界には多くの種族の人が生きている。


 竜人、獣人、エルフ、ドワーフ、そして人間。人間は弱く、最も数が少ないのだと言う。


 本来であれば人間は保護されるべき存在らしい。


 言うなれば、絶滅危惧種みたいなものだ。


 だが、だからこそ、狙われる。


 人間は保護すべき存在だとされているのに、人間を捕まえて裏で売り捌いたり、この八番がいるところのように、戦わせてそれを見世物にしたりしているところもあるようだ。


 それでも、十七番が言うには、ここはそういった中でも最悪な場所らしい。


 十七番は以前にも一度、売人に捕まったことがあるそうで、その時は売り払われる前に街の警備隊に助けられたそうだ。


 人間用の保護法もあるらしいけれど、こういった場所があるところを見るに、あまり有効なものではないのだろう。




「八番は全然喋らないね」




 それは言葉は分かっても、あまり話すことがなかったからだ。


 返事は全て「はい」か「いいえ」しか許されず、それも殆どが「はい」と口に出すことしか出来ない。


 主人の命令を拒否すれば首につけられた隷属の首輪が締まって苦しくなったり、痛みが与えられたりするため、八番は主人にただ従うだけの生き物だった。


 痛みや苦しみを本能的に避けるのは当然だ。


 それからも十七番は八番に話しかけ、少しずつ、八番に喋るということを教えていった。


 八番はそれでもあまり声を出すことはなかった。


 だが十七番のお喋りを聞くのが好きになった。


 しかし、八番と十七番が戦うこともあった。


 そういう時、どちらも容赦はしなかったが、十七番はいつもギリギリで八番に勝っていた。




「私のほうがお姉ちゃんだから負けられないよ」


「……お、ねえ、ちゃ?」


「そう、八番は私の妹分ってとこかな」




 それは八番にとっては不思議な響きだった。


 生まれて初めて聞く言葉だった。


 その日から十七番は八番の『お姉ちゃん』になった。


 八番は意味を分かっていなかったけれど、他と違う十七番に八番は懐いた。


 十七番も八番を可愛がってくれた。


 しかし、主人のしていることは違法なことだ。


 長く隠し続けられるものではない。


 どこかで通報されたのか、その日、人間闘技場に街の警備隊らしき人々が押し入り、摘発が始まった。


 客達が我先に逃げ出し、主人は自分が逃げるために戦闘用奴隷を警備隊と戦わせた。


 奴隷は全員人間だったから、きっと警備隊は手こずっただろう。


 人間を傷付けるわけにはいかないが、このままでは客や闘技場の主人を取り逃がしてしまう。


 十七番と八番も戦いに投入された。


 この世界には魔法がある。


 でも誰もが使えるわけではないらしい。


 特に人間は魔法を使える者が少ない。


 十七番も八番も魔法は使えない。


 そもそも、この闘技場に魔法を使える人間は一人もいなかった。




「捕まえろ! 一人も逃すな!!」




 そんな声に主人は焦った。


 八番と十七番、そして他の戦闘用奴隷に自分についてくるように命じ、逃げようとした。


 戦闘用奴隷である八番達は主人を守った。


 だが警備隊も逃すわけにはいかない。


 そうして激戦が繰り広げられることとなった。


 けれども、大勢の警備隊にたった三人の戦闘用奴隷では太刀打ち出来るはずもなく、一人は取り押さえられ、十七番と八番はそれでも必死に戦った。


 そんな中、警備隊の一人が痺れを切らしたのか殺傷能力の高い魔法を放った。


 主人はそれに気付き、一番近くにいた十七番を掴むと、自分の盾にした。


 複数の風の矢は十七番に突き刺さった。


 それなのに、主人は十七番から手を離すと、その頭を蹴りつけた。


 自分がもう捕まりそうで焦って、正常な判断が出来ないのかもしれないが、それにしても、そんなことをしなくても良かったはずなのに。


 倒れて動かない十七番を見て、八番は初めて『近しい人の死』を目の当たりにした。


