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私の神

ひとまず落ち着きを取り戻したとはいえ、全てを受け入れられたかと言われれば、答えは否だ。

元の時代に戻れるのであれば戻りたいし、やり直しが可能なのであればこの事件を回避するために奔走するだろう。

今日ほどゲームのロードが羨ましいと思ったことはなかったと思う。


ミズホはカレンが休息に入った世界でひとり、この空間で唯一清潔が保たれている自身が乗ってきたカプセルに体を預け、ぼーっと1階から青い空を眺めていた。

ひとりでは体を動かす気力は湧かず、とはいえ寝過ぎて眠ることもできない。

体を動かさないのでエネルギーは脳みそを無駄に働かせ、あれこれ思いを巡らす。


人の声が聞こえない

車の走る音も聞こえない


改めて世界が変わってしまったのだなと実感した。

そもそも慣れ親しんだ世界であったのなら、脱出ポッドが民家に突っ込んだ時点でとんでもない騒ぎに発展しているはずだ。

仮にそうだとしたら、目覚めたら牢の中だったかもしれないと、どちらにしてもバットエンドを迎える自身の姿を想像して苦笑した。


「あっ」


ポポポポと数少ない音の発生源が上空を通過する。

鳩のつがい

つがいと言ってもオスとメスのペアとは限らないが、ミズホの目には前後等間隔で飛行する様が仲睦まじいカップルにしか見えなかった。


「……結婚したかったなぁ」


自然と漏れ出た言葉に伴って、一筋の涙が頬を伝った。

思い出すのは幼馴染の顔

ここ久しく忘れていられたのに、夢に現れたその顔は、既にボロボロのミズホの心をさらに抉る。


別れてから何が楽しくて仕事をしているのか分からなくなっていたけれど、こんな事態に陥ってより一層その心境が強まる。

友達も彼氏もいない。

自分は何のために生きているのだろう


ダメだと分かっているのに、ついネガティブな方向に思考が走ってしまう。

心が黒く染まり、ポッド内にある小銃を見やる。


「ねぇ、神様。もし本当にいるのならあいつらがやったこと見てよ。私をこんな目に遭わせたあいつらを。逃げも隠れもできないんだから」


「どうなの? あなたは正義なんでしょ? 過ちを許さないんでしょ?」

(神様なんている訳ないじゃない)


思わぬ返答に、はっと上半身を起こし声を発する主の方に顔を向ければ、訝しむ表情でこちらを窺うカレンが居る。

小馬鹿にするその顔に少しだけイラっとした。


(宗教は、その人の心は確かに救うかもしれないけれど、その人の現状を救う訳ではないと言っていたのはミズホじゃない)

「そうだけど……」

(神様とか宗教とか、そんな非科学的な存在を信仰してどうするのよ)

「いや、本当に信じてるとかじゃないけど」

(そんな物を少しでも信じるくらいなら、今目の前に居る私を信じなさい)

「……」


まったくその通りだ。

反論の余地がなく押し黙る。

そんなミズホの気持ちを知ってか知らずか、カレンの小言は止まらない。


(さっきは『大丈夫』って言うから信じたのに)

「うん、それはごめん」

(まったく、私が少し休憩している間に銃を手に取ろうとするんだから焦ったわよ)

「あ、見てました?」


カレンはミズホの返事には答えず、じっと睨む。


「ごめんって、もうしません」


その視線に堪らず、ミズホは拗ねた子供のように口を尖らせて謝罪した。

そんな主人の態度にやれやれと堪えきれず笑みを溢すと、カレンは両手でミズホの顔を挟んだ。

ただの映像に過ぎないのに、温もりを感じる。


(大丈夫よ、ミズホ。だってミズホは可愛いもの。私が保証するわ)

「なにそれ。意味分かんないんだけど」


いつものくだらないやり取り。

そこでミズホはあぁそっかと、

ひとりぼっちなんかじゃないと理解した。


ありがとうと心の中で感謝する。

口に出さないのはカレンを調子に乗らせないため

と無理やり理由付ける。


「これからもいつも通りよろしくね」

(こちらこそ。もう大丈夫なら、行きましょうか)

