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噓つき


(イチャイチャしているところ申し訳ないけれど、敵がまた来たわ)


言葉とは裏腹に、カレンは大して悪びれた様子もなくいつも通りの洒落を交えて敵の出現を知らせた。

やれやれと腰に手を当てて、敵が出現した方向に指を指す。


(どう見たらイチャイチャしてるように見えるの? ここにきてバグっちゃった?)


そのカレンの余裕の雰囲気から、ミズホは差し迫った危機ではない対処可能な案件だと判断

軽口で返してカレンが指さす方向を睨む。

それでも敵が現れたことに変わりはない。

気持ちを戦闘モードへと切り替えて詳細を求めた。


(規模は1個分隊程、距離は北西に5km、進行速度から接敵まで約40分と推測

理由は分かっていると思うけれど、こちらの位置を把握しているかのように最短距離で来ているわ)

(当然これだよね?)


ミズホは無表情でジョンの足元にあるバックを見る。


(ええ、その型落ち(人型ドロイド)に反応しているはずよ。さっきの交戦で強敵と判断されたのか、分隊規模に増強されたみたいね。

今から私達だけで逃げてしまえば余計な交戦もせずに済むわよ)


私としては避けるにこしたことはないけれど、とジョンを横目にカレンは一言付け足す。


(1個分隊かぁ。ただの操り人形なら苦労せずに倒せそうな気がするけど、確かに面倒くさいかも)

「な、なあ。急にどうしたんだよ」


ミズホとカレンが黙って会話をする横で、慌てたジョンが割り込む。

というのも、一度打ち解けたと思ったミズホが再び威圧を纏い始めたので、気まぐれで殺されるのではないかと思ったのだ。

敵を察知できていないが故の思い違いである。

もちろん彼が状況を把握できないことは当然で、カレンの索敵能力が軍使用のハイスペックな代物であるから早期に発見することが出来ているのだ。

対してジョンも一応それらしい物は所持しているが、カレンと比較してしまうとどうしても子供の玩具みたくなってしまう。

従って、ジョンは自らを殺しに来る追手に気付いていない。


「あ、ごめんなさい」とミズホは1人取り残されているジョンに意識を戻す。


「敵だよ。あと40分もすれば接敵すると思う。あなたを追跡しているみたいだけど、どうする?」

「は?……いや、え!?」


重大な案件をまるで今日の天気を話すテンションでさらっと口にするミズホに仰天した。


一体どうやって見つけたのか

どうしてこちらに来ていることが分かるのか

どうする?とはどういった意味合いで言っているのか

処理する情報が許容量を超えて思考が追い付かない。


「えっと」とあたふたとするジョンに、ミズホはつい口元が綻ぶ。


自分は軍人で彼は素人

今まで身を置いていた環境下では周りが皆軍人であったので、この程度の事案では焦らず即刻対処方法を練り合わるのが基本であった。

しかし、ジョンの反応を見て一般的にはこちらのリアクションが普通なんだと、認識の隔たりに気付かされたのだ。

「どうする」だけでは言葉足らずだと意識を改めて、説明を付け加える。


「1人で逃げるか、2人で戦うのか、どうする? 私はどっちでも良いよ」

「え……えーっと、じゃあ助けてください」


ジョンは僅かに逡巡すると、やがて素直に頭を下した。

一時のプライドなんて捨てても良いから、とにかく命は捨てたくなかった。

先の戦闘に加えて、常軌を逸する索敵能力も保持する自身よりも格上の存在、ミズホ。

初対面で相手の素顔もまだよく分かってはいないが、彼の中では何となくこの人であれば大丈夫だろうという根拠のない信頼が生まれていた。


「オッケー、お姉さんに任せて」

「はい、お願いします」


ミズホにとってはただお荷物が増えただけである。

けれど、頼られたことがほんのりと嬉しくて、損得勘定無しでゴミ掃除の依頼を引き受けた。

その時の顔が天真爛漫な飾りのない笑顔で、威圧を纏った風貌とのギャップにジョンは頬を僅かに赤らめて、何となくそっぽを向いた。

カレンはそれを腕を背中に回して身を前に乗り出し、おや、という表情を浮かべて観察していた。




「助けてくれるんじゃなかったのか! 嘘つき!」


ジョンは心の中で声を大にして叫んでいた。

先程から自分を追ってきたという警備兵から、命を刈り取る雨あられの光弾を浴びていた。

建物の陰に隠れて何とかやり過ごしてはいるが、真横を通過する軽快な風切り音には神経を大いに擦り減らされる。

ミズホの指示で具体的な作戦内容も聞かされず、ひたすら囮を演じることになったジョンは、敵が現れても一向に援護を貰えない現状に裏切られたのではないかと疑念を感じ始めていた。


