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世界の終りまで君と  作者: 佑
第一部 第一章 理不尽な転生
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9. 祖父の訪問

 はたして翌日、言葉通り祖父アーノルドは午前のお茶の時間にやってきた。


 エリザベスとアリアンヌは、あの二人――オリヴィアとキャサリン――に関わることは話さないようにと何度も言い聞かせられ、父親と一緒におとなしく客間で祖父を待っていた。

 その二人の姿は朝食以降見ていない。


 既にこの邸に住んでいる事実がバレないよう、朝から街にでも行かせたのかもしれないわね。


 そう考えたエリザベスが自分の父親の器の小ささに小さく息を吐いたのはもはや仕方ないといえる。



 記憶にある通りの丸眼鏡。銀髪で小柄な祖父は終始にこやかだった。

 きちんとしたおじぎと、それぞれが考えた歓迎の言葉で出迎えたエリザベスとアリアンヌの手を取って、よくできていると褒め言葉を返し、優しくエリザベスの頭をなでてくれた。久しぶりの人の手の温かさにエリザベスの頬が緩む。

 アリアンヌの方はやはり祖父が苦手らしかった。

 ちょっと引きつった顔を見て、祖父は妹を撫でることはせずに嬉しそうに微笑んでゆっくり頷いた――まるでそれが正しい、とでもいうように満足そうな表情だった。


「お土産じゃ」


 そう言ってそれぞれに渡してくれたのは色とりどりの飴が入った小瓶だった。


「悲しいときや辛いとき、落ち込んだときに食べると元気になる魔法付きだ、だが一日一個だぞ。二個以上食べると豚になるからな」


 そう言って片目をつむって見せる。

 エリザベスはその冗談がおかしくて笑ったけれど、アリアンヌはさらに表情を硬くした。


 ――まさか、ホントじゃないよね?


 そう聞きそうになったけれど、アーノルドが楽しそうにまた片目をつむったので、質問はせず、言われた通り一日一個までを厳守しておこうと考えた。

 それから祖父は客間のソファに深々と腰を落ち着けて、エリザベスとアリアンヌを斜め向かいの椅子に座らせた。

 母親のメアリーアンが亡くなってからのことを尋ねられた。

 けれどそれについてエリザベスとアリアンヌから話せることはあまり多くない。

 変わったのは乳母がいなくなったことと、勉強も見てくれる新しい侍女たちとマナー教師が増えたことくらいだ。

 それらを話すと、父親がエリザベスたちとは反対側の、祖父に斜めに向き合う椅子の上で軽く胸を張った。

 いかにも妻の亡き後も娘たちのことを大切にしています。といった様子に、祖父に褒められて上がった気分がすとんと落ちる。

 エリザベスとアリアンヌに新しい侍女たちをつけたのは、おそらく自分がこの家を留守にする時間が――あの二人のところにいる時間が――減るのが嫌だったからだ。今ならそうだとわかる。

 いったい「仕事」と称して家を離れていた時間のうちのどれだけをあの二人のところで過ごしていたのか。


 疑いもせずにおとなしく、いや、勉強も、マナーも頑張って努力して待っていた自分がバカみたいだ。


 祖父が侍女たちとも話をしたいと言ったので、父親がベルで従僕を呼ぶと、従僕に呼ばれてやってきたのはマリーとメッシーの二人だけだった。


「ミス・マリーゴールドは末のお嬢様の指導中で、まだご挨拶には伺えないそうでございます」


 従僕が伝えると、父親の眉が寄った。


 ということは、あの二人は出かけたのではなく、邸内のどこかにいるんだ。


 不快で寄ったジークフリートの眉に、エリザベスの不快感も高まる。


 この人は六歳の少女に何を期待していたのだろう――あっという間に完ぺきな挨拶ができるようになること? まさかね。


 片足を引いての女性のお辞儀、カーテシーのバランスは難しい。美しい所作は簡単には身につかないものなのに。


「すみません、お義父様。昨日のようなことがないよう、きちんとご挨拶ができるように指導するよう指示したもので」


 ジークフリートの言葉に祖父は気を悪くした様子もなく、頷いた。


「構わんよ。わしとは無縁の小娘のことなど知りたくもないしのう。この二人の振る舞いを見れば、二人がきちんとしつけられているのはよくわかる。エリザベスはむしろ出来過ぎじゃ。おぬし、この二人に厳しすぎるのではないか? まさかその教師はわしの孫娘たちに小枝を振るってはおるまいな?」


 アリアンヌが身体を硬くした。

 柳の小枝や定規を向けられるのはエリザベスよりアリアンヌの方が多い。なんといってもまだ六歳だし、習い始めたばかりでマナーそのものに慣れていないのだ。


 祖父がふふんと鼻を鳴らして続ける。


「その女には一つ叩くごとに髭を一本生やしてやろう。それともイボがいいか? いつ気づくかのう?」


 こちらにむかって素早く片目をつむったのを見てしまったエリザベスはどうにか笑いを抑え込んだ。

 けれどアリアンヌは冗談だとは思わなかったらしい。それにマリーとメッシーの顔からは血の気が引いて、それを見たアーノルドはカラカラと笑った。


「何も理不尽なことをせなんだらそれでいいんじゃよ」


 その言葉に侍女兼教師の二人の表情がゆるんだ。

 つまりこの二人はどちらも孫娘に体罰を加えるような人間ではないということで、それがわかったアーノルドは満足そうに頷く。


「勉強の進み具合はどうじゃ?」


 聞かれて、まずメッシーが答えた。


「今はカードを使った物の名前や簡単な文字の勉強をしています。算術は二桁の計算に入ったばかりですが、問題なく行えています。理解の速いお嬢様だと思います」


 祖父が頷く。

 続いてマリーが答えた。


「私がこちらへ来てすぐの頃は酷くゆっくりでしたが――お母様を亡くされた直後でしたし、集中できない様子も見られました。けれどこのところぐっと落ち着いた様子で、読書量も増えておりますし、語彙力のつきかたは目を見張るほどです。算術も進みが速く、まったく問題なく取り組んでいらっしゃいます。学院に進むころが本当に楽しみなお嬢様です。