「私は大丈夫だけど、カレンは休憩はもう大丈夫なの?」

(えぇ、とりあえずは平気よ。だから出発の準備をしてちょうだい。それからポットの蓋は元に戻しておいてね)

「はーい」


言われてミズホは移動するために、ポッドの中から携帯食料やマガジンなどが詰まったバックと、50式小銃とM88 SWSを持ち出した。

50式は肩に、M88はケースに入れたまま手に持って身支度を整える。


それから目尻に溜まった涙を拭うと、これを最後の涙にしようと心に決める。

これから人生の穴埋めの始まりだ。





2時間程歩いて、ミズホ達は中央駅周辺へやってきた。

カレン曰く敵のような存在は確認できず、スムーズに進行していた。

かつてその美しい街並みによって観光客で賑わっていた街も今は昔

建物そのものは戦火を逃れたためか現存していて造形美は保っているものの、人の気配はなく酷く廃れてしまっていた。


(私が昔来た時はあんなに観光客で溢れてて、写真を撮るときに邪魔だなぁなんて思ってたけど、ここまで居ないと逆に寂しいものなんだね)


ミズホは頭の中でカレンに街の感想を述べる。

口頭から脳内で完結するようにした理由は、人目を気にするようになったからだ。


地球を出発してから長らくひとりきりであったため失念していたが、カレンは他人から見えないので、カレンとの会話は他人からすればミズホが独り言を呟き続けているように見えている。

稀に電車の中にいる歯の無いおじさんみたくなっているのだ。

テロが起きる以前はまだAIと会話をしていると言い訳が通用した。

しかし、この時代にAI持ちが判明してしまうと無駄な争いの火種になる可能性が高いとカレンから指摘を受け、脳内会話に切り替えたのであった。


(そういえばミズホったら、あそこでイチャイチャするカップルに嫉妬していたわよね?)


そう言ってカレンが指差した場所は、かつて男女が鴨と一緒に甘いひと時を過ごす場所として有名だった川岸だ。

物寂しさを滲ませる主人の気を紛らわせるため、カレンはいつも通り冗談を口にした。


(してない! 自分で言うのもあれだけど、飢えて嫉妬することはない程度にはモテる方だよ?)

(そう? まぁそういうことにしといてあげるわ)

(なんかムカつく……)


確かにカレンの指摘通り、未練がましくしばらくしばらく彼氏がいないことは事実だ。

それでも浅ましく嫉妬するほど落ちぶれてはない。

……まあ、羨ましいとか、こんなことしたかったな、とは思ったけど

あぁ、早くもまた涙が零れそうだ。


ふん、と横目で流してふてくされたミズホであったが、嘗て訪れた街をしばし観察していると、あっ!とあるお店を見つけて思わず声を発した。


(あそこのお店、ビスケットが有名だからお土産として買いに来たことあるんだけど、拙いドイツ語でやり取りをしていたら『可愛い日本人のお客さんだからサービス』ってもう一袋追加で貰った思い出があるお店なんだよね。

『また来ます』って言ったんだけど、まさか300年越しに訪れるとは……)

(そうなの、せっかくだし入ってみる?)


足を止め、感慨深くお店を見入るミズホに、カレンはせっかく訪れたのなら、とそう提案する。


(そうね、商品なんて腐っているでしょうけど、思い出のお店だから…)


目ぼしい物など残ってないことぐらい分かっている。

でも、カレンがせっかく提案してくれたのでそれを無碍にするのも申し訳ない。

そう思い、お店へ入ることを決めた。


埃を被った取っ手を引くと、鍵はかけられていなかったのですんなりと入店できた。

お店の広さは住宅街のコンビニほど

はなから期待などしていなかったが、棚に残っている商品はボロボロの状態で、やはり得られる物は何もなかった。

通路や棚は埃を被り、長い年月人が訪れていないことが窺える。

それでも懐かしそうに辺りを見回すミズホに、カレンはしばらく話さない方が良いだろうと気持ちを汲んで黙って後ろを付いて歩いた。




(もう大丈夫、ありがとう)


数分程経過し、ミズホはやや寂しさを含めた笑顔で店を出ようと言った。


(分かったわ)


それだけ言ってカレンはニコニコといつも通りの笑顔を向けた。

床に置いたケースを持ち上げ、時の止まった思い出の店を出ようと取っ手を掴んだ瞬間


(待って。やっぱりお店の中に居た方がいいわ)


急にカレンが店の外、ある方角を睨みつけて店をでることに反対を示したので、ミズホは敵が現れたのだと判断し、瞬時に50式銃を手に取りそちらへ身構えた。


(どうしたの!? 敵?)

