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世界の終りまで君と  作者: 佑
第一部 第一章 理不尽な転生
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5. 思いつかない

 キャサリン・ノーマン。

 ウィルベリー家に入り、キャサリン・マリア・ウィルベリーとなるヒロイン。


「将来王太子に惚れられて王太子妃になる子――まあ、他の攻略対象者ってこともあるけど――だけど今の本人はどんな子なんだろう?」


 ゲームの通りなら天真爛漫で明るく優しい、ちょっと抜けたところのある憎めない子。

 もと平民ならではの感覚で、時に失敗もしつつ、イケメン攻略者たちに助けられながら仲間を増やし、学院に新しい風を吹き込んでいく。

 ヒロインなのだから、たとえ時にはいじめられても学院では男の子たちに守られて楽しい暮らしをすることが可能で、順調に進めば最終的には王妃様という人生。

 結婚後だって絶対、ハイレベルなイケメンたちに助けられながら国政を支え、幸せに暮らす――エリザベスを辺境に追放して。

 もちろんエリザベスは前世の記憶持ちなのだから、断罪イベントは回避したいし、彼女をいじめたりもしない(と言い切るには心の中の葛藤が消えないから、今のところはその)『つもり』だ。

 本来の七歳のエリザベスの心はやっぱり『あんな子大っ嫌い』って思ってるし、このままいけば率先していじめそう。


「……わかる。わかるよ、その気持ち。だけど父親を怨むのはともかく、あの子をいじめるのは違うよね」


 笑顔で食卓に(しかも本来はエリザベスの席だったその場所に)着いていた姿を思い出しただけで「いじめて当然」って気持ちがこみあげるけれど、抑える。


 ああだけど本当に、エリザベスの立場で思えば、王妃という絶対のポジションにつくことこそが、ザマア、だ。


 でも深呼吸をして落ち着いた心で考えれば、やっぱりエリザベスはそれを望んではいないのだ。

 大変そうだし、せっかく転生したんだからそこは回避してのんびりライフしたいでしょ? なんて説得の気持ちがどんどん出て来るとなれば、当然王妃に向いているわけもない。


 キャサリンが王家にふさわしい妃になるのなら、是非どうぞとさえ思え……あ、そこはまだ思えないみたいだ。やっぱりエリザベス七歳の怒りの心はザマアを強く望んでいるね、うん。


 もう一度口に出して慰めることにする。


「だけどそこは諦めよう、ね? あの子に罪はないんだし、せっかくの異世界転生、のんびりライフしようよ、エリー」


 ゲームの筋が変わっちゃうけれど、いまや自分がエリザベスなのだから、エリザベスの幸せが最優先。


 『嫌だ。あの三人をぎゃふんと言わせたい』そう叫ぶ心を抱えたまま、ベッドの上でまたころりと寝返りを打った。


「変えようよ、『悪役令嬢』で断罪追放なんて嫌でしょ? 人生もっと楽しもうよ」


 どうしたらいいんだろう。


 ゲームをプレイする側としては本当に面白みのない展開かもしれないけれど、父親はともかくキャサリンとは仲良く過ごして、いじめと断罪ナシで穏便に婚約者を交換するように交渉するとか……ダメだろうか。


 ……たぶんダメなんだろうな。


 はあ。


 また息を吐いて、今度はキャサリンが学院でいじめられる理由を考えた。

 ストーリーが微妙に変わって――つまり主な原因がエリザベスのキャサリンに対する嫌悪ではなくなったとした場合、それでもいじめの理由はできてしまうのだろうか。だって――上の姉は王太子の婚約者。次姉は公爵家の跡取りで、自分自身も母親は違えど公爵家の令嬢。そんな人間をいじめようと考える人間は多くないはずだ。

 公爵家は貴族社会で王家の下に着く高位の貴族。その中での順位は一応あれど、それぞれの家に法務部、軍部、魔術部、生産部、国際政策部、という独自の役割が当てはめてあり、互いに協力体制を取っているため、公爵家同士であれば身分上大きな差はない。その下に侯爵伯爵子爵男爵で、たとえ母親が平民で性格もちょっと抜けているところがあるとはいえ、キャサリンは間違いなく公爵であるジークフリートの血を引く娘だし、ジークフリートとオリヴィアが結婚すればオリヴィアはレディと呼ばれるようになり、キャサリンも嫡出扱いとなる。

 つまり簡単にいじめていいような立場の人間ではないのだ。


 これって、エリザベスとアリアンヌが率先していじめさえしなければ、それだけで悪役令嬢のバッドエンドは回避できるんじゃないかな――。


 ゲームの中のいじめの数々を思い出す。

 率先して嫌味を言っていたのは確かにエリザベスだが、エリザベスが実際に行動するのは最後にヒロインにした平手打ちのみ。

 王太子はキャサリンと想いあっていて、エリザベスは愛されてなどいないと言われて激昂して――それをきっかけに断罪イベントへと突入する。その後は隔離されてしまうのでそれ以外はナシだった。

 けれどそこに至る過程では、エリザベスの意を汲む形で悪意に便乗し、多くの令嬢がキャサリンに嫌がらせをしていた――同じ公爵家の令嬢でありながらエリザベスの方が勝るとされた理由は、やはりエリザベスが年上であることと母方の血筋によるものだ。

 母親のメアリーアン自身が公爵家出身であるだけでなく、その母親――つまり祖母から王族の血を引くエリザベスとアリアンヌ。それに対し、平民の母を持つキャサリンは、同じ父親を持つ公爵家令嬢といえども血筋がまったく違うから。