「聞こえるー?」


そんな一方的な戦闘が開幕してから3分ほど経過して、耳に装着した通信機から漸くミズホの声が流れてきた。


やっとか


声が聞こえてきただけで何も状況は改善されていない。

それでもミズホの声は不思議と不安や恐怖を取り払う効果を育み、ジョンの心に余裕がもたらされた。

はぁと盛大に溜息を吐いて、光弾が飛び交う戦場なのに少しだけ口角が上がる。


「聞こえてる。結構前から撃たれ続けてるから、そろそろ助けてほしい。切に願う」

「うん、任せて。だから私の指示にちゃんと従ってね」

「分かってる」


インカム越しに聞こえるミズホの真剣な声に、今度は口角を下げて真面目な顔に戻る。


「じゃあ、あと少ししたら私が合図を送るから、適当に敵に向かって掃射して。その後は今いる通りの50m先、左側に緑色の看板のお店があるからそこに入って。

建物は絶対に間違えないでね。間違えたら計画を練り直さないといけないから、いい?」

「緑色の看板だな?了解!」


ミスを犯せば死に直結すると言っても過言でない。

そんなヘマで死にたくないジョンは、「緑の看板!緑の看板!」と何度も心の中で失態を犯さぬように繰り返し呟いて、その時まで待機した。




「今!」


光弾が鳴り止み、まるで台風の目の中に飛び込んだような刹那の間

ミズホの咆哮に押されて、指示通りにジョンは狙いも定めずに応射した。

身を乗り出さず、銃口だけ壁から出して適当に弾をばら撒いているので、当たっているのかどうか全く分からない。

それでもミズホも考え無しに指示している訳ではないだろうと思い、無駄に考あれこれ考えることは止めた。


「緑の看板!緑の看板!」


自分の使命だけにひたすら集中し、それから直ぐに全速力で駆けて指定されたお店へと飛び込んだ。

入店するや否や身を隠せそうなカウンターの後ろへ潜み、座り込んで呼吸を整える。

聞こえる音は自身の心臓の鼓動のみ

バクバクバクと普段よりも倍速い動きをしている。

そこまで暑くはないのに、全身は汗だらけであった。

まだ遠くに居る敵の足音なぞ聞こえるはずはないのだが、なんとなくすぐ傍にまで近づいてきているような気配を感じて、不覚にもブルっと嫌な身震いをした。




「入ったぞ」


ミズホはスコープ越しに一連の流れを把握していた。


一直線の見晴らしの良い通り道

一帯を俯瞰できる建物の屋上へ忍び込むと、持っていたライフルを二脚によって重量を地面に預け、うつ伏せの状態で待機していた。

横にはカレンも同じ様にうつ伏せになっていて、ニコニコとミズホと同じ方角、敵を眺めていた。

服装は再びミズホと同じ、灰色の迷彩服、戦闘服5型に着替えを済ませている。

本人曰く(戦闘で私服が汚れるのは嫌だから)とのことだが、それに対してミズホは最早何も口を出すことはなかった。


(お出ましよ。訓練の成果を見せてね)

(うん、まぁなんとかやってみる。状況開始)

(状況開始了解)