(1人は敵で間違いない、AIの反応をキャッチできるわ。

ただもう1人は敵か味方か分からない。少なくともAIでは無いから生き残りの子孫かもしれないわ。

まだ視認できる距離にはいないけれど、2人ともこちらに来ているから、念ため隠れてやり過ごしましょう)


即座に戦闘になることは無い

ミズホはそれが分かり肩の力は抜けたものの、気を引き締め直して再度戦闘に備える。


(分かった。こっちに来るってことは、私達の存在がバレたって可能性は?)

(いいえ、恐らくその可能性は低いわ。

私にその類の攻撃を仕掛けてきている痕跡は見つかっていないから、問題なく存在を隠し通せるはずよ)


ミズホの脈拍等から緊張が垣間見えたので、そこまで重大な事案には発展していないと、カレンはミズホの緊張を解すように優しく余裕のある声色で答えた。

分かったと頷いた後、ミズホは敷居の後ろへ下がり、状況把握のためそこから外を眺め始める。


初日から敵に遭遇するなんて

改めて自身の運の無さに辟易した。




2人の男性が現れたのはそれから間もなくのこと

1人は焦った表情を浮かべ、必死に走って逃げているように見える。

恰好は上下黒の服装で、他にはリュックだけを背負っていた。

彼は時折後ろを振り返り、光線銃を2、3発発射させ、再び走り出すという作業を何回か行っていた。

もう1人の男は感情が全く窺えない顔をしていて、動き方もどことなく機械的だ。

背中には数多の銃火器を背負い、前を走る男を追跡していた。

その様子を店内から観察していたミズホは険しい表情を浮かべる。


(命がけの鬼ごっこをしているみたいね)

(命がけの鬼ごっこて…遠い昔の映画にそんなものがあったわ。

ミズホはタカハシだから関係なさそうね。まぁでもサトウ、スズキが駆逐された後に討伐の対象になるかもしれないけれど。

でも安心しなさい、仮にそうなったとしても、この私のサポートでちゃんと生き残らせてあげるわ)

(……何の話をしているの?)


二人は見つめ合った。

ミズホは半眼で、カレンはあれ?という表情を浮かべて

そして、ミズホは毎度のことだからと視線を外へと移す。


ミズホとしては真面目な話をしていたつもりであったが、カレンはミズホが冗談を言っているのだと勘違いをしていた。

カレンにはそんな意図は無かったが、結果としてミズホは適度に保っていた緊張もすっかり無くなり、険しかった表情も呆れたものへと変わってしまった。


(それはそうと、追われている彼は助けるの? 追手は私達の敵だけれど、追われている彼の方は分からないわ。

私としてはミズホの安全さえ保たれれば、どちらでも構わないけれど)


主人の態度から、自分はどうやら何かが間違っていたようだと気付き、話題を自身の仕事へとすり替える。

表情は相変わらず余裕の微笑みを浮かべていた。


(うーん、人としては助けることが正解なんだろうけど、自国民でない以上契約もないし助ける義務は存在しないよね。

しかも下手に人と関わって私がAI持ちと露見する恐れがある以上、接触を回避するほうが無難? 

でも、助けた人から情報を聞き出すこともできるかもしれないし……もう少し様子を見てから判断する方向で)


ミズホは元からある人を助けたいという気持ちと、自分が死ぬ確率が高まる行為は避けたいという気持ちで天秤が拮抗していた。

どちらが最適解か判断に迷い即断できないことは軍人として失格だとは思いつつ、結局は流れに身を委ねることにした。


(了解)


カレンはそれだけ言うと表情は笑みを浮かべたまま、しかし裏で戦闘になった場合を想定して、風向きや風速、湿度等の必要な情報を即座に表示できるようにサポートを開始していた。




それから直ぐに二人の男が鮮明に表情を確認できるまで近くにやってきた。

二人の形成はそのままで、追手は坦々と、追われる側は必至で逃げている。

ミズホは窓越しに追われている側の男の顔を確認すると、信じられないものを見たと驚いて目をぱちくりさせた。

カレンもミズホの視覚情報から男を視認すると、同じくおや、と意外そうな表情を浮かべた。


(…日本人?)

