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世界の終りまで君と  作者: 佑
第一部 第一章 理不尽な転生
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4. どうしたらいいの?

「もう行きなさい」


 そう言われて、エリザベスは顔色の悪い父親を書斎に残して部屋に帰った。

 行儀が悪いのはわかっているけれど、きちんと整えられたベッドの上にドサッと仰向けに寝転がる。

 食卓であれだけのマナー違反を見せられた後だ。きちんと座るなんてバカげている。


 それにしても――心情まですっかりゲームのシナリオ通りになっちゃった。


 ゲームの過去で七歳のエリザベスが父親とさっきみたいな話をしたとは思わないけれど、エリザベスと両親の仲はこうして破綻したのだ。


 そうとも、よ~くわかった。

 本来の七歳児エリザベスの心は、あれからずっと身も世もなく泣いている。


 キャサリンが嫌いだ。

 強くそう思う。

 自分には許されないことを笑顔で許されるから。


 オリヴィアも嫌いだ。

 父親の本当の姿を見せられるから。自分や母を愛していたのではない、という事実を目の前に突きつけられるから。


 何より父親が嫌いだ。

 ひどく裏切られて、こんな気持ちにさせられたから。

 転生者としての記憶を優先させているからこそ、こうやってある程度冷静に考えられているけれど、七歳のエリザベスの心はズタズタだった。


 「大切にされているなんて、全部幼女ならではの思い込みの幻想だったんだ――」


 こうなってみればゲームのエリザベスが王太子の婚約者という立場にひどくこだわったのは当然だ。あの三人を、特に公爵である父をエリザベスが見下せるポジションは王族だけ――そこしかないのだから。


 はあ。


 今、自分の中には二つの心があると思う。

 そのままの幼女の心と、転生者の大人の心。

 エリザベス本人の心が本当の母親と過ごした穏やかな日々を求めて泣いている。せめて乳母がいてくれたら――きっと抱きしめて慰めてくれただろうに、それもかなわない。それに、どんなに泣いても求めるものはもう戻って来ない。それを、大人の心が憐れんで、抱きしめてやりたいと思っている。


 泣かないで。


「がんばれ、エリー」


 小さな手を拳にして自分で自分を励ました。


 自分はエリザベスだけど、エリザベスじゃないから。

 本当のエリザベスがどんなに傷ついたか、理解してあげられるから。

 負けるな、エリー。


「この後いつ呼び出されるかわからないし、お父様には『関わりたくない』って言ったけど、お茶やお昼ご飯の時間にはおそらく呼ばれるし、そうなったらまたあの二人と過ごさなければならないのよ。泣いた後の顔なんて晒せない。そうでしょ? こらえろ、エリー」


 そう声に出すことで『記憶』の感情を優先させる。


 時計を見ればまだ九時前。

 また大きく息を吐く。


 とにかく自分が考えるべきなのは――自分の未来だ。

 ここから先、自分が取れそうなルートは……いや、未来には、何があるのか。


 いずれ申し込まれるはずの王太子との婚約に従えば――王妃になれるし、父親を見下せる。それがゲームでのエリザベスが目指した道。そう思うとちょっと気分が上向いた。


「ただし、その道は険しいんだよ」


 ゲームのシナリオに逆らって婚約破棄を回避しなければならない。

 しかも結婚後の人生は……七歳の心でなら簡単に、『王妃になって見返してやればいい』って思えるけれど、どう考えても王妃なんてものすごく大変そうだ。

 ゲームの強制力がどれだけあるかわからないけれど、やっぱりどうせなら、婚約自体回避。王妃ルートはナシ。そのほうがいい。


「で、うまく回避できたらどうなるかって、その場合は……ああ、アリアンヌが代わりに婚約者に決まる可能性があるのか」


 ベッドに転がったままアリアンヌのことを考えたら、食卓で見た共通点の多い親子四人の姿と、その時感じた疎外感の塊が心に戻って来そうになった。

 それらをなんとか追い払って七歳の頭を精一杯回転させながら、ゲームの記憶と今の自分にわかることを照らし合わせ、また声に出して確認する。


 「オリヴィアがお父様と結婚してレディと呼ばれるようになったとしても、彼女の出自は平民。だから、王太子の婚約者候補としてエリザベスがダメなら当然次点はアリアンヌ。キャサリンじゃないわ」