 近頃では新しいことに興味を持つようになったことも大きな進歩と考えております」


 数枚の紙と一緒に一冊の本を差し出す。

 本は最近読み終えたばかりの物語で、子ども向けにしてはかなり厚めな本。転生者としての記憶がなければ読まなかったかもしれない。

 けれど本を読んでこの中の何が本当にありえることで何が作り話なのかをマリーに尋ねるのは大切だから、がんばった。ファンタジーの中のリアルを追及する作業は重要なのだ。

 だってエリザベスの常識は常識ではないと思っておいたほうが無難――時々『記憶』が混ざってきているから。

 ……『記憶』を重視するなら、本来ならそういったことを打ち明けて手助けするのが家族――父親や母親の役割ではないかと思う。けれど、今のエリザベスにとってジークフリートは裏切り者だ。もちろん『記憶』のことを話すつもりなど欠片もない。

 アーノルドは軽く目を見張って本を受け取り、パラパラとめくりながらエリザベスに内容を尋ねた。本当にちゃんと読んだのか確認しているのだ。

 幸い一つを除いて全ての質問に答えることができた。

 ――答えられなかった一つ――作者名、は覚えていなかった。

 残りの紙はエリザベスが使った計算やつづり方の練習用紙らしい。

 にっこり笑って誉めてくれる。父親からはもらえない誉め言葉もたくさん。

 それが素直にうれしかった。


「エリザベス、お前、週に一通、わしの妻に――つまりお前のおばあ様に手紙を書いてやってくれないかね。アリアンヌは絵でもいい。なに、ほんのちょっとしたモノでいいんだ。他の孫は男ばかりでそういったことはせん。きっと喜ぶだろう」


 そう頼まれて二人で頷いた。マリーもメッシーも誇らしげだ。

 父親も満足そうに頷く。


「で、新しいことに興味がある、と聞いたが、それは何か聞いてもいいかね?」


 そう聞かれ、エリザベスは父親を見やった。

 この件に関しては父親にお願い済みだ。

 返事はまだだけれど。


「わしには言えないことかね?」


 アーノルドの目つきが心なしかきつくなる。

 それに気づいたらしいジークフリートが慌てて答えた。


「私も昨日知ったばかりなのですが、エリザベスは魔法について知りたいのだそうです。実技を伴わないものでかまわないようなのですが、まだ七歳です……せめて十歳になってから、と思いまして」


 ということはダメなんだ。


 がっかりだけれど、十歳だって他の子どもたちより二年も早いのだから、それに文句を言うわけにはいかない。

 落胆のため息を隠して頷くと、祖父がカラカラと笑った。


「そんなことなら、わしが教えてやろう」


 父親がギョッと目を剥いた。

 それを見て祖父がまた笑う。


「なあに、心配はいらん。メアリーアンとお前の娘だ、あれより強いということもあるまい。幸いわしは隠居の身、時間もある」

「で、ですが、我々は今年は早めに避暑に行くことにしておりまして……その話は戻ってからということにしませんか」

「避暑? 議会が閉じるまで後二週間はあるではないか。結婚式もその頃だろう? それまで通ってやる。毎日でもええ。――それともわし以上の教師がいるとでも?」


 楽しそうに笑い声をあげる祖父を横目に、エリザベスはアリアンヌを見た――目線が合って、「この人絶っっっ対わざとやってるよね」という心の声が一致する。


 その後、魔法の第一人者であるアーノルドを前に何も言い返せない父親をよそに、祖父とマリー、メッシーの間でエリザベスたちの勉強時間の調整についての話し合いがなされた。

 それによればキャサリンの教師はまだ決まっておらず、当面はメッシーがアリアンヌに加えてキャサリンも見ることになっているようだった。

 学年が同じなのだから内容が被るし、一緒にいれば自然と仲良くなるだろうからちょうどよい――と父親は考えたらしい。

 けれどそれは浅はかというものだ。

 母親が亡くなってから一年。アリアンヌだってがんばってきたのだ。何の備えもしていない平民の子どもと同じはずがない。

 そもそも姉妹として育てるつもりがあったのなら、ジークフリート自身がもっと早くからそういったこともきちんと手配するべきだったのだ――一人だけを特別にかわいがって甘やかすばかりではなくて。

 マナー教師のミス・マリーゴールドからは、あの二人を同列と考えて一緒に教えるのは難しいため、通常は別々に指導する時間を持ちたい、という苦言が既に呈されたはずだ。

 昨日の帰りがけにそうしたいとこぼしていたのだから。

 おそらくキャサリンは勉強面でもすぐにアリアンヌと同じようにとはいかないだろう。


 本当に、お父様ったらいったいどういうつもりだったのかしら。


 公爵家のトップとは思えないほどのダメダメぶりに、エリザベスはあきれる。

 結局、避暑に行くまでの二週間は、エリザベスが祖父に魔法についての基礎の基礎を教わっている時間に、マリーとメッシーが協力してキャサリンに勉強の基礎を――まずはおとなしく机に向かって教科書に取り組む姿勢から――教えようということになった。

 どこか思い詰めたような顔になったアリアンヌが、「あの子がぜったいに追いつけないようにおべんきょうする」と小声で繰り返し呟いているのがちょっと怖い。


 ……なるほど、物静かで秀才の妹はこうして出来上がったらしい。

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