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世界の終りまで君と  作者: 佑
第一部 第一章 理不尽な転生
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8. お願い

 できあがった手紙に書いた父親ジークフリートへのお願いは二つ。

 一つはこの夏の間、母親メアリーアンが生きていたころのように領地の別荘――つまりが田舎だ――へ行きたいこと。それからもう一つは、まだその年齢ではないのはわかっているから、実技でなくてかまわないので魔法について教えてくれる先生を見つけて欲しいことだ。

 一つ目のお願いは、田舎で過ごすのんびりした時間が好きだったから。

 それにジークフリートとは距離を取りつつ、考えることに集中したかった――メアリーアンの生前、避暑と称して田舎に行くのはメアリーアンとエリザベスとアリアンヌの三人だけだった。

 今回もこれまでのように「仕事がある」と言ってジークフリートがついて来ない可能性は高い。

 たとえ「仕事」というのが嘘で、今回は父親が一緒に来ることになったとしても、田舎であれば外に出るのはたやすい。誘拐されることを警戒していつも高い柵で囲まれた敷地内にいなければならない王都とは違う。

 あそこに柵はないし、勉強や食事、睡眠の時間以外は簡単に外に出られるのだ。

 浮浪者や泥棒もいないし、公爵家の領地内で領主の娘を誘拐しようなんていう不届き者もまずいない。

 平民と公爵家の当主の魔力量の差はそれこそ天と地ほども違うらしいから、誘拐なんて考えようとも思わないのが普通らしい。

 ジークフリートだって(付いてくることにしたとしてだけれど)、王都にいるときのように厳めしく気難しい顔をし続ける必要はないはずだし、機嫌よく過ごせるのではないかと思う(いや、新しい妻と娘の存在のおかげで既に信じがたいほど機嫌がいいと思うけれど)。

 とにかく、田舎であれば誰に遠慮することもなく、これまでずっと隠していたお気に入りの妻と娘を思う存分眺めてにやけていてもいい――一緒に過ごすことでそのしつけが前途多難であることに気がつくのならばさらにいい。

 ゲームで学院に入学したときのキャサリンは単純計算でマナーを六年も学んでいたはずなのにそのできはいまいちだったのだから。

 ついでにこれまでエリザベスとアリアンヌがどんなに頑張ってきたのかにも、少しは気付いてくれたらいいな、とつい願うのは、七歳だし仕方ない。


 それに、いきなりキャサリンを人々の目にさらすより、ひと夏マナーを学ぶ時間を取るのはみんなのためにいいもと思うのよね。


 手紙を読み返しながら何度も頷く。

 少しだけ本当の実力よりは崩した文字だけれど、誤字脱字はなしだ。


 これでよし。


 できたばかりの妹のためにも、これがいいと考えた。

 田舎であれば間違いなどいくらでもし放題だし、キャサリンだって叱られたり注意されたりばかりではつまらないはずだ。向こうにいればボートに乗ったり乗馬を習ったりと、いろいろ気晴らしができる。


 この一つ目のお願いはたぶん聞き入れられるだろう――。


 二つ目のお願いがどうなるかは、微妙……けれど今後のことを考えれば情報は多い方がいい。


 うまくいきますように。


 そう考えて指を交差させて祈る。

 ゲームの記憶通りになるならエリザベスの適性はこの世界では珍しい治癒魔法だ――その通りだと仮定してだけれど、記憶でのエリザベスはその魔法特性を随分笠に着ていたから、うまく使えばこの上ない強みになるはずだ。

 それに、残念な立ち位置に転生してしまったせいで落ち気味のモチベーションを高く保つためには魔法は有効だ。

 オリヴィアとキャサリンが加わった新しい家族の体裁を整えたい父親を見て部外者感にうちひしがれるよりも、新しいことに挑戦して過ごす方がずっといい。

 手に入らないアイスクリームなど、多少使えない部分はあるとしても、思いだしたからには前世の記憶はしっかり利用させてもらうのだ。

 お茶の後、マリーが考えてくれた(少女のお願いの域を出ない)安全な(・・・)言葉遣いの手紙を、そこそこ(・・・・)きれいに清書したものは封筒に入れられ、今日の勉強の成果として父親に届けられた――もう昼食も近い時間だった。


