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前編

 気がついたら、あの『星ルツ』の主人公になっていた。


 何を言ってるかわからないって言われそうなんだけれど、私にはここではない世界の記憶がある。


 『星ルツ』というのは『星灯りの下であなたとワルツを』という少女漫画のことだ。

 ストーリーもわかりやすい。ヒロインのエレインは物心つく前に母親と死別して孤児院で育った。けれど、ある日、実は父親が貴族だったということがわかり、父親のもとへ引き取られた。そこで、苦労しながら、貴族社会の常識やらマナーを学び、非のうちどころのないご令嬢となり素敵な婚約者と結婚するというお話だ。


 何が良かったって、まず、エレインの容姿がとても可愛い。

 金に近い薄い茶髪に、青い瞳というだけで憧れたし、性格も良い。

 その上、エレインは努力の人だったのだ。前世の私は、『星ルツ』にはまっていた当時、高校受験の勉強で心身共に疲弊していた。漫画の主人公であるエレインが慣れない環境で、「所詮は平民育ち」と陰口を叩いてくる人がいる中、それでも前向きにひたむきに、学業や覚えなければならない行儀作法に取り組み、成長していく姿に励まされたのだ。


 そして、エレインの努力を認め甘やかしてくれる婚約者の存在も最高だった。当時の私には好きな人はいなかったが、恋愛するなら、あんな人がいいと思ったものだ。

 エレインがあんなにも頑張れるんなら、私だってもっと頑張れるはず。私はその時、そのままでは少し厳しいと言われる高校を目指していたから、余計に自分を重ねて頑張れた。

 けれど結局、合格発表の結果を見に行く途中に事故にあっちゃったんだよね。その後の記憶がないから、きっと、前世の私はその時に死んでしまったんだと思う。


 前世の記憶を思い出したのは男爵家に引き取られて、初めての誕生日を迎えた直後。

 高熱を出して一週間寝込んで、目が覚めたある朝、ここじゃない別の記憶があることに気がついた。

 最初は夢だと思った。

 けれど、その後の朝食の席で、物語通りの展開――引き取った私のことを気に入らない奥方様からの「やはり平民にはここでの暮らしが合わないのでは」と嫌味たらしく言われ、体調を管理できず申し訳ありませんと謝った――になり、やっぱりこれは前世の記憶かもしれないと思うようになった。


 そうとわかったからには、苦手だった行儀作法や勉強にも、いっそう真面目に取り組むようになった。

 だって、私がエレインなのだ。

 前世の私に勇気と元気を与えてくれた物語の主人公、憧れのエレインになれたのだから、どんなに大変でも乗り越えられる。それに、物語のエレインの努力を認め支えてくれた、いつか会うはずの婚約者となる彼――フレデリック様にも、相応しい私でいたい。だから、前世のエレイン以上に、エレインらしく振る舞おうと心に誓った。




  *  *  *




 けれど、現実はそう上手くいかない。

 十三歳となった私は、ある程度のマナーを身につけたとして、他の貴族令嬢と交流を許されるようになった。

 今日は子爵家の令嬢、バーバラ様の開くお茶会に初めて呼ばれた。

 奥方様がおっしゃっていたが、バーバラ様は伯爵家のご嫡男に嫁がれることが決まっていて、こうした貴族のご令嬢を集めたお茶会をよく開いてくださっているそうだ。


 けれどその席でやらかしてしまった。

 気をつけていたのに、カチャリ、とソーサーに置いたカップが音を立ててしまった。


 それを耳聡く聞きつけた隣に座るご令嬢が、扇子を口元に当ててお上品に「まぁ」と笑う。

 お名前は、確か男爵家の令嬢のマリアンヌ様だっただろうか。

 咄嗟に、失礼いたしました、と答えたもののそのやりとりを見られてしまったらしい。


「どうされましたの?」


 バーバラ様が小首を傾げて尋ねられる。


「いえ、まだお作法に慣れていらっしゃらない方がいらっしゃるようでしたので」


 マリアンヌ様の言葉に、忍び笑いがあちこちから聞こえ、いたたまれない気持ちになった。


「所詮は、平民としてお育ちですもの」


 どこからか聞こえた悪意ある言葉に、どう返していいかわからない。

 でも、聞こえないふりをするのも、おろおろとした姿を見せるのも、よくないのだと思った。

 物語のエレインならどうするだろうか。

 考えをめぐらせ、その場で立ち上がり不作法を詫びることにした。


「不作法で場を乱してしまい、申し訳ありません」


 一瞬、しんと静まり返ったお茶会に、バーバラ様が鷹揚に頷くと言葉を続ける。


「あら、よろしいのよ。誰にでも失敗はありますもの。ね、皆さま。さぁエレインさんも着席なさって」


 バーバラ様の言葉に、他のご令嬢も頷き、再びおしゃべりが始まる。

 許されたようで、着席してホッと息をつく。

 隣の令嬢からは冷たい目が向けられたが、主催者のバーバラ様がお許しになったのだ。もう、何も言うことはできないはずだ。

 それに、どうやらマリアンヌ様からは嫌われているのだとわかったし、それも収穫だ。前向きに考えよう。


 その後は誰かがドレスの流行の話を振ってくれて話題が変わり、次に仕立てるドレスの色やデザインの話、どこのメゾンで仕立てるかという話に変わっている。

 王都の流行など、時々ついていけない話題が出ることもあったけれど、おおむねそつなく話ができたはずだ。疲れるばかりのお茶会が終わり、帰りの際にバーバラ様にご挨拶に行く。挨拶も身分の順になるため、私は最後となる。


「本日は、お呼びいただきありがとうございました。貴重な時間を過ごさせて頂きました」

「まぁ、ありがとう。次はもう少し小さな規模のお茶会も開こうと思っておりますの。その時はお呼びしますから、いらっしゃってくださいね」


 温かい言葉をかけられて目をまたたくと、バーバラ様はくすりと笑われる。


「今日のエレインさんのご対応に、私、感心致しましたのよ。なかなかあのような対応できませんもの」


 バーバラ様はにこにことおっしゃっている。

 他の方も帰られているし、どうやらそのまま受け取っていい言葉のようだった。


「ありがとうございます」


 改めて礼を言い、お茶会を辞去する。

 馬車に乗ると一人反省会だ。

 私はまだまだ失敗が多い。

 物語のエレインなら、あのような失敗をしなかったはずだ。

 本当にもし、次もお茶会に呼んでもらえるのなら。

 その時は、同じ失敗はしないようにしよう。

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