 だけどエリザベスのストーリーがそっくり妹に移り、自分の代わりに妹のアリアンヌが断罪される未来なんて――そんなのはダメだ。


 それに、アリアンヌは王太子妃になりたいって思うかな。

 それをいうなら公爵家の跡取りについてもそうだけど。


 ゲームでのアリアンヌはほぼ選択肢のないままに公爵家に残ることになっていたように思う。


「身分や義務よりも本人の希望きもちをまず優先したいよね?」


 そう考えるのは今回のことで父親にまったく恩を感じなくなったせいもあるけれど、おそらく『記憶』のせいだろう。『記憶』の社会、あそこには身分制度がほとんど存在していないようだ。

 せいぜい生徒たちより先生が強くて、多くの社員よりは役職付きの人間の方が強い――たまに逆転している場合さえある――だから本来のエリザベスの感覚には合わないし、とても不思議だ。


「でもそれってすごく大切なことだと思うんだよね。あれはきっと魔法がない世界だからこそなんだろうけど……」


 身分と魔力がほぼ比例しているこの世界では、人間の立場や権力が逆転することなどまずありえない、とエリザベスはマリーから習った。

 王族を筆頭に公・候・伯・子・男の爵位通り、明確に能力が違う。だからこそ身分制度が維持できているのだ。


「だけど、人間には心があるんだもん――誰か他に王太子の婚約者になれそうなご令嬢はいないかな――『悪役令嬢』の存在が不可欠だった時のために、他の公爵家に『王太子妃』か『悪役令嬢』をやってくれそうな令嬢が――」


 がんばってゲームの記憶を探る。


「確か生産部を掌るサマセット公爵家に学年が三つ下の子が……ああ、思い出した。ゲームにはちょっとしか出てこなかったけれど、小柄でポチャッとした子だ――けれど、彼女は王太子にはまったく興味を示していなかったのよね。興味があるのは生産技術。牧場や農場のない生活なんてありえないって人物だったはずだから、王妃は厳しいかも……」


 公爵家の令嬢とは思えない、明るい笑顔と破天荒な行動が魅力的な、結婚ハッピーエンド後のヒロインのお助けキャラの一人。


「それから、法務部統括のトゥルクロウ家には三つ上に……う?」


 迫力のある赤い瞳でに~っこりと笑う長身のお姉サマが思い浮かんだ。「彼女は苦手だ」とゲームの中で王太子自身が言っていたことも合わせて思い出した。


 ダメか。


「あとは軍部のボルドウィン家。あそこのお嬢様はアリアンヌやキャサリンと同じ学年で確か妹もいたはずだけど、あの家は『嫁に欲しいなら剣を取り、戦って勝て』が信条だったのよね」


 王以外の誰かが王太子に剣を向けることは、当然反逆とみなされる。公爵家令嬢に王太子が剣を向けることも――当然、ありえない。


 うむむ。


 いずれも公爵家だけあって、流石というかなんというか、『記憶』からは変わり者しか出てこなかった。


 ……各家の特性を備えた子どもが生まれやすいのは、国政という意味ではありがたいことなんだろうけど。でもさ、もうちょっと、なんか、誰かいないの? 

 まさかエリザベス以外の敵役を作るのが面倒だった、とか言わないよねえ、ゲームの製作者側。 


 「確かに絶対的な悪者としての存在エリザベスがいるのはとってもわかりやすかったけど」


 ちなみにエリザベスの母親の実家であるパートリッジ公爵家には男の子しかいない。

 もう一度心の中で繰り返す。


 面倒だったとか、言わないよね?


『……エリザベスがいるのだからよいではないか――本人が望んでおるし、国外には出せないのだ。囲い込むこともできてちょうどよい――』


 おや、心の中の質問に、答えが返ってきた?

 え? 今の何? 誰の声? 

 ゲームでの誰かの台詞っぽいけど、誰だっけ。

 でも、まさか、そんな余り物みたいな理由なの? 

 待ってよ、もっとなんか、なかったの? それに今の私は望んでないよ!!