(少なくとも見た目はそうね、中身は分からないけれど。それを踏まえてどうする?ミズホ)


焦って走っている男の見た目は日本人そのもの。

男はミズホと同じような短い黒髪で、鼻がやや高そうに見えた。

身長は180cmくらいだろうか

年齢は20代前半と思われる。


依然なぜ追われているのか、敵か否かは不明であったが、ミズホの天秤を傾かせるのには大きな錘であった。


(助ける方向で。安全をとって少し離れてから狙撃しましょう。助けた後、襲われても良いようにね。

カレン、サポートをよろしく!)

(承知。攻撃対象ベータをM88にて狙撃し対象アルファを救助、その後対象アルファの言動によってはアルファも攻撃対象へと変更

ミズホの視覚情報に戦闘情報をリンクさせたわ)


カレンのサポートによってミズホの視界にはカレンの他に、先ほどからカレンが集めていた各種情報が映像として表示された。

それを確認してから問題ないと頷くと、ケースからM88を出してすぐさま組み立てる。

慣れた手つきは訓練の賜物で、数十秒で安全装置を外してトリガーを引けば弾が発射される状況が整った。

銃を手に持つとミズホは宣言する。

(状況開始!)



カレンの報告通り、男二人はカレンが身を隠しているお店など見向きもせず、目の前を走り去った。

二人が駆けて行った後、カレンの合図で音を立てず静かにミズホは店を出る。

荷物は銃と腰のベルトにかけたエネルギーの詰まったマガジン以外、すべて店に置いてきたので身軽だ。

ミズホは戦闘モードの真剣な眼差しであるが、口角はやや上がっていて挑戦的な小悪魔みたいな表情を無意識に浮かべていた。


ふぅと少し息を吐いてから銃を構え、左目を閉じて右目でスコープを覗く

スコープ上ではカレンが示した赤い射線が対象まで伸びている。

距離は200mほど

この程度なら立射でも十分だと判断し、セレクターレバーを下げる。

続けて両目で、左目は直接対象を確認しながら、右目はスコープでカレンのサポート受け取る。

再び小さく息を吐き精神を整えると、躊躇いなく引き金を引いた。


カレンのサポートでさらに強化を受けている強化服によって、反動もゼロ

射線通り光弾ははじき出された。

発射音と追手が倒れるのは同時であった。

狙い通り、頭に当たった男は血しぶきをあげて倒れ、しばらく身体を痙攣させていたがそれも次第に収まりを見せた。


(お見事、対象ベータに命中したわ。300年振りとは思えないブランクの無さね)

(ううん、カレンのサポートが無ければ無理無理)

(そんなことないと思うけれどね)


カレンは見事初弾で対象を仕留めた主人を褒め称えたが、当人はAIの賜物であると考えているためそこまで嬉しそうではなかった。

しかし、今回の狙撃は実際にはミズホ本人の実力が大幅に占める。

確かに右目でカレンの射線も視ていたが、射撃に使用した射線は左目で見ている現実からであり、対象との距離を目測し、カレンの情報を基に無意識に最適解を出していた。

カレンはそのことを理解していたが、下手に口を出して感覚を鈍らせるのは悪手だと判断し、深くは追及しなかった。




「な、なんだ!」


追われていた男こと対象アルファ

彼は突然の状況の変化に思考が追い付かない。

分かっていることは、何やら後ろにいる灰色の迷彩服のようなものを着た人物が、追手を倒してくれたということのみ。

その人物も敵かどうか判別がつかない。

下手に動いて自分も撃たれないようにするべきか、もしくはすぐにでも逃げるべきか判断に迷っていた。

困惑を浮かべ立ち尽くしていると、その人物が銃を下してこちらに歩み始めた。


(少なくとも敵ではない…?)


そう考え、ひとまずはこちらも相手を刺激しないように銃を下し、その人物が近づいてくるのを待つことにした。



次回も2週間以内に頑張ります。

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