 だから令嬢たちはエリザベスに味方したし、エリザベスも最初からキャサリンを見下していた。


 でもさ。


 よくよく思い返してみれば、それはあくまでも建前……だといえる。

 主ないじめの原因は、男子生徒たちがあの子をもてはやしたことによる嫉妬だ。


 ゲームをプレイしているときは、そこが爽快なんだけどね。


 アリアンヌとほぼ同じ見た目のキャサリン。将来は絶対に美人になるし、ゲームでも美人だった。

 だけど一方の黒髪群青の瞳のアリアンヌは、自分の意見をしっかりと持ってはいても通常はそれを表に出さず、男子生徒に接する時はかなり慎重で笑顔も控えめの、いわゆる貴族らしい貞淑派。

 対してもう一方のキャサリンはストロベリーブロンドに淡い緑の瞳。笑顔を絶やさず、いつも誰にでも明るく接する――男子生徒にも物怖じしないし、ちょっとした接触ボディータッチも多い。


 そう、まさに朝食の席でお父様に対していた時のようにね。


 思い出してエリザベスの心がまたちょっとイラっとした。


 ――だけどつまりはそういうことなのだ。


 同学年にアリアンヌがいることで、キャサリンの親し気なふるまいはますます公爵家の令嬢にふさわしくない馴れ馴れしさとして周囲の目に映った。

 異性からは歓迎されたかもしれないが、女性の目は同性に厳しいものだ。

 他には本人によるマナー違反。うっかりミス。

 それに対して、「ごめんなさ~い」という甘い声と上目遣いの謝罪を、かわいい笑顔や潤んだ瞳でやられて喜ぶ男はいても、女は間違いなく……一人もいない。


 ふと職場の小柄な後輩の顔が浮かんできた。にやけた男性同僚の顔も。


 いやいや、そんなのありえない――今の自分はエリザベス、七歳。職場なんてないの。


 必要のない記憶は首を振って追い払う。

 とにかく、それを自分の婚約者や意中の男性にやられた場合、男性側が嬉しそうな顔をして即座に許したりすれば、一瞬で同性からは敵とみなされる。


 うん。いじめられたのは、エリザベスのせいだけじゃない。


 力強く頷いて、少し呆れる。自業自得だ。


 学院に入る前にあの八方美人ととられかねない行動だけでもやめさせられないかな……それだけでも学院内ではずいぶん過ごしやすくなるはずだ。


「で、いじめがなくなれば断罪イベントもないし、エリザベスの追放もナシ――そんな流れでもヒロインと王子って仲良くなるのかな? 盛り上がりに欠けると思うんだけど……まさかあの二人の結婚もナシになる……? それってヒロイン的には何が面白いのって展開だよね。だけどエリザベスがそのまま王太子の婚約者ってのは嫌だし――」


 王太子妃に興味のないエリザベスにはまったくありがたくない展開。『記憶』で王道の王子様ルートを楽しめたのはそれが責任を伴わないゲームのことだからだ。


「やっぱり、母親の血筋に目をつむって最初からキャサリンが王太子の婚約者になればいい……うん。それってばっちりじゃない? 王太子妃っていう大変な重荷を憎らしいキャサリンに押し付けて、自分は悠々自適の生活――どっかのあたりさわりのない貴族のところに嫁に出してもらえばいい」


 王妃は多変。その大役をキャサリンに押し付けることをザマアだと思えばいい――今のところ憎むべきは父親で、あの子に罪はないんだ(もともとのエリザベスの心はそう思えてはいない)けれど。


 となると、問題は時期、だな。


 『記憶』にあるゲームでのエリザベス断罪決定時、血筋で次点のアリアンヌが妃候補とならなかったのは――もちろん王太子がヒロインに惚れていたせいもあるけれど、エリザベスの断罪イベント以前にアリアンヌが入り婿となる男性と婚約したせいだ。

 流石に決まった婚約を破棄させてまで王太子の婚約者にとはならなかったらしい。

 そんな感じでゲームのことを思い出していたら、王太子からのキャサリンを妻にという申し入れの時や、二人の結婚式で見せたジークフリートとオリヴィアの嬉しそうな顔が頭に浮かんだ――ゲームのだけど。


 はあ。またつまらない物を思い出してしまった。


 自分の一人娘が王妃となる義母はともかく、父親は――娘二人による下剋上だ。少しくらい複雑な表情をすればいいのに――と思う。

 ヒロインとしてプレイしていた時は、ザマア万歳で晴れ晴れとした気持ちで迎えたハッピーエンディングだったけど、こうやってエリザベスとして思い出すのは中々にキツイ内容だ。


「とにかく、キャサリンが王太子妃になるかどうかはともかく、今の私には王太子妃になりたい気持なんかない」


 そこだ。


 王太子様なんて、できれば関わり合いにもなりたくない。『私の真実の愛はお前のような心に偏りのある醜い女にはない』なんて台詞はゲームだけでたくさん。全校生徒の前での断罪イベントもごめんだ。


 キャサリンが王太子妃になりたいなら最初からどうぞ、だ。確かにゲームのエリザベスの性格は酷かったけど、それが自分だとなれば――皆の前で婚約者にあんなひどい言葉を吐ける王子なんてろくでなしに決まっている。熨斗を付けて差し出す気満々です。


 慈悲の心もなにもない冷たすぎるセリフを思い返したせいで、ザマアをやりたいって叫んでいるエリザベスの心も怯んだようだ。


 だよね――あんな目にあう可能性は潰したいよね。よしよし。


「だけど、どうやったら婚約を断れるのか。円満な婚約解消も。断罪なしの婚約者のすげ替えも」


 ……そこは相変わらず問題。

 なんだかちょっと、始まる前から詰んでいるような気が……いやいや、せっかく転生したんだし、そんなはずはないよね?

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