天気は快晴 風速は3m/s 距離は1km強

ミズホにとってこの条件下であれば難易度は高くない。

適度な緊張を保ちつつ、笑顔でカレンに応えた。


ふぅと息を吐いて、右目でスコープを覗いた。

左目も相変わらず開いたままだ。

レンズ上には、カレンが導き出したポイントへの最適解が表示されていた。

ミズホの存在を認識できていないカモ達は、事前に設定された狙撃地点までノコノコと寄ってくる。


300年前に支配を受けた人類の子孫であろう彼、彼女ら

カレンの説明では、産まれてしばらく経過すると、チップを埋め込む処置を施されるという。

そのままAIの指示に従って生きるそうだ。

奴隷として使役され、作業のようにママ(AI)食事(獲物)を持って行く。

一日中、一日中、一日中。

彼らは一生自らでは何もできない人生を送るのだろう。

自分で死ぬことさえ許されない。

ミズホはそんな機械的な人生を歩むその姿を、心底哀れに思った。


彼らに個人的な恨みはないけれど、障害となる存在は排除しなければならない。

恨むならこの状況を作り出した組織と、潰せなかった公安を恨んでくれ。


そして現実世界では表示されていない赤いポイントへ、彼らが足をつけるのと同時に引き金を引いた。

空になった薬莢が横へ吐き出され、カランと軽快な音を立てて散る。

敵はスナイパーが居るらしいと即座に判断、最寄りの建物へ身を隠した。


1人目


ミズホはM88をコンマ数ミリずらし、建物の入口に照準を合わせる。

カレンが周囲の監視カメラとGPSを偽装しているお陰で、敵はこちらの位置を特定しきれていない。

なすすべの無い彼らはきっと……出てきた。


甲高い音と同時に、敵の1人の顔が吹っ飛んだ。


2人目


精妙巧緻な狙撃はこれで完了

飛翔してくる牽制弾を躱すように急いで後方へ下がりM88を背中へ担ぐと、5階の屋上から躊躇なく飛び降りて次の作戦ポイントまで疾走した。




「2人倒したよ。残りは4人。

今のうちにバックを入口からは見えない店の奥の方に置いて裏口から建物を出て。その目の前に民家があるから、適当な場所で隠れててね」

「え! わ、わかった」


ジョンは報告を受けて、知らぬ間に2人も掃討されていたことに驚愕し口をあんぐりとさせた。


一体全体何をどうすればそうなるのか

残りの4人はどうしているのか


非常に興味を注がれたが、命とは引き換えられないので言われた通りにリュックを置いて裏口から脱出し、指示通りの建物へ再度身を隠した。

その間、カレンは付近の監視カメラを偽装し、数分前の映像をひたすら流し続けていた。



ジョンと入れ替わるように全速力で駆けてきたミズホは、ジョンの立て籠っていたお店の正面にある別のお店に裏口から侵入して、外からは見えないようにスタンバイした。

1km強走ったにも関わらず、スーツの補助のおかげで殆ど息切れを起こしていない。

先程の目を見張るような成果にも驕ることはなく、真剣な顔をしてライフルを丁寧に床に置いた。

それから背中に背負っている50式に持ち替えて光弾の装填を済ませると、ついでにポケットから覆面を取り出して被る。


(似合ってるわよ)

(覆面が似合う人なんて、まともな人間じゃないと思うんだけど)


戦闘中だというのに、カレンは何時ものごとくニコニコと冗談を口ずさんだ。

ミズホは表面上いつも通りに軽く返答する。

それでも心の中では先程見た人類の末路を思い出していた。


自分達はお互いに支配、被支配の関係ではなく、冗談を言い合える親友のような関係性を保てている。

今では唯一の心の拠り所。感謝してもしきれない存在。

でも、それをまじめに伝えるつもりは毛頭ない。

きっと調子に乗るに違い無いからだ。


(サポートよろしくね。今度は近距離で相手をするから、いっぱいカレンの力が必要になる)

(任せなさい。あれから私もアップグレードを繰り返して強化したから、意思のない劣化版(AI)なんかに指一本たりとも触れさせないわ)

(劣化版って。他のAI嫌い過ぎでしょ)

(嫌いとか嫌いじゃないとか、最早その次元はとうに越しているわ)