 その恐怖に八番は突き動かされた。


 主人への殺意を感じる前に、無意識に八番は持っていたナイフを主人に放っていた。


 隷属の首輪が締まり、苦痛を与えるが、それでも八番のナイフは主人の胸に刺さった。


 最後に八番が見たのは主人がもんどりうって倒れる姿だった。


 そして、きっと八番は死んだ。


 主人を殺そうとすると隷属の首輪が反応する。


 多分、最後に聞いたブチリという音は首輪が八番の首を切断した音だろう。


 ……あーあ、よりにもよって、こんな走馬灯の瞬間に前世の記憶を思い出すなんて。


 八番わたしは目を閉じる。


 わたし、また、死ぬのかな。


 ………………死にたくない。


 そう思うのと同時に誰かの声がした。




「──、─を─ける─だ!!」




 パッと目を開ける。


 真っ暗な世界に一筋の光が見えた。


 体が酷く重たいけれど、何とか立ち上がることが出来た。痛くなければ動ける。


 痛いのも苦しいのも、わたしは慣れている。


 重い体を動かして光の方へ向かう。


 一歩近付く度に声が段々と大きくなる。




「君、──しろ!」


「──開け─だ!!」


「起き──だ!!」




 その声は懸命な響きの男性のものだった。


 まるでわたしを繋ぎ留めるかのように、必死に呼びかけてくる。


 その声に押されて暗闇の中を光へ歩く。


 ……あと、少し……。


 光の中へ手を伸ばす。




「死なないでくれ!!」




 懇願するその声と共に掌を誰かの手が掴んだ。


 同時にグンと光の中へと引き込まれたのだった。








* * * * *









 その人間の少女を見た瞬間、セレスト=ユニヴェールは雷に打たれたような衝撃を受けた。


 セレストは齢三百近い竜人である。


 そして、いまだに『つがい』を見つけられずにいた。


 番とは『神が定めた運命の相手』であり、竜人、獣人、エルフ、ドワーフ、人間、全ての種族、人々には必ず定められた番が存在する。


 しかし全ての者が番を得られるわけではない。


 世界中にたった一人しかいない存在なのだ。


 一生番と出会えない者も少なくない。


 だが、出会えた者も多い。


 そんな者達が口を揃えて言うのだ。




「見た瞬間『番だ』と分かる」




 特に竜人は始祖の血が濃いため、番の存在はとても大事なものだった。


 番がいる竜人は強くなる。


 セレストはあまり番を必要と感じたことはなかったが、憧れがないわけではなかった。


 自分の唯一となる存在。番。


 竜人は番を求めずにはいられない種族だ。


 中には番を得られず、年老いて狂ってしまう者もいるほどだ。


 しかし、その衝撃はセレストにとって幸せなものとは限らなかった。


 衝撃と共に絶望感も覚えた。


 ……ああ、何ということだ……。


 よりにもよって、最も寿命の長い竜人であるセレストの番は最も寿命の短い人間だったのだ。


 長く生きてもたった百年にも満たない寿命。


 しかもあまりにも細く、小柄で、弱々しい。


 どれほど長生きしたとしても、千五百年から二千年は生きる竜人のセレストの十分の一もその寿命はない。


 最悪なことに、その番を目にしたのは、警備隊の一人が殺傷能力の高い魔法を放った後だった。


 魔法が人間を傷付け、隊長が怒鳴り声を上げる。


 それを見た番の少女が動きを止める。


 一瞬、世界が止まったかのようだった。


 そして瞬きする間もなく、番の小さな手が驚くほどの早さでナイフを主人だろう獣人の男に投げつけた。




「止せ!!」




 セレストは思わず叫んだが、そのナイフは獣人の男の胸に吸い寄せられるように突き刺さった。


 番の首からけたたましい音が鳴り、小さな体が傾いた。


 ぶつ、と番の首が千切れかけるのが見え、セレストは本能的に走り出していた。





「『この者を癒せ、ハイヒール!!』」




 走りながら魔法の詠唱を口にし、床へ崩れ落ちかけた番の体をギリギリで抱き留める。


