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魔力を弟子に奪われた、元魔女です。

作者: 香月深亜


「師匠の魔力はすべて僕のものとなりました」


 朝目を覚ましたら、目の前にいる私の弟子──リュシアンが一点の曇りもない笑みを浮かべてそう言ってきた。

 窓から差し込む朝日が、彼のプラチナの髪をより艶めかせ、アメジストのような紫の瞳は透き通り、その美しい顔はさらに輝きを帯びている。十八歳の彼は、誰が見ても『美男子』と呼ばれる出来に仕上がっていた。


 リュシアンを小さい頃から世話してきた私だから良いものの、そうでなければ起きがけにこんな美男子の笑顔を見たらきっと心臓が止まるだろうな。


 なんて。まだ完全には覚醒していない頭でそんなくだらないことを考えながら、私は彼に言われた言葉を思い出して自分の両掌に視線を落とす。


 ……嘘。

 昨日までは間違いなく私の体内にあったはずの魔力が、一切感じられない。


「あ、安心してください。これからは僕が師匠のことを養いますからね」


 いや、そこじゃない。

 勝手に話を進めないで。


「リュ、リュシアン。私の魔力を……奪ったって……?」

「はい。師匠が寝ている隙にまるごと頂いちゃいました」


 一応確認してみるが、リュシアンから出てきたのは屈託のない返事。悪びれもなく自身の胸に手を当てて、体内にあるであろう魔力(私の)を感じているようだ。


 何かの冗談?

 リュシアンはそんな冗談を言う子ではないと思っていたのだけれど。


 思わず漏れ出た溜め息と合わせて、私はリュシアンを叱った。


「……リュシアンがこんなすごい魔法を使えるなんてびっくり。でも悪ふざけが過ぎるわね。もう十分驚いたから、そろそろ魔力を返してくれる?」


「いやです」


 ……ん?


「この魔力はもう僕のものです。返すつもりはありません」


 さすがにここまでくると、寝ぼけていた意識もはっきりとしてくる。返すつもりがないと笑顔で言い張る弟子に対して、私の頬を冷や汗が伝う。


「えっと……? でも私これから仕事に行かないと、」

「もう行けませんね」

「お、王宮魔法士の仕事がなくなったら生活費が、」

「代わりに僕が王宮魔法士として働きます」


 はい!?!?


 リュシアンは終始冷静で、スムーズに受け答えをしてくる。まるで一度リハーサルでもしたかのように。


「お忘れですか? 今日は王宮で、王宮魔法士の入試が開催されます。だから僕がそれを受けて、師匠の代わりに王宮魔法士として立派になってみせます」


 いや、そういう問題じゃない!

 私が聞きたいのはそういうことじゃないから!


 しかし何故だか会話が噛み合わない。

 まずはなぜ魔力を奪ったのか。その根本から説明を……。


 と思ったところで。


「じゃあ、頑張ってきますね」


 リュシアンはそう意気込みつつ、ササッと部屋から出て行ってしまった。私は二の句も告げずに、元気に入試へ向かうリュシアンの背中を見送るしかなかったのだった。


「え、ぇえええ…………?」


 部屋に残された私は、意味が分からないこの状況に大きく首を傾げていた。


***


 私がリュシアンと出会ったのは、十三年前の冬のこと。

 当時から、私は町外れに建つ一軒家で暮らしていた。


 あれは、まだ私が王宮魔法士になる前。

 町でしがない薬売りとして日銭を稼いでいた頃だ。

 あの日も町まで治癒薬を売りに来ていて、辺りが暗くなったので家に帰ろうとしたときだった。


 ふと路地に目を向けると、小さな子供がうつ伏せで倒れていたのだ。

 一瞬死んでいるのかと思ったが、僅かにピクリと指先が動いたのが遠目から見えて、私は慌てて駆け寄って抱き上げた。そして、その子の胸に耳を当てると、かなり微弱だけれどまだ心臓の鼓動を感じられた。


 ……良かった! これなら助けられる。


 幸運にもその日は治癒薬が売れ残っていたため、私は腕に下げていた籠の中から小さなガラス瓶を一つ取り出して、中身をゆっくりと子供に飲ませた。


 薬を飲ませてからよくよく子供を見てみると、その子は、一枚大きな布を羽織ってはいるもののその中はタンクトップに半ズボン。それは、この冬の時期の格好としては有り得ない。更には靴も履いておらず、どこからかここまで歩いてきたのか、子供の小さな足は、凍るように冷たくて、傷だらけだった。


