ミズホとジョン
廃れた観光地に2人の男女と1体の死体、そして映像上の女性が1人だけ居た。
一人は空軍仕様の迷彩服、一人は上下黒のスウェットのような佇まい。
さらに頭の一部が吹き飛んだ死体と近未来の立体映像が、明らかに中世ヨーロッパの整った景観を壊していた。
しかし、彼ら彼女らはそんなことは気にも留めず、敵になるか味方になるかの重大局面で対峙し双方の出方を窺っていた。
両者とも銃を手にしているが銃口は向けられてはいない。
即刻交戦には至らなそうだが、とは言え、周囲の空気がピリッと張り詰める。
仮にどちらかが銃口を少しでも上げれば即刻開戦となるだろう。
対峙している女性の方、ミズホは、相手を刺激しないように無駄な動作は一切せず、男の全体を注視していた。
男が攻撃してきた場合、即座に対応できるようにするという意味合いは無論のこと、男の顔が紛れもなく日本人の顔であったことから、相手の素性に興味を惹かれていたのもある。
やっぱりどこからどう見ても日本人だ
ここドイツに生き残りがいるなんて、彼は今までどんな人生を歩んできたんだろう
今この世界で、幸せを享受してるのかな
AIに支配された世界
死んだ街に居た自分以外の唯一の生
幸運にも男は敵対する素振りを見せていない。
殺気すらも漂わせていないが、そもそも威圧できるほど戦いに慣れた戦士ではない素人なのだろうと、これまでの所作と棒立ちの現状から推測
だからこそ、ミズホは多少冒険に出ても不測の事態に陥ることはないと判断した。
「あなた日本人? あ、Bist du Japaner?」
するとミズホは、唾を飲み込む音さえ聞こえてきそうな沈黙の間を唐突に破った。
生い立ちの話
仕事の話
趣味の話
どんな些細なことでも構わないから知りたい、聞きたい、話したい
ミズホの飽くなき探求心が、警戒の黄色信号を進めの青信号へと変えたのだ。
「What? I don`t know what you're saying?」
「え……あぁ英語なのね」
ミズホは驚く
意外だった。
完全に日本語かドイツ語かどちらかで会話が成立するものだと思い込んでいた。
そこに不意に英語を浴びせられ驚きが脳に広がり、一瞬何を言われているのか理解できずにポケーっとしてしまう。
けれど、確かに公用語である英語が残る方が合理的であるし、元々ドイツは英語を毛嫌いしているフランスと違って両方使用できる人が多い国であったから、受け入れられるのも抵抗がなかったのだろう。
そう冷静に動き始めた頭で結論付ける。
「ごめんなさい。貴方のことを日本人だと思って話しかけたんだけど、違うみたいね。この辺りに住んでるの?」
「……えぇーと」
男は、今さっき古い言語で話かけられたので、この人は噂に聞く別の都市国家の人だからと、コミュニケーションを半ば諦めた風だった。
それが数秒経って唐突に自身の母国語をかけられたので、まさか会話が通じるなんて、と信じられない物を見たように息を飲む。
例えるならば、街中で外国人に突然、スペイン語、フランス語で話しかけられた後、唐突に流暢な日本語で語り始められる感じだ。
「うん、そう。旧ミュンヘン国に住んでる」
何とか平然を取り戻して、喋れるんだったら始めからそうしてくれ、と心の中でツッコミを入れつつ無難に返答した。
「旧ミュンヘン国って、南に200km進んだ辺りにある都市国家だよね?」
「そうだよ」
「じゃあ日本人じゃないんだね?」
「その日本人っていうのが何か分からないけど、違うとだけは言える」
「そっか……」
ミズホは思いがけず出会えた日本人らしき人物に、ここ最近不幸が続いていたこともあり、久々に幸運が巡ってきたと知らぬ間に勝手に胸を踊らせていた。
でも、どうやらそうではないらしいことが判明。
「そりゃそうだよね」
見当違いだったことに、目に見えて落胆した。
隣ではカレンがあちゃ、と額に手を当てて苦笑していた。
本人は意図してそうした訳ではない。
けれど、男は正面に居る美女が自身の返答を聞いて肩を落としたので、やばい、何か変なこと言ったのか!と慌てて自身の発言を省みた。
