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卑怯の王

(そうよ。その悪い話だけれど、ミズホが寝てから目覚めるまでだいたい…300年近く経過したわ)

「ッ!」


その衝撃的な報告に絶句し、ミズホは瞬きはおろか呼吸まで停止してしまったかのようであった。

続けてどうしようもない虚無感に襲われて、廃墟の中で手をだらんとさせて1人棒立ちになる。

夢の続きであってくれ!

ミズホは強くそう願うも、カレンの真剣な眼差しを読み取ってこれは現実なんだと理解した。


嫌だ、なんで?

なんで私? 

なんで私がこんな目に遭わなければならないの? 


何かした?

何をした?


知り合いは誰も居ないの?

誰も?

1人も?


誰か、誰でもいいから

助けて なんとかして


本当に嫌だ 

嫌だ

嫌だ

嫌だ

嫌だ


無理、嫌だ……死にたい



怒りや悲しみ、様々な負の感情が心の中で巨大な渦を巻いていた。

ミズホの人生でここまで深い闇に落ちたのはこれが初めてで、制御が利かない。

どす黒い感情に連動するように、心臓の音が太鼓を高速で打ち付けているみたいに響渡たる。

爆発するのは時間の問題だろう。

それでも何とか踏みとどまっているのは、彼女の優秀さの所以であった。


変えられない過去、救いようがない現実、先の見えない未来

いくら科学が発達しているとはいえ、タイムマシーンなど存在しないのだ。

もう自分が、家族が、友人達が生きていた時代には戻れない。

やり直しは利かない。

その確かな事実が感情を煽り立てて、心が限界を迎えようとしていた。

行きつく先は死


「……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい」


何故だろうか

堰を切ったように涙が溢れる。

1滴零れ落ちるともう止められない。

どこへ向けたか分からない謝罪の言葉と共に足が震え、身体を支えきれなくなり膝から崩れ落ちて小さく丸まる。

埃が溜まった床に水溜りが出来た。


(ミズホ)


そんなミズホの滲む視界の端に、いつもより柔らかい声色のカレンが映り込んだ。


(悲しいわよね。虚しいわよ)

「……」

(それに悔しいし憎いわよね)

「……」

(分かる、分かるわ。辛いわよね、私も辛いわ)

「……分かるって、カレンに私の何が分かるの? AIでしょ? 所詮人口知能でしょ? 機械が人の気持ちを理解できるっていうの!?」

(……出来過ぎた発言だったわ。ごめんなさい)


言った後、赤く腫れた目をカレンの方へ向けて、はっと我に返る。

そこには申し訳なさいっぱいの悲しそうな笑みを浮かべるカレンが居た。

本気でそう思った訳ではなかった。

けれど胸に秘める負の感情を堰き止められず、ミズホはついカレンに八つ当たりしてしまったのだ。

カレンは何も悪くない。自分と同じ被害者なのだから。

そんなことは分かっている。

それでもすぐに「ごめんなさい」の言葉は発せられなかった。


(確かに私はミズホの本当の気持ちまでは分からないわ。だから、ミズホの想いを聞かせてほしいの)

「……うん」

(私はミズホのことが好きよ。そんなミズホが居なくてなってしまったら、きっと私はおかしくなるわ)

「……うん」

(ただの我儘に聞こえるかもしれないけれど、とにかく生き残ってほしい)

「……うん」

(ミズホは今何を思ってる?)

「私? 何をって……」

(その気持ちを無くせとは言わないわ。でも……それでも、これからも一緒に歩めないかしら?)


カレンに問われてほんの僅かに残っていた理性が、危機的な状況、ダムの決壊を察知した。

渦に飲まれて流されるまま最底辺まで辿り着いた時

ミズホはふと、客観的に自分の心の状態を把握できた。

このまま行くと、ショックから発作を起こして死ぬ

たぶん死んだら楽になる 現実から逃げられる

でも本当に死にたいの?

いや、1度負けたからって無様に死にたくなんかない


「こんなクソみたいな世界で死んでやるもんか」


明日自分がどこに居るのか分からないし、何をやっているのかなんて想像が付かない。

もしかしたら、物乞いをしてるかもしれないし、身売りしてるかもしれない。

それでも、自分をこんな目に遭わせた連中は懲らしめたいと思う。


絶対に許してやらない

思い返すとイライラしてきた

許さない

クソ クソ クソ!