 かかった魔法のおかげか首は何とか繋がっていた。


 何度も何度も治癒魔法を重ねがけする。


 治癒魔法が得意なセレストでなければ、番の首は完全に切断されていたかもしれない。


 仲間の一人が倒れて呻いている獣人の男に駆けて行き、ハンカチに血をつけると、急いでそれを持って来る。


 それを隷属の首輪の後ろに押し付ければ、首輪が二つに割れて外れた。


 更に治癒魔法をかけ続ける。


 地面に寝かせた番は息をしていなかった。


 セレストはすぐに番の顎を上げさせ、気道を確保すると、唇を重ねて息を吹き込んだ。


 今度は仲間が治癒魔法をかけ始めた。




「目を覚ませ、起きるんだ!!」




 セレストは合間に声をかけながら、必死に番に息を吹き込んだ。


 このまま番が死んだらと思うと本当に気が狂いそうだった。




「っ、死ぬな!! 死なないでくれ!!」




 まだ名前すら聞けていないというのに。


 主よ、どうか彼女を連れて行かないでくれ。


 神に祈った次の瞬間、番が咳き込んた。




「息を吹き返しました!」




 仲間の声に安堵した。


 目の前の、小さな体が呼吸している。




「ああ、神よ……!!」




 セレストは思わず番を抱き寄せていた。


 ゴホゴホとむせる口から血が吐き出され、慌ててそれが戻ってしまわないようにハンカチで拭う。


 盛大に咳き込んだ後は、息苦しいようだったが、規則正しく呼吸が行われている。


 弱々しいけれど、生きている。




「じゅ、な……ばん……」




 途切れ途切れの言葉にハッとして見回せば、もう一人の人間の少女も仲間の治療士が治癒魔法をかけていた。


 その倒れた少女の手がピクリと動くのが見えた。


 腕の中の番は何かを探すように視線を彷徨わせ、頻りに「十七番」と言っている。


 番から落ちた首輪には『八』と刻まれていた。


 ……もしかして、十七番とは……。




「すみません、ウィル、あの少女の首輪の番号を見てきてもらえませんか?」


「ああ、ちょっと待っててくれ」




 仲間が頷いて確認し、戻ってくる。




「十七だった」




 セレストは腕の中の番へそっと声をかける。




「大丈夫ですよ。十七番も生きています」




 その言葉に安心したのか番が目を閉じる。


 少し腕の中の重みが増した。




「わ、大丈夫か?」




 慌てる仲間にセレストが頷いた。




「恐らく安心して気を失ったのでしょう」



 

 腕の中の小さな存在をしっかりと抱き締める。


 番に触れた時にセレストはその体温を感じ、同時に言葉に表せないほどの幸福と恐怖を感じた。


 出会った瞬間、失うかと思った。


 もしも別れが来るのだとしても。


 死によって別たれるのだとしても。


 今この瞬間に失うよりはずっとマシだと思った。


 セレストは番を抱き締めたまま仲間を見上げた。




「ウィル、この子は私の番です」




 その言葉に仲間だけでなく、周りにいた他の警備隊員達も固まった。




「えぇえええっ?!!」




 全員が異口同音に叫んだのは、仕方のないことだ。


 まさか竜人のセレストの番が人間だなんて。


 誰もが予想していないことだった。








* * * * *

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この番システムはリスクがありすぎる。 竜人は千年とか生きるのに寿命が合わなさすぎる。人間の番いを得てしまうとたった百年ぐらいで人間の方は死ぬし、喪ってしまったショックで竜人は死ぬんじゃないかな? 竜人…
お姉さんも生きてたか良かったー 自分に余裕がない時でも周りに優しくできる子は幸せになってもらいたいですね。
よかった……もう一人も生きてた…
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