 ふふん。完璧。


 中庭に設えられたテーブルで、一口サイズに整えられたナイフを使わなくて済むメニューの食事(それならナイフがいらないからオリヴィアとキャサリンも食べやすいだろうからと、エリザベスはこっそりと厨房に連絡しておいた)を始める前に、ジークフリートはもったいぶるように数回ゆっくりと頷いてから、「今年の夏は早めに領地に行って避暑を過ごすことにする」と言った。

 こっちを見た目つきがちょっと恩着せがましい。

 けれどエリザベスはそんな感想はいっさい表に見せず、嬉しそうな顔を作った。とりあえず、誘導は成功だ。

 けれどジークフリートがさらに「仕事が終わりそうだから今年は自分も行く」と、続けたことで内面の盛り上がりと達成感が落ち込む。

 オリヴィアは「避暑」の言葉に目を輝かせ、なにか不審なものを感じ取ったのだろうアリアンヌはかすかに眉を寄せた。

 けれどそんなことになるのではないかと予想していたエリザベスはここでもにっこり笑って「お父様が一緒に来て夏を過ごしてくれるなんて、初めてのことですね。嬉しいです。お義母様もキャサリンも安心ですね」と言うことができた。


「お父さまはいつも夏はうちにいてくれるわよ?」


 不思議そうで無邪気なキャサリンの声に、ジークフリートの笑顔が固まる。


 やっぱり。


 そう思ったけれどエリザベスはそのまま笑顔で続けた。


「田舎は涼しいけれど、夜はここよりずっと暗いもの、お父様がいてくださった方がいいわ。それにキャサリンは田舎は初めてでしょう? きれいな湖があるのよ。ポニーに乗せてもらえるし、あそこでならおもいきり走ったりもできる。

 ここみたいにすごく行儀作法に気をつけなければならないってこともないし――もちろんマナーは身につくまでが大変だから毎日練習はする必要があるけれど――それに、釣りもできるから楽しいわ。ね、お父様?」


 子どもらしく田舎に行けることに気を取られているふうを装って、父親がこれまで仕事を言い訳にして毎年の夏どこに行っていたのかには気づかなかったことにした。

 アリアンヌの寄った眉も、今は見ないふりだ。



 昼食後、短いお昼寝をはさんでの外出に、父親は幌を畳んだ四人乗りのランドー馬車を準備させ、前列に自分と(将来の)妻を、後列に娘二人を乗せ、賑やかに出て行った。

 そして、マナー教師のミス・マリーゴールドと残されたエリザベスは――信じがたいほど穏やかな午後を過ごした。

 いつも厳しいマナー教師は、エリザベスがいかに賢く、飲み込みが早く、努力家であるかを誉めさえした。

 つまり、キャサリンに散歩のマナーを理解させるのはよほど大変だったに違いない。しつけを知らない平民として育った子どもと、普段からマナーを守った人間たちの中で生活していた貴族の子ではスタートからしてまるで違うということだ。

 まして今のエリザベスには転生前の記憶まであるのだから、その場でどんな振る舞いを求められているかを察する力は、本来のエリザベスより高い。

 こんなに過ごしやすいマナーレッスンの時間はこれまであったろうか――エリザベスがつい、キャサリンに感謝してしまうほどに、それは穏やかな午後だった。

 公園に出かけた四人は四時頃に戻って来たけれど、ジークフリートは不機嫌そうだった。オリヴィアもずいぶんと疲れた様子で、「おかえりなさいませ、お父様、お義母様」と挨拶をしたエリザベスに返事は帰ってこなかった。

 父親は無言で帽子を従僕に預けると、それでも疲れて眠っているらしいキャサリンを優しく抱えて部屋に連れて行った。

 ――そこで気づいた。なんと、いつの間にかジークフリートの部屋の隣の、メアリーアンの部屋だったところがオリヴィアの部屋に整えられ、そのさらに隣の空き部屋がキャサリンの部屋になっていたのだ。今日は顔合わせだ、と口では言っていても、最初からこうするつもりでいたのだろうことは明らかで、エリザベスは絶句した。