 ……きっとこの子は孤児ね。または親に虐待されていて逃げてきたのか。


 どちらにせよ、ただ治癒薬を飲ませてさようならはできない。路地に倒れている時点で訳ありそうだとは思ったけれど、子供が目の前で倒れているのを見て見ぬふりはできなかったのだ。


──少し待てば薬が効いてきて、その子が徐々に意識を取り戻した。


「ぅ……」

「大丈夫?」

「お、ねえさん……だれ?」

「私は魔女よ。治癒薬を飲ませたんだけれど、気分はどう?」

「まじょ……。でもぼく、おかね……」


 ……せっかく命が助かったのに、真っ先に心配するところがそれ? さすがに意識のない子供に勝手に薬を飲ませて代金を請求するような魔女じゃないわよ。


「いらないわ。私が勝手に飲ませたんだもの。それより坊や。家族や、一緒に生活してる人はいる?」


 治癒薬で多少回復したとはいえ、ひどく冷え込む冬空の下。せめて、誰かと一緒に住んでいると言ってくれたら、その人のところまで送り届けようと思ったのだ。


 しかし、坊やはふるふると頭を横に振る。


「いないの?」

「……いない。ぼく、ひとり」

「そう」


 つまりこの子は孤児。


 読みは当たったが、当ては外れた。

 この子は、頼れる大人が近くにいないというのだ。


 ……こんな小さな子がひとりだなんて。今までどうやって生きてきたの?


 この子が置かれている環境を知り、私は顔を歪めた。

 それから、自分でも気付かない内に言葉を発していた。



「…………坊や、うちに来ない?」



 自分で自分の言葉に驚いた。

 そして、言われた側の坊やもまた、目を見開いて驚いていた。


「あ、えっと。帰る家がないならどうかな? うちは町外れにある魔女が住む家なんだけど、今は私一人しか住んでないの。一軒家だから部屋も余ってるし、とりあえず今夜だけでも。それでもし坊やさえ良ければ、好きなだけいてもらって構わないから」