そんなツッコミを入れながら嫌悪感の滲み出たその声色を聞いて、宇宙での戦いに敗れたことが相当気に食わなかったようだと、カレンの気持ちを汲み取った。


ミズホが空気の一部と化して何分と経過して、漸く建物に籠っていた生き残りが周囲を警戒しながら飛び出してきた。

人間から見れば不規則な蛇行を繰り返し、全員が陸上選手のような勢いでジョンが潜んでいたお店へと押し掛けた。

そして、もぬけの殻の建物へ突入すると、何の躊躇いも見せずにそれが当たり前のことだと一斉に銃が光を噴き始めた。

大量の薬莢が地面にばら撒かれて、店内が金色の絨毯の様相を呈する。

カウンターに丸い穴が無数に開けられて、廃墟具合に磨きがかけられた。

その様を、カレンからもたらされる監視カメラの映像を通じて視ていたミズホは、いよいよかと呼吸を丁寧に整えた。


脳が澄み渡ると、建物を出て件のお店の入口まで素早く移動する。

左手はハンドガード、右手はグリップを握りトリガーに指を添えた。

左目を閉じ、右目でドットサイトを覗くと、大丈夫と自らを鼓舞してカレンの情報通りに引き金を引いた。


3発撃ちだして、全ての弾が後頭部に直撃

3人は弾の衝撃をそのまま受け入れて前にうつ伏せで倒れた。

茶色の床が赤色に染まりだす頃、襲撃に反応した最後の1人が振り向きさまに反撃を寄越してきたので、ミズホはクルっと壁に背中を密着させてやり過ごした。


雨のように飛んでくる敵の報復に、ミズホは恐怖心を微塵も抱いていない。

というのも、カレンの補助によって相手の位置が手に取るように把握できているので、チート全開のワンサイドゲーム、負ける気がしないのだ。

対して敵側は、カレンが欺瞞を行っているので、本来自身のAIによって掴めるはずのこちらの正確な位置が掴めていない。

故に敵はカウンターの奥に隠れながら、入口をめがけてひたすら乱射をしていた。

まるで建物が銃を放っているかのような光景を、落ち着いた様子で待機する。

カレンの突入の合図が出るその時まで



(今よ!)


束の間に光弾の嵐が収まった。

恐らく敵はマガジンの交換を行っているのだろう。

カレンから合図を受けたミズホは、反射神経でもって考えるよりも先に体を動かした。

建物内へ最高速で突入すると、勢いそのまま猫のようなジャンプを披露してカウンターに左足を着ける。

さらに一歩踏み込むと右足でバネを作り出して、クラウチングスタートのごとく頭から飛び出した。


空中を華麗に舞い、敵の頭上で1発だけ弾を放つ。

カレンが設定した射線通り弾は眉間を綺麗に貫くと、敵はそのまま血と肉片を伴い、持っていた銃とマガジンを手放して後頭部からゆっくりと倒れていった。


一連の出来事はほんの数秒で終了したが、ミズホはスローモーションの世界にいるような錯覚を覚えていた。

それにより、相手の顔もしっかりと捉えていた。

敵にとって最後の瞬間、自身の真下に居た名も知らぬ彼女は、丁度マガジンを挿入しようとしていた。

しかし、その動作はミズホが現れたことで成し遂げられず、仕舞いには手を止めて頭上の力強いミズホとその正気の無い目を合わせていた。


(状況終了……彼女、最期まで無表情だった。死の恐怖が完全に欠如しているのも考えものだね)


顔に付着した返り血を拭い、カレンに戦闘終了を告げる。


(状況終了了解

そうね、適度な恐怖感も大事よ。ただ、彼女にそれを期待するのも無理な話ね。何せ、どうしようもない無能が彼女を支配しているのだから。

彼女自身に罪は無い。ただ、運が悪いことに、劣化版の下に産まれてしまった。そこには同情するわ)

(……私って人殺ししてるんだよね?)

(定義によると思うわ。意思を持たぬ者を人として扱うか否か。

生命と自由の確保に励み、最低限の幸福すら追求しない者は果たして人間なのかしら。

尤も、彼らに武力行使をしたところでミズホが戦時国際法の処罰を受けることはない。

そもそも彼らから交戦法規を破っているのだからね。

だから難しいと思うけれど、あまり重く受け止める必要はないと思うわ)


詭弁だということはお互い理解している。

けれど、罪悪感を紛らわすには必要な言い訳であった。


(……うん、ありがとう)

(いいのよ、これくらい)

(カレンは私のこと、見捨てないでね)

(当たり前じゃない)


AIチップが発売された時、人類の心がより豊かになることが約束されたらしい

……嘘つき


ジョンへの報告を前に、なんとなく空を見上げる。

さっきまで快晴だったのに、今はモクモクと雲が漂っていた。


ご一読いただき、ありがとうございました。


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