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世界の終りまで君と  作者: 佑
第一部 第一章 理不尽な転生
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6. 妹の不信

 何度『記憶』を探っても、エリザベスが王太子の婚約者と決まった時期と過程についてはわからなかった。

 ゲームでは最初から婚約者として登場していたからだ。

 今回のことで分かったエリザベスと両親の不仲の原因同様、成長過程で判明するに違いない。

 今のところわかるのは、王太子にはふさわしい婚約者候補者が少なかったこと。それにエリザベス自身が両親との折り合いが悪く、家から出たがっていたこと。そんなことが決定の理由の一部だったのだろう。けれど貴族社会の婚姻は惚れた腫れたの単純なものだけではないから、身分や特性も考慮されたはずだ。

 本人たちの希望や性格的な相性は後回しになる。

 エリザベスは眉を寄せたままでまた大きく息を吐いた。

 それらを乗り越えて王子と平民の娘が結ばれるからこそシンデレラストーリーの逆転劇は成立するし、すっきり爽快のカタルシスがある。


 だけど今、七歳のエリザベスとしての自分にできることは……結局なさそう。


「せいぜい王太子の婚約者にならないように気をつけることくらいだよね……だけどエリザベスがダメならアリアンヌに話が行くだろうし……アリアンヌが受けたら公爵家の跡取りにされる……のも嫌だし……」


 ああ、ループだ。婚約&跡取り回避のための情報が欲しいよー!


 頭を抱えていたら、ドアにノックの音がした。

 小さくゆっくり響く音で妹だとわかる。

 エリザベスはベッドから起き上がってきちんと立ち、スカートの裾を整えてから返事をした。


「どうぞ」


 黒髪の妹は静かに入って来て、少女のものにしては落ち着いた内装の室内をゆっくりと進み、テーブルの前まで行くと二つ向き合った椅子の一つに腰掛けた。

 話したいことがあるらしい――その内容が嬉しくないことなのは表情でわかる。


「……お父さまがわたしに『お昼ごはんまであの二人とすごすように』って言ったの。お姉さまはお茶もお部屋でとって、いつものように書きとりとけいさんのおべんきょうを終えてから午後はおぎょうぎなんですって――お父さまってば『そのばにふさわしい話し方ができるように』って言ったのよ」


 眉を寄せたまま一気に言ってから大きく息を吸って、長々と吐いた。

 不満なのだ。

 キャサリンがあれだけのマナー違反をして一言も注意されなかったのに、マナーを守ったうえで対処したエリザベスが叱られる――当然六歳のアリアンヌにだって、それがおかしいことで、どう考えても差別されているということくらいわかる。

 あの場でマナーを守らなかったのは、お行儀の勉強を言い渡されたエリザベスではなくて他の三人――父親とオリヴィアとキャサリンだ。

 でも、アリアンヌの言いたいことはそれだけではなさそうだった。

 突き出した下唇が、まだ言い終えていない不満を示していた。

 こういう時の妹を急かしても言葉が増えるばかりだとわかっているエリザベスは、じっと待つ。

 やがてアリアンヌはもう一度大きく息を吸って話し出した。


「おひるねのあとで四人でまちへ行くって。わたし、『あの子と同じふくをきるように』って言われたの。かみがたも。これまではお出かけの時はお姉さまとおそろいだったのに。あんな子と同じなんて、いやだ」


 なるほど、つまりお父様は午後の散策の時間に合わせて『双子のよう』な姉妹を強調することで、早めに三人目の娘の存在を周りに知らしめたいのね。


 エリザベスは小さくため息を吐いた。

 残念だけれどその件に関して、妹にしてやれることはなさそうだ。


「お父様はアリーとキャサリンに早く仲良くなって欲しいのよ」


 見た目から入ろうっていうのは浅はかだと思うけど。


 アリアンヌは六歳だけれど、年齢よりもはるかに洞察力があると思う。


「だからって、あんな子と同じかっこうをしていっしょにいたら、わたしもおんなじだと思われちゃう。お父さまは『はしたない』って怒るだろうし、そんなお出かけ、きっと楽しくない」


 そうかしら。はたしてあの父親は怒るだろうか――。


 そんな疑問が浮かび、怒らないだろうと直感が答える。


 それにしても、最低限のマナーを身につけさせてから連れ出そうと思わないのかな――あれじゃあ二人ともろくな教育を受けていないってすぐにわかるのに。


 どちらにせよ、エリザベスは留守番を言い渡されている。今はそれを喜ぶべきかもしれないと思った。


「アリーはただあの子や新しいお義母様に優しくしてあげればいいのよ。行儀作法については――きっとお父様がマナーの先生のミス・マリーゴールドにお願いするのでしょうから、何も言わない方がいいと思うわ。私もこれからはそうするつもり。関わりたくないの」


 それに、ずっと日陰の身だった愛人とその娘を公爵家に迎えられる日が来たことが嬉しくて、脳内が花畑になったか脳みそが溶け出したかしたらしい父親に睨まれるのは自分だけでたくさんのはずだ。