 私は両手をぶんぶん上下に動かしながら、焦って言葉を付け加える。

 恐らくまだ五~六歳くらいの男の子に対して、二十歳を過ぎた大人の女が“うちに来ない?”という誘い文句は非常に危ない空気が漂ってしまうからだ。


 言うだけ言って、私は坊やからの返事を待つ。坊やは数秒考えてから、私の目を見てこくんと小さく頷いた。


 受け入れてくれたおかげでこの子をここに置いていかなくて済んだことに安堵して、私は片手を差し出しながら坊やに名前を教えた。


「私はエリーゼ。坊やの名前は?」

「リュシ……アン」

「リュシアン! 今日からよろしくね、リュシアン!」



 ……まだ少し引き気味の反応を見せるリュシアンに対して、私は強引に彼の手を掴んで握手を交わした。それが私とリュシアンの出会いだった。



***


「師匠、どうぞ」


 リュシアンが私の前に、ワンプレートの朝食を置いた。

 プレートの上にはカリカリベーコンと目玉焼き、それから焼き立てのパンにサラダ。


「ありがとう」


 ……バターは、っと……あ。


 パンにバターを塗ろうとして、テーブルの反対側に置かれていたバターを見つける。

 無意識で手が届かない距離のバターに向けて手を伸ばしたところで、ふと気づいた。


 魔力、奪われたんだった。

 しかも根こそぎ。


 いつもなら簡単に、魔法でスッと物を近くに移動させるのに。


 ……はぁ、魔法がないとほんと不便。


 魔法を使う癖が抜けずに伸ばしてしまった手をしまい、私はバターを取りに立ち上がろうした。

 すると私の両肩に手が乗せられた。

 後ろからリュシアンが、優しい力をかけて立ち上がった私をそのままストンと席に戻す。


「バターなら僕が」


 彼は私が欲しいものに気付いたようで、ヒュン、と魔法でバターを私の手の届くところに移動させてくれた。


 私が使えなくなった魔法をこれみよがしに使っちゃって。

 ……くそう。


 リュシアンが私の斜め前の席に座ったのを確認して、私は提案してみた。


「ねえリュシアン。少しで良いから魔力を返してくれない? 魔力がないと生活が不便なの」


 物を取るのもそうだけど、移動手段や怪我の治療など、多くの場面で魔法を使う。

 魔女にとって魔法は生活の一部で、それをいきなり奪われてしまっては生活がしにくくてしょうがない。


 と、言うのは建前で。

 本音はこう。


 少しでも魔力が戻れば、魔力増強薬を飲むなり自分に魔法をかけるなりして魔力をいくらかは増やせるはず。

 今の魔力ゼロ状態では手も足も出ないけど、少しでも戻れば万事解決!……するはず。


「ね、お願い」


 ……少しだけ。ほんのすこーしでいいの。


 私はお祈りするように両手を合わせて、リュシアンにせがんだ。

 弟子にせがむなんて師匠としての面目は丸潰れだが、そんなことは言っていられない。


 リュシアンは私のお願いを聞き、うーん、と顎に手を当てて考える素振りを見せたが、答えはすぐに出てきた。



「お願いする師匠は可愛らしいですが、却下です」

「なんで!!」


 反射的にバン!、と力強くテーブルを叩きつつ、私は彼を睨みつけた。

 でもリュシアンはそんなことには動じず、淡々と返答してくる。


「なんでって……少しでも戻しちゃうと薬や魔法で魔力増やされちゃうじゃないですか」


 バレてる!!!!


 思惑を言い当てられて、私は固まった。



「何年あなたと一緒に生活してると思ってるんですか? 師匠はすぐ顔に出るんですから、僕を出し抜こうだなんて考えない方がいいですよ」

「ぅぐ」


 すぐ顔に出る自覚が……なくはない。

 確かにリュシアンには今までも、私の考えを読まれていた気がする。何ならその先の先まで読まれて予防線を張られてしまうこともあった。


 だが、まだ十八歳の年下にそれを言われるのは、何だか悔しい。



「生活が不便だというのも、きっとすぐ慣れますよ。魔法が使えない人間にはそれが普通なんですから、師匠にも出来なくはないはずです。それに……」

「それに?」

「どうしても魔法が必要なときは僕に言ってください。僕はいつも師匠の傍にいますので」


 美しい笑顔のせいで、リュシアンが輝いて見える。

 いやでも、ここで絆されてはダメよエリーゼ!


 停止しそうになる自分の思考に喝を入れ、私は必死に抵抗する。


「で、でもほら! リュシアンも明日からは王宮魔法士として働くんだし、昼間は家にいないじゃない」


 魔力を奪われたあの日、王宮魔法士の入試試験を見事主席で突破して帰ってきたリュシアン。

 首席合格なんて我が弟子ながら天晴れ。

 まあ私の魔力を奪ったんだから当然と言えば当然でもあるが。


 そういうわけで、リュシアンは明日から王宮魔法士として王宮に働きに行く。彼が働いている間は、私はこの家に一人きりだ。


「ああ、それなんですが。昼間は僕の使い魔を置いていこうかと」

「へ?」


 使い魔?

 魔法で主従関係を結んだ魔物のことよね?

 そんな契約魔法いつの間に……。


 人の魔力を奪う魔法だって教えたことはなかったのに、どこでそんな魔法覚えたのよまったく。


「出ておいで。ディディ」


 リュシアンが腰の高さで掌を上に向け、召喚魔法を発動した。すると彼の手の上の空気が竜巻のように渦を巻き始め、渦の中からは強力な光が漏れ出した。


 咄嗟に目を瞑ってしまった次の瞬間。

 そーっと目を開けると渦も光もなく、目の前には可愛らしい……。


 ……子犬?


 リュシアンが召喚したらしい使い魔は子犬の見た目をしていた。黒い毛並みのもふもふわんこだ。


 でも普通の子犬ではない気がする。

 ただの可愛い子犬であれば、私は悲鳴をあげてもふもふしに行くところ。しかしこの子犬は。


「ねえリュシアン、この子……」

「ディディって呼んであげてください」

「ああ、うん。えっとディディね。ディディなんだけど、私の見間違いじゃなければ……頭が三つ?」


 一つの体に、三つの頭を持つ犬。

 この特徴って。


「はい、ディディはケルベロスです」

「がう!」


 ですよねーーーーー!!!??


 書物で見たよ! 地獄の番犬、ケルベロス!!

 書物ではもっと大きくて、牙剥き出しの怖い顔をしている犬だったけど!


「師匠、小さくてもふもふした動物好きですよね? なのでケルベロスの子供を使い魔にしてみました」


 してみないで!!

 ケルベロスってもっとこう、厳格な生き物だから!


「人懐っこくて噛まない良い子ですよ」


 リュシアンは優しい表情でディディの頭を撫でている。ディディの方も、尻尾を振って嬉しそうに彼の手を受け入れている。


 美男子ともふもふわんこが戯れる光景。

 町の女の子たちが見たら喜びそう……ってそうじゃない!