殺されるかもしれない
失言だったら急いで撤回しないと
そうは言っても、どう考えても気分を害する台詞は吐いていない。
ではなにが問題なのかと冷静に頭を回転させて、結果、ミズホがその日本人という存在を探しているのだと察した。
「えっと、君はその日本人ってやつなのか?」
続けて、日本人とは自分では対処し切れなかったAI兵を、いとも簡単に倒す実力を兼ね備える集団を指すのではないかと考察した。
こんなに強い彼女が探すのだから、特別な人たちに違いない。
世界を正す希望の集団
もし彼女がその知り合いであった場合、その集団との伝手を得られのではないか
今後のためにも是非とも仲良くしておきたい
このクッソたれた世界で、ようやく自分にツキが巡ってきたようだ。
「うん、私は日本人だよ」
「お目にかかれて光栄です!」
その答えに男は自分の推察に誤りはなかったと、今後の展望に大いに期待した。
内心では冷静な男を務めようと努力するが、自制が効かずに本音が駄々洩れる。
「? でも、貴方も顔でだけで判断するなら十分日本人だよ?」
「……そうなのか?」
しかし、その推察は、ミズホの発言であっけなく間違いであったと判明した。
がシャンと男の薄っぺらい計画がガラスを割るように音を立てて崩れていった。
ガラスの破片が感情を刺激して危うく失笑しかけるのを何とか耐える。
そして再度冷静に考えを巡らせ、その含蓄から彼女が暮らす地域の人の事を指すのだろうと、今度は正しく推察してみせた。
一呼吸置いて、とは言え純粋に彼女と仲良くなるだけでも贅沢なことだと気持ちを切り替える。
普通に可愛いし、スタイル良いし、強いし
……あれ、この人、最強じゃん
「うん。あ、ごめんね? 初対面で突然変なこと聞いて」
「いや、大丈夫。こっちこそごめん」
「なんであなたが謝るの?」
「いや、なんとなく?」
他愛もないキャッチボールで当初よりは和やかな雰囲気に落ち着き、自然とお互い心に余裕が生まれた。
「今さらだけど、助けてくれてありがとう」
「大丈夫。私が勝手にやったことだから」
とりあえず敵ではない存在と接触できた
これは両者の共通認識で、
それとは別に、ミズホは、日本人では無かったけど久しぶりに人と話しができたからまぁいいか、と
ジョンは、降って湧いてきた美人と出会えて幸せだ、とそれぞれ想いを募らせながら、お互い目を合わせる。
ついては「よろしく」と手を握って挨拶を交わした。
赤の他人から、知人への昇格の瞬間であった。
「私はミズホ。……旅人をしてるの。まぁ今はもう帰る途中なんだけどね」
既に2人共銃口は完全に地面を向き、代わりに笑顔を咲かせる。
男は完全に敵ではなくなった。
それでも、ミズホは嘘は言わないにしても、身分は偽った。
馬鹿正直に全てを話す必要はないし、それ以前の問題として、そもそもこの世界で日本軍がまともに機能しているとは思えない。
つまり、今のミズホは住所不定無職の存在なのだが、それを自称するのは抵抗があったので綺麗な言葉で自分を飾ったのだ。
「へえ、そんな危険なことよくできるな」
ジョンは素直に感嘆の声を上げた。
というのも、この世界は都市国家内を除き、基本的には命を脅かす存在が働き蟻のようにウヨウヨしている。
そんな世界で旅をする人物なんて、単に頭がイカれているのか、よほど力に自信があるのかどちらか二者でしかない。
先程の戦闘を鑑みるに、ミズホは後者であるのだろうと判断して、計り知れない努力を重ねてきた結果そう成れたのだろうと、感服したのだ。
尊敬の眼差しを向けたまま、ミズホが自己紹介を終えたようだったので次は自分の番かと口を開ける。
「俺はジョン、流浪人をしている」
「流浪人?」
「流浪人」
「何をする人なの?」
続けて自己紹介を行ったジョンが発した「流浪人」という聞き慣れない単語
職業としての意味を見出せず、ミズホは首を傾げてはてなを浮かべた。
流浪人?
はて、そんな職業ハローワークにあった?