 両親の部屋は邸の東翼にあり、エリザベスとアリアンヌの部屋は西翼なのに、またキャサリンだけ特別扱いだった。……それはもう別にどうでもいいけれど。

 エリザベスは無言のまま三人を見送り、既に口を噤むことを覚えたらしいアリアンヌも黙ったまま西翼にむかう。しばらくして、髪をほどいて外出着から部屋義に着替えたアリアンヌがエリザベスの部屋にやってきて、お出かけの顛末を話してくれた。



 これまでキャサリンには昼食後に昼寝をする習慣はなかったらしく、馬車に揺られて眠くなったキャサリンが公園につく前に寝てしまったこと。

 座席で丸くなってしまったために、わざわざお揃いにした服も髪型もたいして周囲の目に留まることはなかったこと。

 しかもそのうちくしゃくしゃになってしまい、違った意味で目を引いて、その姿を見て扇や手の陰で失笑した人物までいたらしい――しかもよく聞けばその中の一人は前パートリッジ公爵アーノルド――エリザベスとアリアンヌの祖父だったそうだ。

 流石に亡き妻の親に会って挨拶ナシで素通りというわけにはいかない。

 しかも祖父はこの国に一人しかいない敬称持ちだ。

 散策中の祖父に気づいてジークフリートが馬車を停めて挨拶をしようとした時、ジークフリートがエリザベスだけを連れていないことを見咎めた祖父は、明日孫娘の顔を見るためにこの家を訪ねると即座に言ったそうだ。

 父親はなんとか言い訳をして断ろうとしたらしい。

 それはそうだろう。

 既にこの屋敷の中には結婚前の平民女性の部屋がある――しかも女主人の部屋の場所を彼女のものとしているのだ――すっかり準備し終えている状態だ。万一にでも知られればいろいろおかしいのは一目瞭然だ。

 言葉を濁すジークフリートに対して祖父は、「具合が悪いわけでもないのに姉妹の一人だけを家に残すとは、尋常な振る舞いではない。新しくお前の妻となるその女はわしの娘に姿形の似た孫娘に対し継子いじめをしているのではないのか? 今後はよく確認せんといかんな」というようなことまで言ったそうだ。

 そこまで言われて訪問を断れば、オリヴィアがエリザベスをいじめていると認めるのと同じことだ。

 「具合が悪いわけでもない」という言葉については、どうやら祖父には血縁者の健康状態&精神状態を知る手だてがあるらしい。

 立ち去りついでに、「鐘の音も聞こえぬうちに公衆の面前で堂々と妻気取りとは、出自が知れるというものよ。連れ子の方もなんとみっともない」と聞こえよがしに言って鼻を鳴らしたとか。

 鐘の音というのは、結婚式の後で鳴らされる聖堂の鐘のことで、オリヴィアを、ひいてはジークフリートを非難しているのは間違いない。


 本当に、一年の服喪期間をおとなしく待てたのだから、今日の顔合わせの後で再婚請求をしたと公示したとして、結婚式は最短で二週間後――それまで待てばよかったのに。


 父親については既にかなりどうでもいい感があるものの、つくづくそう思ったエリザベスだった。

 これまで特に親しかったわけではないので祖父に会いたいという気持ちはあまりなかったけれど、公園でのそんな出来事を聞いて少し心がすっとしたのは確かで、母親を亡くして以来沈みがちだった心も少しだけ浮かんだような気がする。


 少なくとも、自分とアリアンヌには心配してくれる祖父がいるんだ。どういうわけかこれまであまり関わることはなかったけれど、それならおそらく祖母だって自分たちに無関心ということはないのでは――。


 エリザベスは、自分の記憶にはない前の戦争で開戦の回避に失敗しただけでなく長男と共に敵方の捕虜となりそのまま亡くなった父方の祖父母のことは絵画でしか知らない。考えても詮無いことだとは思うけれど、生きていたら今の父親の行動を諌めてくれただろうかと思う。

 母方の、パートリッジの祖父母。


 ゲームの『記憶』には殆ど出てこない二人はどんな人たちなのだろう。

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