「でも言葉が!」

「ディディは人間の言葉が分かるので物を取ってくるとかは出来ますよ。会話は出来ませんけど」

「で、でも魔法が使いたいときは!?」

「ディディと僕は常に繋がっている状態なので、師匠が魔法を必要としたときにはディディに話しかけてください。そしたらディディが僕に連絡をくれるので、瞬時に僕が遠隔魔法を使います」


 ちなみに、可愛い見た目ではあるがケルベロスらしくきちんと番犬の務めも果たすらしい。

 この家の周りに変な奴らが来ようものならディディが全力で追い払うそうな。


「と、いうことなので、師匠に魔力は返しません」


 にっこりキラキラ笑顔が眩しい。


「うう……」


 反論材料全てを打ち返されて、私はテーブルに突っ伏してうなだれる。

 リュシアンは私のことなんてお構いなしにデザートのリンゴを剥き始めるし。余裕か。


「……ねえリュシアン」

「はい」

「どうして私の魔力を奪ったの?」


 どうせ答えてくれないんだろうな、と思いつつ聞いてみた。


 するとリュシアンは剥きかけのリンゴとナイフを皿の上に置き、そっと私の髪の毛を一束掬い上げた。そしてそのまま、掬い上げられた髪の束に口づけをされる。



「貴女を、守りたいからですよ」



 …………?


 守りたい? 一体何から?

 それに。

 

「魔法が使えれば自分の身くらい自分で守れるけど……」


 出てきた答えにも疑問が浮かぶ。

 首を傾げながらリュシアンに言ってみるが、リュシアンはニコッと笑うだけ。これ以上は答える気がないらしい。


 いつから弟子はこんなに秘密主義になったのか。

 真っ直ぐで素直な子に育っていたはずなのに、こんなに訳がわからないリュシアンは初めてだ。


 どうにもならないこの状況に、私はため息を漏らすことしかできなかった。



***


 僕は、貴女を守りたい。

 あのとき(・・・・)、僕は貴女を危険から遠ざけることを決めたんです。



「王宮特別魔法士へのご就任、おめでとうございます。師匠」

「ふふ! ありがとうリュシアン」


 これは僕の記憶。


 小さい頃に死にかけていた僕を拾ってくれた師匠が、王宮魔法士の中でも魔法の扱いに長けている特別な者にだけ与えられる『王宮特別魔法士』の称号を手にしたとあって、僕達が暮らす家でささやかにお祝いをしていた。


「ですが特別魔法士になると危険な任務も多くなると聞きます」


 例えば凶悪な魔物の討伐だとか、通常の魔法士では対処しきれない案件にも駆り出されるのが特別魔法士だ。


 王宮特別魔法士は師匠が昔から憧れていたものだから、就任自体は僕も嬉しい。

 だけど、危険が増えるとあっては手放しでは喜べない。


「そんな顔しないでリュシアン。私はあなたを置いて死んだりはしないから」


 無意識に嫌そうな顔でもしていたのか、師匠に注意されてしまった。

 すみません、と顔を上げて師匠を見れば、彼女は深緑の目を細めて笑顔を見せた。ふわりと笑うその顔はとても綺麗で、思わずドキッとしたのを覚えている。



 ……ああ、師匠。


 僕は貴女の笑顔が好きだった。

 貴女は僕をいつまでも子供扱いしていたけれど、僕の目にはいつからか、貴女は素敵な女性として映っていたんです。


 まさかこの数ヶ月後に、冷たくなった姿で帰って来るなんて思ってもいませんでした。



 魔物討伐に出向いたところ、仲間をかばって心臓を一突きされて即死だったと、師匠の亡骸を運んできてくれた魔法士の人が教えてくれた。


 ふわりと笑う師匠ともう会えない。話すこともできない。

 僕を置いては死なないと言っていた師匠が、こうも呆気なくこの世から消えてしまうなんて、僕は想像もしていなかった。

 

 どんな手を使ってでも、師匠が特別魔法士となる道を断つべきだった。

 いっそのこと王宮魔法士も辞めさせれば?