 そう考えるのに、またしても苛立ちが沸き上がる。

 ふう、とまた息を吐いた。

 将来の自分がどうしても我慢できなくなってキャサリンをいじめることになるとしても、そこにアリアンヌまで巻き込むことはない。

 納得のいかない様子のアリアンヌをなだめて、これからはできる範囲で楽しむしかない、と話す。

 アリアンヌは濃青の瞳でじっとエリザベスを見た。


「エリーお姉さまはお母さまのようにお話しすることにしたのね?」


 ああ、やっぱり、この子はするどい。


 父親は見くびっているけれど、アリアンヌだってわからないなりにちゃんとわかっているのだ。


「ちょっとだけ、大きくなることにしたのよ。賢くなるの」


 父親に対峙した時のふるまいが賢いことだったのかどうか、それはわからないけれど、エリザベスは――エリザベスとしての自分は『記憶』の自分と融合して一つ成長したのだと思う。


「かしこくなる?」


 座ったままで、アリアンヌが首を傾げた。


「そう。たくさんお勉強をして、素敵なレディになるの。お母様のような」

「お母さまのような?」

「そう」

「でも……お父さまはきちんとした話し方や食事の仕方ができていなくても、新しいお母さまが好きみたい。あの子のことも」


 ――うん、そうだね。


 幼い姉妹の常識は今朝ひっくり返されたばかりだ。しかも実の父親によって。


「だけどね、私たちの将来を考えたら、お母様のように振る舞えるようになっておいた方がいいと思うの。

 きちんとできる上でそう振る舞わないのと最初からできないのは違う――たとえ将来がどうなるかがわからなくても、備えておいて損はない――私はやるわ」


 王太子妃なんて、苦労しそうな大役はごめんだと思う。断罪で追放も嫌だ。公爵家の跡取りも大変そうだから回避したい。

 本当に、なんでこんな八方塞がりなポジションに生まれたのか。


 姿かたちがかわいいのは歓迎だけれど、たとえ見た目が平凡でもそれ以下でも、モブに生まれたかった。


 不満を吐き出す妹の言葉に頷きながら、「それでも自分はできるだけのことをするつもりよ」と話して、「マナーのことなら『天気がいいから昼食はお庭でとりたい』ってお父様に話してみてはどうかしら」と勧めた。

 庭での食事なら多少のマナー違反は気にしなくて済むかもしれないと思ったから。

 納得はいかない様子だったけれど、アリアンヌは話を聞いてもらって小さな妥協案を示されたことで気持ちに区切りをつけたらしく、とりあえず気持ちを収めて出て行った。

 その後ろ姿を見送って、父親と話した時のことを考える。

 生活の手段がない七歳児なのだから、あんな高飛車な態度をとったりせずにまだ幼い振りをして、泣いて甘えてしまえばよかったのかもしれない。『新しいお母様なんて欲しくない。もっとお父様と一緒にいたいし優しくしてほしい。妹なんていらない』って。

 だけど――それは違う、と強く思った。

 たとえ七歳でも、『今回責められるべきなのは絶対に自分ではない』とエリザベスの心ははっきりと感じていた。

 それに、転生以前の自分もどうやら泣いて弱さを見せることをよしとしない性格だったようだ。

 思い出した記憶たちを繋げる。

 思い出したときはなんのことかわからなかった記憶も、繋げてみればわかってくることがあった。

 理不尽な扱いをされることが嫌いだった。

 自分のミスは自分のせいだし、甘えて媚びて許してもらおうだなんてそんなことはできなかった。職場では、先輩や上司にそういう所がかわいくないと思われているのはわかっていたけれど。

 きちんと謝って、修正する時間をもらったり、手が足りない時は手伝いを求めたりする――『すみません』や『お願いします』を出し惜しんだことはない。『ありがとうございます』も。誰かに助けを求められた時は可能なら応え、不可能なら『すみませんが』と理由を添えて断った。誠実に対応してきたつもりだ。

 でも、『もうちょっと言いようが……』とか『あれでもう少し落ち込むとか、涙の一つも見せれば……』などと言っている男性がいるのは知っていた。『同性と仕事をしているみたいで華がない』という言葉を聞いた時には、何を求められているのかまったくわからなかったけど。

 そういえば『記憶』の中で初めていい感じになれたと思った男性にも「かわいくない」と言われていた――最終的にそれが原因でうまくいかなかった。こぼされた仕事の愚痴に「それは仕方ないよ」と、言ったことが始まりだった。

 わざとじゃなかったし、『記憶』の中の自分は何度も謝っていた。けれど、『そういうことじゃない』って。


 つまり、自分はどこまでもかわいくないのだ。


 落ち込みそうになって――ぶんぶんと首を振って過去の記憶を追い払う。


「過去は過去よ」


 今、エリザベスとして記憶付きでここにいるってことは、あの時の自分は死んだのだと思うけれど、どうして、死んだのかな。


 まだ思い出せていない記憶は多い。


 自分が死んだときのことなんて率先して思い出したいとは思わないからいいけど。

 だけど、理不尽なことをよしとしない性格はどうやら変わっていない――もしかしたらそのせいでこのポジションに転生したのかも?

 『悪役令嬢』と似た者同士とか――。


 そんなことに気がついたエリザベスの顔には、七歳児には似合わない、大人びた苦笑が浮かんでいた。

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