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世界の終りまで君と  作者: 佑
第一部 第一章 理不尽な転生
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3. 父親を見限る

 落胆が顔に出ないように気をつけながら静かに返事をして、アリアンヌを促す。

 テーブルの右と左に別れて腰掛ける。

 エリザベスがオリヴィアの隣に。アリアンヌがキャサリンの隣に。


 姿勢を正して正面を見れば、並んだ少女たちは、髪と瞳の色という大きな違いはあるものの、その二つ以外の容姿が実によく似ていた。――『記憶』でのゲームの通りに。

 別々に一瞬見たくらいではわからないかもしれないけれど、こうやって並べばあきらかに姉妹だとわかる。


 そんな二人を見た父親が笑顔になり、オリヴィアの表情も緩んだ。


 お父様はこのためにわざとキャサリンを自分の席に座らせたんだわ――わたしがこれまで教えられた通りに年齢順に席に着けば、わたしはこの女の人の隣になって、アリーとこの子が並ぶから。


 ――直感がそう理解した。

 自分の席はもう二度と父親の隣に戻ることはない、というさっきの考えが確信に変わる。


「以前から似ているとは思っていたが、こうして並ぶと双子のようだな」


 なんだか、大好きな母親だったメアリーアン似の自分だけが仲間はずれになったような気がした。

 それに、食事のマナーという点では六歳の現時点でも二人にはかなりの差があるのだけれど、嬉しそうな顔の父親が落ち着きのないキャサリンに対して「行儀よくふるまうように」と注意することはそれからもなかった。


 ――理不尽。


 そんな思いがこみ上げる。

 七歳児らしい単純な怒りの奥底で、冷静な転生者としての大人の心が、ゲームの中のエリザベスの性格が曲がった理由を再度認識した。


 そして結局シナリオ通りになるんだわ。


 キャサリンは設定のままの姿で現れてしまった。


 こうなったら――本格的に将来の断罪・追放エンドを回避しなくちゃ。


 今回のことで幼心に大打撃を与えてくれた父親のことは今は考えないようにする。


 どうにかしなきゃ。こんなふうに裏切られたせいで父親を信じる気持ちは消えたけど――オリヴィアとキャサリンとは仲良くなって、未来を変えよう――。


 怒りの気持ちを押しのけて、隣に座った女性にそっと声をかけた。


「あの、ミズ・オリヴィア――」

「エリザベス。『お母様』と呼びなさい」


 途端に父親の冷たい声に遮られた。

 怒りの声にびくりと身体が震えたのは、本来のエリザベスの幼さのせいだ。

 男性の怒りの声は大嫌いだ。


「はい、お父様。でも――」


 結婚前だけれど『お母様』と呼んでもいいか聞こうとしたのだ――そう続けようとした。なのに。


「『でも』はない。口答えをするな」

「……はい」


 俯いて黙るしかなかった。


 本当に、お父様は一体どうしてしまったのだろう。厳しい人ではあったけれど、理不尽な人だと思ったことはこれまで一度もなかったはずなのに――。

 それとも、もともとこんな人だったの?


 エリザベスの幼い心が困惑する。


 だって、おかしいもの。


 貴族間では異常といえる早い時間帯――朝食時の訪問。

 食卓での席順。

 挨拶を返さないことを含めた多くのマナー違反。

 婚姻前の呼び方も。

 これまでのジークフリートはそれを許すような人ではなかった。

 あんなふうにいきなりエリザベスの言葉を遮ることもこれまではなかった――それを言うなら、会話自体が少なかったけれど。


 困惑したままのエリザベスの目の前に第二従僕が料理を取り分けた皿を置いていく。

 エリザベスは静かにカトラリーを扱った。向かいの席でアリアンヌが同じように静かに食事を始める。

 その隣でキャサリン一人が楽しそうに笑いながら話す。

 前振りもなく自分から大人に話しかけることや、カトラリーで音を立てること、テーブルに肘をつくこと、足をぶらぶらさせること。なにより、口の中に食べ物が入ったままでしゃべること。他にもたくさんのマナー違反をしているのに、それからも父親から注意の声が降ってくることは一度もなかった。

 エリザベスの中のキャサリンへの好感度がどんどん下がる。ジークフリートへの不信感も募るばかりだ。 

 アリアンヌも硬い表情のまま、話しかけられても言葉を返さず、小さく頷いたり首を振るだけですませている。

 そして、そんな異様ともいえる朝食の間中、エリザベスに会話が振られることは誰からもなかった。

 結局それ以上一言も話さないまま食事を終え、部屋に帰った。

 自分がこれまで厳しくしつけられてきたことはなんだったのかという怒りに似た感情を押し殺しながらも、自室に帰ったことでほっと息を吐く。

 そこに「旦那様が『書斎に来るように』とのことです」と父親の従僕が呼びに来た。


 ――慌ただしいこと。


 それでも従わないという選択肢はない。

 素直に行くと、父親はどっしりとした机の向こうに座っていた。

 けれど、母親が生きていた時のようにエリザベスを膝に乗せることはせず、ただ机の反対側にそのまま立たせた――そのままぼんやりと考える。


 そういえばこの人が最後にわたしに触れたのはいつだったろう――アリアンヌの頭をなでているところを見たことはあるのにな。


 不機嫌そうに寄った眉。

 だから、叱られるのだとわかる。

 案の定、ジークフリート声は冷たかった。


「お前はさっき、オリヴィアに声をかけておきながら話を続けなかったな。用があったのではないということだ。最初のように失礼な言葉をぶつけるつもりだったのだろうが、この家の中では今後いっさいそのようなことは許さない。彼女は心優しい女性だ。それなのにお前ときたら、いきなりあんな態度を取るとは。何のために礼儀作法を学んでいるのだ。