 いいやもっと言うなら。


────魔力を全て(・・・・・)奪えば良かった(・・・・・・・)


 そうすれば師匠は危険な目にも遭わず、死なずに済んだはず。

 魔法から切り離してしまえば、師匠はもっと長く生きられたはずだ。


 この世に一人残された僕は、沈んだ心でその考えに至った。

 そして、ある書物に手を伸ばした。


 この家は、魔女の住む家と言うだけあって、書斎に行けば所狭しと魔法関連の書物が並んでいる。僕は小さい頃、絵本代わりにそれらを読み耽っていた。

 でもその中には、禁忌とされる魔法が載っている書物もあった。師匠には、子供にはまだ早い、と言われて禁忌魔法の書物は取り上げられたけど。実は師匠の目を盗んでこっそり読んでいたんだよな。

 読むなと言われると読みたくなるのが人間の心理なので。


 僕の記憶が正しければ、あの魔法を使えば現状を変えられる。

 そう考えて、手に取った書物をパラパラと捲っていく。


「これだ」


 目当てのものを見つけた瞬間、僕の瞳に光が灯った。


 開いたページにはこう書いてある。



『死に戻り魔法』


 自分の血で下図の魔法陣を描き、その上で下記の呪文を唱える。

 すると、今代の命と引き換えに、魂だけ戻りたい過去に戻ることができる。

 ※ただし、この魔法はその魂で一度きりしか発動できない。



「これで戻ろう。まだ師匠が生きていた時代に」



 僕が貴女の弟子として、魔法を学び始めたあの頃に。


 魔法士になりたいとも思っていなかった僕は、生活に便利な魔法を使えるレベル。だから次はもっと魔法を極めよう。

 攻撃魔法、守備魔法、それから契約魔法も覚えて使い魔も従えよう。使い魔は師匠が喜びそうな可愛い見た目で強い魔物を選ぼう。あ、ケルベロスなんかどうだろか。

 それから、相手の魔力を根こそぎ奪う魔法も調べないと。これが一番大事だ。


 そして、魔力を奪うタイミング。

 王宮魔法士の給料はそれなりに良くて、うちの家計は師匠が魔法士として稼いでくれたお給料で支えられていた。ならば僕が師匠に代わって王宮魔法士になれば、生活費面で困ることはない。

 そうすると、学園を卒業するタイミングになるだろうか。……うん、魔力は魔法士の入試日辺りで奪うのが良さそうだ。


 僕は頭の中で綿密に計画を練った。

 一度きりの死に戻り。

 次こそは師匠を死なせないよう、しっかりと入念に。



「待っててくださいね、師匠」



 そして僕は、一度目の人生に幕を下ろしたのだった。



***


 引き続きリンゴの皮を剥くリュシアンは、鼻歌まじりで楽しそうだ。

 魔力を奪われて気落ちしている私とは正反対。


「はい、剥けましたよ」


 これまた可愛くうさぎの形をしたリンゴが差し出された。


 弟子よ、こんな剥き方どこで覚えた。


 一応ありがとうと言って、うさぎのリンゴを口に運ぶ。しゃくしゃくの食感で甘くて美味しいリンゴだ。


 至れり尽くせりだなあ……。


 魔力は奪われたけど、その分リュシアンが尽くしてくれるので実際そこまでの支障はなさそうな気もしていて。なんなら王宮魔法士の仕事にも行けなくなったから、むしろ一日中家でゴロゴロする自堕落な生活もちょっと良いかもなんて……は!


 ダメダメ!

 私は魔女なんだからこの生活に惚けてはダメ!

 魔女として魔法を使って人の役に立つ生き方をするって決めたんだから!


 ぶんぶんと頭を思いっきり横に振り、自分の甘えた考えを振り払うと、リュシアンが話を振ってきた。


「そう言えば、もう師匠のことを師匠って呼ぶのも変ですよね」


 魔法を使えない私は師匠じゃないってか。嫌味でしょうか。


「これからはエリーゼ……いえ、エルって呼びますね」


 にこやかなのに若干の圧を感じるのは気のせい?

 しれっと愛称で呼ばれたが、私の反論なんて聞かなさそうな空気だ。私は適当に返事をする。


「どうぞご自由に」

「はい」


 するとリュシアンは喜んだ顔をした。

 名前で呼ぶのがそんなに嬉しいの?

 変な子ね。



 ……はてさて。どうやってリュシアンを攻略しようかな。


 秘密主義の弟子を前に、私は考える。



──魔力を弟子に奪われた、元魔女。



 そんな不名誉なレッテルはすぐに剥がさなくちゃ。

 私は魔女よ。

 弟子にやられたままではいられない。


 見てなさい、リュシアン。

 何がなんでも、魔力を奪い返してやるんだから!



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