「クソがぁ―!」


あらん限りの大声で叫び散らすと、ミズホは胸に手を添えて心を掌握する。

それから徐に立ち上がると決意を新たに今度は頬を両手でパシッと1度、本気で叩いた。

真っ赤になってヒリヒリとする頬を気にもとめないで、深い深呼吸をゆっくり行う。

最後に「もう大丈夫」とカレンに向き合った。


「さっきはごめんね。本当はあんなこと思ってないから」

(えぇ、分かっているわ。私は大丈夫よ。ミズホが死んでしまうことと比べたら些細なことだわ)


ニコニコとカレンは笑顔を浮かべている。

自分のことをこんなに大切に思ってくれる人がいるならば、頑張って生きようと心に誓う。


「300年って年月は、間違いないんだね?」

(えぇ、私が継続的に記録していたから間違いないわ。

その間可能な限り情報を収集して、このふざけた災いを創り出した原因も突き止めたわ)

「教えて」


それから、ミズホはカレンに言いたいことが他にも山ほどあった。

だが、ひとまず事態を把握することに努めるため、カレンの報告をすべて聞くことにした。


(始めに各国の衛星が私達を攻撃してきた理由だけれど、【AIから人類を守る会】を名乗る組織によるテロの結果だったわ。

どのように開発したのかはデータが完全に抹消されていて不明だけれど、ウイルスを先行して世界中にばら撒いて地上のすべてのAIに潜伏させたところで、ウイルスが起動する暗号を発信したらしいわ。

AIが指示を出せる機械類はもちろん、人に埋め込まれたチップまで掌握されて一瞬で自我を失いただの物へと成り果ててしまったようよ。

つまり人類の6割がその時点で死亡してしまったのと同義ね。

衛星を管理していた人間も恐らく支配を受けて地球に接近する船を全て攻撃するように設定したのだと思うわ。

こんな大がかりな作業、組織は相当前から準備に勤しんでいたようね)


静寂の空間に、カレンの溜息が大きく響いた。

その淡々とした報告を聞き終えて、ミズホは再び驚愕する。

加えて、そんなことが可能なのかと訝しんだ。


(具体的にどんなウイルスなのか、プログラムの解析とそれに対するセキュリティー構築は時間があったお陰で完了しているわ。

仮に今後同様の手口が行われても、少なくともこの私が乗っ取られることは99.9%あり得ない。安心して。

……でもAIが人を支配したのに私を信じろというのも難しいわよね)

「大丈夫、私はカレンのこと信じるよ。

私のこと好きなんでしょ? 私も好きだから。

もし裏切られたとしても、それは見抜けなかった私の実力のせいだから仕方ない。

だから今まで通り、私のサポートをお願い、ね?

いずれにしても、カレンのサポートが無ければ私はこの世界で生き抜くことは不可能でしょ?」


そんなカレンの表情を見てやりきれない気持ちは依然としてあるものの、AIというよりも親友に近い存在だと考えている彼女に辛そうな顔をさせたくないと、ミズホは無理矢理笑顔を作りだしそう答えた。


(ありがとう、サポートは任せて。誰にもミズホを傷付けさせないわ)


カレンにとっては喜ばしいその返答を聞いてその大きな胸を張り、任せなさいといつも通りのニコニコとした顔に戻った。

その顔を見てミズホは深い安堵を覚えたのと同時に、冷静に考えて、カレンが300年もの間自分が起きるまで待ち続け、そればかりか情報収集まで抜かりなくやってのけていたという事実に思い至り、その偉大さに感服した。


「ありがとう、カレン」

(? どういたしまて?)


感謝の言葉は自然と出た。

短くない時を共にして、さらに今回の事件も含めてカレンは他のAIとは違う、というより、最早AIを越えた存在だと、ミズホは認識を新たにした。

そのカレンとしては、サポートを行うことは当然の義務であり、AIが信用を失った現状においても自分を信じてくれる主人に対してむしろこちらの方が感謝すべきだと判断していたので、何故感謝の念を向けられたのか理解できない不思議そうな顔をしていた。



その後、ミズホはカレンからの報告を受けて、世界と自身の現状について把握した。

人類はチップを移植しなかった4割がAIの支配を受けずに済んだため、まだ生き残っている。

しかし、残りの支配を受けた6割の人類と機械の攻撃を受けてその数は大幅に減少。

生き残りは新たに都市国家(ポリス)を創造し、生存と再発展を目指してAI軍と戦争を継続している。

原因を創り出した組織は最後、日本に拠点を置いていたようだが、現在は行方が掴めないそうだ。


そしてなぜカレンが影響を受けなかったのか

それは、地球から惑星へとワープ中に、外部との通信が完全にシャットアウトされていたからとのこと。

つまり、暗号を聞いていなかったので、ウイルスが反応しなかったのだ。

ネットワークを一定期日遮断した結果、AIチップを埋め込んでいても助かっている人がミズホ以外にも存在する可能性はあるそうだ。

ただし、事件から既に300年以上経過しているため、その人達も生存している確率は限りなく0%に近い。

その上で今後の方針をどうするか、カレンは尋ねた。


「…そうね、形はどうであれせっかく生き延びたのだから、自殺とか無駄死にするつもりはない。

お父さんとお母さん、それと友達、上司や部下達にはもう少し待ってもらいましょう

とりあえず、当面の目標は日本へ帰ること。

でもその前にその都市へ立ち寄って、必要な物を調達する方向で」


ミズホは眉間に皺を寄せしばし考え込んだ後、視線を空へ向けて力強くそう決意を表明した。

その表情に悲観はもう存在せず、朗らかな笑顔さえ浮かべていた。

そして小さくstairway(天国) to heaven(への階段)はどこにあるんだろう……と一言呟いた。


(承知しました。最寄りの国家は……ミュンヘンの方ね。ここからだと200km近くあるわ。

本格的に移動をするのであれば、移動手段を確保した方が良いかもね)