 今日の午後は皆で出かけるつもりでいたが、場に相応しいふるまいができないお前は留守番だ。反省しなさい」


 ……なんか、怒りも湧いたけれど、それ以上にいろいろがっかりだな。


 ――転生者としての心が、それはあんまりだろう。と……突っ込みを入れそうになるほどに理不尽すぎる。

 エリザベスは七歳だ。まだ小さいのだから父親の仮面を見抜けなかったのは仕方なかったのかもしれないが、父親に対してだけではなく、これまでこの男性を妻思いで理知的な父親だと信じこんでいた自分にもがっかりした。

 おそらく人生でもっとも分厚かったのだろうタヌキの皮を脱いだ父親は、これが国政を左右する立場にいる公爵なのかと不安に感じるほど独りよがりな偽善者だと思った。


 会話が続かなかったのが自分のせいだとは全く思っていないの?

 新しい母親を迎えることがわたしやアリーにとってどれくらい不安になることなのか、いっさい考えられないの?


 確かにあの二人はこれまで住んでいた家を離れるだけでなく、常識の異なる貴族としての暮らしに慣れなくてはならない。それは大変なことだろう。


 だけど、オリヴィアは大人だし、キャサリンには両親が揃ってるじゃない。


 エリザベスだってまだ七歳、アリアンヌは六歳だ。母親を失った心の傷はまだ癒えていない。もっと思いやってあげたっていいのではないか。


 この人に関してはいろいろあきらめた方がいいかもしれない――うん。


 そんな結論が出るのは仕方ないことだった。


「お父様、私にも理由があるのですが、きちんと聞いていただけますか。それとも先程のように途中で遮るおつもりですか」


 傷ついた七歳児エリザベスの心を転生者の心の鎧でしっかり覆って、姿勢を正したままでそう言うと、父親はむっとした顔をしてから、偉そうに言った。


「聞こう」


 椅子の上にややのけぞらせた姿勢が中身のないどこかの上司を思わせ――いや、七歳で上司なんてあるわけがない。

 なるほど、前世ではそんな出来事があったんだな、とまた一つぼんやりと思い出し、そんな記憶は即座に追い払った。


「では最後まで口を挟まずに聞いてください。まず、人を訪ねる時間ではない朝食時の来客に驚きました。その方がお母様の席に座っていて、しかも他家の食卓で家人を待たずに食事を始めていたのでさらに驚きました。私の席に見覚えのない少女が座っていたことにも驚きました。きちんとした挨拶に返事が返ってこなかったことには戸惑いましたが、そこは相手は平民なのですから仕方ないと思いました。ついでに言えば、いつも私のマナーについては厳しく叱責し注意するお父様が一切注意なさらなかったことは――とても不思議・・・で。

 それに今日新しいお母様になる人が来るのは『お茶の時間』だと聞いていました。それにあの少女が私の妹になることにも――ものすごく驚きました。

 その妹がお父様にそっくりで、アリーと年齢が変わらないことにも驚きました。今までお父様にもう一人娘がいるという話はただの一度も(・・・・・・)聞かされていませんでしたので。私はずっと、お父様はお母様のことを大切にしていたのだと思っていたんです。

 お父様は『再婚するのは私とアリーのためだ』とはっきりおっしゃいましたよね。けれどそうではなかったのですよね。全部あの人のためだったのに――そんな事実を知って、言葉使いが少しきつくなったのは仕方なかったと思います。せめて事前に一言おっしゃっていただければ私だってあんなに驚いたりしなかったのに。

 遮らずに聞く、とおっしゃいましたよね? お父様。まだ続きがあります。」


 椅子の上で身を起こして口を挟もうとした父親を睨んで牽制した。


「私があの方に『ミズ・オリヴィア』と呼びかけたのは、結婚前でも『お母様』とお呼びしてもいいか聞こうと思ったからです。それもお父様が礼儀作法に厳しい方だとわかっていたからです。あの二人のふるまいから、二人が平民で――レディ・オリヴィアと呼べないのはあきらかでしたもの。あの方は平民で、お父様は紹介するときにわざと家名を省略なさったでしょう。他に何とお呼びしていいかわからなかったのです。それも前もって教えていただけていたら――と思いますが、今さらです。

 そんなわけで私の聞きたかったことにはお父様がお答えになりました。だからあれ以上のお話しはしなかったのです。あんなふうにいきなり遮られ、注意されたのでなければ、私だってあの二人と仲良くしたかったし、後で一緒にお散歩をしましょうと誘いたかったのですが、それもいまさらです。私はこれ以上お父様とあの二人に関わりたくはありません」


 あきらかに七歳児ではない言葉に、父親は幽霊でも見たような顔になって、机の向こうからエリザベスを凝視した。


「……メアリーアン」


 ぼそっと呟いたのはエリザベスの母親の名前。


 エリザベスの母親の母親、つまり祖母は五公爵家の一つ、パートリッジ公爵家に王家から降嫁した姫だった。だから母親のメアリーアンは公爵家の令嬢であり、王家の血も引いている。滅多なことでは威圧的な面を見せることなどなかったけれど、必要があればそうすることにためらいはなかったし、何より理論的で意図のはっきりした話し方のできる人だった。

 幼いとはいえそっくりな容姿も相まって、ジークフリートはエリザベスの中に亡き妻を見たのだろう。


 せいぜい驚けばいい。ふん、だ。

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