職業斡旋で流浪人を紹介されるの?
「簡単に説明すると、旧人類を討伐したり、お宝を見つけ出して売って、お金を稼ぐ人のことを指すんだ」
ジョンはそんな首を傾げるミズホを見て、やっぱり可愛いな!と心踊り、意気揚々と自分の職業について説明した。
「でもさっきはその旧人類に追われてなかった?」
「……俺はお宝を見つけ出す方だからな。……あと、カフェでも働いてる」
したのだったが、先の失態を指摘されてすぐにバツが悪そうに視線を空へ反らした。
「それよりもミズホさんこそ旅って、こんな危ない世界でよくそんな真似できるな」
自分に都合が悪い話から話題を無理矢理反らしたジョン
「そうかな?」
「うん、凄い。俺には真似できない。でも、あの銃の腕前があれば心配ないか」
「まぁ……そうね」
ついでにご機嫌を取ろうとミズホを褒め称える。
煽てられて嬉しくない人はいない。
よって今なら簡単に挽回できるだろうと期待したのに、ジョンは逆に何故か苦笑いを浮かべられてしまう。
話をすればするほど好感度が下がるこの悪循環
ジョンはお手上げです、と分かりやすく頭を抱えた。
(せっかく褒められてるのだから素直に喜べば良いのに。彼、会話が空回りしているから困惑しているわよ)
そんなちぐはぐなやり取りを交わす2人の横から、長らく黙って突っ立っていたカレンが思うところがあったのか久々に口を開けた。
(でも私の実力じゃないし)
(変なところで偏屈ね。例え私のサポートのお陰だとしても、この私を使いこなせるだけの実力を持っているのだから、ミズホはとっても凄いのよ?
ミズホは十分強いのだから、もう少し自信を持つべきよ)
やけに自己評価の低いミズホに対して、自虐はやめなさいとカレンは優しく諭した。
それから後ろからゆっくりと抱きしめて、温かく抱擁する。
さらに顔をミズホの肩に乗っけると、(分かった?)と自己肯定を求めた。
一連の流れはジョンには全く見えてない訳だが、もし見えていたらこの薔薇の空間に鼻血を出していたに違いない。
ミズホはカレンに密着されながらも、ジョンに不審がられないように素知らぬ顔をしながら(分かった)とだけ言うと、気持ちを新たに会話の糸口を探す。
「あ、そういえば何でジョンは追われてたの?
追われてただけで攻撃を受けていなかったのも気になるんだけど」
「……あ、あぁ。それはこれが原因だよ」
気詰まりした雰囲気の中、会話を切り上げられることなくミズホの方からボールが投げられたことで、少なくとも嫌われてはいないようだとジョンは安堵した。
少しだけ笑顔を取り戻して、それから、その話題が詰まる背中のリュックを下ろして、誇らしげに中身を見せる。
「人型ドロイド?」
中を覗くと、綺麗に折り畳まれた未使用の人型ロボットが詰められていた。
銀色の光沢を放つ外装に肢体の芸術的な曲線美は、高度な技術力によって創り出されたのだと知識が無くても理解できる。
「そう。しかもセデス製の丈夫なやつだ」
「そんなのどうするの?」
「? もちろん売るに決まってる」
ミズホの時代にはこの程度のドロイドなど溢れるほど街中に居たので価値を見いだせなかったが、300年を経たこの世界では設計図はあれど創り出す技術者は減少していたので価値は上騰していた。
故にそれを拾得できたジョンは天にも昇る思いであったのだ。
「あ、もしかしてミズホの故郷だとレアじゃないのか? この辺りは技術者が少ないからこれを売ると大金が手に入るんだ。
まぁ、お金と引き換えに命を張って取りに行かないといけないんだけどさ」
正直に答える訳にはいかず、でもジョンの気分も害したくない。
さて、なんて返答したら良いかとミズホが悩んでいると、ジョンは都合良く解釈をして説明を付け加えてくれた。
その話を聞いて、ミズホはあぁ、と追われていた理由についても何となく察しがついた。
凡そどこかから盗んできたのだろう
そして追手はそこの警備兵か何かで、背中に商品があるものだから攻撃を躊躇していたのかもしれない
ミズホの頭の中で点と点が線となって結び付いていった。
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