本心はどうであれ、主人に活気が戻ったことを確認すると、カレンは嬉々として即座に仕事を開始する。

嘗て人類が張り巡らしたネットワークを活用し、即座に目的地を探し出す。

無論、逆探知等の害を及ぼす可能性がある存在に対して、警戒することに抜かりはない。


「いや、しばらくは徒歩で移動しよう。

街がどうなっているのかこの目で確認したいし、あまり期待はしていないけど、日用品なんかも回収できれば良いなと思って。

……私、300年近く同じ服と下着を着ている訳でしょ?普通に考えてまともじゃないよね」


そう言ってミズホは自身の恰好を確認して、不快そうな顔をした。


(ポッド内は清潔な状態が保たれていたのだから、現状に問題ないわよ。

尤もいつもみたいにシャンプーの良い香りとかは無いけれど、無臭だから仮に道中ミズホのタイプな男性が現れて、逆ナンしてもきっと上手く行くと思うわ)

「逆ナンなんて言葉、実際に使っている人初めて見た。過去の文献でしか聞いたことなかったわ」


実際にはミズホ本人の嗅覚を利用して測定したのだが、カレンは敢えてクンクンと犬のように嗅ぐ様をしてみせた。

それに対してミズホはやや恥ずかしそうにしながらも、止めようとはしなかった。


(それはそうと、実際に行って確かめないと分からないけれど、工場に行けば新品の商品が手に入るかもしれないわ。

創業停止の指令さえ受けていなければ、自動で生産され続けているはずよ。

この街の街道で、たまに商用トラックが走行しているのは確認済みだから、そう遠くない場所に稼働している工場があるかもしれないわ)

「本当に?じゃあとりあえず最寄りの工場へ行こう。

制服はともかく下着は早く着替えたい……元々仕事用のだから好きじゃないし」


ミズホは襟を引っ張り中を確認すると、顔を顰めて再度嫌そうな顔をした。

立派なレディーがするような仕草ではないが、軍に身を置いてからミズホはその辺りの女性らしさを気にすることはほとんど無くなっていた。


(分ったわ、待ってね……現存している工場はここから10km程の場所に位置しているわ。

でも、さっきも言った通り、稼働しているかどうかは不明よ。糠喜びしないようにあまり期待しないでね。

あと、下着も脱いでいって良いけれど、外れだった場合、しばらくノーブラノーパンで生活する羽目になるから気を付けてね)

「いや、着ていくわ! 捨てちゃいけないことぐらい保卒(ほいそつ)でも分かる」


いつものように自身を揶揄うカレンに対し、ミズホは半眼で見つめ返した。

それを意に介さず、相変わらずニコニコしてやり取りを楽しんでいたカレンであったが、あ、そうそうと何か閃いた素振りを見せた後、くるりと一回りをして、迷彩服から日常的に着る服へと変身を遂げた。

白いブラウスをデニムの中へインをして、足の長さを前面にアピールしているような恰好だ。

肩にかかったサラサラの金髪を両手で後ろにやる仕草をした後、どう?と、ミズホに感想を求める顔をする。


「なんで着替えたの?」

(だってこれからデートをするのでしょ? 可愛い女の子の隣を歩くのに相応しい恰好をしないと

それよりもどう?似合っているかしら?)

「いや、そういうことじゃなくて……あぁうん、そうね、似合ってるよ、足長くて綺麗だね」


真面目に質問をしても意味はないと、半ばどうでもよくなったミズホは、好きにしてと投げやりに苦笑交じりでそう褒め称えた。

そして、何故自分のAIはこんなにも優秀なのに、性格はこんなにも無茶苦茶なのかと、心の奥底で愚痴を零した。

けれど、本人は無自覚で微笑みを浮かべていた。

いつもの、些細な日常的なやり取りが変わりなく交わせたことが嬉しかったからだ。


(ありがとう。それじゃあ、もう少し休憩してから行きましょうか。

まだ、ミズホも本調子じゃないと思うし、私も休む必要があるわ)

「あ、ごめんね。そうだよね、ずっと働きっぱなしで疲れてるよね」

(大丈夫よ。それよりもこれからもよろしくね)

「うん。こちらこそ、よろしくお願いします」


ミズホは深々とお辞儀をする。

カレンは満足そうに頷くと、休息するためにミズホの前から姿を消したのだった。


次回も2週間以内に頑張ります

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