 疑問が増えたけれど、今度は『記憶』も答えも返ってこない。

 

「必要なんだから、こういう時こそ詳細も思い出してよ。私は望んでないし、国外に出せないってどういう流れでの台詞なのよ!」


 声に出して文句を言ったら、今度は小さなカップに入った『ハーゲンダッ〇』を口に入れて「イライラしたときはこれよね! あ~至福」って笑顔で呟いている『記憶』が脳裏に浮かんだ。

 

「この世界『ハーゲンダッ〇』なんかないじゃない! むしろ思い出したくなかったやつ! ひどいよ!」


 イライラの解決方法を示されて、解決できないこの不条理。


 ああ、それよりも今は他の候補者を探していたんだった。誰かいないの――?

 

 さらに頭の中を探す。


「ゲームでエリザベスの取り巻きだった子たちは、侯爵家以下の子ばっかりだったのよね。でも、公爵家出身じゃないから王妃は無理だってことはないはず。何しろ相手は乙女ゲーのハンサム王子様だし、皆がほめそやすあこがれの的だったんだもの、婚約者になりたい人くらい他にもいるはずだよ。え~と、え~と……」


 けれどどんなに考えても既にエリザベスが婚約者として決まった状態で開始されるゲームの記憶には、王子に惹かれていることを簡単に顔に出すような令嬢はいなかった。そう、キャサリン以外には。

 しかもキャサリンのそれだってあからさまとはいえない。義姉の婚約者との間で抑えようとしても進んでしまう苦しくも切なく甘い恋を楽しむためのゲームなのだから……当然。


 それにキャサリンが王太子以外を攻略することに決めたらどうしたらいいの?


 新しい疑問が浮かんできて、エリザベスはベッドの上に転がったままで頭を悩ませた。


「こんなときなのに記憶が役に立たないとか、がっかり。自分の将来なのに。だけどとにかく断罪にならない方法を探さないと。

 アリアンヌが王太子妃になりたいと思うようなら、婚約者の立場をアリアンヌに譲るのはありかな――この家を継ぐのは嫌だから、そっちはキャサリンに――? でも、そうなったらザマアはどうなるの? いやいや、お父様をザマアするより私の今後の人生の平安のほうが大事でしょ――とにかく自分もアリアンヌも断罪されたりしないようにうまく立ち回らないと」


 本来のエリザベスが『王太子妃になって父親やキャサリンを見下してやりたい』と強く思うせいで考えがまとまらない。エリザベスがそう思うのは当然だと思うけど――だけどそれは危険だと思う。ゲームの通りに進むことは、断罪方向に進むことだ。


 もう一度考える。


 「アリアンヌが王太子の婚約者になるのはともかく、エリザベスが公爵家の跡取りになるなんて――あの父親の屋敷を継いで今後の人生をあの父親と義母親と一緒に過ごすなんて――絶対に(・・・)嫌だ」


 そこは心が即断した。


 「で、エリザベスとしては……王妃になるのも嫌だ」


 今度は即断できなかった。


「嫌だよね? ね? だって大変だよ? 勉強とか、公務とか。一回なったら簡単にはやめられないんだよ?」


 渋々ながら認める――王妃も嫌だ。

 だけどキャサリンが王妃になったり公爵家の跡継ぎになるくらいなら、どちらかだけでもアリアンヌに頑張って欲しいと思ってしまう。


「だけどさ? 自分が嫌なことをアリアンヌにがんばれなんて……言えないじゃない? でもアリアンヌが王妃になって安泰になった後でウィルベリー公爵家がジークフリートとオリヴィアとキャサリンを巻き込んで没落すればいいとか考えるとちょっとスカッとするよね――たとえ無理でも」 


 キャサリン――乙女ゲーのヒロインである以上、きっと彼女ならなにをやってもうまくいく。


 あの子が王妃になるなら、きっと国は安泰。

 あの子が公爵家を継いでも、家は安泰。

 あの子が嫁いだら、嫁ぎ先は安泰。

 全てのルートを知っているわけじゃないけど、あれはヌルゲー――そういうゲームだった。 

 はあ。


「自分の代わりになる婚約者候補を見つけることはとりあえず今の段階では諦めようか。それにきっと、いい子にしていれば将来いいこともあるって――エリーは美人だし、ね?」


 大きく息をついて、ヒロイン優先のゲーム設定を思い出したせいでやさぐれそうな七歳児エリザベス本来の心を慰めてからベッドの上で腹ばいになり、エリザベスは本当の王太子妃――ヒロインのことを考えることにした。

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